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No.19087の一覧
[0] G線上のアリア aria walks on the glory road【平民オリ主立志モノ?】[キナコ公国](2012/05/27 01:57)
[1] 1話 貧民から見たセカイ[キナコ公国](2011/07/23 02:05)
[2] 2話 就職戦線異常アリ[キナコ公国](2010/10/15 22:25)
[3] 3話 これが私のご主人サマ?[キナコ公国](2010/10/15 22:27)
[4] 4話 EU・TO・PIAにようこそ![キナコ公国](2011/07/23 02:07)
[5] 5話 スキマカゼ (前)[キナコ公国](2010/06/01 19:45)
[6] 6話 スキマカゼ (後)[キナコ公国](2010/06/03 18:10)
[7] 7話 私の8日間戦争[キナコ公国](2011/07/23 02:08)
[8] 8話 dance in the dark[キナコ公国](2010/06/20 23:23)
[9] 9話 意志ある所に道を開こう[キナコ公国](2010/06/23 17:58)
[10] 1~2章幕間 インベーダー・ゲーム[キナコ公国](2010/06/21 00:09)
[11] 10話 万里の道も基礎工事から[キナコ公国](2011/07/23 02:09)
[12] 11話 牛は嘶き、馬は吼え[キナコ公国](2010/10/02 17:32)
[13] 12話 チビとテストと商売人[キナコ公国](2010/10/02 17:33)
[14] 13話 first impressionから始まる私の見習いヒストリー[キナコ公国](2010/07/09 18:34)
[15] 14話 交易のススメ[キナコ公国](2010/10/23 01:57)
[16] 15話 カクシゴト(前)[キナコ公国](2011/07/23 02:10)
[17] 16話 カクシゴト(後)[キナコ公国](2011/07/23 02:11)
[18] 17話 晴れ、時々大雪[キナコ公国](2011/07/23 02:12)
[19] 18話 踊る捜査線[キナコ公国](2010/07/29 21:09)
[20] 19話 紅白吸血鬼合戦[キナコ公国](2011/07/23 02:13)
[21] 20話 true tears (前)[キナコ公国](2010/08/11 00:37)
[22] 21話 true tears (後)[キナコ公国](2010/08/13 13:41)
[23] 22話 幼女、襲来[キナコ公国](2010/10/02 17:36)
[24] 23話 明日のために[キナコ公国](2010/09/20 20:24)
[25] 24話 私と父子の事情 (前)[キナコ公国](2011/05/14 18:18)
[26] 25話 私と父子の事情 (後)[キナコ公国](2010/09/15 10:56)
[27] 26話 人の心と秋の空[キナコ公国](2010/09/23 19:14)
[28] 27話 金色の罠[キナコ公国](2010/10/22 23:52)
[29] 28話 only my bow-gun[キナコ公国](2010/10/07 07:44)
[30] 29話 双月に願いを[キナコ公国](2010/10/18 23:33)
[31] 2~3章幕間 みんなのアリア (前)[キナコ公国](2010/10/31 15:52)
[32] 2~3章幕間 みんなのアリア (後)[キナコ公国](2010/11/13 22:54)
[33] 30話 目指すべきモノ[キナコ公国](2011/07/09 20:05)
[34] 31話 彼氏(予定)と彼女(未定)の事情[キナコ公国](2011/03/26 09:25)
[35] 32話 レディの条件[キナコ公国](2011/04/01 22:18)
[36] 33話 raspberry heart (前)[キナコ公国](2011/04/27 13:21)
[37] 34話 raspberry heart (後)[キナコ公国](2011/05/10 17:37)
[38] 35話 彼女の二つ名は[キナコ公国](2011/05/04 14:13)
[39] 36話 鋼の錬金魔術師[キナコ公国](2011/05/13 20:27)
[40] 37話 正しい魔法具の見分け方[キナコ公国](2011/05/24 00:13)
[41] 38話 blessing in disguise[キナコ公国](2011/06/07 18:14)
[42] 38.5話 ゲルマニアの休日[キナコ公国](2011/07/20 00:33)
[43] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ [キナコ公国](2011/07/01 18:59)
[44] 40話 ヒネクレモノとキライナモノ[キナコ公国](2011/07/09 18:03)
[45] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ![キナコ公国](2011/07/20 22:09)
[46] 42話 羽ばたきの始まり[キナコ公国](2012/02/10 19:00)
[47] 43話 Just went our separate ways (前)[キナコ公国](2012/02/24 19:29)
[48] 44話 Just went our separate ways (後)[キナコ公国](2012/03/12 19:19)
[49] 45話 クライシス・オブ・パーティ[キナコ公国](2012/03/31 02:00)
[50] 46話 令嬢×元令嬢[キナコ公国](2012/04/17 17:56)
[51] 47話 旅路に昇る陽が眩しくて[キナコ公国](2012/05/02 18:32)
[52] 48話 未来予定図[キナコ公国](2012/05/26 22:48)
[53] 設定(人物・単位系・地名 最新話終了時)※ネタバレ有 全部読んでから開く事をお薦めします[キナコ公国](2012/05/26 22:40)
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[19087] 45話 クライシス・オブ・パーティ
Name: キナコ公国◆deed4a0b ID:b1b8b9be 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/31 02:00
「よっしゃ、積み終わったぞ」

