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No.19090の一覧
[0] 【ネタ】僕ひとりが人間なんです。(オリジナル)[ふぁいと](2010/06/03 17:43)
[1] 第二話 再会[ふぁいと](2010/06/03 17:51)
[2] 第三話 影人[ふぁいと](2010/06/20 22:36)
[3] 第四話 奇縁[ふぁいと](2011/03/17 12:50)
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[19090] 第三話 影人
Name: ふぁいと◆19087608 ID:64f78d5b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/20 22:36
第三話 影人



 夢じゃありません。
 確かにそう、理解しました。
 理解したから。だから――――。
「お願いします、覚めてください」
【それは矛盾してますよ】
 口に出して呟いた途端、即効で突っ込まれた。






 暦の上ではまだ春なのに何故か暑い一日だった。
 机上に頬杖をついて全開に開けられた窓を見ながら今日一日を思い出す。少し動くだけで汗ばんできたし、早く夏服に衣替えしたい。ついでに風の通りがわかるようにもう風鈴を吊るしておこうか。それだけでも気の持ちようが変わるだろうし。
 そうしよう、とぼんやり考えながら頷いた僕の左袖がクイッと下に引っ張られた。
(・・・・・・)
 その動きにつられないように必死に、いや半ば意地になったように窓の外を眺めているとその動きはだんだん大きく激しくなり、やがて頭が連動してがくがくと揺さぶられるほどになる。
【いい加減相手してくださぁい】
 どこからともなく聞こえてきた可愛らしい、けれどどこか曖昧な声音に思わず顔が引きつった。酔いそうになった頭を起こして反対側の手で目頭を押さえながら震源地である左手を見ると机に落ちた僕の影から・・・・・ひょっこりと生えた白い手首が僕の袖口を引っ張っていた。どう見てもホラー映画の一コマだ。
「・・・・・・」
 薄気味の悪い光景に言いかけた言葉が喉元で止まる。餌を待つ鯉のように数度口の開閉を繰り返してようやく我に変えった。意識して大きく息を吐き、目の前の光景をとりあえずなかったことだと視線から外して気を取り直す。
「・・・・・・少し黙っていてといったはずだけど・・・」
 いきなり影に話しかけられた心の平常を保とうと、思考を逸らすために窓に視線を向けたその時に。―――つまりついさっきだ。
【はい、だから黙りましたっ】
 五秒がかっ!
 驚きの時間感覚に思わず視線を机の上の影に戻すがそこにはもう何もなかった。白い手首などどこにも見当たらず、ただ普通に光を受けた僕の影だけが存在していた。どこに視線を定めればいいのかわからずうろうろとうろつかせた後、結局手元の影へと戻す。
「・・・あーーー。あんまり確認したくないんだけど・・・・・・」
【はいっ】
 乗り気じゃないまま唸るように声を出すと何故かノリノリの声を返された。目の錯覚じゃなければなにやら影がほんのりと朱い気がするし、ゆらりと揺らいだ気もする。気がするだけかもしれないけれど。
 躊躇いのために何度か口の中で不明瞭な言葉を転がすが短く息を吐く事でなんとか踏ん切りをつけた。
「・・・―――――僕の、影?」
【はいっ!】
 弾むような返答に額を押さえる。うん、その答え聴きたくなかった。
(うっわぁ、ほんとに喋ったよ・・・・・・。・・・・・・どうしよう
 実際に頭を抱えたくなるが、何とかそれをこらえて影を見つめる。僕の感情とは裏腹にわくわくと何かを期待するような空気とともにどこからともなくプレッシャーが飛んできた。目の錯覚でもなんでもない、ざわざわと蠢く影を見ていたらどこかなんてすぐにわかるけれど、あえてそれを無視する。
【お返事くださぁい】
 そんな沈黙に耐え切れなくなったのかまた影から声が漏れた。先ほどと同じ声。女の子っぽく聞こえるんだけど、影に性別なんてあるんだろうか。
 考えてもよくわからない事だと即座に考えるのを止め、両手で机を叩くように勢いをつけて椅子から立ち上がる。手の下で影がなにやら驚いたようにバッと散ったが気にせずベッド脇の窓際まで移動する。太陽という光源に近づくにつれ床に映る僕の影がはっきりとしてきた。窓に寄りかかり、人の上半身の形に伸びた影に照準を合わせながら腕を組む。
「・・・・・・ひとつ確認したいんだけど、最初に話しかけてきたとき、お前とは違う、なんか別の声がしてなかったか?」
【しまし―――
【――私の事ですか?】
【あっ! ひどいっ かぶったぁ~っ】
 何か答えようとした声にかぶさる様にいきなり別の声が響いた。それに抗議するように先ほどまでの声が尖る。
【もうっ もぉほんとにっ なんでそういう事するの!?】
「・・・・・・」
 唐突に始まった影同士の口喧嘩、というより一方的なまくし立てについていけずにコメカミを押さえて首を傾げると影もまた同じようにまるで悩んだような姿になった。まあ影だから当たり前だけど。
「・・・・・・もしかして何人もいる?」
 一人二役で遊んでいるとも思いがたく、恐る恐る呟いてみると口喧嘩が止まった。小さな呻き声のようなものが聞こえたと言うことはどうやら片方が物理的に止めたようだ。どうすることも出来ずに争っているらしい影を見つめているとやがて影の色がさぁっと全体的に深い紺の色味を帯びる。
【・・・“人”というのは少しおかしいですね。けれど、まあそうなりますか】
 影から響いてきたのは先ほどから聞こえていた声とは違う、落ち着いた感じの声だった。やはり記憶に残りにくい曖昧さで、先ほどの声を女の子っぽいというならば今度は男性のような若干の低さがある。―――まあ問題はそこではないけど。
「・・・・・・・・・・・・あとどれだけいるわけ?」
(僕の影の中に)
 なんともいえない奇妙な気分に腕を押さえた方の手に力を込めながら尋ねるとその影は瞬きをするようにゆっくりと影の濃度を変化させた。
【・・・それは――】
【わたし達だけでぇすっ】
 サッと朱い色が混じり、一部が紫色に変わって渦巻く。どうやら個別に色があるようだ。二つの色は交じり合うのを拒絶するように僕の形の影の中で反発し、分離する。
【・・・・・・お前ちょっと黙ってろ】
【ええ~なんでぇ? わたしだって新しいマスターとお話したいぃ!】
(・・・・・・・・・もしかして仲悪い?)
