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No.19090の一覧
[0] 【ネタ】僕ひとりが人間なんです。(オリジナル)[ふぁいと](2010/06/03 17:43)
[1] 第二話 再会[ふぁいと](2010/06/03 17:51)
[2] 第三話 影人[ふぁいと](2010/06/20 22:36)
[3] 第四話 奇縁[ふぁいと](2011/03/17 12:50)
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[19090] 【ネタ】僕ひとりが人間なんです。(オリジナル)
Name: ふぁいと◆19087608 ID:64f78d5b 次を表示する
Date: 2010/06/03 17:43
第一話 発端



 誰にだってひとつふたつはあると思う。
 あの時こうすればよかった。
 どうして自分はあんな事してしまったのか、と。
 学校にパジャマで登校するなどという小さなことから果ては殺人まで、その想いはピンきりだろうけれど。

 昔の人は言いました。
 後で悔やむと書いて後悔。
 後悔。
 そう、僕は今、切実にやり直したいと思っている。
 人生の分岐点を。

 今思い返してみると僕の人生の分岐点は二つあったんだと思う。
 勿論細かいものはもっとたくさんあったんだろうけれど、大きく僕の人生を変えたものは二つだ。
 そして僕はそのどちらかを変えたい。

 ひとつは生後間もない時点。
 といってもこの時点に戻った所で僕の人生は何にも変わらないだろう。何故なら生まれたばかりだからだ。
 自分のことなど何一つ出来やしない赤子に戻った所で何かが変わるわけがない。
 だから僕が戻りたいのはもうひとつの分岐点。高校に入学したばかりの頃だ。
 今でもはっきりと思い出せる。青天の霹靂とはまさにあの事だったのだろう。

 あの日は半日授業で、いつもよりずっと早く家路に着くことになっていた。
 公共の通学手段を使わなくても通えるほど近い高校だったから、音を立てて空腹を訴える自分のお腹を抱えてまず家に帰った。まだ通い始めだった事もあり特に部活には入ってなかったし、お昼代がもったいなかった。
 といってもそんな事をいうほど貧乏だった訳じゃない。むしろ家は豪邸というほどではないが大きいし、家政婦さんが居るほど裕福だ。
 正直いうと、この家政婦さんの作る料理がすごく美味しいから学食より暖かい作り立てが食べたかったのだ。
 その日の昼食に期待してぐーぐーと鳴るお腹を放置したまま自転車に乗って軽快に帰路についていた。