 快活な口調の青年が、私たちの馬車の背をぽん、と叩いて言う。

 荷台には、後生大事に抱えていたゲルマニア産の工芸品や、トリステイン北部産の食品などに代わって、ガリア方面で勝負になりそうなトリステイン製品がぎっしりと積まれている。
 商品の選定は、いつものように私の独断、というわけではなく、ガリア出身のロッテの意見を多分に取り入れたラインナップとなった。

 その中身は、レールダムのガラス食器、ブリュッセルの彫刻家具、アストン領のワインやチーズ、あとは、このシュルピスの名産である蜂蜜の瓶詰め、皮革のバッグなど。
 秘薬、魔法材料などは、ゲルマニアに比べれば若干安価だったものの、質はそれほど変わらず、しかも、魔法関係の品は、ガリアの方が本場なので、売れはしないだろう、と判断して購入は見合わせることになった。

「ありがとうございます。久々に良い商社と巡り合えましたよ」
「おっ、ゲルマニアの商人に褒められるとは、こりゃ、ウチの商社の信用も上がったか?」

 私の正直な感想に、青年はやや嬉しそうに軽口を叩く。

 20代前半だろうか。まだまだヤンチャそうな風貌の青年だ。
 しかし、彼こそが、此処、シュルピスを本社とする、モット・ドナルド・エマニュエル商社(長いので以下、モット商社)の経営者の一人らしい。
 商社の名前は、経営者の名前をずらりと並べるのが暗黙の了解であり、この場合、モット伯と、ドナルドさんと、エマニュエルさんが共同経営している商社、ということになる。
 
「えぇ、今後ともシュルピスを訪れる機会がありましたら、是非とも御社にお世話になりたいものですね」
「へへっ、モット伯からの紹介ってことで、今回は、多少、色をつけさせてもらってっけどな」

 モット伯との邂逅はまさしく僥倖。

 彼の紹介状のおかげで、入市税は免除されたし(シュルピスの入市税は、トリステインの中では最も安いけどね)、この街ではいくつも商社を回ることなく、バンシュで購入した商品以外は全てこのモット商社で捌くことができたのだ。

 感謝、感激、雨あられ。こちらも約束を果たさなきゃね。
 何、フーゴのヤツもカワイイ(?)私の頼みであれば、尻尾を振って実家にオツカイくらい行ってくれるはずよ。うん、というか、行け。

 ちなみに、私たちが持ってきた商品の中で、もっとも喜ばれたのは(高値だったのは)、やはりシュペー卿の農具。予想外にブランド的価値が高く、卸値で一本20~30エキューの値が付けられたのはちょっと吃驚してしまった。
 なんでも、トリステインには富裕な農村地帯がいくつかあり、そこでは名主的な金持ちも存在するらしく、彼ら向けの商品となるそうだ。

 そんな農村にはとんと縁がなかった私は、やはりブリミル親父に見放されているようである。

「で、どうすんだ? すぐ出発するんか?」

 青年にそう問われて、私はうぅん、と唸る。
 今のところ、追ってくる者は見ていないし、一日くらい休んでもバチは当たらない気がする。
 
 というか、正直、かなり儲かったのだし、今日はもう、まったりとシュルピスを観光し、がっつりと旨いモノでも食って、ちゃんとしたベッドで寝たいなぁ、なんて思ったり。

「とりあえず、一日くらい羽根を伸ばしてもよいのではないか?」
「そうねぇ」
「いや、休む。これは決定事項じゃ」

 有無を言わさない気か、このヤロウ。

「ふん、珍しく意見が合ったわね。折角トリステインでも有数の都市といわれているシュルピスまで来たんだもの。素通りするなんて、始祖が許しても、私が許さないわよ」
「ってかね、こっちはまだ、貴女のご実家がどこなのか、聞いていないんだけど。これじゃ、出発するにも、しようがないじゃない」
「えっ? あ、あぁっと、それは……。そう! 明日の朝にでも教えるわ! ちゃんとお風呂ついた宿をとってくれたらね?」
「なぜに対価を要求するのよ……。貴女のことでしょうに」
「う、うるさい、うるさい、うるさい! いいから言うとおりにしなさい!」
 
 と、五歳児のような駄々のコネ方をするエレノア。

 むぅ。モット伯邸での出来事以来、少しは態度が軟化したかに思えたのに。

「はいはい、わかりましたよ、っと。すいません、御社で馬車預かりってお願いできますか?」
「おう! ウチに任しときゃ、近頃ウワサの盗賊共にヤラれるような心配もねえぜ」

