■.1
ある一人の、王女の話がある。
武技において最強を誇り、長きに渡る戦乱の世を終わらせ、誰からも尊敬される、そんな王女の話だ。
その偉業は多くの人を引き付け、死後も彼女を慕う者は多い。
そして300年が経つ現在においても王女は信仰され、聖王としてその名を次元世界の歴史に刻んだのだった。
◇◆◇◆
光に満ちた場所だった。
そこは地上ではなく、その遥か上の天上。雲の上に存在する、この世から別れたもう一つの世界。
人々はそこに死後の思いをはせ、天国、または極楽浄土と呼んだ。
そこには途切れることなく、各々の理由で死した魂達が昇って来ている。
この魂達が通る道の傍らで今、一人の女性が魂達の視線を集めていた。
それこそ光り輝くと形容されて然るべき金糸の髪を、動きの邪魔にならないように後ろで団子に纏めた、温和で気品に溢れた女性だ。
彼女の視線は手に持った雑誌のある1ページに注がれている。ただひたすら、ある1ページだけを無表情のまま凝視している。
「……一体何をしているのですか?」
その声に女性はハッとして振り向く。
そこには彼女がよく見知った男性が訝しげな表情でいた。
「クラウス」
そう、彼女は男性を呼んだ。
「なんですか? いきなり後ろから話しかけたりしたらビックリするでしょう」
「いえ、こんな所で一人で雑誌を持ったまま、ずっとそのままでいるのを不思議に思って……」
「ああ、それでしたら――」
彼女は凝視していたページが見えるように雑誌をクラウスに向けて見せた。
そこには何の変哲もない4コマ漫画が掲載されていた。
「天界に来てからまだまだ私は精進が足りないと痛感したので」
題名は、『悟れ!! アナンダ』と書かれていて――
「この衆人に見られる中で笑わずにギャグ漫画を読むっていう苦行をやってたんですよ」
「確かにそれは苦行でしょうけど、得られる物は少ないと思いますよオリヴィエ!?」
聖王☆おねえさん
■.2
「――という訳でして、ブッダさんとイエスさんには是非とも人を救うという事をご教授願いたいとお伺いさせてもらいました」
「いや、ご教授って言われても……」
東京・立川にあるアパート『松田ハイツ』の人部屋に3人の聖人が集まっていた。
乱世を鎮めた聖王女・オリヴィエ
目覚めた人・ブッダ
神の子・イエス
この3人が机を挟んで向かい合っている。
「私が死んで天に召されてから300年が経ちました。しかしブッダさんやイエスさんに比べれば私など未熟もいいところ。
日々精進に励んでいますが、最近は伸び悩んでいるんです。
光りながら浮く練習も思うようにいかず、このままでは本当に私は私を頼ってくれる人々を救えるのか心配なんです。
そこでお二人に、何かアドバイスを頂けたらと思いまして……」
そういってオリヴィエは表情に影を落とした。
思い詰めた表情に膝の上で強く握られた拳からは彼女の悔しさがにじみ出ている。
そうなのだ。
現在のベルカがあるミッドチルダには――いや、全ての次元世界には様々な危機がある。
魔導師が起こす傷害事件から違法組織によるテロリズム。果ては世界を滅ぼしかねないロストロギアの事まで。
「確かにオリヴィエさんの出身地は危険がいっぱいだよね。ちょっと前にも危ない宝石とか本がここで暴れたりして大変だったし」
しみじみとした口調でイエスが言った。
「特に本の時なんか凄かったよね。最後の方でガンダムに出てきそうな宇宙戦艦からこう、ズギュウウウ―――ンって感じのレーザーみたいな奴が発射されたときとか。
あんまり私がびっくりしちゃったもんだからウリエルが飛んで行っちゃうところだったし」
「ああ……それは本当に危なかったね」
主にアースラに乗ってた人達が。
「でもそれを言うなら宝石の時も凄かったじゃない。いきなり木が巨大化したり、大嵐になったりして。
最後には地震まで起きちゃってたし」
「そんなこともあったねぇ。あの時もちゃんと私達は働いたよね。
なんていうか、あの時って休みを目前にして急な仕事が入っちゃって、早く終わらせようとしてテンパった結果、力みすぎちゃったみたいな」
「あ! 実は私もそうだったんだよ。ちょっと気合を入れ過ぎて宝石騒ぎの時に巨大化した木で怪我をした人どころか壊れた町まで完全に直しちゃったんだよね」
「あったね、そういえばそんな事も。あの後ブッダはあの街の住人と報道関係の人の夢枕に立って大騒ぎになる前に必死で仏スマイルを使って誤魔化してたよね。
結局それで騒ぎ自体がなかった事になっちゃったし」
「それは結果オーライってことで。
本の時はイエスが危機一髪だったよね」
「いや~、まさか住む場所の下見をしに下界に降りて、そこでテンションが上がり過ぎて出た後光が引っかかっちゃうなんてね」
「向こうから鎧を着た人達がイエスに向かって飛んできて、慌てて天使達に迎えに来てもらったんだよね」
「……被昇天移動はもうしないって決めてたんだけどねえ」
あの時はお互いに大変だったねぇ、とイエスとブッダは苦笑した。
「……流石です」
そんな2人を見て、オリヴィエは何故か感極まっていた。
「え? 一体どうしたの? 私とイエスが今話した中にそんな心打たれるものが……」
「はい。ジュエルシードも闇の書――いえ、夜天の書も今の私の力ではとてもどうにか出来るようなものではありません。
それをお二人は何でもないという風にしているので。
イエスさんとブッダさんの凄さを改めて実感しました」
「いや……その時は私達二人は大して働いてなかったから!