 ああ、今でも思う。
 あの時、扉を開けなければ。
 いや、せめて忠告を聞いていれば、と。







 「ただいま」といって玄関の扉を開けた時、驚いた形相でやってきた家政婦のレイカさんが僕を見て慌てて時計を確認した。綺麗な黒髪を一本にまとめた太い三つ編みが宙を舞い、肩にかかって止まる。
「今日は半日授業でしたっけ?」
 僕よりも小さなレイカさんはアイスブルーの瞳で上目遣いに見るように尋ねた。
 まるで怒られるのを待つ小学生のような姿にこちらが悪い事をしたかのようななんともいえない気分になるため、僕はあまり彼女にこういう風に見られたくない。
「うんそうだよ?」
 靴を脱ぐのをやめて顔を上げるとレイカさんは思いっきり顔を顰めた。栄養がそこに偏ったとしか思えない胸の前で手を組んでしきりに後ろを気にしながら僕の手から鞄を受け取った。僕の体を今入ってきた方へ反転させるながら申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、坊ちゃま。少し外で時間を潰していてください」
 そんな事を言われても。
 いきなりの事にとりあえずその場で足を踏ん張ると、同時にお腹がなった。
「や、でもレイカさん。お腹空いてるから、せめて何か欲しいんだけど」
「後でいっぱい作りますから、どうか今は。少しだけでいいですから。今、ちょっとややこしいお客様がいらしてて―――」
「あれ~? そんな所で何をしているんですか?」
 どこか必死に言い募るレイカさんの言葉の途中にいきなり男の声が割り込んできて、ギョッと顔を上げると、見知らぬ男が廊下に立っていた。
「な、なんでもないですよ?」
 好奇心で輝いた男の表情をチラリと確認したレイカさんがヤバイと顔にでかでかと書いて慌てて俺を隠そうと両手を広げて俺の前に立ちふさがったが、あいにく背が足りていない。レイカさんの頭頂部ごしに相手が丸見えだ。
 相手にとってもそうだろう。ぺたぺたとスリッパを響かせながら近づいてきた男はレイカさんが「ダメですっ」と言って部屋に押し戻そうとするのも気にせずに近づいてきた。背は高いだろうに背中を猫背気味に丸めた、あまりぱっとしない男だった。
 その男のお腹辺りを両手で押すようにしながらレイカさんは少し苛立ったように男を見上げた。子猫に近づく鴉を警戒する親猫のようだった。
「ダメですっ というか何の御用ですか!?」
「え~? 少しお手水を借りようかと思いまして。いやしかし、どなたですか?」
 そんなレイカさんをまったく意に介さず、男は僕を間近で見下ろしながら好奇で瞳を輝かせた。まるで観察するように見られて少し引きかけたが、先ほどレイカさんが「お客さん」と呼んだからにはお客なのだろうと特に何も考えもせずに頭を下げる。
「こんにちは。はじめまして」
「挨拶なんてしなくていいですからっ 坊ちゃま!」
 言った瞬間、レイカさんはしまったと顔を青褪めさせたのが見えた。同時に男の瞳が光ったのも。
「へえ。この家のお子さんなんですか?」
「え、あ、はい」
「坊ちゃまっ!!」
 レイカさんが悲鳴のような声を出し、直後に慌てて自分の口元を押さえる。
(一体なんなんだろうか)
 あまりにも必死なレイカさんの慌てぶりがよくわからずにボーッとしていたらいきなり痛いほど腕を握られた。小さく痛みを訴えて見下ろすと男がしっかりと握り締めていた。
 声に反応したレイカさんが即座に横から手刀で叩き落とす。
「なんですか、一体」
 握られた手形がくっきりと浮かび上がった手首をすりつつ男を見上げると男は興奮したように僕とレイカさんを交互に見ていた。
