第八話 猪狩り
ある朝の事。
「牡丹鍋が食いたい……」
急にそんな事を思ったハジメだったが、残念ながら『箱庭』には猪に似た生物は居ても、猪は生息していなかった。
故に、ハジメは地球で猪狩りをすることにしたのだった――が。
今、ハジメの手の中にあるのは猪ではなく。
「何で、ここにジュエルシードがあるんだ……」
碧色の宝石、ジュエルシードだった。
* *
フェイトは一人、森の中でジュエルシードを探していた。
「……見つけた」
ジュエルシードのおおまかな位置を特定したフェイトは、アルフとの念話でその事を伝える。アルフからは、アルフが見たなのはの力量を聞き、通信を終了した。
フェイトは先日出会った白い服の少女を思い浮かべるも、大した感慨も無くそれを打ち消した。
「たとえ誰であっても、母さんが望むのなら……」
大好きな母のため、フェイトは森の中へ消えた。
* *
ハジメがジュエルシードを見つけて、早数時間。
ハジメは迷っていた。
喰うべきか。喰わざるべきか。
先日の樹木事件の時に、つい我慢できずにジュエルシードを喰ってしまったのだ。故に、今回は我慢すべきなのだが。
「俺の目の前に、探してもいないのに、偶然……」
最早、運命?喰っていいと運命が俺に囁いている?
口の中に溢れる唾を飲み込んで、ジュエルシードを喰う方向へ天秤が傾き始めたその瞬間。
「そのジュエル…いえ、石を渡して下さい」
黒衣の魔法少女が現れた。
* *
フェイト達が見つけたのは、ジュエルシードを持つ紺色の甚平を着た少年だった。
「そのジュエル…、いえ、石を渡して下さい」
こちらを振り返った少年は、ジュエルシードを握り、無言でこちらを見つめてくる。
「それを渡して下さい」
二度目の要求に、少年は口を開いた。
「……先に、俺が見つけた。タダでは渡せない」
その台詞を聞き、フェイトは少年を警戒する。
この少年、現地の人間かと思ったが、確実にジュエルシードの価値を知っている。只者ではないだろう。
「ジュエルシードを渡して!」
フェイトは素早くバリアジャケットを展開し、バルディッシュで少年に斬りかかる、が――。
――ガ、リン。
「え…?」
予想外の出来事に、フェイトは戦闘中にらしくない隙を作った。
まあ、それも仕方の無いことなのかもしれない。少年はあろう事か口でバルディッシュの刃を受け止め、噛み砕いたのだから。
――ガリガリ、ごっくん。
しかも、その少年。噛み砕いた刃をそのまま口に含み、咀嚼したのだ。
あまりの出来事に、フェイトは呆然とするも、使い魔のアルフが少年に突っ込んでいった事で正気を取り戻す。
少年は突っ込んできたアルフを簡単にいなし、その手を掴んで木に叩きつけた。
「ぐぅ…げほっ……」
その衝撃でアルフは蹲り、フェイトはバルディッシュを構えなおす。
レベルが違いすぎる。
フェイトがそう冷や汗をかいていると、少年が口を開いた。
「交換条件だ」
* *
「交換条件だ」
ハジメは襲いかかってきた黒衣の少女、フェイトと、使い魔のアルフにそう告げた。
「条件を満たせば、このジュエルシードを渡す」
フェイト達はこちらを警戒しながら、尋ねる。
「交換条件って?」
「とても簡単な事だ。俺の獲物を変わりに獲ってきて欲しい」
「………」
「俺はこの山へはジュエルシードが欲しくて来たわけじゃないんだ。俺が欲しいものは別にある」
「………それは、何?」
「…げほっ、フェイト、やめ…な……ごほっ……」
ハジメの交換条件に乗り気なフェイトをアルフが止める。こんな胡散臭い人間にフェイトを関わらせたくなかったのだ。
「でも、アルフ。どうしてもジュエルシードが必要なの。きっと私達じゃ、あの人に敵わない」
「でも……!」
渋るアルフに、フェイトは強い眼差しを返した。
「あー。お嬢さん方。続きを言っても良い?」
このままじゃ話が進まないと思ったハジメは、話に割り込んだ。
ハジメとしては、決心が鈍る前にジュエルシードを手放したかったのだ。
「良いよ」
「フェイト!!」
「んじゃ、話すよ。俺の交換条件は俺の獲物、猪を獲ってくる事!」
ハジメの出した条件に、フェイトとアルフは顔を見合わせる。
「「イノシシ?」」
「ん?知らないのか?」
頭上に疑問符を飛ばす二人に、ハジメは懐から動物図鑑を取り出す。質量の法則を無視した光景だった。
懐からにょきっと出てきた大きくて分厚い図鑑にフェイト達は目を丸くしながら、ハジメが指し示した動物の写真を見る。
「こいつを獲って来てくれ。ただし、親子連れだったりしたら見逃すこと。ちゃんと大人の猪を獲って来てくれよ」
「分かった」
「まあ、それ位なら大丈夫そうだね」
頷くフェイト達に、ハジメは言葉を付け加える。
「ただし、一時間以内だ。それを超えたら……」
「「超えたら……?」」
ハジメは徐にジュエルシードを口に持っていき……。
「コレ、クウ」
がぶり。
「「?!」」
フェイト達は確かに見た。ジュエルシードの端が欠けるのを。
ジュエルシードが助けを求めるように点滅するのを見て、一刻の猶予も無い事を悟ったフェイト達は即座に森の中へ入って行った。
そして一時間後。
無事に猪をハジメに引渡し、フェイトは端の欠けたジュエルシードを封印した。
封印し終わる頃にはすでにハジメの姿は無く、代わりに現れたのは、あの白い服の少女だった。
「あ、あなたは……」
「………」
白と黒。
二人の魔法少女の再会だった。
* *
一方その頃。
『箱庭』へ帰ったハジメを待ち受けていたのは――。
――ハジメ~。お腹すいたよ~。
――流石の俺も、限界だぜ……。
――………。(シュコー)
鍋セットを用意し、お腹をすかせてハジメの帰宅を待っていた案山子トリオだった。
「ああ、ごめん、ごめん。すぐ用意するからな!」
こうして、ようやくハジメと案山子トリオは牡丹鍋にありつけたのだった。