マイナー武将は平穏の夢を見るか
第六話
「月っ!」
「詠ちゃん……っ!」
大通りを一本はずれた裏通り、西の門にほど近い広場で主従は再会した。
ひし、と抱き合い互いの無事を確かめ、ひとしきり「ごめんね」と「ううん、大丈夫」と交互に謝り倒す。そんな寸劇をしばし続け、華雄と温恢をはじめとした周囲にほほえましい目で見られていると気づくや否や賈駆は顔を真っ赤にしながらとび退いた。
「とにかく! 月の救出作戦は無事完了ね。あとは落陽から逃げ出す算段についてだけど……何でこいつがここにいるのよ」
そう目線を向けた先には未だ拘束されて路肩に転がされたままの張譲の姿があった。当然のことながらすでに目を覚まし、凄まじい目つきで一行を睨んでいる。
「あの場で殺してしまってもよかったんですけどねぇ」
とは顔色が悪い温恢の言。
「……いや、あんた顔色すごいことになってるんだけど」
脂汗もだらだらと流れている。
「ふっふっふ……。ちょっと先ほど無茶してしまいまして。なんかこー、くっつきかけてた左腕の骨からべき、とべり、の中間みたいな音がしたんですよね」
「わかった、わかったからあんたちょっと休んでなさい。洛陽抜け出すのはこっちでやっとくから」
「すみません、お任せしますね」
そう返答して用意してあった荷馬車に潜り込む。ついでに行きがけの駄賃とばかりに張譲を再び締め落として引きずり込む。
やがて聞こえてきた衣擦れの音から察してボロ布同然になった女官服を着替えているのだろう。
「月、あんたも」
賈駆が董卓も馬車に引っ込んでいるように促す。彼女もまた、温恢に負けず劣らず顔色が悪い。
「うん。ごめんね詠ちゃん」
「いいのよ」
再び謝罪の応酬に陥りそうになったが賈駆が無理矢理打ち切って荷馬車に押し込んだ。
*
「いらっしゃいませ仲穎さま」
さっさと普段着に着替えた温恢が迎え入れる。
左腕の添え木と包帯を交換して巻きなおそうとしているが、片手だと上手くいかないのか難儀している。
「乗り心地はよくないですが、久しぶりに自由の身になったんです。ゆっくりとおくつろぎください」
少しばかり冗談めかした物言いで気遣う温恢に董卓も微笑みを見せる。
「ありがとうございます温恢さん。けど……」
董卓が手を伸ばすのは襟元を始めとした各所を留める紐や帯。左腕の怪我のせいでしっかりと締められていないそれらを手く締め直す。
「はい、できました」
「あはははははは……。いや、かたじけない」
「左手も見せてくださいね」
「ええと……お願いできますか? こっち押さえてください。接ぎなおしますから」
董卓がしっかり腕を押さえたのを確認して右手に力を込めて骨を接ぐ。ややあって、ごりっという音がする。
「……! …………!!」
やはり痛かったらしい。無言でうずくまって耐える温恢。董卓はその腕を取って擦る。
「あ、ありがとうございまふ……」
「いえいえ」
しばし沈黙。
((……気まずいなぁ……))
初対面の二人に共通の話題なんて無かった。
……と、いうわけでもなく。
「あの、詠ちゃんの部下の人……なんですよね?」
「あ、はい、そう……なるんですかね? 最初は文遠さまの部下って扱いだったはずなんですが……」
とりあえず共通の知人友人の話でコミュニケーションを図ることにしたようである。
そうやって痛み止めの薬(超苦い)を飲んだり、荷物を整えたりしながらしばらく話し込んでいると、今度はセキトと一緒に大きな犬が荷台に乗り込んでくる。陳宮の愛犬、張々である。
どうやら呂布の自宅に寄り道して回収してきたらしい。久しぶりに会うセキトと張々にはしゃぐ董卓。しばらくじゃれて遊んでいたものの、賈駆から「早よ寝れ」と叱られてしまったので渋々横になることにする。
「じゃ、私こっちで寝てますね」
いまだに気絶したままの張譲をずりずりと端っこに追いやってその隣に身を横たえると、やはり連日の活動で疲労がたまっていたのか、温恢はすぐに寝息をたて始めた。
張々も反対側の端に身を伏せて寝に入る体勢をとったので董卓もその間に挟まって横になる。寝心地で言えばごとごと揺れる荷馬車よりも、あの座敷牢の方がましだったのだが、両隣に感じる一人と一匹の体温。そしてなにより頼りになる親友も呼べばすぐに駆けつけてくれる距離にいる。その二つがもたらす安心感からか、彼女もすとん、と眠りに落ちた。
*
そして、しばらく後。
とりあえず洛陽の都を抜け出すことに成功し、一息ついた賈駆が荷台の二人を起こそうとのぞき込むと。
温恢の乳に顔を埋めて健やかな寝息をたてる親友の姿があった。
「……やめろー……とうかねえさーん……。ぶったたくぞー……」
胸を圧迫されているせいか、なにやら悪夢を見ているらしい温恢が少し不憫になったので、とりあえず親友を揺り起こすことにした。
*
月は夢を見ていた。
それは、幼い頃、両親とともに穏やかに暮らしていた頃の夢だ。頼りになる父と優しい母の夢。
月自身は、これが夢であるということを何となく自覚していた。だがそれでも、月はこの夢から覚めたくはなかった。
幼い自分が母に抱かれ、あやすように優しく揺すられる。その感覚が心地よくて、ついつい甘えるように母の胸元に顔を埋める。
(……あれ、かあさまのお胸って……こんなに大きかったっけ?)
