チラシの裏SS投稿掲示板




No.19090の一覧
[0] 【ネタ】僕ひとりが人間なんです。(オリジナル)[ふぁいと](2010/06/03 17:43)
[1] 第二話 再会[ふぁいと](2010/06/03 17:51)
[2] 第三話 影人[ふぁいと](2010/06/20 22:36)
[3] 第四話 奇縁[ふぁいと](2011/03/17 12:50)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19090] 第二話 再会
Name: ふぁいと◆19087608 ID:64f78d5b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/03 17:51
第二話 再会



 夢だったらいいのに――。
 そう思いながら目を開けると本当にベッドの中だった。
 その時の、目を開けた時の歓喜は今でも忘れられない。






ぐうぅぅ~~~っ

 成長期にはよく聞く音がはっきりと耳に届き、同時に空腹を感じた。意識がはっきりとしてくるにつれてよく今まで平気だったよなと思えるほど気になり始める。
「・・・・・・・・・・お腹すいた・・・」
 お腹に右手を当て、空腹を物理的に押さえつけるように力を込めて押しながら体を起こす。カーテン越しに枕元近くまで伸びていた日の光が目に入り、反射的に目を細くしながら光の当たらない所まで体をずらした。
 自分の部屋。いつものベッドの上、いつもの光景だった。
(良かった。あれは悪い夢だったんだ)
 流れてもいない感覚的な額の汗を拭い、ひとつ息を吐いて床に足を下ろすと、まるでそれを確認したかのような絶妙なタイミングで扉が控えめに叩かれた。ビクリと跳ねた心臓の鼓動を聞きながら部屋の入り口に目をやると閉ざされた扉から聞き慣れたレイカさんの声が漏れる。
「あの・・・・坊ちゃま。起きてらっしゃいますか?」
「あ、レイカさん? うん、起きてるよ」
「そうですか。朝食の準備が出来たので呼びにきました。昨日、結局あの後何も召し上がってないのでお腹空いてらっしゃるでしょう?」
「え? ・・・・・・・・・・・・うん・・・?」
 なにやら思い出してはいけない単語が含まれていた気がする台詞に、思わず疑問形になった。昨日・・・・・・いや、きっと夢だ。
 思考が昨日の出来事に移る前に頭を振って余計な考えを追い出し、ベッドから完全に抜け出す。私服を着たまま眠っていた現状から目を逸らしつつ服についたシワを出来るだけ手で伸ばした。
「おはよう、レイカさん」
「おはようございます、坊ちゃま」
 部屋の扉を開けて廊下に出ると真正面に立っていたレイカさんがニッコリと笑みを浮かべた。どう見ても小学生――よくて中学生にしか見えないレイカさんの満面の笑顔は親のお手伝いをして褒められた子供を連想させる。この笑顔は僕が小さい頃から本当に変わらない。
「坊ちゃま。今日は朝ごはんをいっぱい作ったのでたくさん食べてくださいね」
 にこにこと楽しそうに笑いながら一歩先を歩くレイカさんにつられて笑みを浮かべる。お腹が空いている時にその台詞は嬉しい限りだ。
「勿論。すっごくお腹が空いてるからたくさん食べるよ」
「いっぱい食べたら坊ちゃまはもっともっと大きくなれますねっ」
「そんな簡単にいくかどうかわからないけどね。ただ太るだけかも」
 レイカさんの単純な言葉に苦笑いしながら階段を下りていると本当にビックリしたのかレイカさんは大きな目をさらに大きくして僕を振り返った。近過ぎて体に当たりかけた三つ編みを避けつつ驚いた顔のレイカさんを見下ろす。
「え? 何?」
「何って・・・だって坊ちゃま。人間って食べれば食べただけ大きくなれるんですよね?」
 なんだそのデマは。
 今初めて知るレイカさんの知識に、こっちの方が驚いた。
「なんでそう思うの? 痩せた人や太った人がいるいっぱいいるのに」
「個体差だと思ってました」
 えへ。と可愛らしく笑うレイカさんに「そうなんだぁ」としか返せない。自分のこめかみを流れる汗は無視しよう。
(というか、人間とか、個体差って・・・)
 綺麗なアイスブルーの瞳から目を逸らしながら思考も何とか逸らそうと頑張ってみる。けれどその努力も虚しく一階に降り立った時、完全に僕の方を向いたレイカさんがじーーーっと僕の顔面を見上げてきた。う・・・っ
「・・・・・・坊ちゃま」
「・・・はい」
 静かに呼ばれて観念して目を合わせると、まるで氷のような透き通った瞳が朝日の中できらめいていた。
「昨日の事、覚えてますよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい・・・」
 忘れたいけど、覚えてます。






