マイナー武将は平穏の夢を見るか
第四話
虎牢関から洛陽へと向かう街道。
そこを駆け抜ける一団があった。
一頭立ての小さな馬車と十騎ほどの騎兵の一団である。
騎兵の装束はいずれも董卓軍のもの。
彼らが守る馬車にもまた董卓軍の旗印があった。
御者台に座るのは騎兵たちと同じ装束を纏った兵士と、馬車に乗っている貴人の世話役であろう女官である。
「華雄さま、そろそろ洛陽に着きますよ。準備しましょう」
御者台の女官が中に声を掛ける。
「おお、そうか。しかし準備といっても手形の用意くらいしかないのではないか?」
「華雄さまは一応重体ということになっていますので、それらしく擬装しておこうかと」
失礼しますね、と一声掛けて馬車の中へ。
化粧道具で顔色が悪いように見せかけ、麦わらを使った簡易の霧吹きで脂汗を演出する。
「……しかしだな、ここまでやる必要があるのか? 温恢」
「まあ、念には念を入れて、というやつです」
そう、世話役の女官は温恢の変装であった。
なぜ彼女らが洛陽に向かっているのか。それは、張遼が虎牢関守備部隊に合流した数日前に遡る。
「というかだな、お前の方が顔色悪い気がするんだが。大丈夫なのか?」
「……実を言いますと、折れた腕がかなり痛いです……」
「……無茶するなよ……」
*
虎牢関。
古くは周代より要衝として認識されており、秦代に要塞が置かれて以降は増改築が繰り返されて難攻不落と化した地である。
その要塞の一室。会議室として使われている部屋にここ虎牢関に詰める董卓軍のトップが集まっていた。
すなわち飛将軍呂布とその軍師陳宮、神速将軍張遼に猛将華雄。そして温恢である。
「では軍議をはじめるです!」
呂布付きの軍師である陳宮が高らかに宣言する。すると即座に温恢が手を挙げた。
「ではまず私から。……なんで私此処にいるんですか?」
一斉に「何を言ってるんだお前は」という目を向けられた。(呂布を除く)
「なに言ってるですか。温恢は霞殿と華雄殿の軍師なんだから軍議に参加するのは当然なのです」
「いつの間にそんなことに!? 私は輜重部隊を預かっているだけですよ!?」
「ほんとになに言ってるですか。汜水関撤退のときに見事な策を授けたと聞いてるですよ?」
「のーぉぅっ!?」
珍妙な叫び声を挙げて卓に突っ伏す温恢。
まあ汜水関での彼女の働きを考えればこういう扱いになるのは当然なのかもしれない。
「さて、温恢の疑問も解消されたようなので話を続けるです」
温恢を放置して会議を進める陳宮。
連合軍と董卓軍の戦力比から始まり、人員の配置がどうの、糧食の配給がこうの、と幼いとは思えない手際の良さで話を進めていく。
「ふむ、話は解ったがな陳宮。さっきから私の名が出てこないのが気になるのだが」
「華雄殿と温恢には別の仕事をしてもらいたいのです」
「ふむ?」
「…………詠からてがみ、こない」
「なんやて?」
ぽつりと呟いた呂布の言葉に張遼が怪訝な声を上げる。
それを受けて陳宮が説明する。
「虎牢関に赴任して以降、詠殿から指示書が来ないのです。いえ、指示書自体は来てるのですが同じような内容ばかりで指示してるとはいえないのです。
いくらなんでも不審すぎるですので、こっちから人をやってもなしのつぶてなのです」
「…………月と詠に、なにかあったかもしれない」
「なので華雄殿と温恢にはお二人の様子を探ってきてもらいたいのです」
呂布と陳宮の説明になるほど、と頷く張遼と華雄。
一方で温恢が手を挙げる。
「あの、先ほどからあがっているお名前が仲穎さまと文和さまの真名なのですか?