ふと、疑問に思うも、このあたたかさとやわらかさの前にまあいいか、と頭の中から投げ捨てた。
どうも家族で外出したときの夢らしく、周囲を見回すと威勢良く声を張り上げる売り子やら、腕を組んで歩く男女やらが目に入る。
ふと、空腹を覚えたので「おなかがすいた」と言ってみると、すぐに父が屋台で買ってきた饅頭を手渡してくれた。
作りたての饅頭はほんのりと暖かく、自分の顔ほどにも大きかった。
中身もしっかり詰まっているのか、ずしりとした重みのあるそれに大きく口を開けてかぶりつき――――
がりっ、という音と同時に「ぴぎゃぁっ!?」という声が聞こえ、さらには宙に浮いた感覚がした。
そうして、気がついてみれば。
横倒しになった視界の中に珍妙な構えで「しゃげー!」と周囲を威嚇している温恢と、それを唖然とした表情で見ている親友がいた。
*
洛陽を抜け出した一行は西に歩を進めていた。
洛陽という都市は中原における交通の要衝に位置する都。故に街道も東西南北に延びている。
反董卓連合は東からやってきているので自然、歩みは西へと向かう。
できうることならば、一行は一気に西の函谷関を越えてしまいたかった。が、そうすると馬車を引く馬が潰れかねないと判断。そのため、適度な速度で進み、時折休憩を挟んでいた。
街道には、旅人たちが野営を行えるようにいくつか道の脇に広場が設えられている。
だいぶ遅い時間に都を出立した一行もそのうちの一つで身を休めるべく野営の準備をしていた。
兵士を周囲を警戒する組と寝床や火の準備などの用意をする組に分け、持ち出してきた保存食などを使って賈駆や温恢が食事を作る。
そうして全員が食事にありつき、少しばかりくつろいだ雰囲気になったところで。
(――――どうしよう、アレ)
(どうしろというのだ)
(文和さま、親友でしょう? 何とかしてください)
見事なアイコンタクトを交わす三人。その視線の先には、三角座りで立てた膝に顔を埋めて落ち込んでいる董卓の姿があった。
耳まで赤く染まっている。よほど恥ずかしかったらしい。ときおり「へうぅぅぅぅ~~……」などといううめき声が聞こえる。
しばらくその懊悩を見守った後、温恢はんー、とかうなりながら華雄に耳打ちする。
「……そりゃ構わんが……ありなのかそれ?」
「まあちょっと荒療治臭いですけど、何時までも凹まれててもアレですし。とりあえず気分を変えるくらいにはなるでしょう」
温恢の言にふむ、と頷き一つ。やおら立ち上がるとうずくまっている董卓の側に歩み寄り。
「よいしょ、っと」
「ひゃあっ!?」
ひょい、と軽々と抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこである。思わず身を捩らんとする董卓だったが、長身の華雄に抱えられてる現状、落っこちると痛いと思い至ったのか動きを止める。
「あ、ちょっと華雄!? 温恢も!?」
「文和さまちょっとそのまま座っててください。で、華雄さまこの毛布使いますね?」
「おお。ここに下ろしていいんだな?」
そうやって敷いた毛布に董卓を横たわらせると静かに賈駆の膝に頭を載せる。
「へぅっ!? あああ、あの、ちょっと、お二人とも!?」
思わず硬直した賈駆の膝から頭を上げようとしたその額を押さえて一言。
「べつにおっぱいまさぐったくらいで怒ったりはしませんからあんまり気にしないでください」
ごふっ
「お、むせた」
「ちょ、月!? 大丈夫!? ちょっとこらアンタ! なに言い出してんのよ!」
「あっれぇー? いや、ほんとに気にしてないんですけど私ー」
真っ正面から放たれた温恢の容赦ない一言にただでさえ赤くなっている顔を涙目にして賈駆の膝枕に突っ伏す董卓。