 我が家の朝は全員揃ってが基本だ。一続きのリビングダイニングに入るとすでに席に座っていた両親と兄がこちらに顔を向けてきた。美形の笑顔は朝日に映えて凄く眩しい。
「やあ、起きてきたね」
「おはよう人」
「おはよう、ジン」
「・・・おはよう」
 レイカさんの後に続きながらなるべく何も考えないように席に着く。すぐさまレイカさんが卓上のコップに水差しで水を注いだ。
 流れる水を視界の隅に収めながら卓上に目をやってすぐに目を疑った。おにぎり、サンドウィッチにクロワッサン、フランスパン、スコッチエッグにウインナー、生ハム、カリカリベーコン、目玉焼き、鮭のムニエル、アジのみりん干し、メザシ、ジャーマンポテト、野菜サラダにポテトサラダ、ポタージュスープにビシソワーズ、ロールキャベツ、デザートのオレンジやリンゴからチーズケーキやムース、ヨーグルトなどなど、和洋折衷というか混沌とした品がずらりとそんなに小さくないテーブルを埋め尽くしていた。
「・・・・・・何かのお祝い?」
「まさか! 坊ちゃまが昨日のお昼から何も召し上がってないので気合を入れてつくっただけですよ」
(・・・・・・いれすぎだよ)
 どう考えても食べきれない品を見ながら乾いた笑いを浮かべ、コップの水で口を湿らす。コップを置いて真正面に座る両親と右隣に座る兄を見た後全員で一斉に手を合わせ、とりあえずサンドウィッチを手に取った。



「・・・人。昨日の話なんだが・・・」
 食事が終わりかけた頃、穏やかに始まった時間を唐突に終わらせたのは父だった。避けては通れない話題に吐きそうになったため息を押し殺して手に持っていたスプーンを置いて背筋を伸ばす。
「どうにかしようとしてみたんだが、どうにもなりそうにないんだ」
「・・・・・・・・・・・・なんの話ですか?」
 苦悩の表情を浮かべた父にしばらく思考を巡らせて、結局放棄した。色々ありすぎていまだに何がなにやら整理できておらず、父が言う事にちっとも思いつけない。僕と違って兄や母はわかっているのか、苦悩と言うよりは苦笑している。――何?
「・・・――――許婚の事だけど・・・」
 そ れ か。
 一番意外で、出来れば忘れていたかった事柄に力が抜けそうになる。継承うんぬんよりはマシかもしれないが、正直勘弁して欲しい。
 そんな内面が顔に表れていたのか、父が申し訳なさそうに眉を下げ、母がそんな父を慰めるようにその腕にそっと手をかけた。慌てて顔を笑顔に戻す。
「えっと・・・・・許婚ってあの、父さんの友達の娘とかいう?」
「そうだ」
「断れなかったの? 友達なのに?」
 純粋な疑問からそう言うと、父は親しいものに対する親愛を含んだ苦笑を零した。父がこんな顔をするとは珍しい。たいていはどんな時でも穏やかに微笑んでいるような人なのに。
「あいつはなんていうか――――まあ、親ばかでなぁ・・・。こちらから断ろうものなら「うちの娘のドコが気に入らないんだっ!!」と激怒しそうなヤツで・・・娘が関連する時だけ周りが見えなくなるから下手な事をすると戦争になりかねない」

(どれだけ物騒な人なんだっ!!??)

