第十話 アースラ七不思議
ハジメは物凄く暇を持て余していた。
フェイトとなのはの友情物語が繰り広げられ、プレシアが生き残ったことでアースラ内がごたごたしつつも、アースラはミッドチルダへ向けて発進した。
それは別に良い。
だが、すでに第97管理外世界、もとい地球を出発してから二週間は過ぎていた。
「まだ着かないのかよ……」
ハジメはとある一室でだらしなく伸びていたが、しばらくして日課の散歩に行くことにした。
「今日は何処から行こうかねぇ」
足音も無くハジメは歩き出した。
* *
「じゃあ、始めるよ」
そう言ったのは時空管理局執務官補佐、エイミィ・リミエッタだ。
現在、彼女を含め五人の人物がアースラ内の艦長室で額をつき合わせて話し込んでいた。
5人の顔ぶれは、まず、艦長のリンディ、その息子のクロノ、そして執務官補佐のエイミィ、フェイト、フェイトの使い魔のアルフ、といった面々だった。
何故この五人が顔を突き合わせているかというと、それはフェイトの為だった。
あの事件、通称『PT事件』の後、フェイト達は拘束された。
事件の首謀者はプレシア・テスタロッサであり、フェイトはプレシアに虐待されていたことも考慮され、監視下に置かれてはいるものの、その扱いは比較的自由だった。
そんなフェイトが毎日していることといえば、プレシアの見舞いだった。
本当なら看護をしたいところなのだが、プレシアは罪人であり、彼女には厳しい監視がついているため、フェイトに出来る事はあまりない。そして、医師からプレシアがフェイトを見たら興奮するかもしれない、それは避けるべきだ、との言葉を頂いてしまい、フェイトはプレシアの様子を見るのはモニター越しでしか許されなかった。
そして今現在、ハジメによって気絶させられてから、プレシアは自らの病の所為で現在昏睡状態にあり、未だ目覚める様子を見せない。
医師の言葉によれば、あと一ヶ月持つかどうか分からないとの事だった。
そんな状況の中、フェイトは酷く落ち込み、食欲を失っていった。
そんなフェイトを心配したのが彼女の使い魔のアルフと、艦長のリンディだった。
どうにかフェイトを元気付けようと小さな食事会を開き、主催者のリンディの部屋に五人が集まったのである。
和やかな、そして何処か緊張をはらんだ食事会は、何故か最近『アースラ』で起きている怪奇現象の話題になり、現在、七つの丸い魔力光を灯し、部屋を暗くした略式百物語スタイルへ移行していた。
ちなみに、何故魔力光なのかというと、蝋燭に火を灯すのは危ない、ということらしい。
そして、エイミィが厳かな口調で話し出した。
「これは、第97管理外世界を出発してから段々と見られるようになった現象なの……」
・七不思議・その1
ロストロギア保管庫の亡霊
~ある保管庫警備の人間の証言~
あれは、少し前の事です。
俺は、いつもの様に保管庫の警備にあたっていました。
警備の任に就いて数時間。そろそろ交代の時間だと思い、俺は最後の見回りをすることにしました。
「ん?何だ、あれは……」
保管庫内の様子を見ようとモニターを覗いてみれば、モニターの端に薄っすらと、人影が映っているではありませんか。
俺は驚き、モニターを監視している局員に言ってみれば、彼もまた驚いた表情で言いました。
「まさか!先程まで、誰も居なかったぞ?!」
とにかく、俺は慌てて保管庫へ向かいましたが、保管庫の中には誰も居らず、また、ジュエルシードも無事でした。
もう一度録画されたモニターを見てみれば、モニターには確かに人影が映っています。俺達は保管庫の出入り口の様子を見てみることにしました。
すると、どうでしょう。
出入り口が誰も居ないのに勝手に開閉したではありませんか。
ですが、出入り口を誰かが通ったような痕跡はありません。
ただ、ふっとジュエルシードの側に人影が現れただけなのです。
俺達はもちろんこの映像を解析に回しましたが、未だ謎は解けてはいません。
「そして、誰が言い出したのか。その人影は、ジュエルシードが原因で亡くなった古代人の亡霊ではないか、という噂です」
ふっ。
一つ、魔力光が消えた。
* *
その日、ハジメはジュエルシードの様子を見に行くことにした。
ジュエルシードが保管してある場所には厳重なロックがかかっており、流石に壊して入ると面倒な事になりそうだった為、ハジメはシステムに侵入する事にした。
