第十三話 ヴォルケンリッターといっしょ
澄み渡る青空を天狗が優雅に飛び、妖精達の弾幕が森の中で派手に響く。
そんな長閑な幻想郷の風景に、無粋な恐怖の大魔王が降ってきた。
「めてお、すと、るあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいく!!!」
ズゴォォォォォォォォォォン!!
とんでもない爆音と衝撃が幻想郷を襲う。
その爆心地で、ゆらりと立ち上がる人影があった。
「……面白かった。よし、もう一回」
「やめてぇぇぇぇ!!?」
そう呟いて空に上がろうとするのは、言わずと知れた食欲の権化、ハジメである。
そんなハジメに縋り付いて懇願するのは、食事係という名の生贄、スキマ妖怪紫だ。
ハジメがミッドチルダに居ついて早数ヶ月。
南で騒ぎが起これば食い荒らし、北で事件が起きれば丸呑みし。
ミッドチルダではロストロギア関係の物もそうだが、それ以外の新兵器関係の事件発生率が高い。
食糧の多さにうかれたハジメは、空腹に任せてどこぞの地下組織やら、研究施設を襲撃し、色々な物をもりもり喰っていった。
そんなご機嫌なハジメとは裏腹に、地下組織も管理局も頭を抱えていた。
地下組織は戦力や財産を奪われたためなのだが、管理局に関しては襲撃の最中に組織の悪事の証拠などをうっかり消し飛ばされたり、喰われたりしたためだ。
そんな自由すぎるハジメは裏からも表からも目を付けられ、両サイドから多額の懸賞金が懸けられてしまった。
やはり本人はこれっぽっちも気にしてはいなかったが。
さて、その話題の人物ハジメが幻想郷に居るのには訳があった。
「お呼びたてしてしまい、申し訳御座いません」
そう頭を下げたのは紫である。
そう。今回ハジメは、紫の珍しい頼みで幻想郷に訪れていた。
「実は、確認していただきたい事がありまして……」
そう言って案内された場所で待っていたのは、猿轡をされ、荒縄で簀巻きにされた男女三名だった。
こちらを憎憎しげに睨み付けてくるが、ここに居る輩はその程度の眼力ではびくともしない。
簀巻きにされた彼らを囲むのは、博霊の巫女たる博麗霊夢と、華胥の亡霊、西行寺幽々子。そして、何故か黎明まで居る。とりあえず、紙芝居屋スタイルで準備万端とばかりにサムズアップする姿が鬱陶しい。
とりあえずお約束になりつつある拳を黎明に振り下ろし、駄菓子を強奪しながら尋ねる。
「それで、こいつらがどうかしたのか?」
それに答えたのは霊夢だった。
「こいつらは幻想郷に侵入して、あろう事か人里を襲ったんです」
しかも羽振りの良い商家の娘を、大事なお賽銭を沢山くれる娘を!