 予想外の言葉に表情が笑顔で凍る。ふと右肩に暖かさを感じて横を向くと隣に座っていた兄が慰めるように肩に手を置いていた。
(これ、冗談だよね?)
 すがるような視線を向けると兄は沈痛な顔で首をひとつ振り、父の通りだといわんばかりに重々しく頷いた。疑いようもない肯定。
「せ、戦争って、なに?」
 よろめきそうになった体を何とかテーブルに手を着くことで立て直し、父を見る。父は困ったようにさらに眉を寄せ、髭など生えていない若々しい口元を緩めた。
「向こうは一国の王だ。僕も王位を放棄したとはいえ王族ではあるし、いまだ本国ではごちゃごちゃと言い合っている身分だ。この事が国交問題にでも発展したら大変だからね」
 まったく困ったヤツだと言いたげな茶色い瞳にこっちが困る。それはもはや苦笑レベルの問題ではないような気がするんだけど。
 喉が詰まったような感覚がする。カラカラに乾いた喉を潤すようにコップの水をあおり、空になったコップを脇に置いた。すぐにレイカさんが隣に来て御代わりを注いでくれるのをちらりと見た後、父に視線を戻す。
「それで・・・・ええと、僕は結局どうすればいいの? まさか結婚しろとはいわないよね?」
 どこぞの国の継承問題どころの話ではない。それでは確実に王様になってしまう。人間なのに!
 そこの所を僕よりよくわかっているだろう父に向かって首を傾げると、父は歯切れが悪そうに唸った。
「それなんだけどね。・・・つまり、こちらからは断れない。そして相手を怒らせるわけにもいかないという事だ」
「うん」
「だから相手を怒らせないように断られてくれないかな?」
「どういう風に!?」
 あんまりな言葉に語尾が少し悲鳴じみた。なんだその答えは。
 思わずテーブルを叩いて立ち上がった僕に、隣の兄と反対側にたったレイカさんが宥めるように肩に手を置いて椅子に座るように促す。自棄になったまま座るとまあまあと母が宥めるように微笑んだ。父の腕を取ったまま夫婦仲良く顔を見合わせる。
「そこは私達もよく考えてみるから。ね? ごめんなさいね、人」
「・・・・・・」
 母にそう言われるとと何もいえない。小さくため息を吐いてヒートしかけた頭を冷やした。
(ん? というか)
「・・・・・・そもそも僕が養い子の人間だっていう訳にはいかないの?」
 純粋な疑問を口にすると何故かその場の空気が凍りついた。
(え? 何?!)
 意味がわからずその場を見回すと皆何故か僕から視線を逸らして床に向ける。
「・・・・・・・・・そういうわけにはいかない・・・かな」
「そうね・・・・・・ちょっと・・・ムリね」
「さすがにそれは・・・」
「坊ちゃま! 恐ろしい事を言わないでくださいっ! 命が惜しくないんですか!?」
「なに事!?」
 歯切れの悪い家族の言葉よりも物騒なレイカさんの言葉の方が気になる。何がどうなればそうなる?!
 余計不安になって兄の方を向くと少し躊躇ったような顔をした後、兄は整った唇からため息を零した。
「・・・・・・昨日、確認の為に少し向こうの世界に言ってみたんだけど・・・凄かったよ。もうジンの話題でもちきりだった。僕も囲まれそうになったからね」
「・・・・あの二人の所為?」
「まあそうだけど。あの分だと確実にお祖父さんの元に届いてる。―――それが問題なんだよ」
「そこは問題じゃないわ。むしろ私の一族よ」
 形のいい指で額を押さえるようにして零した兄に脇から母がむくれたように唇を尖らせる。なんだろうその嫌な被せは。
 兄から母に視線を移すと母はさらさらの黒髪を指に巻きつけていじりながらいつになく不機嫌そうに目を据わらせた。
「私の一族は純血主義なの。よその部族の血なんて絶対に入れないってバカみたいに頑固で身内でのみで血統を繋いできたの」
「それ大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないでしょ。だんだん数が減ってくるし生まれてもなんかおかしな子ばっかりだもの。でも止めないのよ。あったまくるじゃない! そんな事で結婚反対なんてっ!!」