廊下に設置してあった照明用のパネルに触れ、そこからシステムに侵入する。
「ほう…。これが異世界の科学か」
ハジメはシステムに侵入すると同時に、とんでもないスピードで学習し、ミッドチルダの技術を習得する。
「ふむ。ここはこうして、あれはこっちに……」
ハジメはシステムを理解するや否や、好き勝手いじくりだした。もちろんヘマなどしない。
そして、ハジメは保管庫の扉を開け、数分後には閉まるようにセットした。
ハジメは急いで保管庫に侵入し、丁度影が濃くなっている所に陣取って、ジュエルシードの様子を見る。
相変わらず、空腹を刺激してくれる存在だ。
とりあえず密航中であるため、喰いたいのを我慢してハジメは保管庫を抜け出した。
* *
・七不思議・その2
消える料理
~ある見習いコックの証言~
僕は管理局で見習いコックをさせて頂いています。
そんな僕の練習時間は真夜中。
時々、お腹を空かせた局員の方に簡単なものをお出ししたりしていますが、それも、ごく稀なことでした。
これは、数日前からの事です。
僕はいつも通り料理の練習をしていたんですが……。
「う~ん?何かが足りない……」
練習で作った料理を一口。
やはり、見習いの僕ではいま一つ何かが足りないようで、僕は悩んでいました。
そんな時、遅番でお腹を空かせた局員の方が食堂にやってきて、何か軽いものを、と頼まれました。
僕は作った料理をそのままテーブルに残し、キッチンでサンドイッチを作り、局員の方に渡しました。そして、残った料理を食べようとテーブルに戻ると……。
「あれ?無い……」
僕が作った料理は既に無く、変わりにメモが一枚のこしてありました。
『塩が足りない。火力が足りない』
確実に、僕の料理に対するコメントでした。
僕は試しに、そのメモ書きに従い、料理を作ってみることにしました。
「美味しい……」
食堂でお出しする料理と遜色ない味でした。
僕は翌日料理長に試しにそれを食べてもらうと、料理長に合格点を貰い、その料理を任せてもらえるようになりました。
その後、同じようなことが度々起こるようになりました。
それが何度も起こるにもかかわらず、僕は未だにメモを残してくれた人を見たことがありません。もちろん人に聞いても誰もが知らないと答えます。一体、誰が僕にアドバイスをくれるのでしょうか?
「その後、彼はいろんな人にその話しをし、ついにはモニターで監視まですることになりました。ですが、結局それは誰なのかは分かりませんでした。何故なら、急にモニターにノイズが走り、そのノイズが消えた後、その料理は消えていたのです。それは、何度挑戦しても変わりませんでした。姿の見えないアドバイザー。一体、誰――いえ、それは人間なのでしょうか?」
ふっ。
一つ、魔力光が消えた。
* *
「お、またあった」
ハジメはジュエルシードの様子を見た後、食堂へやってきた。
食堂には無人の席に、湯気を立てた料理が置かれている。
「冷めたら美味しくなくなるから、俺が食べてあげよう」
自分勝手な理屈を言い、ハジメは手を合わせ、食べ始める。
密航者の癖に堂々とした食いっぷりだ。
それもその筈。ハジメはすでに『アースラ』のシステムを掌握し、保険をかけていた。食堂に自分が来たら、食堂の監視カメラの映像にノイズが走るように細工したのだ。
「……ふむ。もう少し、辛味が欲しい」
ハジメはメモを取り出し、空になった皿の上にコメントを書いたメモを置き、去っていった。
* *
・七不思議・その3
モニターに映る人影
~とある夜勤の局員の証言~
あれは夜勤の当番の日のことです。俺はいつものシフト通り業務に就きました。これといって特に変わったことも無く、業務を終える筈だったのですが……。
「あれ……、何だ?」
同じ夜勤当番の同僚の声で、それは終わりを告げました。
同僚が見つめるモニターに人が集まり、皆一様にして妙な表情になりました。
「船首に、何か居るな……」
「人影に見えるんだが……」
皆で首を傾げました。
だって、船首の上に立つ人物が居るのは次元空間です。人間が生身で活動出来る筈がありません。
とにかくモニターの人影をアップで見てみようとしたのですが、途中でノイズが走り、上手くいきません。
そして、しばらくしたら、その人影は消えてしまいました。
一体、何なんでしょうか?