 青年は、そう言って、どんと胸を叩く。

「盗賊、ですか?」
「あぁ、知らなかったのか? いや、半年くらい前から、商人狙いの窃盗団、というか、強盗団のようなのが、このシュルピス界隈で暴れていてな」
「はあ」
「なんだっけ、マリーゴールド……? いや、違うな。あぁ、クソ、名前はド忘れしちまったわ」
 
 ふむ。犯罪者の名前などどうでもいいが、それはまた恐ろしいことで。
 こちらにはロッテがいるので、もし鉢合わせたとしても、賊程度にやられるようなことはないだろうけど。

「サン=シュルピス伯は何をやっているの!」
「ん、領主様も動いちゃいるんだが、どうにも用心深いヤツらみたいでさ。捕まえようにも、尻尾をなかなか掴ませねえんだと。しかも首領が腕利きのメイジらしくて、何度か街の衛兵が接触はしているんだが、全部返り討ちにあっちまったっていう話だ」

 エレノアは憤慨するが、どうやらこの街の領主がぐうたら、というワケでもないらしい。
 まあ、サン=シュルピス伯は、ゲルマニアでも、賢君としてそこそこ名前が通っているしね。相手の盗賊がかなりのやり手なのだろう。

「どちらにせよ、関わり合いになるのは、御免こうむりたいわね。これ以上の厄介事はたくさん」

 私はややうんざりとした口調でぼやく。

 やっぱりトラブルには、我関せずの姿勢が一番良い。
 火中に飛び込むのは、大量の栗があると保証されている場合だけで十分だ。エレノアの一件で懲りたのである。

「同感じゃ。とはいえ、よほど運が悪くない限り、そんなモノとは無縁じゃろうがな」
「たしかに、この場合は領主と領民の問題か。私たちがどうこうする問題ではない……わよね?」

 ロッテとエレノアの発言にまとめて頷く私。
 ほう……経験が生きたな、お譲様。

「じゃ、一晩、荷の方はお願いしていいですか?」
「任しとけ。今日のところは、預かり料、サービスしておくぜ」
「え、いいんですか?」
「ああ、その代わり、今度シュルピスに来た時も、絶対、ウチを使ってくれよな」

 気前のいい青年の提案に、私は満面の笑みを浮かべ、勢いよく首を縦に振るのだった。







 モット商社を一歩外に出ると、サン=シュルピス伯爵領、シュルピスのメインストリートである、シャンゼリゼ大通りが広がっている。

 トリスタニアほど都市としての規模は大きくないが、外国人的な立場から見れば、商業的な意味ではこちらの方が重要な都市だ。
 トリステインの都市の中では、最も商業に関する規制が緩いため、ガリア、ゲルマニア、ロマリアの商館がこぞってここに集中しているのだ。
 ちなみにここでいう商館≪フォンダコ≫とは、各国商人が寄り集まってできる、閉鎖的な区画の事である。

「わぁ……!」

 通りに出た途端、エレノアは普段は釣りあがった目じりを下げて、歓声を上げてみせる。今にも駆けだしそうな雰囲気だ。
 そんな歳相応の姿がまぶしいのか、それとも、丁度真上で燃え盛る太陽がまぶしいのか。私は右手で日よけをつくって目を細めた。

「さながら、遊園地ね」

 そう評する私の視線の先では、似顔絵描きや、様々な楽器を奏でる楽士、過激なパフォーマンスを見せつける大道芸人が我こそに注目せよと競い合っている。
 
 彼らのような者が多い理由としては、このシュルピスは〝芸術の都〟としても知られていて、画家や音楽家、役者などを目指す若者達が多く集まってくるためであろう。
 つまり、これは彼らの芸術活動の一環であり、決して、お遊びやサービスで街を賑わせているワケではないのである。多分。

「ほう、オペラ、シャトレ、グランギニョール……。劇場が三つも並んでおるの。芸術の都、とはよく言ったものじゃ」

 と、嬉しそうに眉を下げて言うのはロッテ。後から付き合わされるのは、もう確定事項だろう。

「あんたって、ホントに芝居が好きね」
「まぁな。いずれは妾の描いた物語を演劇として世に出したいものじゃ」

 おいおい、あんたの描いたって、まさアレのことじゃなかろうな。

「ウソ!? アレ、アンタが書いたの?! すっごく……いえ、割とまぁまぁ、面白かったのに……」
「くはは、そうじゃろう? 面白いじゃろう?」

 意外そうに言うエレノアに、ロッテは上機嫌にカラカラと笑って応える。

「ちょっと。アレは、私が話してあげた“東方”の物語のパクリじゃない」

 そこに水を差すように突っ込みを入れるのは私。

 アレ、とは、馬車中の本棚の一角を占拠している、手作り製本である。
 その内容は、『僕』のセカイの有名な童話や戯曲をロッテが書き留めて、ハルケギニア風にアレンジしたモノ。

