第十六話 チープ味覚ツアー
それは、とある午後のこと。
「ラーメンが食いたい」
ハジメは突然そう思った。
食べたいものは、ただのラーメンではない。
学生達が愛用するような、安くて美味いラーメンが食いたいのだ。
「よし、ちょっと行ってくるかな」
そう言って、ハジメは出掛けたのであった。
* *
「待てぇぇぇぇ!!」
「マコラー!!」
日本でも有数の力の持ち主、GS界での有名人、GS美神令子は友人(?)である、六道冥子の式神を追っていた。
「横島君、冥子はどうしたのよ!?」
「いや、今はマコラ!マコラが先でしょ!?」
美神の隣を走るのは、アルバイトの横島忠夫だ。美神の色香に惑わされ、激安の賃金で美神にこき使われているのだが、本人は不満はあるようだが、それでも辞めないのだから、それで良いのだろう。
「あ、美神さん!マコラ、あそこの角を曲がりましたよ!」
美神のすぐ横を飛ぶのは、巫女さん姿の幽霊、おキヌだ。
美神に成仏させてもらうために、現在、美神の元でアルバイト中である。
「マコラー!いい加減、観念して……って、ええ?!」
「なんだぁ?!」
「マコラ?!」
曲がり角を曲がり、美神達が見たものは、紺色の甚平を着た少年と、その少年に頭を鷲掴みにされたマコラだった。
「?!!?!」
「あん?なんだ?これ、あんた達のか?」
必死になってもがくマコラに対し、少年は涼しい顔をしてる。
「ああ、助かった。そのマコラは…」
「横島君、離れて!近づいちゃ駄目!」
横島が安堵して少年に近づこうとするが、それを美神の鋭い声が制止する。
「え?美神さん?」
「その子、只者じゃないわ」
美神は鋭く少年を睨み付ける。
少年が掴むモノは、あのマコラなのだ。マコラは鬼であり、その力は人間など軽く凌駕する。
見たところ、少年は霊力を手に込めているわけでも、特別な道具を使っているわけでもなさそうだった。この少年、只者ではない。
「なんだぁ?こいつ、あんた達のモノじゃないのか?」
「あ、いや!俺達のじゃないけど、知り合いの人のなんだ!」
訝しげな少年の問いかけに、横島は慌てて答える。
「そうか。それじゃあ、ほれ、連れて行きなよ」
「お、おう。サンキュー」
「おい、お前。大人しく主人の元へ帰れよ。でないと喰っちまうからな」
「!!!!!」
マコラは怯えた様子で美神の後ろへ隠れ、ガタガタと震えている。
「ちょ、ちょっとマコラ!?」
「!!!」
マコラは美神にしがみついて離れない。
「んなぁ!?おい、マコラ!離れろ!羨ましいだろうが!!」
マコラは首を横に振って、涙目になっている。
「ああ、もう。仕方ないわね」
美神はマコラを剥がすのを諦めて、少年に向き直る。
「とりあえず、お礼を言っておくわね。ありがとう」
「どういたしまして」
少年の返答はそっけないものの、その視線は美神から外れない。
「はっ!?駄目だぞ!美神さんの乳は俺のもんじゃぁぁぁ!!」
「誰の何がお前のものだぁぁぁ!?」
そう言って美神の胸めがけてダイブする横島を、美神が張り手をかまして吹き飛ばす。
壁に激突した横島を美神は放置して、おキヌと共にマコラを連れて去って行った。
「おい、大丈夫か?」
「こ、こんな事で俺の情熱は折れない…」
派手に額から血を流しているが、元気そうである。
「なあ、お前、名前なんていうんだ?」
「あ?俺か?俺の名前は横島忠夫だ」
「そうか、横島か」
少年は納得するような仕種を見せ、言う。
「俺の名前はハジメだ。なあ、横島。美味いラーメン屋、知らないか?」
まさか、この目の前の少年が、想像もつかない大物中の大物である事など、横島は思いもしない。
これが、横島とハジメのファーストコンタクトであった。
* *
「いやー。悪いな、俺まで奢ってもらっちゃって」
「別に良いぞ。他にも店を教えてもらえればな」
「よし、任せろ!次は、駅前にあるラーメン屋だ。あそこは、ラーメンも美味いが、炒飯が一番美味いんだ」
「ほーう」
ハジメと横島は、すっかり意気投合し、ラーメン屋を回っていた。
そして、横島のお勧めの店に入ってみると…。
「あら、ハジメ様」
何故か紫が居た。
「紫?何でここに?」
「うおぉぉ!綺麗なねーちゃん!!」
興奮する横島をよそに、こそこそと紫がハジメに耳打ちする。
「ここ、妖怪が店を出してるんです」
「ああ、成程」
そう言って納得するハジメの背を、横島がつつく。
「ああ、はいはい。紫、こいつは横島。んで、横島、こいつは紫だ」
ハジメは、とても大切な部分を省いて二人をそれぞれに紹介する。
「はじめまして、美しいお嬢さん。横島忠夫です」
「あら、ありがとう。私は八雲紫よ」
キリッとした表情を作って自己紹介する横島に、紫は笑顔を返す。
ご機嫌で席に座る横島に気をつけながら、ハジメは紫に聞く。
「まさか、ここで人肉を使ってるなんて事はないよな」
「大丈夫ですよ、使っていません。あまり栄養にはならないけど、美味しいから通っているだけですから」
その返答に、ハジメは安堵する。
正直、人肉を出そうが出すまいがハジメには関係ないのだが、街中で堂々とそんな物が出されていたら嫌だ。それも、横島がそれを食べていたら、物凄く嫌だ。
「ハジメ様、あの人間を気に入ったんですか?」
「なかなか、面白い人間だぞ」
そう。ハジメは横島が気に入ったのだ。
これほど素直で、真っ直ぐな人間は珍しい。
人間の三大欲求の一つにやたらと傾いているようではあるが、こそこそしていないぶん、そこに厭らしさはなく、人の苦笑を誘う。
人間的魅力に溢れた人間と言って良いだろう。
「アラ、横島サン。また来てくれたノ?」
イントネーションに特徴のある喋り方をしたのは、この店の店主の娘で、妖怪でもある花梨だ。
「おう、花梨ちゃん!今日も可愛いね!」
「モウ、横島サンったら。何処かノオジサンみたいヨ!」
くすくす笑いながら、花梨は注文を取って調理場に去って行った。
「どうやら良い人間みたいですね。あの子、なかなか気難しいのに、あんな良い笑顔見せちゃって……」
花梨と横島の遣り取りを見て、紫は横島をそう評価する。
「だから言っただろう?面白い人間だって」
そう言って笑うハジメに、紫も笑顔を返す。
妖怪変化に好かれやすい横島忠夫。
これからの彼の変化は、実に面白く、観察にしがいがあるものだ。
花梨にセクハラをかまし、お盆で頭を強かに叩かれ、頭上に星をちらつかせる横島を横目に、ハジメは来たるべきその日を楽しみに思うのだった。