第十七話 駅弁の旅
その日、ハジメは全国津々浦々、駅弁を堪能するため、新幹線を待っていた。
「ふー、そろそろだな」
山のように買い込んだ駅弁の一つを食べながら、時計を確認する。
現在、午後十一時五十分。
本来、有り得ない時間である。だが、ハジメにはこの時間帯に動いている新幹線に心当たりがあった。
「やっぱ、こういうのは雰囲気が大切だからな」
最近、空腹具合に余裕の出来たハジメは、こうして雰囲気を楽しむ事をするようになった。
そうして、新しい駅弁を食べるために、駅弁の蓋を開けた所で、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「ハ、ハジメじゃねえか! 何でこんな所に居るんだ?」
それは、最近知り合った勤労少年、横島忠夫だった。
* *
「よっ!」
「よっ、じゃねえよ。何でこんな所に居るんだよ!?」
「何って、駅にいるんだ。目的は一つだろう」
詰め寄る横島に、ハジメは軽く返す。
「目的って…、お前、まさか幽霊列車に乗るつもりなのかよ!?」
「そうだけど、何か問題でもあるか?」
「ありまくりじゃぁぁぁぁぁ!!」
エキサイトする横島に、ハジメはやれやれ仕方が無いな、とばかりに自分の駅弁を一つ横島に差し出す。
「お前、腹が減ってるからそんなに怒りやすくなってるんだな。よし、これをやろう」
「あ、こりゃどうも……って、違ぁぁぁぁぁう!!」
「何だ、違うのか。じゃ、駅弁返せ」
そんな横島達の会話を聞いて、美神は脱力する。
前回の遭遇の時の事もあって、美神はハジメを目にした時から警戒していたのだ。
「しかも、横島君といつの間にあんなに仲良くなったのよ…」
聞いてないわよ、と溜息を吐いた。
「ちょっと、横島君!」
「何すか、美神さん」
美神は横島を呼んでこそこそと話す。
「何じゃないわよ。何者なの、あの子」
「いや、何者って言われても、ただの食い意地の張ったダチとした言いようが無いんですが…」
驚異的なスピードで駅弁の山を崩すハジメに視線を向け、美神は言う。
「前回のマコラの事を覚えてるでしょ? マコラはああ見えてかなりの力を持つ『鬼』なのよ。あの子、只者じゃないわ」
「そ、そうなんすか?」
その美神の言葉に、横島は戸惑いを見せる。
あのハジメと初めて会った日から、横島はハジメと何度か接触し、ハジメの奢りで貧乏学生御用達店巡りをしたのだ。横島にとって、ハジメは気前の良い食道楽の友人だ。
「けど、あいつ悪い奴じゃ無いっすよ。何度か一緒に出かけたりしましたけど、特に変わった所も無かったし…。あ、けど、あの食いっぷりは只者じゃ無かったすけど」
そう言って、横島は苦笑いしながら駅弁を貪るハジメを見遣る。
あんなに有った駅弁が、今では三つしか残っていない。
その様子を引き攣った表情で見守るのは、ハジメの側でふよふよ浮いている幽霊のおキヌだ。
「そう…。けど、用心するにこした事はないわ。もしかすると彼、魔術師かもしれないから」
「魔術師? ゴーストスイーパーとは何か違うんすか?」
ゴーストスイーパーが使う力は、一般人の横島には『魔術』と同じに思えた。
「全然違うわよ。…そうね、今は時間が無いから簡単に話すけど、ゴーストスイーパーは内側の力を燃やすのに対し、魔術師は外から力を取り込んで、術を行使するの。それに、ゴーストスイーパーは外部に知られているけれど、魔術師は秘匿された存在なのよ。私もそれなりに長くこの世界に身を置いているけど、魔術師にはまだ会ったことは無いわね」
「へぇ、そうなんすか。イマイチピンとこないんですけど、滅多に見れない警戒心の強い野生動物みたいなんすね」
横島の言い様に、美神は苦笑いする。
「そんな、野生動物みたいに甘い連中じゃないんだけどね。まあ、とにかく、出来ればあまり関わりあいになりたくない連中なのよ。魔術師の世界はエグイからね」
「え、エグイんすか…?」
そう言って、横島が口元を引き攣らせた時だった。
不意に、線路に霊気が走ったのだ。
「来たようね」
「げっ!?」
美神の話に気を取られ、逃げ出すタイミングを逃した横島が呻く。
ホームに入ってきたのは、怪しい光を灯した毛むくじゃらの列車。
美神がその列車の側に立てば、うにょり、と入り口が開いた。
「さ、横島君、行くわよ!」
「いやじゃー! まだ死にとうないー!!」
「往生際が悪いわよ!」
柱にしがみつく横島を引き剥がそうとする美神に、駅弁を全て食べ終わったハジメが声を掛ける。
「おい、乗らないんなら、俺が先に乗るぞ」
そう言って、ハジメが列車に乗ろうとしたその瞬間。
うにょり。
入り口が閉じた。
「「「「………」」」」
辺りに沈黙が落ちた。
ぐわしっ!