 修行時代から、ロッテは夜な夜な寝物語をせびってきていたが、こんなモノを書きためていたと知ったのは、旅に出てからの事である。
 どうやら偉大なる作家達の名作は、世界が違っても名作であるらしく、彼女の心を大きく打ったらしい。

「な、なんと人聞きの悪い! パクリなどではない! あくまで、オマージュというヤツじゃ!」
「うはぁ。盗人の言い訳は聞き苦しいなぁ」
「えぇい! どうせ誰も知る者がいないんじゃから、いいじゃろうが!」
 
 追撃の非難に、大声をあげて誤魔化そうとするロッテ。
 そういう問題かぁ? 君にクリエイターとしての誇りはないのか。
 
「ぷぷ、なぁんだ、そういう事」

 エレノアの含みを持たせた笑みを受けて、ロッテは顔を真っ赤にして俯く。
 自分で指摘しておいてなんだが、そろそろ助け舟を出してやるか。

「ま、それは置いといて。芝居が好きなら、何も脚本だけにこだわらなくてもいいじゃないの」
「うん?」
「ほら、折角商売に携わっているんだから、自分で劇場や劇団を経営するとかさ。そういう目標があってもいいんじゃない?」

 私の提言を聞き、考え込むように顎へ手をやるロッテ。

「考えたこともなかったが、そうか……。わざわざ主の商売に付き合っているのじゃし、それも悪くはないかもしれんな」
「でしょ?」
「が、そうなれば、あの物語は絶対に世に出すからな? あれだけの宝を妾達の中だけで完結させておくのは大いなる芸術界の損失じゃ」

 ややもして、ロッテは提言に賛成の意を示すが、前言は撤回しなかった。

 ま、いいんだけどさ……。

「ねえ! そんなことより、早く大聖堂を見に行きたいわ。確か、ブリミル教画の美術館にもなっているのよね!」

 自身が絡めない話題に業を煮やしたのか、エレノアが私達の袖を引っ張る。まるで、玩具売りの露店へ親を誘う幼子のように。
 貴族といっても、こういうところは普通の子供とさして変わらないのね。

「宗教画か……。芸術の一種ではあるけれども、妾はあまり好かんなぁ」
「私も。それより、商館地区の方を見たいわね。どこが一番大きいのか、勢いがあるのか、ちょっと興味があるわ。モット伯の件で、フッガー系か、ツェルプストー系の商社にちょっくら用事あるし」

 エレノアの誘いに渋る義姉妹。
 ロッテは人種違うし、私はブリミル親父嫌いだし。仕方ないね。

「最初の時から思っていたけど、アンタ達には信仰心というものがないの?!」
「いや、多分、それなりには」
「上に同意じゃの」

 私とロッテは、憤慨するエレノアに無難な答えを返す。
 エレノアの指摘は図星もいいところだが、「ファッキン、ブリミル!」などと口にするのは世間体上よろしくない。

「ふぅん? ま、いいわ。じゃあいくわよ。あそこに見える大きいのが大聖堂よね」

 エレノアは、胡散臭そうにこちらを一瞥したが、すぐに踵を返して歩みを進める。
 あぁ、コッチも有無を言わせないタイプだったか。

「おい、勝手に」
「……いいじゃない。ご実家がトリステインの南部ってことなら、そろそろお別れなのだから。今日くらいは付き合ってあげましょう? この娘、一人で歩かせるわけにもいかないし」

 引き留めようとするロッテを制し、エレノアの後ろに続く。ロッテも「まあ良いか」とそれに従う。
 どうせ今日はこの街に泊るのだし、ちょっとばかしこのお嬢様のワガママに付き合ってあげても問題はない。

 というか、私もちょっとウキウキ気分だったり。懐の余裕は心の余裕ってやつ?
 いや、目標までは遥か遠いワケで、本当は余裕なんてないんだけどさ。無駄は嫌いだけれど、たまには心の洗濯をするのも悪くはない。

「あっ、アレ何かしら?! ちょっと、あんた達も来なさい!」

 などと思ったのもつかの間、エレノアは蜜に引き寄せられる蝶のように、大聖堂とはまるで関係ない方向へふらふらと駆けていく。
 その先には、駄菓子と小物の露店。しきりにきょろきょろしている所をみると、他にもお嬢様の興味を刺激するものが多々あるらしかった。

 悪くは……ない、か?
 羽根を伸ばすつもりが、余計に疲れそうな予感がするのは気のせいだろうか……?



 ──そして。



「さすが、トリステインきっての芸術家、フェルメルの作ね。心が洗われるようだわ」
「ふふん、この程度の画家など、ガリアの歴史には掃いて捨てるほどおるわ」
「聞き捨てならないわね?」

 美術館ではお静かに。めっちゃ見られてるって。白~い目で。
 ふむ、『使い魔の家のブリミル』か。時価5000~6000エキューってとこかしら?