「時々、夜勤の連中によって目撃されているようなのですが、未だにその正体は分かっていません」
ふっ。
一つ、魔力光が消えた。
* *
ハジメは船首にやってきていた。
次元空間の力の奔流が気持ちいい。
ハジメは大きな船に乗ったら、一度はやるべきだ、と思っていたことがある。それは……。
「次元空間に氷山ってあるんだろうか……」
タイタニックごっこである。
なんとも不吉な遊びではあるが、あの映画のワンシーンは忘れられない。
両手を広げ、船首に立ち、一人タイタニック……。
「誰か連れてくればよかったかな……」
宇宙だろうが、次元空間だろうがへっちゃらな案山子トリオを思い浮かべながら、ちょっと空しくなってきたハジメだった。
* *
・七不思議・その4
幽霊からのメール
~某執務官の証言~
あれは、数日前のこ――
「ちょっと待て、エイミィ。それは言わな――」
ちょっと、クロノ君。遮らないでよ。
「いや、しかしだな」
残念だけどクロノ君。これ、結構噂になってるから、本人の耳に届くのも時間の問題だよ。
「なら、別に今でなくとも……」
だって、七不思議の一つになっちゃってるんだもん。これ言わないと、七不思議が完成しないじゃない。
「な、七不思議……」
さっきから、七不思議、って言って紹介してるじゃないの。気付かなかったの?
「いや、その……」
もー。クロノ君が邪魔するから、すっぱり簡単に言っちゃう。
「待て、エイミィ!」
クロノ君に『リンディ茶は食への冒涜。即刻止めさせろ』ってメールが入ったんですって。
「………」
………。
「そのメールを送った人は未だに誰かは分かっていません。ですから、艦長。その、笑顔、ええと………」
――助けて、クロノ君!艦長の笑顔が恐いよ~!
――だから、止めたのに!!
ふっ。
一つ、魔力光が消された。
* *
「む。アンケートの結果が出たな」
ハジメはシステムを掌握した後、調子に乗って極秘アンケートなる遊びを考え付いた。
アンケートの内容は……。
『リンディ茶は人の飲み物ではない』
YES 92%
NO 0%
無回答 8%
「ふむ。やっぱり、皆そう思ってるんだな」
この結果をクロノに送ってやろう。
そう決めると、ハジメは行動を開始する。
クロノが匿名のメールを受け取り、胃を痛めるのは、二時間後の事である。
* *
・七不思議・その5
午前零時の歌声
~ある見回り局員の証言~
あれは、第97管理外世界を出発してすぐの頃でした。
オレが同僚と一緒に夜の見回をしていた時の事です。
「なぁ、何か聞こえないか?」
「え?」
同僚がそう言い出し、オレは耳をすませました。
そうすると、聞こえてくるではありませんか。
聞こえてきた歌の歌詞を聴き、思わず身を震わせました。
なんて恐ろしく、不気味な歌でしょう。
その歌声は遠くから聞こえ、徐々に近付いてくるではありませんか。
思わず、近付くでもなく、ただその場で歌声の主を待ってしまいました。
そしてしばらくの後、その歌声の主は何処かの角で曲がったのか、徐々に遠ざかっていきました。
思わずほっとしたのも束の間。
「あはははははははははははははは!!」
背後から大きな笑い声が聞こえたのです。
驚いて後ろを振り向くも誰も居らず、周囲を調べても、やはり誰も居ませんでした。
「その後、彼等がその歌声を聞いた廊下では、午前零時にその歌声が聞こえてくるそうです」
ふっ。
一つ、魔力光が消えた。
* *
ハジメは暇だった。とにかく暇だった。夜中の零時に歌を歌ってしまう位暇だった。
そうやって暇を持て余していると、向こうからカモ――じゃなく、人間の気配出した。
丁度ハジメが歌っているのは怖い歌、『結んで開いて羅刹と骸』だ。
――ニヤリ。
ハジメは不敵な笑顔を浮かべつつ、歌いながら彼らに近付く。
そして、彼等と会う一つ前のブロックで曲がり、ブロック越しにすれ違った。
そして、急いで彼等の後ろに回りこむ。
そこでハジメが見たものは、ガタイのいい男があからさまに安堵していた様子だった。
「あはははははははははははははは!!」
思わずハジメは爆笑してしまい、二人に見つかる前に慌てて逃げたのであった。
その後、その悪戯に味をしめたハジメは、度々その廊下で人を待ち伏せ、驚かしている。
* *
・七不思議・その6
デバイスについた歯形
~あるデバイスマイスターの証言~
あれは一週間前のことです。私はいつものようにデバイスの調整を行っていました。
その時、私は一つのストレージデバイスに妙な痕跡を見つけたのです。
「……歯形?」
頑丈なデバイスに歯で噛んだような跡があるのです。
私が前に見たときは、確かにこんな跡はありませんでした。
そこで、私は調整中のインテリジェントデバイスに聞いてみることにしました。
「ねえ。この子、歯形がついてるんだけど。何か知らない?」
『I don’t know』
知らない、と返答を貰い、私は首を傾げます。
一体、いつこんな跡がついたのでしょうか?
