第十九話 試合観戦
恋人の妹を、妹の親友達を救出に向かった高町恭也が歩く自然災害と遭遇し、警察に飛ばされた挙句、銃刀法違反で臭い飯を食っている、その頃。
歩く自然災害こと、ハジメはゴーストスイーパー資格試験の見物に来ていた。
「のっぴょっぴょーん!!」
追い詰められた横島の一発ギャグにより、勝負の風向きが変わり、見事その煩悩により横島は勝利を収めた。
そして、その試合を観覧していたハジメはというと……。
「だーっはっはっはっは! 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ! あの女負けやがった! 横島が勝った! あははははははははははははははははははははは!!」
案の定、爆笑していた。
そして、ハジメに拉致されたレミリアとカルロは、ハジメの真後ろの席に座り、興味深そうに横島を見つめ、言う。
「ねえ、カルロ。最近の人間って、煩悩が霊力の源になるのね」
「ふーむ。彼が特殊なだけのような気がするが、我々が幻想郷に篭ってから随分と人間も様変わりしたようだな」
二人はうっかり間違った常識を植えつけられそうになっていた。
そして、第三試合。
横島の相手は、メドーサの部下たる魔装術の使い手、陰念。
気を抜けばあの世行き。素人に怪我は得た程度の実力だった横島は、結局相手の自爆により勝利を収めた。
「おお、見事な異形化だな。いっそ幻想郷に送ってやるか?」
「やめてあげて下さい」
「あの程度の実力じゃ、送った瞬間妖怪にうっかり殺されるかと……」
誰も知らないところで陰念の死亡フラグが立っていた。
さて、調度その頃、見事小竜姫の裏をかいたメドーサは、試験会場に入り、目に飛び込んできた光景を必死になって否定していた。
「いやいやいや、そんな、まさか、こんな所に居る筈が……。あれは幻よ。きっとそうに違いない」
目をこすり、目薬をさし、再び見る。
「……幻であって欲しかった」
メドーサはその場に崩れ落ちた。
「何で、ハジメ様が此処に居るのよ……」
しかも、自分より強い大妖怪まで連れている。
まさかの死亡フラグ、否、世界の破滅フラグの乱立にメドーサの心は折れそうだった。
「諦めてはいけません、メドーサ。諦めたらそこで試合終了ですよ」
「何で貴方まで居るんですか、黎明様……」
魔族と神族の垣根を越えた食事係黎明に、慈愛に満ちた麗しい笑顔で慰められ、メドーサは泣きそうだ。
そんな時だった。
「メドーサァァァァ!!」
小竜姫が大声でメドーサの名を叫び、猛スピードでこちらに駆け寄ってきたのだ。そして、その声が聞こえたのはメドーサだけではなく……。
「ん? メドーサと、小竜姫?」
ハジメがこちらを振り返った。
それを見たメドーサは呟く。
「嗚呼、試合終了……」
「諦めてはいけません、まだ大丈夫ですよ!」
「メドーサ……って、黎明様? ……ひぃっ! ハ、ハジメ様!?」
ハジメに気付いた小竜姫は短く悲鳴をあげ、慌てて後ろ手に神剣を隠す。
顔色を悪くする彼女等の様子を気にすることなく、ハジメはこちらへ歩いてくる。
「何だ。二人とも試験を見に来たのか?」
「は、はい……」
「いえ、私は……あ、いえ、そうです。試合を見に来ました」
青い顔で頷くメドーサを小竜姫は横目で見遣り、ハジメの質問を否定しようとしたが、思い直して肯定した。ここで変に興味をもたれて、引っ掻き回されても困るのだ。
「んで、黎明。ポップコーンは買ってきたのか?」
「はい、ハジメ様! フランクフルト、ホットドックも売っていたのでコーラと共に買って来ました! 吸血鬼用に血液パックもあります!」
黎明は近くの座席に置いてある戦利品を指差し、ハジメに敬礼した。
「おー、ご苦労さん。おーい、カルロ、レミリア。血液パックが来たぞ」
ハジメは大妖怪二人に声をかけた。
「ああ、ありがとうございます」
「うー、血液パックなの? 人間界の血液パックって、変な薬品が入ってる事があって美味しくないのよね……」
素直に礼を言ったカルロに対し、レミリアは少し愚痴を零すが、その後礼を言って血液パックを受け取った。
三人が黎明の戦利品を囲んでいると、息を切らした唐巣神父が小竜姫を見つけ、駆け寄ってきた。そして、何故かメドーサといがみ合う事もせず、顔を引き攣らせて一点を見つめている事に首をかしげた。
「あ、あの、小竜姫様……?」
恐る恐る唐巣神父が小竜姫に声をかけると、小竜姫は口元を引き攣らせながら、言った。
「唐巣神父……。いいですか、あの少年には絶対に関わらないで下さい。もし関わったとしても、機嫌を損ねないようにして下さい。もし機嫌を損ねたら、何をおいても美味しい食べ物を捧げるように。良いですね?」
小竜姫のただならぬ雰囲気に、唐巣神父は戸惑う。
「そうね。あの方には絶対に近づかないのが懸命だわ。へたしたら世界の破滅だもの。魔族だって世界の破滅なんて望まないわよ」
肩を落とし、溜息を吐くメドーサに唐巣神父は目をむく。あのメドーサにここまで言わせるあの少年は一体何者なのだろうか?