「これがタルト・オ・ストフェ……? 何だか粉っぽいし、チーズの臭いがひどいわ」
「ナニコレ、めちゃうまっ! ん? 何か言った?」
「これだから舌の肥えていない平民は……あむっ」

 と言いつつも食べるのか……。口に合わないならこっちに寄越しなさい!



「おい、全く妾の美しさが表現できておらぬぞ、未熟者め」
「ふっ、俺のセンスが分からないなんて、さては、田舎者だな?」
「どっちが田舎者じゃ!」
「ごふっ?!」
「野蛮だわ……」

 ロッテのワンパンで崩れ落ちる名もなき画家。ご愁傷様。
 しかし本当にひどい絵だ。この男の絵が先程見た名画と並ぶ事は、天地がひっくり返ってもありゃしないだろう。この絵はあとでゴミ箱行きね。



「烈風の棋士姫だって。面白そうじゃない」
「何々……? 『女性棋士カカリンのチェスバトル・アクション! サンダルポン死す! 恐るべし、悪徳貴族エスターク大公!』。ほおぉ、これは中々、期待できそうじゃな!」
「いやいやいや、駄作の臭いがプンプンするのだけど」

 実際、ひどいC級芝居だったのは、言うまでもない。
 それでも、この二人は、エンディングでスタンディングオベーションをして喜んでいたのだけれども。どんなセンスをしているんだ。



「ほ~、これがゲルマニア商館区か。思ったより広いんじゃな。中に商店街があるとは思わなんだ」
「思ったより小さかったくらいよ。商館の規模でガリアはおろか、ロマリアにも負けるとは……」
「ここはトリステインだってのに、ゲルマニア人が我が物顔で歩いているなんて!」

 ちなみに、商館地区の大きさは、ガリア>ロマリア>ゲルマニア>アルビオンだった。
 ゲルマニア商社はあまりトリステイン方面に興味がないから仕方のないことだけれども、なんか自分が負けたみたいで腹が立つ。

 ま、とにかく、モット伯から依頼された手紙の件もこれで終わり、と。アイツ、どうしているかしらね。
 


「あら、このブレスレット、割といいデザインじゃない。気に入ったわ」
「カンヌのブランド品か。まあ、趣味は悪くないの」
「300エキュー? 安いじゃない、買ったわ!」
「買えるかっ!」

 今のうちにその金銭感覚直さないと、後で苦労するわよ? いや、よほどの大貴族ならしないかもしれないけど。
 まあ、私が言いたいのは、そういう台詞は、自分の手で1ドニエでも稼いでみてから言いやがれ、ってこと。



 ──とまあ、そんなこんなで、終業の鐘が鳴り響く頃。



「よし、次行くわよ、次!」
「だぁめ。そろそろ宿を取らないと、また野宿になるわよ?」

 未だ元気なエレノアは、まだまだ元気いっぱいのようだ。
 しかし、私はもうお腹いっぱい、精神的にね。なんだろう、ロッテが二人に増殖したかのごとく疲れた気がする。

 しかも、地味に、かなり散財してしまったし。こりゃあ、明日から、いや今日からまた引き締めていかないと!

「えぇ~……。まだいいじゃないの」
「もう終業じゃし、どこも店じまいになるところじゃぞ?」
「あっ、あそこのお店はまだやっているわよ?!」

 遊び好きなロッテすら、暗にもう終わり、と宣言するが、エレノアは止まらない。
 嬉しそうに両手を広げながら、宿屋街とは正反対の方向へと駆けだしていく。

 ふむぅ、よほどこの街が気に入ったのか、それとも、単に街で遊ぶ事が面白かったのだろうか?

 貴族のお嬢様の生態ってよくわからんのよね、実際。
 イメージとしては深窓で紅茶を飲んだり、お勉強をしたりって感じ? でも、たまには『ここからここまで全部頂戴?』なんていう大人買いショッピングをしたり?
 まあ、エレノアの様子をみると、街に出ることすら珍しいんでしょうね、やっぱり。窮屈っちゃ窮屈かもねえ。それで不幸せです、なんて言ったら私がブッ飛ばすけどね。