その様はまるでおびえる小動物のようで華雄なんぞは賈駆と温恢のじゃれあいを無視して内心(かわいいなぁ)と和んでいたりするのだが。
*
「えー協議の結果、先ほどの仲穎さまの失態は『お酒の席で酔ってちょっとばかしやらかしてしまった』のと同等という判定と相成りました。ので、笑って流して各人可及的速やかに頭の中から忘却するということで」
「「「異議無ーし」」」
そういうことになった。
「それではお三方、そろそろお休みになってください。見張り番は私がやっておきますから」
董卓はいまだに消耗が激しく、賈駆も疲労・心労が積み重なっている。一番元気なのが華雄だが、彼女もまだ傷は治りきっていないのだ。
そんなわけで、とりあえず彼女ら三人を馬車に押し込んで休養を取らせ、温恢自身は熾した火の前で不寝番を勤めることとする。
兵士たちももちろん交代で不寝番をこなしつつ、ついでにとっ捕まえてある張譲の面倒を見ている。
先ほど「ほら、曼基様が作ってくださった粥だ、味わって食え。はいあーん」「ちょ、まて! 僕は猫舌なんだ! もうちょっと冷まして……あ、あちゅっ! あちゅいから! あちゅいからーーーーっ!」などという声が聞こえてきた気がするがまあ空耳だろうと思い込むことにした。
そうして、暇つぶしがてらこまごまとした作業をこなしつつ不寝番を勤めて二刻(約四時間)あまり。
のそり、と空気を揺らして華雄が馬車から這い出してきた。他二人を起こさないよう静かに、と気を使っているようだ。
「あ、おはようございます。もうちょっと寝ててもいいんですよ?」
「ああ……。いや、董卓殿がな」
「? 何か?」
「寝ぼけたのか賈駆殿の乳をまさぐりはじめてなぁ……」
「……癖になっちゃったんですかねー……?」
二人揃って遠い目をする。
遠い目をしながら温恢の手はちくちくと動いている。縫い物だ。
「……にしても、だ」
「なにか?」
「ああいや、ずいぶんと董卓殿に気を使っているな、と思ってな。何故だ?」
「何故って……いやまあ普通に主家に対しては礼を尽くすものでは?」
「まあそうだ。そうなんだが……とはいえお前はいわば新参だ。こう言ってはなんだが、そこまで董卓殿に……ひいては私たちに付き合う義理もなかろう? 正直に言えば密告……とかは無いまでも途中で姿を晦ますくらいは予想してたぞ。賈駆殿が」
そこで賈駆の名前を出してしまう辺り、素直なのか考え無しなのかいまいち判断しにくい。が、まあこういうところあってこその彼女なのだろうと流すことにした。
「いやまあ、私だってそういう礼儀どうこう、というだけじゃなく、ちゃんと先を考えての上で行動してますから。もちろん打算込みですけれど」
一人で逃げても危ないじゃないですか、このご時世。と、ちまちまと縫い物を続けながらのたまう。
「まあ涼州入って、仲穎さまと文和さまを安全な所に送っていくまではお付き合いしますよ。その後は……そのときになってから考えます。実家に帰省するのもありかなぁ」
「……そうか。まあ、あの二人の不利益にならんと言うならまあそういうことにしておいてやる。で、さっきから何を縫っているんだお前は」
ずっと温恢の手の中にある布の塊に目を向ける。
ちなみに、本来なら腕を骨折している温恢にこんな細かい作業はできないのだが、添え木による固定を最低限にして手首や肘の可動域を確保している。
これをやると変な風に骨が曲がってくっついたりするので本当なら御法度なのだが、函谷関を越えるまでは油断できないのであえてこの仕様で通すことにしているとか。
「下着の補修か? そういえば都を出るときに切られてたな、それ。……にしても大きいなくそもげろ」
見覚えのある柄に記憶を刺激されて思い出す。同時にその下着の、乳房を収める器部分の大きさにちょっと殺気が漏れる。二人とも長身なだけに余計気になるのだ、この格差。