怒りに燃える守銭奴の隣で、幽々子が自前の饅頭を頬張る。
「ひひゃもぉ、おひょわひぇひゃひょひゃ――」
「幽々子、口に入ってるものがなくなってから喋りなさい」
口いっぱいに饅頭を詰め込んだ幽々子に、紫が溜息を吐きながら注意する。
「むぐぅ………ん、えっと、襲われた人間なんですが、外傷はないのに随分衰弱しちゃってたんです。妖術の類かとも思ったんですが、衰弱しただけで、操られているような様子は無かったし、被害者は数日で元通りに暮らせるようになったんです」
「けれど事件の内容が内容ですから、妖怪が疑われてしまって迷惑してたんです。それで、こうやって捕獲してみたんですが……」
幽々子の説明を引き継いだ紫が、簀巻きにされた三人を見遣る。
「どうも、妖怪でも、人間でもないようなのです。なので、これからの処遇に困ってしまって」
人間なら話は早かったのに。
そうぼやく紫の言葉を聞いて、ハジメはここに何で呼ばれたのかを理解した。
「成程。俺を呼んだのはこいつらがこの世界の者かどうかを確かめるためか」
「はい」
ハジメは三人に視線を移し、観察する。
赤い長い髪の女と、小さな少女。そして、犬耳の男。
「……ん?おい、紫。今は何月だ」
「はい?ええと、もうすぐ師走に入りますが」
師走。十二月。クリスマス。
「ああ、成程」
得心し、ハジメは辺りを探る。
少し離れた場所に、その存在が在った。
「ふむ……。よし、紫達はこの部屋から出て、待機してろ」
「え?」
「俺はちょっとこいつらと遊ぶから」
「……良いですけど、幻想郷を壊すような事はなさらないで下さいね」
紫はそう言い置くと、白目をむきながら笑顔で気絶しているキモイ黎明を引き摺って、幽々子と霊夢を連れて部屋から出て行った。
それを確認したハジメは、胸の中にある器官を作り出す。
そして、それを作り終えると、簀巻きにされた三人の猿轡を外していった。
「……ぷはっ、テメェ、あたし達にこんなことで勝てたと思うなよ!」
「いや、実際お前負けてるよね。俺にじゃないけど、紫達に」
「ううっ」
「ヴィータ。私達がこんな状態なのは彼の所為では無いだろう」
「我々が未熟だったのだ」
キリッとした表情で、簀巻きの二人は言う。
「……シグナムもザフィーラもそんな格好で言ったって、間抜けなだけだぞ」
小さな少女、ヴィータは呆れた様子で言い、言われた二人、赤髪の女、シグナムと、犬耳の男、ザフィーラは眉間にしわを寄せた。
「大体、お前はあたし達の猿轡を外して、何をするつもりなんだよ。何聞かれたって何も喋らないぞ」
「ん?ああ、そんな事は分かってるし、お前らに喋ってもらう必要も感じないから」
「何?」
シグナムが訝しげにハジメを見つめる。
「お前達、この世界の人間じゃ無い――いや、生物ですらないだろ?」
「………」
「お前達もある意味で妖怪とも言えなくも無いが、どちらかといえば高度な科学技術で作られた存在だから、あえて言うなら無機物生命体だな」
「……あの金髪の女もヨウカイという言葉を口にしていたが、ヨウカイとは何だ」
「ああ?何だ。お前ら何度もここに来てるのに、知らないのか?」
ハジメは少し呆れた様子で説明する。
「妖怪ってのは、この世に存在するありとあらゆるものの進化形態の一つだ。しかも、結構残虐性が高い種であるうえに、人間にとっては捕食者だからな。俺はお前達が生きているのが不思議だ」
淡々と語られる内容に、三人は捕まった時の事を思い出す。
確かあの時、若い肉が三人分、だとか、尋問終わったら肉分けて、だとか言ってなかっただろうか。
今まで何人もの主に仕え、戦いに身を投じてきたが、こんな生命の危機を感じたことは無かった。
背に冷たいものが走り、三人は顔色を悪くする。
「しかし、ずるいよな、紫達。俺もヴォルケンリッターと遊びたかったのにさ。終わってから呼ぶだなんて」
ハジメのボヤキを聞いて、三人が目を見開く。
「貴様!我々がヴルケンリッターだと知っていたのか?!」
「ああ、知っている。『闇の書』の守護騎士だろ?ミッドチルダではとても有名だそうじゃないか」
「テメェ…、管理局の人間か?」
「いや、違う。けど、お前達の味方じゃ無いのは確かだ」