 などとどうでもいい事を考えつつ、私は走って行ったエレノアを追いかけようと、ゆらり歩きだすと。



「……っ!」
 
 丁度、“屯所〟の前まで行ったところで、唐突に、エレノアはライオンに気付いたシマウマのような顔をして急ブレーキを掛ける。

「ん、どうしたの?」
「な、なんでもないわよ? あっ! 宿、行った方がいいんでしょ?! また馬車の中で就寝だなんてお断りなんだからね!」
「……?」
 
 急に意見を翻すエレノアに違和感を覚え、首を傾げる。
 が、彼女はそんなことは気にしない、とばかりにグイグイと私の背を押す。


「なぁんじゃ、見知った顔でもおったのか?」
「まったく、さらさら、完璧に何もないわよ?」

 眉間に皺を作って不可解そうな顔をするロッテの問いに、エレノアは明後日の方向へ視線を反らして答える。

 あやしい……。
 私とロッテは二人して、胡散臭そうな眼で彼女を睨む。その顔には玉のような汗が浮かんでいる。

 ……追手が来ている、なんてことじゃないわよね? 
 ないか。誰が追手かなど、あちらから名乗ってでもくれぬ限り、私にも、彼女にも分かるわけがないし。

「うくっ……。もう! ほら! 早く歩きなさい!」
「いたっ?!」

 無言の責めに対して、エレノアは手に持った杖を振り上げてぽかり、とこちらを殴りつけることで応える。
 
「あんまり物分かりが悪いと、【浮遊魔法】≪レビテーション≫で強制的に運ぶことになるわよ?!」
「はいはい、わかりましたよ。まったく、野蛮なのはどっちなのかしら……」

 そうぼやきながらも、宿屋街の方へと歩を向ける私。

 エレノアの心変わりの原因はちょっと気になるけれども。まあ、こちらの言うとおり、宿に向かうというのなら、それでいいだろう。
 


「どちらにせよ、明日には、こやつの実家へと向かうのじゃしな。今更、こやつの隠しゴトの一つや二つなどどうでもいい話か」

 そういう事。最近、ロッテと考えが被ることが結構あるような気がするわね。

「……え、と、それなんだけど。アンタ達、ロマリアにも行くって言っていたわよね?」
「え? ええ、まあ、予定ではね」
「だっ、だったら、私も、その、ソコまで連れて行ってくれないかしら? ……いえ、連れて行きなさいよ」



 ……は?



 突然に切り出された、ワケの分からぬ申し出に、一瞬茫然としてしまう。
 この娘、私らを無償の便利屋か何かと勘違いしていないか? 冗談を吐くようなタイミングでもないと思うのだけれど。

「面白くもないジョークね。0点よ」
「何を言い出すかと思えば。くはは、寝言は寝て言うのじゃな」

 肩を竦めて息を吐く私に、冗談を笑い飛ばすように言うロッテ。

「冗談じゃないの! 本気で言っているの!」

 と、いきり立つエレノア。釣りあがった眉と、白んだ鼻からみるに、どうやら本当に冗句ではないらしい。
 
 とりあえず、この娘が家を出てきた理由はこれか。どうしてロマリアに行きたいのかは知らないが。

 どの道、このワガママはさすがに聞いてやれないね。

「あ、そう。でも、それは私達には関係のない話だわ。どうしてもというなら、お家に帰ってからご両親に相談すること、ね」
「お父様も、お母様も、相手にしてくれないからアンタ達なんかに頼んでいるんじゃない!」

 もう、『両親とはぐれただけ』なんて、嘘を吐いていたことを隠そうともしないか。しかも、『アンタ達〝なんか〟』ときたもんだ。

 やはりというか、反抗期の家出というセンが濃厚か。……随分とありきたりでつまらない動機、ね。

「7エキュー78スゥ、3ドニエ」
「え?」
「この二週間足らずで、貴女に使った金の額よ」
「それがどうしたのよ」
「わからないかなぁ。私達は慈善事業をやる気はないのよ。タダ飯喰らいのお嬢様を連れて歩いているのは、飽くまでご実家に興味があってのこと。それを忘れてもらっては困るわ」

 珍しく察しの悪いエレノアに、嘘偽りのない、飾り気もない、そして身も蓋もない事実を言い聞かす。

 私達と彼女とは、主人と従者の関係ではないし、ましてや、お友達同士でもない。ただ、きわめて薄い利害関係でつながっているだけの関係である。
 そんな事くらいは彼女も分かっていると思っていたけれど、分かっていないのなら、もう、取り繕わずに言ってやろうじゃない。

「なっ、ななな、なんですって!? 私を連れて歩いているのは、貴女達の勝手でしょう! 誰もアンタ達に助けてくれ、なんて頼んじゃいないわ!」
「えぇ、そうかもしれないわね。でも、ごめんなさい。商人って身勝手なものなのよ」

 助けに入ってなきゃ五体無事じゃいられなかったじゃない、とか、一人で旅する甲斐性もないくせに、とか、そういった厭味も言えるっちゃ言えるんだけれど。

「この、開き直って……!」
「そもそも、貴族のご令嬢が国境を越えられると思っているワケ? まあ、私達の連れ、ということにして、身分を偽ればやってやれない事はないでしょうけど。でもそれ、完全に違法の上に、貴族としての誇りはドブに捨てる事になるわね」

 出来るわけがないでしょう?