 当時を思い出したのか最後の方にいくにつれ憤慨しだした母に少しだけ駆け落ちした背景が見えた。確かに腹が立つかもしれない。
 そこまで叫んで一旦言葉を切り、呼吸と自分を落ち着けた後、母は憂うようにため息を零した。
「だから雪の事も全然よく思ってないし、むしろ隙あれば・・・みたいな感じ? まあ雪は結局王族に連なるし、そもそも実力的に雪をどうこう出来るわけないんだけど」
「ちょっと待ってっ!!」
 母の口から零れた物騒な言葉に思わず待ったをかける。そんな事聞いてない、というかどこまで大変なんだこれ!
「兄さんが・・・って、じゃあ僕も!?」
「・・・・・・そうなる、わね」
 ふい、と視線を逸らした母に頭がクラリと揺れた。慌てたように体を支えてきた兄の手を押さえて辞退し、何とか自力で立ち直る。
「そ、それで、その一族から何か言われる、と?」
「ある意味雪の事は力の観点からは認めてる節があるの。一族内の誰よりも強いんだもの、何も言えないんでしょ。でも、次男の人が人間だなんてばれたらそれこそどんな反応するか―――」
 怖くて考えたくないです。
 手を前に出してそれ以上の言葉を遮ると、頭を抱える。
(最初はなんの話をしてたっけ・・・?)
 どれもこれも自分にはいっぱいいっぱい過ぎてもはや訳がわからない。理解しようとする方が悪いのだろうか。
 ごちゃごちゃの頭のままテーブルの上を見てももはや食欲はわいてこない。食べる事を完全に諦めて体を椅子に深く預けると父の方を向いた。
「何?」
「許婚って・・・会ってからどうにかっていう話だよね?」
「そうだね」
「それってドコで? 僕が向こうの世界(?)とかいうのに行く事になるの?」
 明らかに身の危険を感じそうな世界に? しかもなんかまたスクープになりそうだ。
 言外に想いを込めて言い放つと父はゆっくりと首を横に振った。流石にそこまではさせないか。
「流石にね。そこら辺はなんとかこの家で会えるようにするよ」
 それもどうかと思うが、まあその方が助かる。ほっと息と吐き、けれどすぐにまた緊張を取り戻して視線を鋭くする。問題はそこだけじゃない。
「それで実際会ってみて、僕が人間だと思われないの? 父さん達・・・ええと・・・人間じゃないんだよね? 何かが違うんでしょ?」
 途端に父は困ったように母を見た。母もどうしようかといわんばかりの困り顔だ。
「基本的には人間かどうかはわからないと思う・・・けど・・・」
「何があるかわからないものね・・・。
 私達は人間と違ってそれぞれ特殊な力というか、身体能力というか、とにかく種族によって違う特色を持ってるからなんとも言いがたいんだけど――力は体の一部なの。だからそれを使うのも普通の内なのよ。王族なら力も相当強いと思うから、無意識に使われると大変ね。人間にはとっても危険よ」
「どうしろと!?」
「そこら辺もなんとか考えてみるよ。例えばなんとか雪を同行させるとか」
 コーヒーカップを片手に苦笑した父に一瞬眉を顰めるが、すぐに同意する。保護者同伴の見合いもちょっとどうかと思うが命には代えられない。それに家族離れできていない坊やに向こうが愛想を尽かしてくれるかもしれないし。
「わかった。とにかくそんな事が起こる前にどうにか対策を立ててくれるんだよね?」
「そうだね。頑張るよ」
 「だから安心して」と微笑んだ父にようやく体の力を抜く。横から取り分けたヨーグルトを運んできたレイカさんにお礼を言って受け取った後、つめたいそれを口に運ぶ。昨日から無理させすぎている頭を冷やすようにゆっくりと咀嚼しながらその冷たさを味わった。
「とにかく・・・。今日は日曜日だし、しばらく頭を整理してみるから・・・」
 疲れた声で呟くと家族が優しく頷いた。優しい。そんな家族にむしろ泣きそうになる。
 どうして人間じゃないんだ。