 まるで喧嘩しているかのようなその様子に首を傾げながらどこで視線を固定すればいいのかわからず蠢く影の上で視線を彷徨わせていると、すぐにその様子に気がついたらしい青い色がピタリと止まった。
【見にくいですか?】
「・・・まあ、どこに視線を向ければいいかわからないし」
 正直に告げると床の上に落ちた僕の影がいきなりフルフルと震え、頭部の辺りに亀裂が入って左右に分裂した。突然の現象に呆けて眺めていると見る見るうちに二つに別れたそれぞれが人の形を作っていく。
 背中合わせになった二つの人影。ひとつは髪が長く柔らかな曲線を描く体の胸部が少し出ており、もうひとつはそれよりも頭ひとつぶん程背が高く体つきもしっかりとしていた。
「え、これ・・・?」
【仮の姿です】
【こっちの方が見やすいんでしょぉ?】
 地面から起き上がるなんていうことはなかったが、言葉とともに少女らしき薄っすら朱い影の方が僕の方に向かってひらひらとピースサインを振る。一瞬動きの止まった青年らしき影がそれを諌めるように振り向きざまに頭を叩いた。音はしなかったが少女の影が痛そうに頭を押さえて蹲り、窓枠の影に混じって消えていく。・・・・・・うん、とりあえずなかった事にしよう。
「・・・・・・ええと、まあありがとう。確かに見やすくなった」
【いえ、当然です】
 真っ直ぐに僕を見ているらしい青年の影に向かってそういうと青年は少し頭を下げるように優雅にお辞儀した。昔テレビで見た執事のような仕草に呑まれ、少し身を引く。
「うん・・・えっと、その、僕の影、なんだよね?」
【はい】
「あの、貰った影なんだよね?」
【そうですね】
「なんで二人居るの? そういうもの?」
【いえ、元々はひとつでしたが、二つに割りました。力を落としてでもそうした方が良いかと思いまして】
「? どういう事?」
 疲れてきた足の重心をずらしながら窓枠に座り込む。多少動いても影に問題はないようだ。青年の影はまったく微動だにしなかった。
【私達は本来の持ち主であるマスターから切り離され、今のマスターであるあなたの影と融合する際、それまでの人生も全て把握しました。私達自身があなたの影でもあるからです】
「全部って・・・全部!?」
【はい。前のマスターである影の一族とは違って本来生き物の影とは生まれたときからずっと一緒に居るものですから】
 それはつまり、恥ずかしい失敗談や間抜な出来事も筒抜け。
(何が哀しくて他人にそんなことを知られなければいけないんだっ!)
【・・・・・・あの】
 出来るならば忘れてしまいたい過去の失敗談を思い出して頭を抱え悶える僕に遠慮がちな声がそっと割り込んだ。視線を影に投げかけると薄い紺色が遠慮がちにさざめく。
【ですから、勿論生まれた時の記憶もありますよ】
「!!」
 生まれた時。つまりは捨てられる前。
 考えた事もなかった。本当の親の事なんて。
 僕を捨てた親。
【知りたいですか?】
 絶妙なタイミングで尋ねてくる影に特に何も考えずに頷きかけ、我に返って慌てて首を横に振った。本当にいいのか?とどこからか尋ねてくる自分の中の小さな声に視線を落とす。
「いいよ、親なんて。考えたこともないし。―――今、僕のそばにいるのが、僕の家族だから」
【そう―――】
【そうですよぉっ! 過去なんて何ぼのもんですっ! マスターには輝く未来とわたし達がついていますっ!!】
 青年の声を遮るようにいきなり少女の声が響き、ひょこりと青年の影の隣に現れた少女の影が両手で握り拳をつくって元気よく振り上げた。これは励ましているのか、それとも素なのか。どちらにしろ現状を考えると輝く未来は待っていない気がするんだが。
【・・・・・・】
【うぎゃっ!?】
 少女に対してどう答えるべきか迷っている内に話を遮られた青年の方が何も言わずに目にも止まらぬ速さで少女を蹴り倒し、窓の外側に場外退場させた。どうやら話の腰を折られて怒っていたらしい。
 影の少女の行方を追っていた横顔が再びこちらを向いたのに気付いて思わず肩を跳ね上げたが影はそれについて特には気にしなかったようだ。何事もなかったように再び姿勢を正す。
【それで、二つに別れたわけでしたね】
「あ、ああ」
【前のマスターと今のマスター。両方の記憶を持って現状を把握しています。その上で言わせていただくと――――どうもマスターは色々と足りないものがあるようです。知識や自分の立場なども把握出来ていないようですし。いえ、こちらの世界で暮らしていたのですから仕様がないことだとわかっておりますが】
 なんだか馬鹿だといわれた気がする。というか丁寧口調だけど実際言ってるよな?
 口元が引きつりそうになるのを何とか押さえて腕を組みなおし、続きを待つ。ここで話をぶった切っても先には進まない。
【勿論、知識の面でも防衛の面でも出来ることは精一杯サポートさせていただくつもりですが、それでも不測の事態というものが御座います。双方同時に行えるかと問われれば、完璧とは言い難く・・・・・・例えばパーティ会場などでその足りない知識をサポートさせていただいている時にいきなり後ろから狙われても咄嗟に反応できないかもしれません】
「どんな状況を思い描いてるわけっ!? そもそもパーティって何!?」
 そんなものに出るつもりはない。というか向こうの世界に行くつもりは一切、ない!