「そっ、そんなこと、覚悟の上だわ!」
「あっははは、カクゴ、覚悟ねぇ? 口だけのカクゴなんて、貧民窟≪スラム≫の鼻垂れ小僧でも言えるのよ?」
「また、そうやって馬鹿にして! 貴族を舐めるんじゃないわよ!」
「ほぉら、二言目には、捨て去っても構わないはずの身分を引き合いに出してる。僅か三秒で前言撤回とは、ふふ、あはは、今のジョークは面白かったわよ?」
「ぐ、ぎ……」
「まったく、誰かに依って生きている人間のカクゴなんて、信用するに値しないどころか、笑っちゃうわよね」

 何が覚悟だか。
 家に帰ればシアワセイッパイのお嬢様のクセに。
 
 本物の覚悟や決意というのは。
 孤独と苦悩の中でしか生まれやしないのよ。

「おい、アリア、さすがに今のは言いすぎというモノじゃ、ぞ?」
「──あ゛?」

 暴れ馬を宥めるかのように、どうどう、と私とエレノアの間に入るロッテ。

 どこが? 言い足りないくらいだと思うのだけれど?

「わ、わかった、落ち着け、なっ? ほら、お主も馬鹿な冗談はやめて、仲良く、円満にいこうぞ?」

 どうして後ずさりしているの? え? 別に怒ってないわよ。ええ、怒ってませんとも。

「冗談、なんかじゃ、ないんだもん……」

 俯き加減で、ぷるぷると震えるエレノア。

 ふん。泣いたって何も変わらないからね。

「とにかく。何があろうと、答えはNonよ。明日の昼までには、貴女の実家に向けて出発! 予定変更はなし! わかったわね!?」

 ビッ、と人差し指をエレノアに突き付けてそう言うと、くるりと踵を返して、大股で宿屋街の方へと向かう。
 
 後ろでいつもより若干優しげなロッテの声と、涙声のエレノアの声が聞こえるけれど、そんなことはどうでもいい。

 

 結局、その晩、私は〝風呂など付いていない〟、最低クラスの木賃宿をねぐらに選んだのだった。







 ──翌朝。

 静謐であるべきの朝に似つかわしくない、不可解な喧騒によって、ぼんやりと目が醒める。
 うつ伏せたまま、油布を貼り付けただけの窓へと目を向けると、外はまだ薄暗いようだった。

「んぁ?」

 のそのそと起き上がり、右手で頭を掻きむしりながら、左手で油布の窓をめくる。ロクに掃除もなされていないのか、にちゃ、とした脂っこい埃の感触が気持ち悪い。

 窓の外、かなり裏路地に入ったこの宿からでは視認はできないけれど、シャンゼリゼ大通りの方から、がやがやと人の集まる音が聞こえる。
 何事だろうか、と少しばかり好奇心を刺激されはしたものの、今日にはこの街を立ち去る私には関係のない事だ、と判断し、私はぴしゃりと窓を閉めた。

「とんだ近所迷惑だわ、ねえ?」

 寝ぼけ眼にひっついた目ヤニをわしゃわしゃと落としつつ、ベッドの方へと声を掛ける。

 しかし、ロッテも、エレノアも、二人揃って反応がない。ついでに、地下水もだけど。まあ、コレは戦いの臭いがするような時以外は寝ているような状態の方が多いみたい。

「……変ね」

 鋼の無神経であるロッテはともかく。
 エレノアの方は、慣れない旅と寝床で、神経が高ぶっているはずで、このような騒ぎに気付かない事はないと思うのだが。

 うぅん、昨日の事を引き摺っているのだろうか……。やっぱり、ちと言いすぎたかなあ。

 一晩経った今、冷静に考えると、初めから〝持つ者〟の立場である、エレノアの境遇に少なからずジェラシーを抱いていたのは認めざるをえない。
 その彼女が「覚悟」なんて軽々しく口にしはじめたものだから、ちょこっと、ほんのちょっとだけカチンときてしまったのだ。

 まぁ、さして間違った事を言ったとは思わないけれど……。ここは素直に謝ろうか。

「昨日はごめんなさい。ちょっと大人げなかったわよね。この通り、謝るから、とりあえず、返事くらいはしてくれると嬉しいなっ、と」

 両目をつむり、下げた頭の前で合掌するという、拝みのポーズで、エレノアのベッドの方へ声を掛ける。
 が、やはりというか、答えは返ってこない。むぅ。こりゃ、完全にヘソ曲げちゃったかな。

 ただ、私も悪かったとはいえ、彼女をロマリアまで連れて行く、なんて事はあり得ないのは事実で。実家の在りかを教えてもらわねば困ってしまうのも、また事実。なんとか機嫌を直してもらわないと。

「お~い、聞いてる~? そうだ、出発はお昼なんだし、午前中は貴女の行きたがっていた魔法具店や書店を回りましょう?」
「……ふぅ、うううん? なんじゃぁ、騒々しいぃ……」