「まさか次男さんがいらっしゃるとは思わなかったですよ! いや~大スクープだっ!! ぜひとも取材を!」
「そんな事受け付けられませんっ! 奥様や旦那様がなんとおっしゃるか!! そもそも今回の趣旨とは違っているでしょうっ!?」
「いやいや、これは相続争いに十分関係していますって! というよりさらに度合いが深まると言うか・・・っ」
「坊ちゃまはそんな事には一切関係いたしませんっ! そもそも旦那様ももうすでに放棄していらっしゃるのにっ いつまで引きずるつもりなんですかっ!」
 怒りも露わに睨み付けるレイカさんに対して男は興奮しながらもどこか飄々とした表情で笑みを浮かべる。
 僕はと言えばいきなり始まった舌戦に置いていかれ、二人の間で視線を彷徨わせていた。
「・・・・・・レイカさん? これ一体なに?」
「あ、坊ちゃま、これは別になんでも・・・っ」
 それにしては挙動不審だ。
 わたわたと無意味に手を振るレイカさんの隣をすり抜け、すかさず男が近づく。
「取材よろしいですかっ?!」
 取材?
「・・・そもそも何の話ですか?」
「って、なにしてるんですかーっ! ダメったらダメですっ!!」
 勢いに押されるように少し後ずさるとすぐに気付いたレイカさんが僕と男の間に割ってはいる。
 そうやって玄関で三人ごちゃごちゃと争っていると、怒鳴り合いが部屋まで届いていたのだろう。両親が奥から現れた。
 その時の二人の顔。なんといえばいいだろうか・・・。一番近いのはたぶん「しまった」という表情なのだろうが。
 その二人に続いて現れたのは背の低い男だった。小太り気味の男で唇も目も横に伸びて潰れているというか、なんというか・・・ヒキガエル?・・・のようだ。
「これ、何をやっとるか出雲(いずも)。行儀よくせんか」
「あ、先輩っ 凄いんですよ、大スクープです」
 つかつかと近づいてきた蛙男を猫背の男はにんまりと笑いながら見下ろした。不愉快そうに見上げた蛙男に気付いている様子はなく、いきなり腕を動かして僕の方を見るように促す。
「なんとこちらっ! この家の次男坊さんだそうで!」
「なんだとっ!?」
 凄い形相でぎょろりと見られ、思いっきりびびった。突進してきそうなその勢いに無意識に後ずさるが、その前にレイカさんが立ちふさがって両手を広げる。
「だからダメなものはダメですっ 聞き分けてください!」
「むうう・・・っ」
 レイカさんは今度は悔しげに唸る蛙男とにらみ合う事になった。
 わけがわからない。
 何をそんなに驚くのか。両親の知り合いではないのか。不思議に思って両親の方を向くと母は大変困ったというような、先ほどのレイカさんと同じような表情をし、父は珍しく厳しい表情をしていた。
(――――僕は何か悪い事をしてしまったのだろうか?)
 ここに至ってふいに罪悪感のようなものが湧き上がってきた。どう考えても父も母もレイカさんも僕がいる事を歓迎していない。
 困惑してその場に縮こまっているとふいに父が近づいてきた。僕の肩に手を当てて上がるように促す。さすがにこの家の当主の前で争う事は出来ないのか三人が脇に避けた隙に靴を脱いで上がりこむとそのまま背中を押された。
「――――(じん)。少し部屋に入っていなさい」
「・・・・・・はい」
 いつもの優しい雰囲気が一切なく、固い口調で言われた言葉に愕然とした。やはり何か大変な事をしてしまったのだろうと思ったが、それがなんなのかよくわからない。
 とにかく言われたとおり部屋へ行く為に階段をのぼっていく途中、少しだけ後ろを振り返ると父に詰め寄る蛙男の姿が見えた。