「未だに、歯形の跡の謎は分かっていません。あ、あとその歯形のついてたデバイスってクロノ君のS2Uだから」
「なっ?!」
ふっ。
一つ、魔力光が消えた。
* *
ハジメはつねづね疑問に思っていたことがある。
それは――。
「デバイスって、喰うと腹が膨れるのかな?」
ハジメは疑問を解消すべく、早速行動に移した。
ハジメが潜り込んだのはデバイスの調整が行われている一室だった。
「おお。より取り見取り」
ずらり、と並べられたデバイスの数々。
ハジメは『廃棄』と書かれたダンボール箱に積まれたデバイスを手に取り、口に含んで噛み砕くが、ちっとも腹の足しにならなかった。
「やっぱ、壊れてるとダメなのか?」
机の上に置いてあったストレージデバイスを口に含んでみたものの、やはり腹の足しにはなりそうに無いと思い、吐き出した。少し歯形がついてしまったようだが、まあ、気にしない。俺のじゃないし。
ハジメは改めて部屋を見回し、インテリジェントデバイスを発見した。
「インテリジェントデバイスか……。これなら――」
『Noooooooooooooooo?!』
「………」
ハジメの呟きはデバイスの悲鳴に掻き消された。
声と一緒に喰う気まで一緒に消されたようで、ハジメはやかましいインテリジャントデバイスに話しかける。
「五月蝿い。黙れ。喰うぞ」
『OK!Boss!』
「よし。いいか、俺がここに来たことは誰にも言うなよ。言ったら喰うからな」
『All right! Boss!』
その言葉を聞いて満足したハジメは、そのまま調整室を後にしたのだった。
* *
・七不思議・その7
E-3ブロック廊下の巨大…
~とある女性局員の証言~
あれは、あたしが交代に向かうため、E-3ブロックの廊下を歩いていた時の事です。
あたしはいつも通りに廊下を歩いていたのですが、何処からか視線を感じていました。
ですが、視線を感じるといっても、E-3ブロックの廊下は長い一本道で、人が隠れるような場所はありません。
不気味に思ったあたしは急ぎ足で廊下を歩きますが、視線は未だにあたしを追いかけてきます。
そんな時、ふと、天井を見上げました。
あたしは、あれ程、恐ろしい思いをしたことがありません。
そう。そこには、天井にいたのは、巨大なゴ――
「「「きゃぁぁぁぁぁぁっ?!!」」」
「エイミィ……。自分で話しておきながら悲鳴を上げるのか……」
「なんだい、あんなのが怖いのかい?ただの虫だろ?ゴキ――」
「「「その名前を言わないで!!」」」
魔力光はいつの間にか消えていた。
* *
ハジメはE-3ブロックの廊下に来ていた。
「ここは隠れる場所が無いんだよなぁ……」
そう呟くと、ハジメは他の道を通るため、踵を返した。
カサ……。
廊下に居た、ミッドチルダから長い航海をしてきた小さな生物の存在には気付かずに……。