 決意を滲ませて力強く言い切っても影はフルフルと小さく首を振った。
【いえ、マスターが向こうの世界にいかない事ですむ、という事はおそらくないでしょう。お父上をどんな人物だと思っているんですか】
「どんなって・・・」
 問われて父を思い浮かべる。柔らかな茶髪と同じような柔和な笑みを浮かべた―――あれ? 父は兄や母と違って小さい頃から一切外見が変わってない気がするんだが・・・。
 今、はたと気付いた事実に首を傾げながら思い浮かんだ事をポツリポツリとあげてみる。
「えっと・・・優しくって穏やかで、授業参観日なんかにやってきたら他所のママさん達のテンションが上がるくらい整った顔立ちで、たいていいつも笑ってて、まったく老けてない」
 我ながら酷い答えに影は何も答えずにただため息を吐いた。
(・・・そんな事まで出来るんだ・・・)
 暗に出された駄目だしと視線が突き刺さっているような感覚になんだか居心地が悪くて身を揺すると影の方も少しだけ身じろぎする。
【・・・―――それではただの感想ですよ。立場です、立場】
「え? ・・・・・・考えたこと、ない」
 王族だ何だと言われていたが、正直パッと来ない。どこぞの国を治めていると言われても「ああそうですか」という感じだ。物語の中のようにどこか遠い感じがして実感が持てないからだろう。
【それではいけませんよ。事実はどうあれマスターも王族の一人に連なってしまったのですから】
「そうはいっても・・・」
 困惑して顔を顰めると影はもう一度ため息を吐いた。ゆらりと人影が蠢き、腰に手を当てるような仕草をしてから形を失う。色は薄っすらと紺色を帯びていたが元の僕の形に戻っていた。
(??)
 どうしたのかわからず思わず身を屈めた僕の前に何の前触れもなくニュッと白い指が浮かび上がる。
「ぎ―――っ!?」
 咄嗟にあげそうになった悲鳴を抑えるようにその手が僕の口を塞いだ。衝撃で言葉ごと固まる。しばらくしてひんやりとしたその感触は離れていったが、体温を感じさせない手は死体のようで正直気持ち悪い。
【まずはそこから説明しましょうか】
 先ほどと同じ声とともに影の中から現れたその手が目の前で人差し指を立てて動いた。動くものを反射的に目で追いかけ、それに追随するように思考が働き始める。
「え・・・・・・じゃ、これ、お前の腕? そんなものあるの?」
(さっきも見た気がするけど)
 腕から目を離さず、けれどなるべく距離をとろうと後退りながら尋ねるとその手が頷く代わりのように縦に動いた。一度影の中に潜って紙と鉛筆を持って現れる。
【私達は一応それぞれの形を持っています。二つに別れて力が小さくなったので外に出せるのはここまでですけど】
「その道具は?」
【私達の出来る事の一つです。後で説明いたしますので、まずは立場を理解してください】
 床にその二つを置いた手が手招きをするので恐る恐る近づいた。自分の影を踏んでいいものか少し迷って指で突いてみたが床の感触しかしない。完全に影だ。
【大丈夫ですよ。別に乗ってもどうという事はありません。私達は影ですから】
 なんともないように言うのでその場に膝を下ろす。傍から見ると床に正座して自分の影から生えた白い手と向かい合っているという、なんともシュールな絵面だろう。
 手は僕の目の前に紙を置き、そのまま鉛筆を拾い上げてサラサラと何かを描き始めた。その白い手の中で上下に動く鉛筆にどことなく見覚えがあるような気がしてよくよく見てみると僕がいつも使っている便箋と机の上の鉛筆立てに立ててあった鉛筆だった。
(・・・?)
 似たものなのかと思って机の上の鉛筆立てに視線を向けてみるとその鉛筆がなかった。便箋は鞄の中だから確かめようがないけれど、もしかしてそこから持ち出したのだろうか。
(でもどうやって?)
 今日学校から帰ってきて机の上のものに触った覚えなど一度もない。窓の外を見たときか、影の少女と話していた時だろうか。
【マスター、これが向こうの世界です】
 思考を破るように声をかけられハッとして目を向けると、紙の上に地図を描き終えた手が鉛筆の先で紙の端をトントンと叩いていた。
「・・・・・・見覚えあるんだけど」
 線だけで構成された白黒の地図だったが流石に見てわからないわけがない。これでも高校生なのだから。特徴的な細長い島国を指差しながら紙から手へと視線を移す。
「これ、世界地図だよね?」
【そうですよ。向こうの世界の】
「おんなじ形してるの?」
【描いてみれば形は同じですね、確かに。しかし仕方ありませんよ。別に向こうが真似をしたわけではありません。世界として同じなんです。パラレルワールドとでもいいますか。マスターは漫画やアニメなども嗜んでいますからわかりますよね?】
「・・・うん、まあ」
(現実でその単語を聴くハメになるとは思わなかったけど)
 わかりやすい例えにひとつ頷くと腕はその中の太平洋を指差した。
【それで、ここに国がひとつ――】
「待った。どうして海に国があるの? 人魚とかなんかそういう種族?」
【いえ、向こうの世界――――そうですね、こちらの世界を人間界とするならば、あやかし界とでもいいましょうか。この人間界とその妖界は重なるように存在しているんです。他にも色々と重なっている世界はありますが、世界そのものがまったく一致するように重なっているのはこの二つだけですね】
「・・・まるで見てきたかのように」
【見てますから、前のマスターが色々な世界を】
「・・・・・・ああ、そういえば自分の影を探して彷徨ってたんだっけ」
 そこまで大変な旅だとは思わなかった。世界のどこかにある影、といっていたが、その世界自体もいくつもある内のどこかの世界・・・・・・だなんて、死ねといっているようなものだろう。
「それで?」
【その為なのかどうなのかは知りませんが、人間界と妖界は地形が瓜二つなんです。ただひとつだけ、海と陸が逆になっている・・・・・・・・・・・事を除けば】
「海と陸が?」
【ええ、ですから、こちらの世界では海や湖など、水で覆われている部分が陸地で、逆に陸地の部分が全部海や湖になっているんです】
「へえぇ」
 覚えやすいような、覚えにくいような。白黒の地図ではいまひとつピンと来ず、首を傾げるように眺める。その間に影はくるくると大きな丸を太平洋、インド洋、ロシアとアメリカの辺りにつけた。・・・・・・さっきの論法じゃロシアやアメリカは海じゃないっけ?