 何故レイカさんの忠告を聞かなかったのだろう。
 思い出すたびにそう後悔する。
 僕はまったく予想もしていなかった。これからの出来事など。







 それからしばらくして、部屋で悄然と事が済むのを待っていた僕をレイカさんが呼びにきた。どこか挙動不審に僕を案内する姿に落ち着きなくついていくと、リビングに到着した。すでに中には父母の他に兄までもいて、全員、どこか暗い雰囲気で頭を悩ますように俯いている。
「あの、お連れしました」
 レイカさんがかけた声に顔を上げた母はにっこりと笑った。もう四十はいっているはずなのに妙に若々しい、可愛らしい笑みだ。
「ありがとう、レイカちゃん。レイカちゃんも一緒に座ってね」
「でも奥様、私はお仕えしている身ですから」
「あら何を言ってるの。レイカちゃんももうとっくにうちの家族よ」
 それでも少し逡巡しているようなレイカさんを見ていたら、パンパンと何かを叩くような音が聞こえた。視線を向けるとソファーに座っていた兄が自分の隣を手で叩いていた。
「ほら、ジンもさっさと座って。今から大事な話をするから」
「あ、うん」
 とりあえず促されるままに座ると向かい合うようになった両親が少し視線を彷徨わせた。真ん中にあるガラスのテーブルを囲むように左隣に座ったレイカさんもまだ挙動不審だ。
 一体これから何を言われるのだろう。
 とりあえず僕の中も不安でいっぱいだった。
「さて、人・・・・・・」
 少し口を開いただけですぐに父は言葉に詰まったように隣の母を見た。「どのように言えばいいだろうか」と訪ねる姿に余計不安を掻き立てられる。
「ねえ兄さん。一体何の話?」
 隣の兄を見ると、兄も困ったように顔を顰めた。嘆息して父に視線を投げる。
「父さん、とりあえずショックの少ない方から言った方がいいと思いますよ」
「そ、そうだな。じゃあ―――」
 ひとつ咳払いをして父は重々しく口を開いた。
「実はな、人」
「はい」
「お前は私たちの子供じゃないんだ」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
 一瞬、なんと言われたのかよくわからなかった。
「・・・え? だって・・・え?」
 理解した後もなかなか思考が先に進まない。
 確かに、親とは似ていないとは思っていた。父にしろ母にしろどちらも美人だし、兄に至っては超がついてもおかしくないくらいの美形だ。そこら辺のモデルなんて目じゃないぜ、と言わんばかりだ。
 それに比べて僕はなんというか・・・・・・まああまりにもかけ離れているという事は自覚していた。
 していた、が。
「だって・・・あれ? じゃあなんで?」
「落ち着いて、ジン」
 隣で兄――と思っていた人が背中を撫でてきたが、落ち着けるわけがない。混乱した頭の所為で何故か視界までぐるぐる回り今にも吐きそうだ。
 今まで疑問にさえ思わずに暮らしてきた。顔立ちは多少の差だと思っていた。
「どうぞ、坊ちゃま」
 いつの間にか席を立ったレイカさんに冷たい水の入ったコップを差し出され、受け取った時に額の汗をハンカチで拭かれた。同じく冷たく冷やされていたそれがとても気持ちいい。
 少しだけ気力を取り戻して水を含む。緊張で乾いた喉に冷たく沁みた。
「お前は、クリスマスに玄関の前に置いていかれていたんだ。『よろしくお願いします』というような内容の手紙と一緒に」
「この家大きいでしょ? おそらくそれで・・・どうにかしてもらおうと思ったんだと思うだけど」
 顔が上げれない。今まで親だと思ってきていた人に、どういう顔をすればいいのかわからなかった。
(それで先ほどの人達はあんなに驚いていたのか)
 どうにか動き始めた頭の隅でようやく合点がいった。一人っ子だと思っていたのだろう。事実そうなのだし。
 ふいに視界が滲んで泣きそうになった。何が哀しいのかもよくわからなかったが。
「でも、お前の事を本当に弟だと思ってるよ。大事な家族だ」
コップを握り締めたまま涙を耐えているとふいに頭を撫でられた。兄の手は労わるように優しく動く。
「そうだよ、人」
「当たり前でしょう。私がミルクから何からお世話したんですものっ とっても可愛かったのよ? 今でも可愛いけど」
「ええ、とても愛らしかったですよっ」
 重なるように言われた言葉にますます顔を上げられなくなった。もう顔面がくしゃくしゃに歪んでいる事だろう。
 哀しいのか嬉しいのか、わけわからないままひとしきり泣いて、真っ赤な目を上げた時は少し恥ずかしかった。
 それでも父も母も兄もレイカさんも優しい顔をして見守っていてくれていた。