というかそもそも私、仲穎さまに直接お会いしたことも無いのですが」
「あれ、そうなん?」
「はい。なのでどんな人なのかも知りません」
噂でしか、と続ける温恢に一同がめいめいに董卓の特徴や人柄などを口にする。
曰く、ちっこくてかわいい
曰く、優しくて芯が強い
曰く、おかしくれる
等等……。
「なんと言いますか……噂とは真逆なんですねぇ……」
少し呆れたように温恢が呟く。そして、当たり前の疑問にたどり着く。どうして大悪人なんていうレッテルを貼られているのか、という疑問に。
「あー、そら張譲のせいや」
「張譲……って、十常侍の!? 死んだんじゃなかったんですか?」
「擬装だ」
「ぶっちゃけ月殿はハメられたのです!」
陳宮の身も蓋も無い発言にみなの顔に苦笑が浮かぶ。(呂布を除く)
「で、話を戻すです」
「うむ。私と温恢に様子を探れ、とのことだったな」
「はいです。華雄殿と温毅は怪我人。戦に出るには無理があるです」
華雄の胴にも、温恢の両腕にも包帯がぐるぐる巻きに巻かれている。
たしかにこの有様では戦場に出てもろくな働きが見込めないだろう。華雄ならばまだしも、武に劣る温恢では無駄死にしかねない。
「まあ妥当っちゅーたら妥当やな。おいねね。月たちがマズイことになっとったらそのまま逃げてもろても構へんのやろ?」
「…………ん」
「はいです。出来れば助けてあげて欲しいですが」
呂布と陳宮。二人の承認を得て「はぁ」と気の抜けた返事を返す温恢。一方、華雄の方は不満げな顔である。
「むう、先日の不名誉。戦働きにて返上したかったのだがな」
「それは怪我が治ってからにしとき」
「とりあえず纏めますと。仲穎さまと文和さまの安否の確認が主な任務で、窮地に陥っていた場合は救出、と。
助け出した後はこちらの判断で動いても?」
「構わないのです。詠殿ならばどこぞに落ち延びる算段もつけられるはずなのです」
「…………むりなら、ふたりだけでもにげる」
「……わかりました」
「うむ、任せておけ」
「恢ちゃん頼むでー」
「待て張遼。何故私には頼まない!」
張遼の軽口に華雄が文句を言うものの場は和やかに纏まった。
かくして、戦傷を負った華雄将軍が後送される、という名目で二人の洛陽行きが決まったのであった。
「それにしても……良いんですか?私みたいな新参者に任せて。裏切ったりとか」
「そのときは華雄に『ずんぱらさ』ってしてもらうのです!」
「うむ、任された」
「なにそれこわい」
「…………にゅう」
*
無事到着した二人は華雄が洛陽で与えられていた屋敷に腰を落ち着けていた。
宮中に部屋を与えられている華雄はこちらをあまり使っていなかったのだが、維持管理のため人が入っていたのだろう。屋敷は埃を被っているということも無く快適に過ごせそうだった。
ともあれ温恢はまず帰還したことを賈駆へと知らせるべく兵の一人を使者として送り、同時に残った者たちには軍装を解いて街中での聞き込みを命じる。
自身も郎官時代の同僚に当たってみるつもりだが、まずは賈駆からの返事を待たねばならない。この返事次第では動き方を色々と考えなければならないからだ。
幸いにして、すぐに賈駆直筆の返事が来た。見舞いに来るというので詳しい話を聞いてから行動しようと華雄と二人で相談して決める。
さて、程なく到着した賈駆から話を聞くと呂布たちが虎牢関・汜水関に出発した直後、気の緩んだ隙を突かれて董卓が張譲にかどわかされてしまったらしい。
生きているのは間違いないが、宮中の何処に幽閉されてるのかが分からず、故に賈駆も迂闊な行動が出来ないという。
「となると、まずは仲穎さまの居場所を探ることから始めないといけませんね」
「ボクも隙を見てちょこちょこ探してるんだけど……やっぱり人手が足りないのと監視がきつくて……」
「人手は私たちである程度埋められるでしょうが……宮中内部を探るのに向いているかというと、些か不安ですね」
何せ華雄は有名人。その上負傷中ということになっている。ほいほいと出歩くことは出来ない。
連れてきた兵士たちも都の人間からすれば田舎者。街中での情報収集ならばともかく、宮中にもぐりこむには無理がある。
「そうすると、顔が知られてなくて、宮中内部にも通じてる人は……」
「……私しかいないデスよねー……」
「ま、まあ大体のあたりはつけてあるから……」