あ、温恢が一歩引いた。
「……ええとですねー。いや、今私怪我して弓引けないじゃないですか」
「……なに? お前弓を扱えるのか?」
「まあ人並み程度には。それで、片手でも扱える飛び道具が欲しいなあ、と思いまして……」
そこで、前世知識とこの場にある材料ででっち上げてしまおうと思い至ったのである。
正直に言って、何故にこの世界にブラジャーなんてものがあるのか。温恢には不思議でたまらないのだが、あって困るものでなし。というかむしろ温恢自身にとっては助かる。なにせ乳房というのは重いのだ、この大きさになると。
話が逸れた。
「で、こうやって投石器なんて物を作ってみました」
縫い終えた品を広げると、そこにはカップ部分を重ねて革紐を取り付けた簡易投石器が。
此処にさらに布を重ねて縫い合わせて耐久性を上げるつもりとのこと。
「ほう……。面白いものを作るなお前は。汜水関の罠といい……」
「へっへっへ~。まあ出来上がったら二・三回練習したほうがいいでしょうけどね」
さらに布を足しながら縫い続ける温恢。
それを眺めつつ、他愛も無い雑談のネタを投げる華雄。
そうして、この夜は平穏に過ぎていった。
たまに馬車から変な物音が聞こえた気がしたけど気のせいということにして二人とも無視した。
*
一夜明けて。
起きだしてきた董卓と賈駆の顔は赤かった。
「……ゆうべはおたのしみでしたね?」
「違うッ!? まだそこまでやってないっ!!」
「……まだ……? そこまで……?」
墓穴である。まあ実際のところ、決定的なことはまだしていない。些か古い言い方をすれば、Bどまり。それとて寝ぼけた董卓がひたすら賈駆の乳を揉んだりしてただけの話である。
とはいえ董卓自身はもう耳まで真っ赤に染めて俯いて、まともに話も出来ない有様である。
「あーお前らじゃれてないでさっさと行くぞ。なるべく早く函谷関を越えるんだろうが」
じゃれてる賈駆と温恢に割り込んで言葉を被せる華雄。
その一言にようやく落ち着きを取り戻した賈駆が出発の号令を出す。
もちろん、野営地は綺麗に片付けて。来た時よりも美しく、の精神を叩き込まれている温恢の手配である。
*
そうして、道行を進めることしばし。
日も完全に昇って、もう少しでお昼時、という頃合。
後方を警戒していた兵が気がついた。
――――後方、土煙が上がっています。
即座に警戒態勢に移行した一行は目の良い兵を少しだけ突出させて詳細を確認させる。
しかして、返ってきた返事は
――――旗印……紺碧の張旗を確認! それと……夏侯の旗もありますっ!?
あとがき
まずはじめに
投稿が超遅れてごめんなさい
……約一年半ぶりとか本当に真面目に申し訳ありません……
ええと、言い訳をさせていただきますと、前回の投稿のあと
仕事でトラブル発生
↓
物理的に忙しくなって執筆時間が無くなる
↓
落ち着く
↓
震災発生
↓
また忙しくなる <この辺でSS書いてたことを忘れる
↓
落ち着く
↓
身内でトラブル発生
↓
忙しくは無いけど精神的に追い詰められる
↓
割と真面目に何らかの形で気分転換しないと自分がヤバい、と判断
↓
何か無いかと記憶を探ってSS書いてたことを思い出す
↓
頑張って一話書き上げた <いまここ
だいたいこんな感じでした。身内トラブル自体は解決しきっていませんが、沈静化の方向に進みつつあります
ともあれ、続きはこれから書きます。たぶん、かなりゆっくりとしたペースになるでしょう
正直な所、完結まで書ききれるかもよくわかりません。
ですが、この反董卓連合編終了までは頑張って書き上げる所存です
それではみなさま。これからもよろしくお願いいたします。
……なんで連合終了後の拠点イベントの方がネタが浮かぶんだろう……・?