「・・・・・・どうしよう」
 家族にああ言ったのはいいが、それ以上思考が進まず、机に突っ伏すようにして頭を抱えた。部屋に戻っても何かが変わるわけではない。情報が少ないというか、もたらされた情報が濃ゆすぎたというか。いっそ兄にでも向こうの世界の事を聞くべきなのかもしれない。
(でも、聞いたら最後のような気がするんだよなぁ・・・)
 そこから一歩踏み出す勇気がない。第一、聞いたところで絶望するだけでどうなるわけでもないだろう。
(まあ、許婚の問題以外はこっちで暮らしてる僕には関係ないだろうし)
 いきなり見ず知らずの子供を王位につけようとか、わざわざ殺しにこようとする輩などは居ないだろう。目の前をうろちょろしなければ問題ないはずだ。多分。
 問題は許婚。下手を打つと命に危険があるか、訳のわからない所の王様になるか。
(そんなのどっちも選択肢にないよっ!)
 ありえない二択に口から零れるのはため息ばかりだ。
「・・・・・・ハアァ~・・」


「―――困ってるね」


「そうなんだよぉ」
 絶妙なタイミングで飛び込んできた声にそこまで答えてふっと我に返った。聞き覚えのない声に慌てて背後を振り返るとベッドの脇の窓枠の桟に腰掛けるようにして女性が笑みを浮かべていた。
「誰!?」
 物騒な話を聞いたばかりなので嫌な想像しか浮かばない。警戒心を露わに女性をにらみつけると、女性は何故かニッコリと笑った。何歳くらいだろう。若そうだがいまいち年齢がわからない。ふわふわと波打つ肩口までの黒髪、アーモンド形の黒目、浅黒い肌を黒い不思議な光沢を放つ生地で包み、笑みを浮かべた口元に指を押し当てるようにして悪戯っぽく「黙れ」の合図を送ってくる。
「しーーーっ 静かに。大丈夫。ボクは君の敵じゃないよ」
 言われて反射的に口を紡ぐが、すぐに喘ぐように口を開いた。そもそも先ほどまで誰も居なかった室内に居る時点ですでにおかしい。声をかけてこちらに気付かせるぐらいだから危害を加えるつもりはないのかもしれないが、安穏と話していていい人物じゃないかもしれない。
 見知らぬ女性を見ながらそんな風にしばらく何を言おうか考えて、結局最初の言葉に戻った。
「ほんと、誰?」
「あ、ひどいなぁ。ボクの事忘れたの? まああの頃とは随分変わっちゃったけど」
(あれ? ほんとに僕が忘れてるだけ?)
 何故か親しげに笑いかけてくる女性にだんだん自信が持てなくなってきて、自分の記憶を覗いてみる。どこを探ってもこの女性に該当する人物が出てこない。
「・・・・・・誰?」
 再度、自信なさげに尋ねると肩をすくめた女性がトントンと自分の足元を指差した。つられて視線を窓の下にずらすとその足元にわだかまっていた女性の影が視線を感じたようにグニャリと動いた。
「!!」
 思わずあげそうになった悲鳴をどうにか自分の手で押さえ込む。同時に頭の片隅で遠い昔の出来事がゆっくりと浮かび上がってきた。―――影。確かに覚えがある。
「・・・・・・・・・夢だと思ってた・・・」
 頭を垂れながら呻くように呟くと黒い女性は楽しそうに笑いながら「夢じゃないよ」と返した。
「夢じゃないよ。ボクは君に救われたんだから」



 昔昔の話だ。といっても本当に遠い昔ではない。ただ僕という人間の人生の中ではかなり昔の部類に入る。
 僕がまだウルトラマンや仮面ライダーに夢見る子供だった頃。つまりは童話を寝物語に語ってもらうような子供だった頃。―――僕は人影に出会った。
 人影といっても比喩じゃない。本当に見たまんま影だった。影だけだった・・・・・・

 その日は別に普段どおりの一日だった。母親に絵本を読んでもらって、僕はそのまま自分の部屋で眠る―――そこまでは。
 別にその当時は珍しい事ではなかったが夜中に尿意で一人目が覚めた僕は、子供ならではの闇に対する恐怖ですごく気が進まない思いをしながらもベッドとの別れを決意した。おしっこは待ってはくれなかったので。
 豆電球の薄明かりの中、床に足を下ろして部屋を横切ろうとした時、視界の隅に動く何かを見つけた。怖さよりも好奇心でそちらを窺うとすぐにそれがなんなのかわかった。
 影だ・・
 部屋の壁を人の形をした影がするすると滑るように移動していたのだ。
 すぐさまこれは夢だとベッドに戻らなかったのはまだ子供だったからだろう。それを見た瞬間、僕は数日前に読んでもらった『ピーターパン』を思い出した。そして思った。ピーターパンに会えるかもしれない、と。
 子供ならではの浅知恵でコルクボードから押しピンを持ち出し、そっと影に近づき、恐れも知らずに何をしているのか部屋の壁際でゆらゆらと揺らいでいた影に「えいっ」とばかりに突き刺した。驚いた影は身震いし、逃げようと動き始めたがピンが引っかかっているのかどう動いてもそこから離れられないようだった。
 「やった」と小さくガッツポーズをした後、尿意を思い出した僕は急いでトイレに駆け込んだ。ダッシュで部屋に戻ってきても相変わらず影がそこでもがいていて、夢じゃない事にその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。

