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ハルマサがグラビモスを引き摺りつつたどり着いた時、火竜はまだ子ガニたちに襲い掛かっては居なかった。
カニたちが既に平均的なダイミョウザザミ、ショウグンギザミのサイズを凌駕する巨体へと変貌しているので、慎重になっているのだろうか。
それとも子ガニたちが水を吹いて牽制しているのが効いているのだろうか。
とにかく……
「間に合ったッ!」
――――――――――――甘い息ッ!
高く飛び上がったハルマサは、上空を舞う3匹の火竜に三回目の「甘い息」を吐く。
彼女たちは、務めを果たしてくれていた。
南側のモンスターをほぼ壊滅させ、ゲリョスすらも下している。
ハルマサが金ちゃんと呼ぶ金色の火竜は、レベルアップしたらしく体が一回り大きくなっていた。
レベルは15相当。凄く強くなっている。
金ちゃんと一緒に冒険できたらなァ、とハルマサは思うが、常に「甘い息」を必要とするようでは安心して旅も出来ない。
やはり、モンスターボールだろうか。
ああ、死んだ時に2号さんに頼めばよかった。
でも急いでいたから仕方ないかな。
さて、食べようかカニたちよ!
「ギィイ!」
「ギュイイイイイイイ!」
食事の時間だった。
【第二層 火山 最上の間】
鱗を落として青色となったキメラのスピードは、2倍なんてものではなかった。
溶岩に浮かぶ岩の面積は200メートル四方だろうか。
その中を残像の残るような速度で、所狭しと駆け回るのだ。
戦場の歌によって敏捷と反応速度が上昇している二人でなければ、既に胴体を噛み千切られていただろう。
もしくは吹き飛ばされて溶岩の中にドボンだ。
―――――ガルァ!
ドガァ、と地面を蹴り砕き、キメラが走る。
直前の炎によって体勢の崩れているエコーズは逃げ遅れ、しかしその前にマリオネが間に合った。
「鉄肌の歩法。『堅』。」
ツギハギだらけの少女の体は、言葉と共に錆色に染まり、眼だけがギラギラとほの暗く光る。
そのままガキン、と巨体の突進をハンマーで受け止め、しかし少女は弾かれた。
吹き飛ぶ少女の体を受け止め、エコーズは歯を噛む。
「くそう、拉致があかねぇ! 広域のやついくぞ!」
「ぜひやって欲しいと、ワタシは思う。」
しゅるりと少女は腕の中から居なくなり、遥か後ろへと退避する。
熱気で喉がヒリつくようだ。
ガラガラの声を張り上げて、エコーズは音を飛ばす。
「――――――――――カァッッッッッッ!」
ごぉ、と一陣の衝撃波が岩盤を舐め、しかしキメラは高い高い跳躍でそれを回避していた。
それどころか。
「―――――ク!」
ドゴォ!
翼で空を叩き、地面へと突っ込むキメラを、ギリギリで回避するエコーズだったが、このキメラは触れなくても熱気で体力を奪う。
エコーズの腕が熱で爛れ、袖が燃える。
さらに今の攻撃で足元の岩盤が割れ、真っ二つになって溶岩を彷徨う。
割った勢いのまま、キメラは溶岩へと潜り、一秒と経たず飛び出してくる。
飛び散った溶岩の飛沫が空気を焼いた。
「ちくしょう、めちゃくちゃ強いじゃねぇか! 出し惜しみしてる場合じゃねえな!」
「隠してる物があるならさっさと使って欲しかったと、ワタシはおも」
「使い捨てだからもったいなかったんだよ!」
叫びつつ、エコーズは胸元のペンダントを引きちぎり魔力を込める。
「召喚! 『クロックワークス』!」
ペンダントが空間を越えて全身鎧を呼び寄せる。
握った指の間からシュパァと光が飛び出し、エコーズの体に次々と纏わり付き形を成した。
光が消えれば、そこには機械仕掛けの全身鎧を装着したエコーズがいた。
ガキガキガキガキ、と体中で歯車がかみ合う音を聞きながら、溢れる全能間にエコーズは思わず薄く笑う。
「ククク……!」
「悪役っぽいとワタシは思う。…………本物?」
「レプリカだ。すぐ壊れちまうが……あいつ程度なら、十分だッ!」
レプリカとは言え神代の鎧。
その効果は力の上昇、速度の上昇、何より嬉しい耐久力。
もう魔力で体を強化しなくても良い!
「これで好きなだけ殴れるぜぇえええええええ!」
ゴガァッと地面を踏み砕くと同時、魔力の噴出で一気に速度を引き上げ、エコーズはキメラへと殴りかかる。
――――――――ゴォアアアアアアアアアアアアア!