にやにやと笑うハジメを、簀巻き姿で三人が睨む。
「いろいろ知ってるぞ。そこの赤い髪の姉ちゃんは烈火の将シグナム。その隣のチビは――」
「誰がチビだ?!」
「お前だ、鉄槌の騎士ヴィータ。それから、そこの犬耳の兄ちゃんが守護獣ザフィーラ」
そう言い終えて、ハジメは口の端を吊り上げ、言う。
「そして、もう一人、居るよなぁ」
そう言った瞬間、ハジメの胸から手が生え、掌にリンカーコアを握りこむ。
「シャマル!」
ヴィータの喜色に満ちた声が部屋に響く。
腕が消え、ハジメが床に倒れた。
シグナムとザフィーラは安堵の息を吐くものの、すぐに気を引き締め、身をよじる。
「…破っ!!」
シグナムは縄を魔力で千切り、ザフィーラは狼形態に変身して縄から抜け出す。
「行くぞ」
「ああ」
「え、ちょ、待てよ!」
未だ縄から脱出できていないヴィータが焦った声を上げ、それをシグナムは呆れた様子ながらも縄を剣で切った。
「サンキュー」
「ああ。さあ、誰か来る前に行くぞ」
「おう!」
部屋から抜け出したヴォルケンリッターは気付かない。
倒れたハジメが何事も無かったかのように立ち上がり、実に愉快そうに笑っていたのを。
* *
森の中で身を潜め、金髪の女は息を潜めて辺りを窺っていた。
「シャマル」
声をかけられ、金髪の女、湖の騎士シャマルは顔を上げる。
「良かった。特に怪我も無いようね」
「ああ。心配をかけたな」
「いいのよ。けど、気をつけてね。何かあったら、はやてちゃんが悲しむわ」
「そうだな。気をつけるよ」
シャマルの小言に、シグナムは頷く。
そんな二人の会話に、ヴィータが少し焦った様子で割り込んだ。
「なあ、そろそろ行こうぜ。ここは色々とヤバイ」
「我々では正直ここの住人には敵わない。ここにはあまり来ないほうが良いだろう」
「そうね。じゃあ、転移の準備を――」
「おや。もう、帰るのか?」
シャマルの言葉を遮り、何処からか声が聞こえてきた。
「誰だ!」
「何処に……」
周囲の気配を探るが、声の主は見つからない。
「何だよ、冷たい奴らだ。さっきまで面をつき合わせて喋ってたってのに」
くつくつと嗤い声が響く。
「くそっ、何処にいやがる」
ヴィータの呟きに、ハジメは答えた。
「此処さ」
その声が聞こえた瞬間、シャマルの持っていた『闇の書』から手が生えてきた。
「ひっ?!」
短い悲鳴を上げながらも、『闇の書』を手放さなかったのは、流石は湖の騎士、というところだろうか。
ずるずると腕、頭、肩、胴、と這い出して、遂に『闇の書』からハジメが出てきた。
「…な、なんなんだよ、お前」
ヴィータが信じられない、とばかりに顔を引き攣らせ、ハジメに問う。
それにハジメはにこやかな顔で、答えた。
「俺か?俺の名はハジメ。俺は、お前たちの想像もつかないような存在さ」
そしてハジメは実に楽しげな様子で告げる。
「さあ、遊ぼうぜ」
* *
「めてお、すと、るあぁぁぁぁぁぁいく!!」
ズガァァァァァァン!!!
「いやぁぁぁ?!」
「ギャンッ!!」
「よし、もう一回だ」
意気揚々とハジメは空へ上がる。
「ハジメ様ぁぁぁ!やめてくださいぃぃ!!」
「紫、もう無理よ。諦めましょう」
「壊さないでって言ったのにぃぃぃ!」
嘆く紫を幽々子が慰める。
そして、騒動は続く。
「ですとろぉぉぉぉぉい!!」
ドゴォォォォォォォン!!!
「いってぇぇ?!目に砂が入った!」
「なんなんだ、あいつはぁぁぁ?!」
「あーいる、びー、ばぁぁぁぁぁぁぁっく!!」
ドガァァァァァァァァ!!!
「キャインキャイン!!」
「ザフィーラ?!」
「完全に獣化してるな」
「そんな事言ってる場合?!」
その後、ヴォルケンリッターはハジメが飽きるまで隕石鬼ごっこにつき合わされ、屍もかくや、というほうほうの体で家に逃げ帰り、はやてに大いに心配をかけることとなる。
しかし、彼等は気付いていなかった。
ハジメがわざとリンカーコアを作り出し、魔力を採集させ、わざわざ『闇の書』に道を作ったことを。
彼等は知らない。
近い将来、ハジメの暇つぶしという名の襲撃を受けることを。
彼等は知らない。
ハジメによる、『闇の書』の行く末を。
誰も、まだ、知らない。