 手に持っていたコップの中身を全部一気に飲み干してテーブルに置くと顔を袖で拭って顔を真っ直ぐに上げる。血の繋がりがまったくない事に関してはショック過ぎてどこか麻痺してしまったような感じだが、家族だと言ってもらえて純粋に嬉しかった。
 僕が落ち着いてきたのに気付いたのか、ホッとした雰囲気が辺りを覆った。ぐずぐずする鼻をかんでため息を吐いた僕を見ていた兄の目が父の方へと向かうと、またどこかキョドるような空気が流れる。
「?」
 わけがわからないまま隣の兄を見ると兄は苦い笑みを浮かべて両親の方を向いた。何故か全員どこか挙動不審だ。
「・・・・・・何? まだ何かあったりするの?」
 不安になって左右を確認する。誰も視線を合わせてくれない。
 そういえばさっきショックの軽い方からとかなんとか言っていたような気がするが。
(・・・・・・アレよりもショックって、何だろう・・・)
 脳の限界なのか、まったく思いつかない。
 不安ばかりが募る状況で、唐突に兄が肩に手を置いてきた。少し痛いくらいに力が込められる。
「・・・・・・ジン。僕等は本当にジンの事を大切な家族だと思っている」
「―――うん」
「そこの所はけっして疑わないで欲しい」
「うん」
「その事を踏まえて言っておきたい事がある」
「・・・・・・うん」
「その・・・・真面目な話だから、疑われたり、怖がられたりするとすごく・・・その、困る」
「・・・・・・うん?」
 言いたい事がよくわからなくなってきた。眉目秀麗、成績優秀、運動神経抜群で小さい頃からどこぞの専属の学校に通っているほどの兄が理解しづらい言い方をしたことなど今まで一度もなかったのに。
 眉を潜めた僕に兄は苦悩したように顔を歪めて、やがて覚悟を決めたように真っ直ぐに瞳を覗きこんできた。美形は得だ。こんな顔をしているとこういう時、思いっきり注意を引ける。
「僕達はね、ジン」
「うん」
「人間じゃないんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?
 言われた意味がよくわからなかった。この、ケチの付け所のない兄は一体何を言っているのだろう。
 それが兄にも伝わったのだろう、少し苦しそうに、けれどきっぱりと言い切った。
「ジン。ジン、本当なんだ。僕達は人間じゃない」
「人間って・・・え? だって・・・僕は――」
「ジンは勿論人間だよ。当たり前じゃないか」
「そ、そうだよね。え? じゃあ兄さん達は?」
 僕の混乱のあまりの問いにふっと小さく笑った後、兄はまた元の硬い表情に戻った。
「でも僕達は違う」
 あまりにも真剣に言われるが、正直、何が違うのかよくわからなかった。
「僕達って? 兄さんと父さんや母さん?」
「それとレイカさんも」
 兄は肩を痛いくらいに掴んだまま、視線も逸らさない。鼻で笑い飛ばす雰囲気でもない。
(なんだろう、これ)
 頭がクラクラしてきた。
「父さんも母さんも、レイカさんもこっちの世界の人間じゃないんだ。元々住んでいた世界でややこしい問題が起こって、こっちの世界に駆け落ちしてきたんだ」
「こっちの世界? 駆け落ち?」
 頭がパンクしそうになりながらも何とか気になったことを尋ねると、兄はゆっくりと頷いた。切れ長の涼やかな黒目はどこまでも真剣だ。
「その世界では父も母も有名な人でね、どちらも家柄から結婚を反対されていたんだ。だからわざわざこっちの世界まで駆け落ちした」
「若かったからね」
「でも今も後悔はしてないの。向こうには悪いけれど」
 父も母も本気の目でこちらを見ている。
 どうしよう。話についていけない。
 とりあえず、家柄うんぬん、駆け落ちうんぬんは本当の事として―――人間じゃない発言は何だろう。向こうの世界って何。
 助けを求めるようにレイカさんを見るが、レイカさんも真剣な目で僕を見ていた。全員、同じ事を突き通している。
「僕も向こうの学校に通ってるんだ」
「専門学校ってそうなの?!」
「そうだよ。どう、少しは信じた?」
 思わず返した反応に兄は嬉しそうに笑って少し空気が緩んだ。いや、それは違うとは言いがたい。僕は迷うように視線を彷徨わせた。どう切り出せばいいだろう。
「・・・それで・・人間じゃないって、何か違うの?」
「違うよ。かなり違う。種族にも寄るけど」
 なんだ種族って。
「僕や父さんは寿命自体違う。人間よりずっと長いんだ」
(・・・・・・)
「・・・・・・・・ええっと? 僕が覚えている限り兄さんはずっと年をとっていたように思うんだけど?」
「勿論そう見せてたからね。母さんは短命だから人間と同じくらいしか生きられないから、僕等が外見を合わせてたんだよ」