 それからしばらく僕はその影を観察していた。誰かが部屋に入ろうとするとその影の前にクッションだのぬいぐるみだの毛布だのをかけて隠し、掃除しようと退かそうとしたレイカさんに向かって「ダメー!」といいながら足にすがり付いて思いっきり邪魔をしていた。
 そこに影がある事に満足していた。
 ピーターパンはいつ来るだろう、とわくわくしながら影を見つめていた毎日だったが、ある日、影の動きが鈍くなって来たのに気付いた。最初は何とかその場から抜け出ようともがいていたのに、まるで瀕死の虫のようにたまにピクリと動く程度になってしまったのだ。
 その姿に怖くなった。
 結局その恐怖に耐え切れずに僕は「死んじゃうーーーっ」と叫びながら兄に泣きついた。
 いきなりそんな事を言いながら部屋に飛び込んできた僕に兄は酷く驚いた顔をしながら僕を見下ろし「どうしたの?」と優しく聞いてくれた。
 そんな兄に不明瞭な説明をしながら部屋まで引っ張り込んで影を見せた。今まで隠していた事を怒られるかと思ったが影を見た兄はすごく驚いてそのまましばらく黙り込んで壁を凝視していた。
 しばらくして「これは・・・あれかな? 珍しい。実物は始めて見る」とか呟きながら僕を見下ろした兄は「大丈夫」と請け負ってくれた。これは何とかするから。
 その頃から兄の事をスーパーマンか何かだと思っていた僕はその言葉に凄く安心した。ああ、兄がそういうならこの影は死なないんだと確信した。

 それから数日たったある日、部屋の中が急に翳った。なんだろうと思っているといつの間にか間近に僕より少し年上くらいの子供が立っていた。
 ビックリしている僕の前で真っ黒なフードつきのマントを羽織ったその子は半透明な手を伸ばして影に触った。そしてフルフル震えたかと思うと僕の方を向いて「ありがとう」と呟いた。目深に被ったフードの所為で顔はまったくわからなかったけれど、泣いているようだった。
 レゴブロックを片手に座り込んだまま呆然とその子を見上げていると、まさに目の前で子供はするりと影の中に潜り込んだ。その子が潜り込んだ部分を中心にだんだん影の範囲が小さくなり、気がついた時にはその影さえも綺麗さっぱり消えてしまっていた。
 はっとなって興奮気味に兄の部屋に飛び込むと兄は「ああ、迎えに来たんだ」とまるでわかっていたかのようにあっさりと言い放った。その姿にすごく腹が立った。
 「どうして逃がしたの!?」と理不尽に言い立てて泣き喚いた僕に困ったような顔をした兄は次の日に仮面ライダーの変身セットを買ってくれた。
 それを貰った僕はころっと機嫌を直し、そのままその出来事を忘れさった。