「ああん? どういう意味だ、この野郎…」
どこぞのヤーさんのようなメンチをきり、ハジメは列車をがっちりと掴む。
「開・け・ろ」
ハジメの低い声に、列車は怯える様に震え、うにょり、と入り口を開けた。
「よし。最初から素直にそうすれば良いんだ」
満足そうにハジメは一つ頷き、列車に乗り込んでいった。
「……本当に、あの子、何者なの?」
「さぁ……」
その様子を、呆気に取られた様子で美神達は見ていた。
美神達が乗った列車の中には、悪霊でいっぱいだった。
「どうするんすか、美神さん。あんな中、行けやしませんよ!」
まだ死にたくない、と騒ぐ横島に、美神は言う。
「まあ、ちょっと待ちなさい。こんな事もあろうかと、力は弱いけど、ちゃんと役立ちそうな結界も持ってきたんだから。……ちょっと、アレだけどね」
そして、取り出したものは…。
「美神さん…」
「これって…」
横島とおキヌは生暖かい笑みを浮かべる。
「言わないで! 私もちょっと、アレかな、とは思ってるんだから!」
美神が取り出したものは、細い注連縄を輪にしたようなもので、その輪の中に美神達が入るのだ。いわゆる、『電車ごっこ』である。
「けど、これ、三人入るのがやっとなのよね…」
ちらり、と美神が見やるのは、ゆで卵を食べるハジメである。
「ん? ああ、俺の事は気にしないでくれ。必要ないから」
余裕綽々の態度で、今度は蜜柑を剥き始める。
「そ、それなら、まあ…いいんだけど……」
ハジメを魔術師ではないかと考える美神は、ハジメの言うとおりに気にしないことにした。
「それじゃあ、二人とも、行くわよ!」
「はい!」
「や、やっぱり嫌じゃぁぁぁ!!」
嫌がる横島を無視して、美神達は悪霊の群れの中へと突っ込んで行った。
美神達が悪霊の群れに突っ込んで行ってからしばらくしてハジメも動き出す。
「ふむ、そろそろ行くか」
そして、ハジメは悪霊の群れへと足を踏み込む。
悪霊はそんなハジメを見逃す筈もなく、ハジメを襲うが……。
「散れ。喰うぞ」
ハジメの一睨みで、原始的な恐怖を思い出したのか、悪霊達は一斉に飛びのいた。
それは、まるでモーセの『十戒』の様であった。
そして、ハジメはグリーン車へと辿り着き、お土産はいかがですか、という添乗員から明太子や、その他色々な物を買い、美神達に追いついた。
悪霊の塊に、美神がお札を貼っている。
「横島、終わったのか?」
「うおっ!? びっくりした、脅かすなよ」
何処から取り出したのか、白米を大盛りにした丼に、先ほど買った明太子を乗せて食うハジメに、横島は口元を引き攣らせる。
「お前、一体何してきたんだよ…」
「土産を買って、今食ってる」
もりもり食べるハジメに、横島は脱力した。
その時だった。美神のお札によって、悪霊が祓われ、足元が崩壊しだしたのだ。
横島達は急いで先頭車両へと走りこみ、それにハジメも白米をかきこみながら後へと続く。
その先頭車両で待っていたのは、可愛い女性添乗員の格好をしたその新幹線の化身だった。
なんでも、つくも神のように魂が宿った新幹線は、永きに渡る勤めが終わり、成仏しようとしていた所に、便乗して成仏しようと悪霊達にたかられたのだという。
「この新幹線は、回送ですよ、と何度言っても聞いてもらえなくて…」
けれど、これでようやく成仏できる、と新幹線の化身は微笑んだ。
かくして、幽霊列車の事件は幕を下ろしたのであった。
「おい、ハジメ。マジでこのまま新幹線に乗っていくつもなのか…?」
横島はアイスを食うハジメに尋ねる。
「おー。あの世の駅弁を食いに行く」
ハジメはそれに、平然とした態度で答えた。
「阿呆! あの世だぞ、あの世! 戻ってこれなくなるぞ!?」
「のーぷろぶれむ。もーまんたい、もーまんたい」
ハジメはそう言うと、横島を外へと追い出す。
「うお、馬鹿、押すなよ!?」
「はい、さっさと出た出た」
「お前も出ろ!」
「俺は駅弁を食いに行く」
新幹線の扉が閉まり、動き出す。
「こら、ハジメ! おい、さっさと降りろ!」
「しーゆあげいーん」
「馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」
「土産買ってくるからな~」
ひらひらと手を振って、ハジメはあの世へと旅立っていった。
一週間後。
「横島。土産買って来たぞ」
「マジかよ………」
横島の手には、『銘菓・天国饅頭』が握られていた。