会場の一角に、実は魔族よりも危険な人物が居るなどとは思いもしない。
唐巣神父の疑問を置き去りに、時間は過ぎ、次の試合が始まった。対戦カードは、ピート対雪之丞だ。
「お、カルロ。お前の甥っ子が出たぞ」
「ああ、あれがそうですか。しかし、弟にそっくりですね……」
ハジメが指差す方にカルロは視線を向け、呟く。
「中身は似てないと良いんですが……」
弟の頭の固さと言うか、阿呆っぽさを思い浮かべ、カルロは溜息を吐いた。
そんなカルロの隣りで、あれが甥っ子か、叔父の妻たる私にとってもあの子は甥っ子、挨拶しなければ、等とレミリアは計画を立てていた。カルロ危うし。
さて、ハジメ達が大人しく試合を観戦する中、それでも計画を実行しなければならないのがメドーサである。
吸血鬼の能力に、神聖な力までも使い出したピートに雪之丞が苦戦している。このままでは計画が狂う可能性があると判断し、メドーサは勘九朗に指示を出した。
ハジメと吸血鬼二人は確かに見た。試合が行われている舞台の結界に確かに小さな穴が空き、それがピートの足を貫いたのを。
さて、それでハジメ達が不機嫌になるかといえば、そうでもなかった。
「んん? 何だ、あの横やり。どうせなら舞台の中に入れるなら、横島を入れれば良いのに。その方が断然面白いのに」
鬼のような発言をしたのは、ポップコーンを貪り食うハジメだった。
「まあ、あの程度の不意打ちに気付かない甥の方が悪いですね。この程度じゃ、幻想郷では生き残れませんよ。妖怪同士の軽いお遊びで死にそうですね」
カルロは自分の甥っ子に対し、辛口な意見を言った。
「まあまあ、カルロ。仕方が無いわよ。人間界育ちで、目立つような実力者は幻想郷入りしててあまり人間界に居ないもの。人間界で生き残るだけなら、あの位の実力で丁度いいのかもしれないわ。強すぎる力は、人は忌避するもの」
レミリアのフォローを聞き、それもそうか、とカルロは思い、運ばれていく甥を見つめた。
そんな二人の横で、ポップコーンとフランクフルト、ホットドックを食い終わったハジメは立ち上がる。
「さて、俺は横島に挨拶しに行くが、お前等はどうする? ピートにでも会いに行くか?」
ハジメの言葉にカルトとレミリアは顔を見合わせ、答えた。
「いえ、私は幻想郷にかえろうかと思います。私が、これ以上ゴーストスイーパーばかりの会場に居るのも何かと不都合でしょうから」
「あら、カルロ、このまま帰っちゃうの? 甥っ子君に挨拶くらいしたほうが良いんじゃない?」
カルロの妻です、という自己紹介を狙うレミリアがカルロにそう言うものの、カルロは首を横に振った。
「いや、自分で言うのもなんだが、私のような力を持つ叔父が居るのは、人間社会の中で生きるピートにとっては重荷になるだろう。先のことは分からないが、もっと確固たる地位を持った時に会うくらいが丁度良い。それに、急がずとも我々吸血鬼には時間が有り余っているからね」
カルロの甥思いの優しい言葉にレミリアは胸がキュンキュンし、この男を絶対に逃してはいけないと思った。
新たな決意を胸に、レミリアはカルロにへばりつき、ハジメに告げる。
「ハジメ様、私もカルロと帰ることにします」
「ふーん。そうか」
ハジメはさして気にした様子もなく、腕を一振りして二人を幻想郷へと飛ばした。
そんな三人の様子を見ていた唐巣神父は、目を剥いた。何故なら、彼の連れの二人をハジメが腕を一振りしただけで消し去ったように見えたからだ。
他のゴーストスイーパー達は試合に視線を向けていたため、気付かなかったようだ。
「なっ……!?」
驚いて声を上げた唐巣神父を見遣り、その視線の先を辿ってハジメに気付いたのは、横島だった。
「ん? あれは、ハジメ……か?」
横島の呟きを聞き、唐巣神父は驚く。
「横島君、君は彼を知っているのかい?」
「え、ああ、はい。一応、ダチ……なのか?」
曖昧な横島の答えに、唐巣神父はもう少し情報が欲しいと思ったが、自分の弟子の容態が気に掛かり、急いで救護室へと向かった。
そんな唐巣神父の後を追いながら、横島は考えた。
応援に来ると言っていたが、本当に来るとは思わなかった。男の応援で残念だったが、まあ、悪い気はしない。
そうやって友情を感じている横島はきっと思いもしないだろう。
まさか、お笑いを見るノリで、ハジメが自分の試合を爆笑しながら見ていたなんて……。そして、これからの試合も自分では笑えない、間抜けで笑えるシーンを期待しているだなんて、思いもしないのであった。