第六話 異界からの贈り物
その日、『箱庭』では盛大な炊き出しが行われていた。
その原因は、もちろんこの男。
「ハラヘッタ……」
世界の根源ハジメである。
宝石翁との約束通りに聖杯戦争に介入せず、ハジメは箱庭で大人しくしていたのだが、如何せん水晶だけでは足りず、聖杯戦争が失敗に終わってからというもの僅か十年足らずで酷い空腹を覚えるようになったのだ。せめて聖杯戦争が成功していれば、ハジメにも力が還元されたのだが。
そんな訳で空腹の絶頂を迎えたハジメは、だらしなく床にのびていた。
いつもなら既につまみ喰いに行っているのだが、今回は未だ自宅から出ていない。
その理由は、天井に掲げられた横断幕に書かれていた。
『第三回、目指せ!つまみ喰い我慢記録更新!』
何とも阿呆らしい内容だが、相手がハジメとなると話は別だ。つまみ喰い時期のハジメはとても危険な状態なのだが、それに輪をかけて危険な状態になろうとしているのだ。
食事係の黎明はもちろん泣いて止めたのだが、ガスマスクの権兵衛どんにシュッと一吹き顔に何かをかけられて、現在青白い顔色で静かに寝ている。彼の枕元に飾られた花が菊だったのはきっと見間違いだろう。
――ガンバレ、ハジメ!あと十分で記録更新だよ!
――新しい料理、できた。(シュコー)
――ふ。これでも食べて、気を紛らわせな。
目でそう語るのは、上から田吾作どん、権兵衛どん、与平どんだ。皆、記録更新を目指し、ハジメをかいがいしく世話している。
負けるな、頑張れ、と応援され、漢ハジメ、意地を見せる。
「あと、三十分は余裕なんだゼ……」
ハジメのその言葉を聞き、田吾作どん達は拍手し、大いに盛り上がる。
――流石、ハジメ!凄いや!
――ふ、もう一端の漢だな。
――ハジメ、凄い。これ、食べると良い。(シュコー)
権兵衛どんが差し出した巨大なピザを齧りながら、サムズアップ。場は再び大きく沸いた。
そして、迎えた5秒前。
5
4
3
2
1
パン!パパーン!!
ゼロと同時にクラッカーの音が鳴り、紙ふぶきが舞う。
記録更新を成したハジメは、未だ出掛けず、空腹に耐え、記録を塗り替えていく。
ストップウォッチを握り締め、ハジメを見守る田吾作どん達の前からハジメが姿を消したのはそれから十分後のことだった。
ハジメが姿を消してから、田吾作どん達は記録更新おめでとうパーティーを開き、大いに楽しんだらしい。
* *
ハジメが向かったのは、とある神社だった。
実は、つまみ喰いを耐える少し前に『体内』に幾つかの物体が落ちてきたのを感じたのだが、それは微弱な力だっため、放置していたのだ。
それが先日、ハジメがつまみ喰いを我慢しだした頃、その飛来物が大きな力を発するのをハジメが感じた。そして今現在、幾つかの飛来物の一つが再び大きな力を発しているのを感じたのだ。
ハジメはそれを目指して移動した。
移動した先で目に付いたのは、犬らしき生物と白い服を着た少女だった。
記録更新を成したハジメは既に我慢の限界を振り切っている。故に、委細構わず犬らしき生物に飛び掛り、その中から強い力を発していた塊を取り出す。
ふむ、素晴らしい。
輝く宝石の様な形をした力の塊を見てハジメは感嘆する。
何やら外野がうるさいような気がするが、現在ハジメは取り込み中だ。
そしてハジメは、力の塊をしばし眺めた後――
「いただきます」
――ガリン。ガリ、ガリガリガリ。ごっくん。
「ご馳走様でした」
噛み砕いて、咀嚼した。
流石、『体外』からの飛来物。結構、腹に溜まる。
腹の虫が一先ず収まり、ハジメはようやく余裕を持って辺りを見回し、気付く。
こちらを呆然とした表情で見つめるツインテールの少女と、フェレットもどきに。
えまーじぇんしー。魔王少女を発見しました。
* *
それは、ちょっと前のお話なの。
なのはは不思議な夢を見たの。暗い森と、黒い影。それと戦う男の子。
その夢が、きっと全ての始まりなの。
* *
私立聖祥大附属小学校に通う三年生の高町なのはは、フェレットのユーノという小動物と出会い、ジュエルシード回収の手伝いをすることになった。
そして今、神社でジュエルシードを取り込んだ犬を見つけて、頑張って戦っていかのだが、なかなか上手くいかず、なのはは焦っていた。
どうしよう、このままじゃ女の人が怪我しちゃうかも…?!