(・・・・・・)
 とりあえず過去を思い出してみたがロクな事じゃなかった。いっそ夢の方が良かった。なんて子供だ。すごく突っ込み所がある。
「・・・・・・ええと・・・・・・・。今、ちょっと過去を思い出してみたんだけど・・・・・・・・・僕は助けたというより、殺しかけてるような気がするんだけど・・・」
 いくら過去の記憶は改ざんされるとはいえ、そこまで大幅に変わる事はないだろう。助けたと殺しかけたじゃあまりにも幅がありすぎる。
 なんとか詳細に思い出そうと腕を組んで唸っていると女性はくすりと笑って組んでいた足をほどいて床につけた。音もなくするりと体が影に飲み込まれ、次の瞬間、耳元に吐息を感じる。
「それは違うよ」
「うわあっ!?」
 あまりの出来事に反射的に反対方向に飛び退きながら立ち上がり、その拍子に足に椅子を絡めて蹴倒した。机の影から出てきた女性はクスクス笑いながらそのまままた影に潜り込む。次に箪笥の影からスッと全身を現した女性に、この部屋にどうやってやってきのたか納得した。
影を渡っているのか・・・・・・・・・
 雪女が居るくらいだからそういう人間も居るかもしれない。
 疑問がひとつ解決されたのでとりあえず影が出来ていない部屋の中央へと向かい、黒い瞳を悪戯っぽく笑わせたままその場を動かない女性から視線を逸らさないように真正面に捕らえる。
「・・・・・・違うって、何が?」
「殺しかけたって所だよ。君はボクを救ってくれたんだよ」
「・・・?」
 自分の記憶がおかしいのだろうか。どうやったらアレが救った事になるんだろう。
 顎に手を当てるようにしてもう一度思い出してみるが、やはり変わりない。むしろ思い出すたびにだんだんあやふやになっているような気がする。
 女性はそんな僕を見てひょうきんな動作で肩を上下に動かした。どうやらおかしかったらしい。
「あれは別に君の所為で死にかけてたんじゃないよ。ただ単に時間がなかったんだ」
「時間?」
「そう。成人の儀が近かったんだ」
 成人の儀。何だろう。成人式とは違うのだろうか。
「重要な儀式?」
「そうだよ。パスできないと死ぬからね」
 重要というより問答無用だ。顔がヒクリと引きつったのがわかる。箪笥の方を向くと女性は箪笥に寄りかかるように立ちながらくるくると指を回し、当時を回想するように瞳を上に向けた。
「ボク達の一族は影が力なんだ。力こそが影、といってもいい。力の塊が影として存在している、影の一族。
 けど生まれた時にはその影がない。誰一人例外なく。生まれた瞬間に力である影が逃げ出すんだ」
 そこでふっと肩の力を抜いて投げやりに視線を落とす。指の力も抜けて地面に向かって垂れ下がった。
「その、世界のどこかにはある自分の影をね、ボク達は成人の儀までに見つけださないといけないんだ。そうじゃないと大人になれない。間に合わなかったら例外なく影は消滅し、本体も、死ぬ」
「えっと、じゃああの影って・・・っ」
 押しピンに留められ、びちびちと動いていた人影を思い出す。
「そ。逃げ出したボクの影。あと少しで成人の儀だったからすっごく焦ったよ。
 君が繋ぎとめておいてくれたおかげで逃げていなかったし、ボクを探してくれたおかげでボクはボクの影に辿り着けたんだ」
(・・・・・・)
 探したのはおそらく兄だろう。心当たりを当たってくれたのか。
(・・・・・・あああああぁぁ)
 自己嫌悪にうな垂れる僕の元へ女性が滑るように歩いてきた。僕よりも背が高い彼女は少し屈むようにして僕を覗き込んだ。
「どの世界にいるかわからない影を見つける確立は大体十分の一。ボク達は一割しか生き残らないんだよ」
 目の前にあるのは光を吸い込み、なんの反射も写さない漆黒の瞳だった。
「君のおかげで、助かった。ありがとう」
「いえ・・・・・・」
 それ以上言葉が続かず、困ったように顔をそらせば女性はふわりと笑って僕から一歩距離をとる。
「いつか恩返しをしようと思ってたんだ。君の事が向こうの世界で噂になってたからこうやって来てみたんだけど。
 ――今、君、困ってるよね?」
「え? あ・・・・・・うん?」
 意味がわからず問い返すと「さっき困ったっていってたじゃないか」と言われた。・・・確かに言ったけど。一体何がしたいのか。心情とリンクするように眉根を寄せると女性はくすくすと笑いを零した。よく見ると笑う振動に合わせて体を覆う黒い布も不規則に黒の濃度を変えている。
「ボクの力をわけてあげるよ。きっと役に立つと思う」
「――――はえ?」
(力? 力とはつまり・・・影?)
「や、影を貰っても・・・?」
 よくわからずとりあえず断ると女性はわかってないなぁと言わんばかりに眉を寄せた。
「断言してもいいよ。これから君はさらに大変な事になるだろうって。
 とりあえず貰っておきなよ。別に害になるモノでもないんだし」