彼我の力の差はまた逆転し、決着が付くまでそう長い時間はかからなかった。
【第二層 樹海中央部】
雨が降り始めた。
僕が第二層に来てから何日目かは知らないが、数日振りに降る雨である。
空に溜まる雲は雷を孕み、時折、雷光を落としている。
そんな中、子ガニたちは移動を始めた。
エサがなくなったからだろうか。
ギッコギッコと鳴き声なのか間接の音なのか判別付きづらい音をさせつつ、子ガニたちは歩いていく。
だが、大陸中のモンスターが集結したということは、何処に行っても彼らの胃袋を満たすものはないのではないだろうか。
疑問に思いつつハルマサはついて行く。
子ガニたち……もう体長は20メートルを越える巨大なプラチナ甲殻種たちは、ハルマサがこれまで足を運んだことのない、湖へと行くようだ。
この大陸には二つの巨大な湖がある。
盾に長い楕円系の大陸において、丁度目の位置になるような、二つ並んだ巨大な湖である。
その湖の周り。砂漠の中でオアシスとなっている場所でも、雨が降っていた。
砂漠に降る雨としては法外な量の、豪雨だ。
降りしきる雨の中で、ハルマサはいつか助けた甲殻種の姿を見た。
宿を食われていたヤオザミに、宿と片腕を食われたガミザミ。
彼らは、しかし死んでいた。
だがその死は、新たな生命を迎えるための準備なのであった。
(全然見なかった彼らは……ココに居たんだ……。)
オアシスにそびえ立つ、巨大な塔。
その塔の材料は、無数の甲殻種であった。
小さいカニも大きなカニも宿の部位を外側に向け、脚と鋏を互いに複雑に絡ませて、彼らは一つの高き塔となっているのだった。
その中で、ぽこんと弱点部位のコブをさらしている背中が二つあった。
もう決して動かない彼らのコブを撫で、これは一体何なのか、とハルマサは自分に問うのだった。
あまりに悪趣味ではないだろうか。
プレイヤーに助けさせた甲殻種は、自ら命を捨てて、塔となる。
この意味は一体なんだ。
いや、本当に意味なんてあるのか。
そのハルマサを横目に、プラチナ甲殻種の二匹は、高い塔を上り始める。
上に上に、仲間の死骸を乗り越えて。
雲に届かんとする甲殻種の塔はプラチナ甲殻種の巨体を受けても揺れもせず、ただ、雨に濡れているようだった。
(何を……?)
ハルマサが疑問に思うのと、目の前でビックリ箱が出現するのは同時であった。
『プレイヤーの皆さん、お元気でしょうカ! 「プラチナ甲殻種の護衛」クエストも残り6時間! 最終段階に入りまシタ! 十分に栄養を蓄えたプラチナ甲殻種は、産卵を始めマス!』
産卵……? この高い塔の上で? この夥しい数の甲殻種たちはそのために命を捧げたのか?
『プレイヤーに出来ることは見守るダケ? いえいえ、違いますトモ! プレイヤーは、これから一時間に一度ポップする、クエスト専用の魔物を撃退する必要がありマス! 産卵中のプラチナ甲殻種は無防備デス! プレイヤーは見事守り抜くことが出来るでしょうカ!』
クエスト専用の敵とはいったいなんだろうか。
少なくとも弱くはないだろう。
最後に出てくるのだから。
『クエストの段階移行に際し、クエストが終了するまで、「火山 最上の間」以外の場所で魔物がリポップしなくなりマス! これはフィールドリセットの際も例外ではありまセン! プレイヤーは目の前の魔物に集中することをお勧めしマス! それではご健闘をお祈りしマス!』
どろん、と箱は消えた。
その直後、ガサリ、とオアシスの樹が揺れる。
「おお~! 今回も高いなコリャ。」
「人……?」
背に大きな灰色の剣を背負った大柄のだった。
剣と同じ灰色の鎧で体を余すことなく覆い、耳にはキラリと光るピアスを着けている。
剣と鎧の色には見覚えがあった。
第一層のボス、クシャルダオラの硬質な鱗の色だ。
「観察眼」が告げるのはレベル18相当の猛者であること。
でもなんで人が今さらこんなところに……?
≪人ではありませんマスター。≫
サクラが言う。
≪ステータスの平均が130万ポイント以上、すなわちレベル18相当の彼が、反応からして―――――ポップした魔物であると思われます。≫
「護衛」クエスト最後の敵は――――――人間だった。
<つづく>
機械仕掛けの全身鎧と聞くと、アイアンマンを思い浮かべてしまう。
ステータス、スキル変化は微妙なので割愛。