【この辺りが大国と呼ばれる国が支配する場所で、それぞれ地の一族、空の一族、海の一族が治めています】
 ふむふむと頷きながら動く鉛筆の先を眺める。確かに相当大きい。
【そしてマスターのお父上はその中のひとつ、地の一族の第一王位継承者でした】
「・・・・・・は?
 思わず聞き返した僕を無視して影は鉛筆の先で【ココですね】とインド洋を指し示した。
「ままま、待った待った待ったっ!」
【はい?】
「おっきくない!?」
【ええ、ですから大国です、と、そう申したではないですか】
 わずかに呆れを滲ませたような声音に少しカチンとしながら地図を睨む。いつの間にやら地図の中には、インド洋上に「地」、太平洋上に「空」、ロシアとアメリカの所に「海」という文字が書き込まれていた。
「なんでその大きな国が継承問題に揺れてるのさ。だって父さんは継承権を放棄したんだよね? その後に子供が生まれてるんだからそれまでは放置してたって事じゃないの?」
 「地」と書かれた場所に指を這わせながら手を見ると、影の手は鉛筆を持ったまま少し戸惑うように鉛筆を左右に動かした。やがて諦めたように動きを止める。
【そこは色々と裏事情と申しますか・・・・・マスターの兄上のせいと申しますか・・・】
「兄さんの?」
(何故そこで出てくる)
 尊敬する兄の所為と言われ若干声が尖ったが影は気にする様子もなく鉛筆を置いて紙を裏返し、再び鉛筆を持って紙の上にA、B、C、D、Eと少しずつ離して書いた。
【仮に妖界に住む一般的な妖達の強さのランクを“C”と致しましょう。マスター達人間は“D”です】
「一般人に勝てないと?」
【まあ肉体的にはまず無理でしょうね】
 “D”の下に“人間”と書きながらあっさりと肯定され気分が沈む。そんな世界に行ったら人間なんて簡単に死ねそうだ。
【その中でも強い者達がその上のランクになります。王族や貴族達は確実に“B”よりは上、下手をすると“A”のさらに上“S”ランクに属するものもいます】
 言いながら影は“A”の隣に“S”という文字を付け足す。
「ねえ、このランクって一体何のランク?」
【身のうちに宿る総合的な力のランキングです。体が頑丈なもの、特殊な何らかの力を持つもの、向こうには色々と居ますが、例えばどんなに頑丈な体でも“B”ランクの体に“A”ランクの攻撃を食らわせればどうやっても防ぐことは出来ません。勿論それも絶対ではなくそれを覆すような相性の問題もありますが。
 このランキングはゲームで例えると、上にいけばいくほど攻撃力か体力の優れた者、という事ですね。つまりは倒しにくいんです】
「・・・うん。わかったような、わからないような・・・。それが兄さんとどう関係するの?」
 文字を眺め、おぼろげに何とか理解しながら顔を上げると影は自分の書いた“S”の隣に“SS”という文字を付け足した。その文字の上をトントンと鉛筆の先で叩く。
【兄上のランクはココです】
「は!?」
 いきなり飛びぬけたランクに思わず間抜な声が口から漏れた。兄さんってほんとにスーパーマンだったの!?
 開いた口が塞がらず、間抜け面のまま影を見ると影も感嘆のようなため息を小さく吐いた。
【強いんです、とにかく。ずば抜けて。
 今、地の一族のトップに立っているのはマスターのお父上のお父上、つまりはマスターのおじい様になるんですが、その現王様が後継者に欲しがっているんですよ。駆け落ちされたお父上に離縁まがいの事まで宣言しておきながら生まれた子供があまりにも優秀すぎるので取り込もうとしているんです】
「・・・・・・ああ、うん、なんかドロドロとしてそうだというのはわかった」
 そこはかとなくきな臭そうな話に視線を逸らしながらそう答えると、視界の隅で白い手がやれやれというように手首をブラブラと左右に振った。呆れた、といわんばかりの仕草だった。
【そのドロドロに確実にマスターも巻き込まれているんですよ?】
「なんで!?」
 ほんとに驚いて勢いよく視線を戻すと、手はびしっと僕の顔を鉛筆で真っ直ぐに指してきた。
【あなたも二人の間の子供だと認識されているからですよ】
「・・・・・・」
【二人の間に生まれた長男は誰よりも飛びぬけた才能の持ち主。ならば今まで隠されていた次男はどうだろう。普通そう思うと思いませんか? 直接会いたいと思いますよね? 「孫の顔がぜひ見たい」と招待されたらどうするんですか?】
「―――ぎゃああああぁぁぁっ!?」
 数秒してその事実に思い当たり、思わず悲鳴を上げた。なにそれ!? なんか命狙われてるっぽいのに向こうの世界に行け!? 死ねってかっ!!
