第十八話 吸血鬼対決
それを知ったのは偶然だった。
「あ、横島」
「お! ハジメじゃねえか」
鯛焼きを山ほど抱えたハジメと横島は、道端でバッタリ出くわしたのだった。
二人は近くの公園に行き、話をする。
ハジメは横島に鯛焼きを一つ分け、残りの鯛焼きを頬張っていく。
「ほー。ゴーストスイーパー試験か」
「そうなんだよ。今度俺も試験を受けることになっちゃってさー」
ここから俺の輝かしいゴーストスイーパー人生が始まるんだ、と鯛焼き片手に横島は熱く語った。
「ふーん。面白そうだな。最終試験は見物に行くから、最後まで残れよ」
「おう! まかせとけ!」
張り切る横島は意気揚々と去っていき、ハジメもまたその日を楽しみにしながら『箱庭』へ帰っていった。
* *
それから数日後。
横島は無事最終試験まで残ったらしい。
最終試験一日目、ハジメはふと、思いついた。
「そうだ。カルロも連れて行こう」
カルロの甥であるピートもゴーストスイーパー試験に参加しているはずだ。
思い立ったが吉日とばかりに幻想郷を訪れ、ハジメはカルロを捕獲し、それに強引に引っ付いてきたレミリアを連れ、町外れの廃屋に居た。
「ふむ。俺としたことが、吸血鬼が日光に弱いというのを忘れていた」
いやあ、うっかりうっかり、とちっとも反省の色を見せないハジメの横には、青白い顔で横たわる美男子と、それを心配そうに介抱する美幼女が居た。いわずと知れた、カルロとレミリアである。
カルロは何の前触れも無く現れたハジメに一瞬で簀巻きにされ、「お前の甥の試合を見に行くぞ」という言葉と共に燦燦と降り注ぐ太陽の下へ拉致されたのだ。その時ちょうど遊びに来ていたレミリアは日傘を持っていたため、大事に至らなかったのだが、簀巻きにされたカルロは手で日光を遮ることも出来ず、顔に大火傷を負ってしまった。
「カルロ、大丈夫?」
「しばらく横になっていれば問題ないさ」
心配そうにカルロの顔を覗き込むレミリアに、カルロは安心させるように微笑む。
火傷のダメージなど、カルロにとっては大したことではない。それよりも問題は、カルロの顔が太陽の光で焼かれたとき、「おや、大変だ」という一言と共に、治療しようとハジメに注がれた力の方が問題だったのだ。
ハジメが気まぐれによこした力は、ハジメにとっては髪の毛一本ほども力を込めていないものだったのだが、カルロにとっては恐ろしく強大なもので、体に馴染むまでに時間がかかりそうだった。恐らく、この気分の悪さが収まれば、以前よりも数段強くなっているだろう。
怒るべきか、感謝すべきか悩み所だった。
「まあ、今日の夜までには馴染むだろう」
ハジメはそう言って、懐から座布団と煎餅の入った器、そして湯のみと急須を取り出して寛ぎ始めた。
そのマイペースな姿に、カルロとレミリアは何ともいえない気分になったが、賢明にも余計な事は言わなかった。
そうして日中は廃屋でダラダラと過ごし、日が暮れる頃にはカルロの体調は回復した。
その頃にはハジメは何処からともなくレトロな型のテレビを持ってきて、それを見ながら寝転んで煎餅を齧っていた。ちなみにテレビに映っているのはゴーストスイーパーの最終試験の様子である。テレビの画面の端に、『撮影・黎明』と表示されている。
そして体調が回復したカルロとレミリアは、これまた何処からとも無く現れた卓袱台を囲み、テレビを横目に茶を啜っている。
「最近のゴーストスイーパーって質が落ちたんじゃないかしら?」
「そうだな。少なくとも幻想郷入りする前に会ったハンターは彼等とは次元が違う」
厳しい評価を下す二人だが、判断基準が間違っているのには気付いていない。
そもそも、二人は力の桁が違う大妖怪なのだ。そんな彼等に立ち向かえるのは、それこそ超一流の実力を有した者になる。
そんな超一流のゴーストスイーパーばかり見てきた二人は、ゴーストスイーパーの実力の平均値を高く見積もりすぎていた。
それをもし他のゴーストスイーパーが知れば、涙ながらに「それは違う」と説いただろうし、そもそも新人ゴーストスイーパーと比べるのが間違っている。
録画されたゴーストスイーパー達の試合を見ながら、自分の甥もあの程度なのだろうか、とカルロが思ったその時だった。
「ちょっと、もうちょっと丁寧に扱いなさいよ!」
気の強そうな少女の甲高い声が聞こえてきたのだ。
「うるせぇガキだな……、さっさと歩け!」
「きゃっ!」
「アリサちゃん!」
何やら下の階が騒がしい。
「うるさいわねぇ、何事かしら?」
「ふむ。少女二人に、男が五人、と言ったところだな」
煩わしそうに眉を顰めるレミリアに、カルロが気配を探りながら答えた。
「こちらに向かってくるな」
カルロがそう呟いた、その時、扉が開いた。
* *
その日、アリサ・バニングスは親友の月村すずかと一緒に帰宅しようと車に乗って移動中だった。もう一人の親友の高町なのはは『魔法』の修行の為に不在だ。
アリサとすずか、なのはは今年の春に小学六年生になった。
この数年間で様々な出来事があった。
なのはが『魔導師』になった事や、実はすずかが『吸血鬼』の一族であった事を知ったりした。
そして、大財閥の娘であるが為に誘拐された事もあった。その誘拐で、アリサはバニングス家に雇われたエージェント達の手によって救出されたが、そのときの恐怖は少なからずアリサの心に傷を残した。
そして今日、車で下校中に襲撃に遭い、アリサはすずか共々、再び誘拐されたのだった。
誘拐犯の数は五人。しかし、襲撃の際に見たその身体能力は異常であり、恐らく今回の誘拐は月村関係だろう。
アリサは冷静にそう分析しながらも、心臓はバクバクと早鐘の如く打っている。
恐い怖いコワイ!!