 
(・・・・・・どうしよう)


 それが正直な感想だった。
 なんだか家族の見てはいけないものを見てしまったような気分だ。
 その感情そのまま、少し怯え気味になったのか兄の顔が曇った。慌てて顔を笑顔に保ちなおす。
 ええい毒を喰らわば皿まで。大好きな家族が、自分を育ててくれた大事な家族が言うのだからどんな戯言でもとりあえず最後まで聞くべきだ。
「ええと、じゃあなんで今そんな事言うの? こんないっぺんに言われてもよく理解できないんだけど」
 そういうと兄の表情が翳った。あれ? 今度は特に変なそぶりはしてないはずだけど。
「・・・それは、あいつ等にジンの事がばれたからね」
 憂うように視線を父の方へと向けた兄につられて父の方を見ると、父も気難しい顔をしていた。
 え、何?
「・・・・・・実は今のジンはかなり厳しい立場に居るんだ」
「は? 立場って? そういえばさっきのお客さん達はなんだったの?」
 純粋に疑問に思って口に出すと父の渋面がますます深くなった。隣に座っていた母がその腕を取って励ますように握る。
 水をくれた時から隣に控えていたレイカさんも何故か兄が掴んでいるのとは反対の肩に優しく手を置いてきた。
(え? 何? なんでそんなに深刻そうなの?!)
 凄く怖くなる。
「彼等はね、向こうの世界の記者なのよ。あちらでは今パパの国が継承問題で揺れているの。パパは王位継承権を放棄してこちらの世界へと逃げてきたから、と思っていたのに、その子供である(せつ)に王位継承権があるとかなんとか騒ぎ立てているの。
 そんな時に今まで隠していた次男がいた、なんて事になったら・・・」
「・・・・・・・え? 継承権って、何?」
「パパはそこの長男だったから」
「・・・・・・」
 あまりに真剣なその目に「そういう設定なの?」とは流石に聞けなかった。代わりに曖昧に頷いてもう一度考える。王位継承権。兄にあると言う事は・・・。
「・・・・・・もしかして、僕にも・・?」
「・・・・・・・そういう事になる・・・」
 重々しく、ため息を吐くように父は頷いた。それでバレただなんだと言っていたのか。
(・・・・・・僕はどこまで付き合えばいいのだろうか・・・)
 なんだか少し虚しくなってきた気もするが、とりあえず話を合わせる。
「でも、僕は向こうの世界とはなんの関わりも持っていないし、そもそも本当になんの関わりもないんだよね?」
「ない。ない、が・・・向こうがそれで終わらせてくれるとは思えない」
 どんな身内だ。あまりに厄介そうで、もう半分やけくそで父から兄の方へと視線を移す。
「じゃあもう兄さんがなってしまえばいいのでは?」
「僕はそれを望んでいない。向こうだって僕を望んでいない者の方が多い」
少しムッとしたように言った兄に続いて母もため息をついた。
「それにそれをするには私の身内が絶対うるさくいってくるに決まってるわ」
(どれだけ複雑なんだ、この話)
 もう許容量を越してしまった話を咀嚼もせずに半ば強引に脳内に詰め込む。理解なんてとっくに諦めていた。
「それになぁ・・・さらに大変な事になりそうなんだ」
「・・・まだ何か?」
 諦め気味に尋ねると父は何故か罪悪感いっぱいの顔を僕の方へと向けてきた。嫌な予感がする。
「実は・・・昔の事なんだが、友と約束してしまって」
「何を?」
「ともに子供が生まれたらその子を結婚させないか、と」
(来たよ、許婚フラグ)
 色々あり過ぎてもうなんの感情もわかなくなってきた。とりあえず熱が出そうな頭に手を当てて支えながら父を見る。
「えっと。それは兄さんの話じゃないの? なんで僕?」
「雪は長男だから家の跡継ぎとして婿には出せない。けれど人は次男だからねぇ。婿に取れると向こうも思うだろう?」
「・・・・・・向こうには男は居ないの?」
「ああ、娘だけだ。国の跡継ぎだから嫁に出すという訳にもいかないだろうしね」
「・・・・・・」
 僕の頭から煙が出てやしないだろうか。
 心配そうに覗き込んできた兄に笑顔を返すどころか声を返す事さえも出来そうにない。詰め込みすぎた頭が痛い。むしろここまで持った事を凄いといいたい。
「坊ちゃま。頭が痛いんですか?」
「・・・・・・ちょっと・・・」
 兄の反対、左側から心配そうに覗き込んできたレイカさんに、それでも笑顔を返せない。相当ムリをしたようだ。
「失礼します」
 ふいにテーブルの上のガラスコップを手にとってレイカさんは両手で握り締めた。何故かひんやりとした空気がその手元から生まれる。

カラン

 さっきまで何もなかったコップの中で(・・・・・・・・・・・・・・・・・)氷が澄んだ音を立ててくるくると回った。それをハンカチの上に置いて包み込み、即席の氷嚢を作る。
「これをどうぞ」
 笑顔で差し出された薄桃色の布には目もくれず、ただひたすらコップの方へと視線が行く。
(今、何が起こった?)
 あまりの事に呆然とコップを見つめていると僕の代わりにハンカチを受け取った兄が僕の視線の先を見て、納得したように頷いた。
「レイカさんはこっちの世界で言う『雪女』みたいなものだよ」
(え?)
 驚いて視線を上げると同時にクラリと頭が揺れる。慌てたような家族の顔が視界に映った。
(は・・・・・・嘘・・?)
 その思考を最後に僕の意識はそこで途切れた。







 今思い返してみると僕の人生の分岐点は二つあったんだと思う。
 ひとつは生後間もない時点。
 僕を生んだ本当の親がある家の前に僕を捨てた時点だ。
 彼女、あるいは彼が一体何を考えてそんな事をしたのか知らないが、確かにアレで僕の人生は変わった。

 そしてもうひとつの時点。
 高校に入学したばかりの頃だ。僕は家に続く扉を開けた。
 あの時。
 そうあの時、僕がどうにかしていれば。
 これから先歩む苦難の道筋を回避する事が出来たはずだ。

 今でもそう、悔やんでいる。


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