はやる心を持て余しながらも、懸命に戦っていたなのはの視界の端に、何かが映った。
「え?人?!」
「なんで?!あ、危ない!!」
結界を張っていたはずなのに、いつの間にか現れたのは、紺色の甚平を着た高校生くらいの少年。その人が、暴走体に向かって歩き出したのだ。
焦り、警告するなのは達の言葉を聞いているのか、いないのか。少年は歩みを緩めない。
暴走体がその強靭な前足を振り下ろすものの、それをひらり、と軽くかわし、それを何度か繰り返して、ついに暴走体の目の前まで辿り着きいた。
そして、次の瞬間。
なのは達は目を見張る。
少年は暴走体に腕を突き刺し、そのままジュエルシードを掴み出したのだ。
そして、少年が次に取った行動を見て、なのは達は目が零れるんじゃないかという位、目を丸くする。
少年は、少しジュエルシードを眺めた後、なんと、それを食べだしたのだ。
――ガリン。ガリ、ガリガリガリ。
少年がジュエルシードを齧る音が辺りにむなしく響く。
――ごっくん。
ついにジュエルシードを食べ終わった少年は、ようやくなのは達の存在に気付いたのか、こちらを見て目を丸くした。
対するなのは達といえば、あまりの展開についていけず、ただ呆然と突っ立っていたのだった。
* *
なのは達の心情など露知らず、ハジメはマイペースな態度を崩さず、なのは達を観察していた。
あれって、魔王少女だよな。あのフェレットとツインテールの改造制服には見覚えがあるし。うーん。じゃあ、もしかして今喰った宝石モドキはジュエルシード?そういえば、シリアルナンバーが書いてあったな。
ハジメは考え、検索する。
うーん?やっぱり、ミッドチルダなんてもんは『体内』には無いな。どうにも確証が持てんな。
故に、ハジメは聞いてみることにした。
「あー、そこのお嬢さん。もしかして、君は『翠屋』のお嬢さんの高町なのはちゃん?」
「ふぇっ?!そ、そうです、けど……」
「で、そっちはユーノ・スクライア?発掘を生業にしているスクライア一族の坊ちゃん?」
「え?!僕のことご存知なんですか?!」
新たな混乱の火種を放り込んでおきながら、ハジメはユーノの質問を無視し、考え込む。
やっぱ、どう考えても、この子達は魔王様御一行だよな。っつーことは、ミッドチルダは俺の『体外』に存在するわけで……。
ニタァ……。
思わず悪い笑顔を浮かべるハジメに、子供達は警戒する。
そんな子供達の反応などこれっぽっちも気にせず、ハジメは頭の中の算盤を弾く。
ミッドチルダが存在するなら、俺がやることは一つ。ジュエルシードを喰うのを我慢して、このまま成り行きを見守り、時が来るのを待つ事だ。
今後の方針をたて、ハジメは嗤う。
嗚呼、実に楽しみじゃないか。
そんなハジメに、なのは達が警戒も顕に話しかけてきた。
「お兄さん、誰なの?なんでなのは達の名前を知っているの?」
「あなたは、何者なんですか?」
そんな子供達の質問に対して、ハジメはにっこりと笑顔を作り、答えた。
「あばよ、とっつぁ~ん」
「「ええ?!」」
そう言うと共に、ハジメの姿は掻き消え、なのは達に大きな謎のみを残していったのであった。
ちなみに、その数分後、紺色の甚平の少年が、翠屋のシュークリームを買い占めていった事をなのは達は知らない。