心が悲鳴を上げるが、ここで負けるわけにはいかない。弱みを見せればつけこまれると、アリサは理解していた。上手く立ち回り、助けを待つのだ。
「ちょっと、もっと丁寧に扱いなさいよ!」
アリサは夢にも思わない。
まさか、誘拐犯やら、『吸血鬼』モドキの人間が可愛く見える程のトンデモない存在が、壁一枚向こうでダラダラしているなんて、思いもしなかったのだった。
* *
「だ、誰だ、お前達!?」
誘拐犯が叫ぶが……。
バリバリバリ。
ずず~。
ずず~。
超無視。
三人は煎餅を喰ったり茶を啜ったりとマイペースに寛いでいる。
「誰だって、聞いてんだよ!?」
「おい」
激昂しそうな様子の男を、仲間の一人が落ち着けと嗜める。
「別に誰でも構わないだろ? どうせ見られたからには死んでもらうしかないんだからな」
「はっ、そうだな……」
誘拐犯達はハジメ達に視線を向け、暗い笑みを浮かべる。
その言葉を聞いて慌てたのが、アリサとすずかだった。
「そこの三人、逃げて!」
「この人達、吸血鬼なの!!」
口々にそう叫び、マイペースな三人に忠告した。
そんな少女達の忠告に、茶を啜っていた二人、カルロとレミリアが反応した。
そんな二人の様子に気付かず、誘拐犯の男は手を振りかざした。
「うるせぇっ!」
「きゃぁっ!?」
パシッ、という乾いた音と共にアリサは床に崩れ落ちる。
「アリサちゃん!」
その様子を見たすずかが、誘拐犯達を睨みつける。
すずかはそろそろ我慢の限界を迎えようとしていた。
アリサは『吸血鬼』である自分を受け入れてくれた大切な親友だ。もし、これ以上アリサを傷つけようとするなら、自分の『力』を使ってでもそれを阻止するつもりだった。
例え、その異質な恐ろしい『力』の所為で、でアリサが自分から離れるようになろうとも……!
そんな悲壮な決意をするすずかだったが、幸運というべきか、残念というべきか、その決意は悲しくなるほどに無駄に終わった。
「吸血鬼だと……?」
「惰弱な人間風情が、吸血鬼を名乗るですって……?」
主にこの二人、カルロとレミリアの手によって、誘拐という名の演目は、強制的に幕を下ろされようとしていた。
* *
ハジメはごろごろとだらしない格好で煎餅を貪りながら、テレビ観戦を続けている。
「ははは! いいぞ、横島、面白すぎる!」
みっともない顔をしながら逃げ惑う横島を見ながら、ハジメは上機嫌だ。
そんな上機嫌なハジメの背後では、目を覆うよう人外魔境な惨劇が繰り広げられていた。
「惰弱! 脆弱! 貧弱! 何たる弱さ! この程度で吸血鬼を騙るなど、片腹痛い!!」
「ひぎゃぁぁぁ!!」
「お、お母ちゃ、ぐふぅっ!?」
カルロはギリギリ意識が飛ばない程度の絶妙な力加減で二人の男をたこ殴りにしている。
「うふふ。好きなだけ踊るといいわ。踊り疲れたその時が、あんたの最後よ」
「ひぃぃぃぃっ!?」
レミリアは加減された小さな光弾を飛ばし、男はそれを必死になって避けるが、避けきれずにかすり傷が増え、着ていた服がボロボロになっていく。
双方共に、一方的な展開であった。
とりあえず、レミリアは男のストリップなんぞに興味は無いので、男が見苦しい格好になる前に光弾を男の腹に叩き込み、意識を刈り取った。
ボロボロになった男を前に、レミリアは、ふと、ある事を思いつく。
「あ、けど、これがカルロなら……」
レミリアは衣服が破け、素肌を晒すカルロを思い浮かべる。
何て素敵なチラリズム。
「イイ……」
思わず涎を垂らしそうになるものの、直ぐに正気に戻ったレミリアは、いやん、私ったらハシタナイ、と頬を赤く染めて、身をくねらせた。
そんなレミリアを幸いにもカルロは見ていなかったが、その時確かに悪寒が背筋を這い登った。
「うっ、何か、悪寒が……」
その悪寒により、うっかり力加減を間違えて、カルロは男達の意識を刈り取った。
「あ、しまった……」
男達はカルロの足元に崩れ落ちた。
レミリアが男を引き摺りながら、カルロの元へ近づく。