 軽い口調でそう言いながらドコからともなく取り出した大きな裁ちバサミを自分の影に当てる。ジャキンジャキンと歯切れのいい音がして影が一直線に切られていった。
「えええぇ!?」
 常識ではありえない光景に女性の手元を凝視していると、裁ち終わった影を片手に持ってそれを僕の影に押し当てる。懐から取り出した糸の通ってない大きな針でチクチクと双方を縫い合わせていった。
「・・・・・・どうなってるの? これ」
 あまりに不思議な光景にしゃがみ込んで近くで見ていると、最後のひと針を縫い終わった女性が見えない糸を切るような仕草をして懐に針を突っ込む。恐る恐る手を伸ばしてみても手に触れるのは床だけだった。
「――――よしっ これで完成!」
 ぽんっと影を叩いて満足そうに頷いた後、女性は笑みを浮かべて間近くにある僕の顔を覗き込んだ。いつの間にかその足元の影は元に戻っていた。
「後はこれを力を使う要領で使えばいいよ」
(・・・・・・)
「・・・・・・・・・・・・ええと、すみません。力を使う要領も何も、僕は人間なんで」
 力なんて使えません。
 唐突な無茶ぶりに少し考え込んでそう答えると女性はきょとんとしたように目を瞬かせた。
「・・・・・・そうだったね」
 根本的な問題に気付いて小さく首を傾げ、そのまま言葉を探すように腕を組んで自分の影を見つめる。
「・・・ああ、そうだ。んーー、血を動かすような感じ? 影に向かって血管を伸ばすような、血を流すような、そんな感じでやってみて」
「・・・・・・・・・・・・それもちょっと・・・」
 やり方がまったくわからない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙がその場に落ちた。二人して影を見つめて次の一手を探す。話が噛みあわないと大変な事になるという、まさに見本だ。今理解した。この分だと許婚と会う時にボロを出さないとはとても思えない。
「・・・――――仕方ない。じゃあこうしようか」
 ため息を吐いて頭をかいた女性は指先で僕の影を叩いて様子を見た後、どういう原理か片手で床から引き剥がした。僕の足元まで引き剥がされた僕の影はいやいやをするように身をくねらせたが、力が篭ってるようには見えない細腕からは逃れられないようでしばらくすると観念したようにおとなしくなった。
「この影に―――」
 もう片方の手も添えて、まるで粘土を捏ねるように丸める。ぐっぐっと何度か力を込めると見る見るうちに小さく濃ゆくなっていった。
「―――人格を与える。その分力が落ちるけど、影そのものがサポートしてくれるから」
 女性の手の中で自由自在に形を変える影というのはあまりにも現実離れしすぎている。なんだかわけもわからず見ているうちに作業が終わった。スッと立ち上がった女性は先ほどとは少し色が違う、赤みがかった影を見つめて満足そうに頷いた。
「これでよし。何が出るかはお楽しみ――ってね」
「・・・どういう事?」
「ん? そもそもボク、こんな事したの初めてだからどうなるかボクにもわかんない」
( な ん だ よ そ れ は っ ! )
 何とか出来ないかと色のおかしな影を叩いてみるが、勿論影そのものに触れるわけではない。
「大丈夫大丈夫! 悪いようにはならないって、多分」
「大丈夫と多分は一緒になっちゃ駄目な単語だよっ」
「でももうやっちゃったし。うん、危害を加えてくる事はないよ」
「これ以上厄介ごとを抱え込みたくないんだよっ!」
 半泣きで見上げても女性はカラカラと笑うのみ。僕の見ている前で足を一歩前に出して自分の影の中に飲み込ませる。
「これから大変だろうけど、頑張ってね。滅多に人前に現れない影のボクを君は見つけたんだ。本当に凄いんだよ?」
 階段を下りるようにその姿が徐々に影に飲み込まれていく。肩から上だけになった時、ふいに影の中から手が伸びてきて僕の後頭部をわし掴んだ。ぐいっと凄い力で引き寄せられ、顔が数ミリの間近に迫る。
「大丈夫。これからだってやっていけるさ」
 小さなリップ音とともに目尻に暖かい感触が当たった。直後、とぷんっと重い液体に物が沈むようにその頭が消える。
「・・・・・・」
 まるで嵐のただ中に放り出された人間のようにその場に座り込んで放心したまま、先ほどまでの騒動を思い出す。朝起きてから今まで。一連を思い出してもどれもこれも訳がわからない。
 昨日の疲労も取れていないのに今日でさらに疲れ果てた脳みそは長々としたため息を吐き出した後、全てを投げ出す。
「・・・・・・・・・寝よう」
 とりあえず使いすぎで痛みを訴える頭を静めるためにベッドへと潜り込んだ。






 夢だったらいいのに――。
 そう思いながら目を開けると影の色が普通だった。本当に嬉しかった。
 ――――数日後、その影が語りかけてくるまでは。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.023772001266479