「というか、そんな人間が軽く死ねそうなところに行きたくなんかないよっ!」
【それで断れればいいんですけどね。流石にお父上達でも出来ることと出来ないことはあると思いますよ】
【だからわたし達がついてるんですぅ~っ!!】
 唐突に響いた声とともに影の一部が赤みをさし、そこからひょこりと白い腕が現れた。先ほどから出ている手と違い、なだらかで丸みを帯びたその線は成長途中の少女のものだ。呆然と二本に増えた手を見ているといきなり現れた少女の手が僕の手を握り締め、勢いよく上下に振り始めた。その手も体温など一切ない、ひんやりとした手だった。
【わたし達が絶対マスターを守りますっ! そのためにいるんですからっ!】
 状況に頭が追いつかず、勝手に振られる手とともに上半身を動かしていると、少女の手と僕の手の間に影の手刀が割って入った。バシンッという音ともにいささか強引に引き剥がされる。そのまま青年の手はしっしっと犬を追い払うように少女の手に向かって手の平を振った。
【話の邪魔だ、能無しの体力馬鹿はどこか行ってろ】
【どうしてそう、――~~~~っ!!】
 悔しそうに身もだえした少女の手が男の手を叩く。男の手がすぐさま少女の手を叩き返した。部屋に鳴り響くバシバシという叩きあいの音。目の前で繰り広げられる影から生えた手同士の喧嘩に思考停止していた脳みそが動き始めた。
「話はまだ終わってないだろ! ―――!?」
 喧嘩を物理的に止めようと二つの手を上から押さえつけると、二つの手達はずぶずぶと影の中に沈んでいった。ついでにその上から押さえつけていた僕の手も。ぐちゃり。冷たい泥水に手を突っ込んだかのような感触に慌てて手首まで埋まった自分の手を引き抜く。自分の手を呆然と見つめてみても先ほどと何一つ変わっていなかったけれど、手の平に思いっきり不気味な感触だけが残っていた。
「・・・・・・なに? 今の」
【影の中に入ったんですよ。私達の能力のひとつです】
わたし達かげの中にモノをいれられまぁす! マスターだって入りますよ! 四次元ポケットですねっ】
「あ、知ってるんだそんな事」
 あっけらかんと告げる少女に肩に入っていた余分な力が抜けた。とりあえず彼らに害意がない事だけはわかっているので緊張する必要もないだろう。
「で? 他にどんな事出来るの?」
【後は、影渡りですね。影から影へと移動することが出来ます。ただし距離は短いですよ。前のマスターの時だったならともかく、別けられた力がさらに別れていますから】
「どの位?」
【そうですね、運ぶものにもよりますが・・・大体数ミリから二百メートルくらいでしょうか】
「ふぅん」
 いまいちパッと来ないが、先日あの女性がしていたようなモノだろう。
 顎に右手を当てて思い出すように視線を巡らせ、影に目を向ける。紺と朱に別れ、再びそれぞれの形をとった影は視線を感じて濃淡を変えるようにさざめいた。
「それで? 他に何が出来る?」
【以上です】
「ん?」
【それ以上、わたし達なんにも出来ませ~ん!】
「え? マジで?」
 他に何かないかと一縷の望みをかけて尋ねなおすが、人影は気まずそうに頭を左右に動かして視線を逸らす。
【本来ならば影を具現化させる、などという事も出来るんですが、別れたゆえにそのような事をするには少し力が足りなくて・・・】
 残念そうに首を振った後、青年の影が僕の方を向いた。
【もうひとつ。私達の中に入るものの事ですが。―――意識のない物体ならばいくらでも入りますが、私達よりランクが上のものは取り込めません】
「ランクってさっきの?」
【はい。私達はそれぞれ“B”ランクくらいでしょう。つまりは“A”以上には能力的に手を出せないと言う事です】
(・・・・・・)
 落ち着いて考えてみよう。今もたらされた情報を頭の中で整理してみる。
「・・・・・・王族、貴族は“B”以上なんだよね?」
【ええ。大国となると王族はまず間違いなく“A”ランクでしょうね】
「確実に手を出せなくない!? 僕、命狙われてるらしいんだけど! 相手が殺そうとしてきた時、僕はどうやって対抗すればいいわけ!?」
【手を出せないだけです。守るだけならば何とでもなります】
【だぁいじょおぶっ!! マスターは絶対わたしが守ります!】
 僕の焦りなどものともせずに青年は言い返し、少女は明るく宣言した。何を根拠に言っているのかよくわからない。特に少女の方!
 交互の影の顔の辺りで視線を彷徨わせていると落ち着けと言うように青年の方が手をゆっくりと動かした。
【それにマスターには頼もしい家族が居るでしょう? 特に“SS”ランクの兄上。マスターの存在が知れ渡った時、あちらの世界にいち早く釘を刺しにいったようですからね。兄上が敵に回るとわかっているのに迂闊な事をする輩はそうそういませんよ。表立っては。
 それに攻撃は当たらなければ意味がありません。私達は影。影の一族以外、誰も触れる事など出来ません】
【攻撃なんてひとつだってマスターに当てさせないんだからっ!】
「そう・・・頼もしいな」
 力強く言い切られ、ようやく少しだけ安心する。息を吐くように呟くと少女の声が嬉しそうに笑い、自分の胸を叩くような仕草をしてみせた。
【マスターはわたしがちゃんと守るもんっ】
【知識面などでもきちんとサポートさせていただきます。わからない事はどうぞ何なりとお尋ね下さい】
「うん、ありがとう。で、君達の名前は?」
【【名前?】】
 安堵で零れた笑みのまま尋ねると影達は不思議な言葉を聞いたというように声をハモらせた。「何か変な事言っただろうか?」と困惑に眉を寄せると青年の影が困ったように腕を組んだ。少女の方も小首を傾げる。
【わたし達に名前なんかありませぇん。影ですからっ】
【元々力であり、影です。生きているように見えても、実際に生きてはいません】
「影には名前はないの?」
【ありません。そもそも影の一族の方々は自分の力である影に人格なんてつくりません。そんな事をして力のランクを落とすぐらいなら自分で操った方が早いですからね】
 まあわかる気はするが。
「でも名前がないと不便だよ。どう呼べばいいのかわからない」
 折り曲げた膝の上に手を置いて、その上に顎を乗せるようにして影を覗き込めば少女の方がピョンッと跳ねた。その影の中から手が伸びて僕のズボンの裾を引っ張る。