そこはかとない悲哀に満ちた温恢の台詞に賈駆がフォローを入れるべく懐から一枚の紙を取り出す。
「これは……見取り図か?」
「一部だけだけどね。二人とも、何年か前に宮中で火事があったのは知ってる?」
「知らん」 「噂に聞いたことはあります」
「まあそんなとこだよね。で、その火事で焼けてしまった部分の再建を命じられたのが張譲だったんだ。
あいつはその仕事で功績を上げて地位と財を得た。ついでに建て直した家屋の使用許可もね」
「なるほど、いらん仕掛けを施しているんじゃないかと読んでいるわけですね? 具体的には隠し部屋とか」
温恢の指摘にふふん、と賈駆が胸を張る。
「まあ、話は分かったが……外壁だけで内部構造を殆ど描いてない見取り図でどうしろと」
「だから! その空白の部分をこれから温恢に調べてもらおうとしてるんじゃない!」
「調べるのは構わないんですが……ちょっと範囲が広いですねこれ。もう少し何らかの取っ掛かりが欲しい所です」
うーん、と三人揃って頭をひねる。
と、そうこうしているとなにやら表が騒がしい。
なんじゃらほい、と気分転換をかねて様子を見に行くことにした。ただし華雄は除く。怪我人扱いなので部屋でおとなしくしておくようにと賈駆に言われたのだ。
「どうしましたか」
「あ、曼基様。いえ、この犬が……」
「あれ、セキトじゃない」
どうやら、屋敷の庭に迷い込んできた犬と兵士たちが遊んでいたらしい。
さらにこの犬、賈駆の知ってる犬らしい。
「セキト?」
「ああ、呂布が飼ってる犬よ」
コーギーってイギリス原産じゃなかったっけ?いやそもそもこの時代にはまだ存在してないんじゃ……。
はっ、いやいやまてまて。常識に囚われてはいけない。ここは古代中国とは違う世界なんだから!
などと内心葛藤している温恢をよそに、賈駆は庭に下りてセキトと呼ばれた犬と戯れている。
気を取り直してたずねてみたところ、呂布は自宅で大量の動物を飼育しており、給金の大半が彼らと自身の食費に消えていくのだとか。
そして、このセキトはそれら飼われている動物たちのまとめ役であり、非常に頭の良い犬なんだとか。
「そんなにですか?」
「ええ。一度会った人間のことはまず忘れないし、こっちの言うことも大体理解しているみたい」
「へー…………」
ティンときた。
「文和さま、ちょっと策を思いついたのですが……どうでしょう?」
「なによ?」
「…………やってみる価値は、ありそうね」
*
翌日。
「賈文和さまのご紹介でここで働くことになりました春麗と申します。よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。旦那が亡くなったばかりだって? そんな身重なのに大変だねぇ」
「はい……。ですが、このお腹の子の為にも働かなければなりませんから……」
今朝方、急に呼び出された女官頭は新しく雇うことになったからと引き合わされた娘と雑談していた。
身重にもかかわらず急に働かざるを得なくなった娘に同情しつつも、どこに配置するかを考えていた。
大きく腹の膨れた娘に人目に付く仕事をやらせるわけにはいかない。
かといって人目に付かない仕事は単純に肉体的負担が大きい。
どうしたものかと首を捻っていると、件の娘の方からきつくても構わないと言ってきた。
申し出はありがたいが、腹の子が流れでもしたら……と心配するも、「他の人と同じように働けないのですから」と娘も譲らない。
そこまで言うなら……と、結局女官頭が折れて仕事を任せ、自身は他の女官たちの面倒を見ることにした。
無理するんじゃないよ、と心配してくれる女官頭に笑顔で礼を言いながら春麗は内心ほくそえむ。
「じゃ、セキト。仲穎様を探そうか」
当然のことながら、温恢の変装だった
あとがき
第四話ですHTAILです。今回はちょっと難産でした。
ねぇよこれ!とか言いたくなる展開かもしれませんが、すみません必要だったので。
実を言えば最初から虎牢関はスルー決定してました。
温恢には悪知恵絞りながら苦労してもらう予定です。
あといまさらなのですが、この作品はカラーとしてはゲーム本編くらいのノリの軽さで行こうと思ってます。
それとできるだけテンポ良く。
それではこれにて。ありがとうございました。
ああ……はやくキャッキャウフフな拠点イベントを書きたい……。