私はペテロやアンデレ達と一緒にデーモンハンターオンラインで珍しいキノコ探してたし!」
「私も砂絵で漫画描いてたよ!」
その時のオリヴィエの様子は、まるでアナンダのようだったとブッダは思った。
◇◆◇◆
「お二人からは大変ためになるお話を聞かせてもらいました。
今日聞かせていただいた事を胸に、また日々精進していきたいと思います」
「あ、うん……君がそれでいいなら別にいいよ」
返す言葉に困ったブッダが投げやりに言った。
「それではそろそろお暇させていただきます。今日は休暇中の中、本当にありがとうございました」
オリヴィエはイエスとブッダに向かい、深々とお辞儀をした。
「いいよいいよ、そんなに畏まらなくても。
それに君の徳の高さなら直ぐにでも悟りが開けるから大丈夫だよ」
「ブッダの言うとおり大丈夫だよ。
君のアガペーならきっと世界を救えるよ」
「ブッダさん……イエスさん……」
「困った事があったらまた気軽においでよ。迷える子羊を導くのが私の仕事だしね」
「私も人の道を説く者として、協力は惜しみませんよ」
そう言ってくれたイエスとブッダに、オリヴィエは深く感謝した。
そして何時かはこの二人のような立派な聖人になろうと、決意した。
そして……そして……
あたりは眩い光に包まれた。
「うわ!? まずい! 私達三人から後光が出てる!」
「え? あ、本当だ! どうしようブッダ!?」
「何か!? 何か徳の下がるような下世話な話をするんだ!?」
「いきなり言われても無いよ!? ティンキーベルはもう無理だよ!?」
「じゃあ……オリヴィエさん! 何か下世話な話ってある!?」
「え、えええ!? 下世話な話ですか!? えーっと……」
「早く、早く」
「早く、早く」
「え? え?」
「早く、早く」
「早く、早く」
「ぅええ!? え…わ……」
「早く、早く」
「早く、早く」
「わ……わ……わ――
そして、オリヴィエは言った。
「私の今日のパンツはレースの付いた白いパンツです!!」
光は……消えた。
その後、適当に言葉を交わしてオリヴィエは帰って行った。
■.3
前に言っていた時間になっても帰ってこないオリヴィエを心配してクラウスが様子を見に行く途中、オリヴィエは心配そうにする天使達に囲まれながら倒れていた。
「オリヴィエ!!」
慌ててクラウスが駆け寄ってオリヴィエを抱き起こす。
オリヴィエの顔は蒼白で、荒い息と吐き、多量の汗を掻いて四肢に力が入らないような有様だった。
「大丈夫か!? 一体どうしたんだ!?」
想像だにしなかったオリヴィエの様子に、クラウスは動揺を隠せなかった。
どうしてオリヴィエはこうなったんだ。何がオリヴィエをこうさせたんだ。
僕はまた、彼女を救えないのか――
焦りに歪むクラウスの表情。昔の後悔が脳裏をよぎる。自分はまた同じ過ちを繰り返してしまうのか。
そんなクラウスに、オリヴィエは力を振り絞って何かを伝えようとクラウスの耳元へと口を近づける。
クラウスはオリヴィエの言葉を聞き逃すまいと、集中して耳を傾けた。
「……被…昇天……移…動……の苦行…は……ハイレベル……過ぎ…………た……」
そう呟いてオリヴィエは意識を失った。
「オリヴィエ? オリヴィエ―――――ッ!?」
■.4
この日、オリヴィエは下界に向かって叫んでいた。
「……凄い強欲で悪い人がレリックを使って……えーと……死んじゃった王様――あ、これ私か――をどうにかしてゆりかごを復活させようとしてるみたいですよ!
このままじゃ死んだ人……じゃなくてお使いの人? ええっと……とにかくミッドチルダで、なんかもう大変な事が起きますよ!
地上本部とか燃えちゃいますよ!
次元航行船とかもいっぱい壊れちゃいますよ―――!!」
「――お疲れ様です」
傍らに控えていたクラウスがオリヴィエを労う。
今日は年に一度ある、オリヴィエがお告げをする日だった。
「別に労われるほどの事はやってませんよ。本当ならもっと多くの人にお告げを聞いてもらいたいけど、今の私では修行不足で出来ません。
せいぜい年に一度だけカリム・グラシアにこうやって伝える事ぐらいです」
「それでもオリヴィエの言葉は下界の人々に届いて危機を知らせる事が出来ました。
後は彼らに任せれば大丈夫です。きっと何とかしてくれるでしょう」
そう励ましてくれるクラウスに、オリヴィエは胸の内が軽くなる気がした。
本当に頼りになる人です。
「そうですね、後は下界の人達を信じましょう」
オリヴィエは感謝の念を込めてクラウスに微笑んだ。
クラウスはその微笑みにやや顔を赤くしながら、微笑み返した。
「そういえばイエスさんとブッダさんにお礼をしてませんでしたね。
まだ仕事が残ってるけど……どうしましょうか」
「それなら彼女を行かせましょう。彼女なら今はちょうどシフトが空いていた筈ですし」
◇◆◇◆
ある日の昼下がり、聖家のチャイムが鳴らされた。
「はーい、どちらさまで」
ブッダが玄関を開けると、そこには長い銀髪の赤い瞳の女性が箱を持って立っていた。
「はじめまして。オリヴィエ様のお使いで来ましたリインフォースです。
あ、これは翠屋のシュークリームです」
##あとがき##
ネタは前からあった。でも文章を書く力が無かった。
でも頑張ってみたけどやっぱり無理だったって話。