【マスターがつけてくださいっ わたし達の名前!】
「へ?」
 嬉しそうに弾んだ声に思わず影を身を近づければ、青年の影も組んだ腕を解いて姿勢を正した。
【そうですね。そうしていただければよろしいのですが】
「え? 僕? えっと・・・・・・センスないよ?」
 青年の方にもすすめられ、戸惑いながら呟くと二つの人影は大きく頷く。
【承知しております】
【マスターのつけた名前ならどんなのでもいいですよぉ!】
 確実に貶している青年の言葉と、褒めているのかどうかよくわからない少女の言葉を聞きながら影を見つめた。今までの話を思い出しながら唸り、しばらく考え込む。
「・・・・・・ほんとにどんな名前でもいいんだよね?」
【【はい】】
「じゃあ―――」
 一旦言葉を切って少女と青年を順に指差して言った。
「ハジメとツクモ」
【わたしがハジメ?】
【私がツクモですね】
「うん。僕の影全体を百とするなら、それを二つに割った数だよ。一と九十九。割合は・・・勘だけど」
 ぷっと小さく吹き出した青年――ツクモの隣で話をよく聞いていなかったらしい少女――ハジメが嬉しそうに自分の名前を連呼する。・・・あ、なんか少し罪悪感が湧いてきた。
 心の奥から湧き上がってきた感情を押し隠すように脇を向いてひとつ咳払いし、影に向き合う。
「うんまあとにかく、これからよろしくね、ハジメ、ツクモ」
【はいっ】
【よろしくお願いします】
 ズボンの裾を握っていたハジメの手が僕の手を掴み、反対側の手もツクモの影から伸びてきた手に掴まれた。三回上下に振って手を離す。ツクモの手はそのまま反転して鉛筆を持ち、手首で便箋を押さえつけるように固定した。
【さて、では話の続きですが】
「・・・もういっぱいいっぱいなんだけど?」
 せっかく穏やかにおさまった感情の余韻を打ち消すような行動にげっそりと呟くとツクモの手がしばらく考えこむように鉛筆をくるくると回した。やがてピタリと止める。
【――――そうですか。では重要な事だけをお知らせしておきます】
「うん」
【妖界で戦争が起きればこちらの世界、人間界でも多数の死者が出るので行動には気をつけてください】

「ちょっと待ってっ!!!」

 思わぬ発言に衝動的に両手でツクモの手首を掴んで揺すった。衝撃で手から零れ落ちた鉛筆がコロコロと床を転がる。僕にされるがままに揺すられていたツクモの隣で慌てたようにハジメの手が右往左往した。
【まままマスターぁっ 落ち着いてくださいぃ!】
「いやいやいや僕は落ち着いてるともっ 落ち着きたいんだよっ! 落ち着かせてくれよ!! 心臓止める気かっ!!!」
【マスター落ち着いて! ちっとも落ち着いてません~っ! っていうかもうすっごく混乱してますよぉ!】


「・・・―――何やってるの? ジン?」


 不意に滑り込んできた声にスッと頭が冷えた。聞き覚えのある低めの美声に視線を上げると、いつの間に開けたのか部屋の扉のノブを握ったまま入り口に立っていた兄が困惑したようにこちらを見ていた。
 数瞬呆けてからハッと自分の状況を思い出す。影から生えた手首を鷲掴みにして揺する僕。その近くを動き回る白い手。即座に手を引いて立ち上がりながら体ごと兄の方へと向き直った。
「に、兄さんこれはその・・・っ」
 どうにかしようと口を開いてみたが上手い言い訳も思い浮かばず焦りばかりが先行する。隠して飼っていた動物を見られた子供のように体を使って何とか影を隠そうとしてみたが、光源が後ろにある為にどうしても影は前に伸びてしまう。廊下に立ったまま様子を見ていた兄は肩の力を抜くように小さく笑って部屋の中へと入ってきた。
「いや、少し前から何か気配がおかしいなとは思ってたんだけど・・・・・・随分面白い事になってるね?」
 「あ、咎めてるんじゃないんだよ?」と言いながら僕の影まで近づき、僕が伸ばした手の間からのぞく二本の手をしげしげと見つめる。そんな兄を警戒するように片方は少し身を引き、もう片方は恥らうように指をくねらせた。っておいハジメ!
 咄嗟に突っ込むように少女の手を叩くとふえ~んというような声がか細く響き、兄の目が手から影へと移る。
「これは・・・・・・影だよね?」
「わかるの?」
 いきなり言い当てられ、ビックリして顔を上げると兄も顔を上げて僕の目を見つめた。長い睫毛に覆われた切れ長の瞳は吸い込まれそうなほど深い黒色だ。
「昔一度だけ会ったからね。彼女に貰ったの?」
「うん」
「へえ、太っ腹だね。この調子だと大分力を減らしただろうに」
「え? そうなの!?」
 予想外の言葉に影を見つめると薄紺色にさざめいた影が指を二本立てた。
【はい。ランクで言うなら二つほど―――“SS”から“A+”くらいには落ちたでしょうか】
「SS!?」
【ええ、影の一族は基本的に“SS”クラスの力の持ち主です。ですが住んでいる場所は妖界でも人間界でもないので理由がない限りそれぞれの世界に手出しはしませんよ】
「そうだよね。影の一族なんて僕達だって幻だと思ってたから。ジンの部屋で見た時は驚いたなぁ」
 懐かしむかのように目を細めた兄は昔影が止めてあった壁際を見つめて頬を緩め、柔らかい眼差しのまま僕の方を向いて「それで?」と言葉を紡ぐ。意味がわからず首を傾げると兄も同じ方向に少しだけ小首を傾げた。
「さっきから何か騒いでただろ? 流石にレイカさんに心配される前に止めようと思ってきたんだけど」
「・・・・・・ああっ! そうだ! なんだよ行動に気をつけろって!!」
 途端に先ほどまでのやり取りを思い出してまたツクモの手を引っ掴んだが、状況をよくわかっていない兄が宥めるようにその上から僕の手を掴む。それだけで気持ちが静まり、勢いが萎えた。ツクモから手を離しながら兄を見るとその涼しげな目が僕を覗き込んでいた。
「ジン。落ち着いた? さっきから何の話をしてるんだ?」
「ええっと・・・・・・なんか・・・向こうで戦争が起こったら人間も死ぬとかなんとか・・・」
 よくはわからない事柄に眉を寄せながらも何とか言うと兄が「ああ」と頷いた。白い影の手に視線をやりながら苦笑する。
「それは向こうの世界では一部の王族しか知らない事だから軽々しく口に出されたら困るな。確かにジンには関係する事かも知れないけど」
「!?」
(何が僕に関係すると!?)