「カルロー、こっちは終わったわ」
「ああ、こちらも終わった」
五分もかからず男達をボロ雑巾のようにしたカルロとレミリアは、男達をそのまま放置し、再びテレビ観戦に戻る。
「おお、二人とも。今、調度面白いところだぞ」
「ああ、ハジメ様のお気に入りの人間の試合ですか」
「あら? あの男、ドクター・カオス?」
何事も無かったかのような三人の遣り取りに、部屋の隅で縮こまっているアリサとすずかは、ただ呆然としていた。
「……ええと、実は、あの誘拐犯は凄く弱かったって事?」
「……違うと思う」
何ともまあ、あっけない幕切れだった。
* *
ハジメがもう一度横島の活躍を見ようと、映像をまき戻ししていると、本日二番目の訪問者が現れた。
その訪問者は、二十代前半の年頃の男女二名だった。
「すずか!」
「すずかちゃん、アリサちゃん、無事か!?」
言わずと知れたカップル、月村忍と、その恋人、シスコンの高町恭也であった。
「お姉ちゃん!」
「あ、大丈夫です。大して怪我もしてません」
忍がすずか達に駆け寄り、無事を確認して安堵の溜息を吐いた。そして恭也は。ボロボロになった男達を一瞥し、それを成したと思われるハジメ達に鋭い視線を向けた。
恭也の刺すような鋭い視線をハジメ達は受けつつも、マイペースさを崩すことはせず、ケラケラと笑いながらテレビを見ている。
徐に、恭也が口を開く。
「おい、あんた達――」
「あーっはっはっは! ここだ、ここ! 見ろ、この横島の顔!!」
恭也の言葉に、ハジメの爆笑が被った。
「……おい、この男達をやったのは――」
「あっはっは! ドクターカオスも残念な面白さだ!!」
またもやハジメの爆笑に恭也の言葉が掻き消された。
「……なあ、ちょっと、聞――」
「あははははははははははははははは!!」
恭也はちょっと涙が出そうだ。
「ハジメ様。あの人間が、何か用があるようですよ」
「あ?」
恭也の様子が気の毒になったのか、カルロがハジメに声をかけ、ハジメはようやく恭也に視線を向けた。
恭也はカルロに少し感謝しながら口を開いた――が、しかし……。
「あんた達は――」
「四名様お帰り~」
恭也が言葉を発した瞬間、ハジメがそう言い、一つ手を振った。
その瞬間――。
「は?」
「え?」
「ひぅっ!?」
「きゃ、きゃぁぁぁぁぁ!?」
恭也、忍、すずか、アリサの足元に巨大な穴が空き、吸い込まれるようにして落ちていった。
四人が穴の中へと姿を消し、テレビの音だけが辺りに響く。
穴が閉じ、元通りになった床をカルロとレミリアは見つめ、何かを悟った様な表情をして、遠くを見つめた。
――頑張れ。
消えた四人の行方は知らずとも、きっと碌な事にはならないと二人は確信し、名も知らぬ四人の人間へエールを送った。
辺りにはただ、ハジメの爆笑と、テレビの音が空しく響いていた。
* *
さて、穴に落ちた四人だったが、ぺっ、と穴から吐き出された場所は意外とまともだった。
その場所は、『警察署』。
ハジメは拾得物は警察へ、という社会のルールを忠実に守り、四人を警察署へ飛ばしたのだ。
だが、しかし……。
「えーっと、あの、俺達は怪しいものじゃなくて……」
「あの、えっと……」
「どうしよう、アリサちゃん……」
「あのー、バニングス家から誘拐に関する通報がありませんでしたか?」
四人が飛ばされた場所は、確かに警察署だったのだが……。
「五月蝿い! 両手を上げろ!」
「はい、そうです、署内に侵入者が!」
「急に何もないところから現れやがった……」
「いや、何かトリックがあるはずだ。こんなに簡単に、しかも子供連れで侵入を許すなんて……。進入経路を吐かせなければ……」
恭也達四人が飛ばされた場所は、沢山の机が並ぶ署内、『刑事課』のど真ん中だったのだ。
万感の思いを込めて、恭也は呟く。
「何で、こんな事に……」
ハジメと出遭ったのが運のつき。
理不尽な迷惑を被る事。それは、ハジメと遭遇した者が必ず通る道の一つであった。