 思わず口を開いたが声は続かず、何度か動かすだけで終わった。不整になった呼吸を落ち着かせるように兄の手が僕の肩をゆっくりと叩く。
「影が言ってるのはおそらく許婚の事だね。確かに下手な対応をしたら本当に戦争になりかねないから、あの人だと」
「・・・っ に、兄さんも知ってる相手なの!?」
「知ってるよ? 僕が一人息子なのをしきりと残念がっていたからね。ジンが居ると知ったら途端に大喜びしていたよ。あれはとてもじゃないが断れない」
 苦笑を深める兄に目の前が真っ暗になるような気がした。舐めていたつもりはないが舐めていたのかもしれない。一体どのルートを辿れば平穏無事にたどり着けるのだろうか。
 そのまま暗闇に放棄しそうになった思考回路をなんとか正常に取り戻し、頭をひとつ振る。この頃現実逃避をする事が多くなってきた気がするが、いつまでもそうしている場合じゃない。とりあえず許婚は横に置いておいて、その前に気になった事を口に出した。
「・・・・・・そ、それで、人間が死ぬとかいうのは何?」
【向こうの世界とこちらの世界は繋がっているんです。それも今は変な風に】
「意味がわからない」
 きっぱりと言い切ると兄は床を叩いて座るように促した。自分も隣の腰を下ろしながら「少し長くなるかもしれない」と零した。
「昔話だからね。といっても人間にとってはそうでも僕たちにとっては数代前の話だけど」
 兄の言葉に追随するようにツクモの手も僕の目の前でひとつ上下する。そのさまは頷いているように見えた。
【ええ、昔の話になります。あれは人間の年号で言って、そう・・・平安期あたりの事ですね。
 その頃日本のあちこちに出入り口となる、時空の歪みのようなものが出来、今と違って向こうの世界とこちらの世界は自由に行き来が可能に―――いえ、正確には力のある者のみ・・・・・・・、行き来が可能になったのです】
「力のある者のみ?」
【ええ、向こうの世界では一般的な住人。人間界ではいわゆる「陰陽師」などと呼ばれる人たちです】
「人間側にもいたの? 力がある人間って」
【居ました。全体に比べるとごく小数ですが、存在しました。しかし、やはり力の差というものは埋めがたいものでしたが。せいぜいが“C”ランクほどでしたね。
 そんな状況の中、平穏が保たれるはずがありません。向こうは自由に出入りできるのにこちらはそうでもない。行けたとしても力の差がありすぎる。向こうの世界の住人は「鬼」や「化け物」「妖」と呼ばれながら好き勝手な行いをしました。人、食べ物、文化―――人間界は一方的に搾取される側にあったんです】
「・・・・・・歴史の教科書にはそんな事書いてないけどね」
【物語としてすりかえられたんですよ。忌々しい搾取の時代をなかった事にしたんです】
 へえ、と呟きながら話半分に受け流す。本当に御伽噺を聞かされているようでまったく実感が持てない。
「それで? 日本はなんでまた平和になったの? そんな都合のいい世界、そうそう手放さないよね、普通」
【それはある陰陽師が出てきたからです】
「ある陰陽師?」
【すっごい美人さんなんですよっ!?】
 人間がどうにかしたのか、と思わず聞き返すとそれまでもじもじしていたハジメがやけに高いテンションで叫んだ。途端にツクモに殴られて影に沈む。呆気にとられたようにその一部始終を見ていた兄はしばらくしてクスリと笑みを零した。
「向こうでも御伽噺のように語られてるよ、その話。人間と言う種族が住む世界からやって来た美しい一人の娘が三大王国の王様達に見初められながら自分の世界へと帰り、その道を閉ざした、とね。誰もが知ってる昔話で、少女達が好きな悲恋モノだ」
「へえぇ、――って道を閉ざしたら兄さん達はココにいないんじゃないの?」
「完全には閉じてないからね。道はまだいくつか開いてるんだよ」
(それはヤバイだろう!)
 話が本当だとしたら人間にとってはただの脅威だ。僕がよっぽど焦った顔をしたのか兄は小さく首を振って「大丈夫だよ」と微笑んだ。
「その道はきちんと管理しているし、もう昔のような事は出来ないよ」
「なんで?」
【だからその陰陽師の仕業です】
 絶妙なタイミングで割り込んでツクモはひとつ咳払いをする。注目を向けられ、白い手が真っ直ぐに姿勢を正した。
【向こうでは先ほど言われたようなお話が語り継がれていますが、事実は少し違います。向こうの世界に乗り込んだその陰陽師、確かに絶世の美女でしたが、そのまま王様達と甘い恋愛に陥ったわけではありません。ボコったんです】
「・・・は?」
【ボコボコにしたんです。王様達を。
 いい加減頭にきてたんでしょうね。それほど向こうの世界のやる事は行き過ぎていましたから。王様達が何かをしたわけではないんですが、自国民達が何をしていても無関心でしたから彼女にしてみたら同罪――いえむしろ罪が重かったんでしょう。直接向こうの世界に乗り込んで護衛もろともフルボッコにしたんですよ】
「だって王様でしょ!? 人間ってよくて“C”レベルだって・・・っ!」
【ええ。けれど彼女だけは格別でした。あれは誰よりも強かった】
 しみじみと懐古するかのような口調にふと違和感を覚えた。隣の兄も不思議そうに眉を潜める。
「ねえ、さっきから妙に言い方がおかしいんだけど。見た事あるの?」
【ありますよ、前のマスターが。丁度あの時期向こうの世界にいましたから】
「マジで!?」
(一体何歳だったんだ!? 彼女?!)
 開いた口が塞がらない。感心したように頷く兄を視界の隅におさめながら黒尽くめだった女性を思い出す。寿命といい力の強さといい影の一族、一体何者!?
 そのまま思考の海に陥りそうになったところで影から咳払いが聞こえてきてハッと口を閉じる。聞く姿勢を見せるとツクモはひらりと白い手を翻して注目を集めた。
【それで話の続きですが・・・代表である王様達をボコるだけボコった後、彼女は力の強い者達の代表を集めて二度と人間を襲わない事、開いた道を閉じる事の二つを約束をさせたんです。何かの拍子で歪んで繋がった時空を二つの世界、双方から力で強引に締めようとしたんですよ】
「それで閉じた、と」
【結果を言えば、完全に閉じたわけではありません。ストローを捻っても隙間から水は通るでしょう? いまだに出入り口は存在します。前よりマシになったという程度です】
 捻る、の部分で一度捻った手首を再びひらりと翻した手を目で追いながら腕を組む。どう考えても安心できない。
「それ安全じゃないよね? その陰陽師はもう居ないんだし約束が反故にされたってどうしようもなくない?」
「それがそうじゃないんだ」
「?」
 兄の方に視線を向けると兄はなんとも言いがたい表情を浮かべて頬を掻いた。なにやら汗をかいているように見える。
「ご先祖様達もそう思っていたから数百年位してからその出入り口の管理を放置しだしたんだ。まだ人間界に行った事のある世代が生きている時代だったから途端に向こうに行く連中が現れ始めたけど、一向に返ってこない。特に気にせずにいたらしばらくたったある日その死体が各居城に届けられたんだ。「約束はどうしたんだゴラぁ」という文字を彫られて」
【平民だけじゃなくその中には王族の出も混じってたんですが、どれも即死クラスでした】
「さっきから薄々思ってたけど、その陰陽師、人間じゃないよね!?」
「そういう結論に達した」
 僕の叫びに兄もうんうんと頷く。どう考えても人間業じゃない。でもならば何故人間に味方してくれたのか。
「それで、彼女は結局何なの?」
「そこはわからない。ただその死体には綺麗な薄紅色の和紙があって、死体の血で「次同じ事したら殺すから」と言う文字が添えられていたんだ。死体に添えてあったんだよ? 確実にお前達を・・・・殺すという脅迫文にしか見えないよね。もう慌てたご先祖様達は出入り口を厳重な管理下に置いて存在その物を闇に隠した。向こうの世界では人間界はお話の中の国みたいな扱いになってるんだ。そこを守る者達以外にとってはね」
「王族って事?」
「以外にもいるけど、まあそうだね」
 言いながら兄はふぅっと遠くへ視線を流した。
「今もその陰陽師が生きているのかどうかは知らないが自分達の命がかかっているからね、誰も下手な事が出来ないんだよ」
 ため息とともに肩をすくめた兄を眺めながらふと違和感を感じる。足元にある影を見て、兄を見て思わず「あっ」と呟いた。
「どうして父さん達この世界にいるの!? 殺されるでしょ!?」
「それがまったく何もないんだ。死んでいるのか見逃されているのか・・・」
 兄が不思議そうに首を傾げるとそれに答えるようにツクモが人差し指を立てて、小刻みに左右に振った。
【陰陽師は人間に悪さをしないものは見逃していますよ。平安時代の辺りでも人間を伴侶にこの世界に根を下ろした妖達には何もしませんでしたから】
「やっぱりそうか。まあ父さん達は特にそれを知っていたわけではないけどね。親の反対を押し切るためには別の世界まで逃げた方がいいと思ったらしい」
「だからって命までかけなくてもいいじゃん! 下手すれば一瞬で死んでるよ、その行動!!」
 普段から二人のラブラブぶりは見慣れているが、いつものおっとり具合を見ているとそれだけ情熱的だなんて信じられない。どうも駆け落ちなどという単語が似合わない両親なのだ。えーーー?と頭を捻る僕にツクモから【そこではないでしょう】というツッコミが入った。
【向こうで戦争が起きたらこちらの世界にも影響があるという話のはずですが?】
 そうでした。
 影から漏れた少し呆れ気味の声に視線を逸らす。馬鹿にされるのもなんだか癪なので生徒は黙って教師の話を聞くことにした。
【そういうわけで世界は別々に分断されたんですが、それが少し強引過ぎたようなんですよね。変に力を加えたことで風に運命共同体になったとでもいいましょうか・・・・・・こちらの世界で大規模な戦争があれば向こうの世界で自然災害が、向こうの世界で大規模な戦争があればこちらの世界で自然災害が発生するようになったんです】
「・・・・・・つまり?」
【マスターの許婚ですが、空の一族のお姫様です。あの大国のひとつの。
 つまりマスターが万一見合いに失敗して向こうの世界で戦争なんて事になったら、こちらの世界で大規模な自然災害が発生します。向こうの世界の住人だけはなく、こちらの世界の住人も大勢巻き込まれますね】
「・・・ぎゃーーーーーーっ!!??」
 きっぱりとしたツクモの断言に両頬を手で押さえたまま悲鳴を上げる。
 ようやく理解した。何て事だ。


(逃げ道が、ないっ!)


「なんで見合いで!?」
【本当ですよね。ここまで大事に出来るなんてある意味才能だと思いますけど】
「僕の所為じゃないじゃんどう考えたって!!」
 うわ、どうしよう。なんだか涙が滲んできた。慌てて手で目頭を押さえると隣から兄が焦ったように肩を抱いてきた。
「ジンっ フォローする! ちゃんとフォローするからっ!」
【わたし達もがんばりますからぁっ!!】
 膝に引っ付いた冷たい手がわたわたと揺するのも感じる。
 でも答えられない。
 なんだってこう・・・あっちに行ってもこっちに行っても命の危機しかないのか!



「もうやだああぁぁぁーーっ!!」



 知らず知らず噛み締めていた唇から子供のような声が迸った。






 ――――僕の肩に世界の命運がかかりました。
 ・・・・・・・。
 ・・・・・・夢じゃなくても思いますっ

 お願いします、覚めてください!


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