 ロッテの方が先に起きたか。
 むにゃむにゃと寝言を続ける彼女はひとまず置いておいて、再びエレノアの方へと目を向ける。
 
「…………ん?」

 そこでようやく、私は居変に気づく。
 エレノアに割り当てたはずのベッドに、誰もいないのだ。

「あっ、あれ?」

 寝ぼけて床にでも落ちたのか? と思い、部屋中をぐるりと見渡すけれど、私とロッテ以外の人物を見つける事はできなかった。

 何か、ひどくイヤな予感がした私は、薄っぺらで小汚い毛布をはぐって、エレノアのベッドをまさぐる。
 
 冷たい。

 大分前から、このベッドには誰もいない、ということだ。少なくとも、小用や洗面に、五分、十分出掛けている、という理由ではなさそうである。

「あの、ロッテ? あんた、エレノア嬢がどこへ行ったのか知らない?」
「ぁん? そりゃ、そこのベッドに…………おらんな。なら、大方厠か何かじゃろ?」

 ロッテは欠伸混じりにそう言うと、再びベッドに横になる。
 
「いえ、それが違うのよ。かなり前にこの部屋を出たみたいなの。それに、あの娘の荷物が見当たらないのよ」

 エレノアの荷物というのは、バンシュ、シュルピスなどで買った彼女の日用品や下着類。
 それを入れる不細工な巾着袋(これは私の手製だが)もなくなっているのだ。

「む? 妾達に断りもなしに出て行ったとでも? いくらなんでも、そこまで恩知らずかのう。それに、自力じゃどうにもならんじゃろ、あの小娘では」
「いや、ね。昨日、私がヤっちゃったじゃない? それが原因かも、なんて」
「あぁ。確かに、相当に落ち込んでおったの。こんなボロ宿をとったというに、文句も言わずに下を向いておったわ」

 うぅ……。やはり、私のせいか。

「しかし、あの性格が、あんなに凹むことがあるとはの。ややもすると、あやつは、妾らに、どこか友情のようなモノを抱いておったのかもしれぬな」
「はっ?! そんな事、あるわけないじゃないの。向こうは貴族のご令嬢、こちらは歯牙ない行商人よ?」
「まあ、常識的にはな。あやつとて、はっきりとそんなものを認識しているワケでもなかろう」
「でしょう?」
「ただ、アレが上流貴族のお嬢だとすれば、今まで同年代の者と遊んだことなど殆どないじゃろう。あったとしても、それは親か何かから割り当てられた遊び相手で、常に相手が下、という立場でおよそ友人とは呼べないモノであろうな。ならば、妾はともかく、お主のような無礼な同年代に、新鮮な親しみを感じてもおかしくはないじゃろ?」

 その淡い親しみを、相手に完全否定されて落ち込んでしまった、ということか?

「……私にはよくわからないわ」
「おいおい、他人の心の動きを察知するのも、商人として重要なことではないのか?」

 そうだけど。
 でも、相手は商人でもなきゃ、取引相手でもないし、同じ道を志す好敵手でもない。同年代のお嬢様の考えることなんて、想像もつかないっていうか。

 しかし。
 
「そういわれれば、そうかもしれない、と思えてきたわ……」
「じゃろう。……で? どうするんじゃ? 放っておくのか。あのお嬢様」

 にぃ、と口を意地悪そうに歪め問うロッテ。

「……放っておくわけないでしょう。折角ここまでエスコートしてきたってのに、みすみす金蔓を逃すなんて出来るもんですか! さっさと探しにいくわよ!」

 私はそう答えると、手早く荷物を畳む。

 エレノアが金を持ち出して行った形跡はない。さすがに育ちがいい。人のモノを無断で持ち出すなどという事は考えもしないのだろう。

 ならば、まだそう遠くへは行っていない、いや、行けないはず。

「くく、お主もまた素直じゃないのう。それじゃ、ま、行くか。ニオイで大体の方向はわかるじゃろうしな」

 と、さも可笑しそうに笑いつつ、立てつけの悪いドアを開けて部屋を出るロッテ。荷物を抱えた私もそれに続く。

 『素直じゃない』だって? 何が言いたいんだか、まったく。
 ま、昨日の事は一番に謝ろうとは思うけど、さ。



「ふむ、こっちか。それにしても、何なのじゃ、この騒ぎは?」

 手短に宿の支払いを済ませ、エレノアのニオイを頼りに、うらぶれた裏通りからシャンゼリゼの大通りに出る。
 
 すると、何やら、あちこちで市民が真剣な顔をして寄り集まり、あれやこれやと議論しているのが目立つ。
 その集まりの中には、傭兵のような格好をした荒くれ者の姿もあり、どうにも平和的な事ではなさそうな雰囲気。寝起きに五月蠅かったのは、これが原因だろう。

 関わりたくはないな、と思いつつも、聞き耳を立てて、彼らの脇を素早く通り抜ける。

「──〝ヴァリエール〟──保護すりゃ──」「また──〝盗賊団〟が──」「その娘──〝懸賞金〟──」
「あの〝店の荷〟も──保険は──」「昨日から──この街の〝屯所〟にも──」「──〝破産〟しちまう──誰か──」

 ……?
 話題は一つではなく、二つあるのか。
 人相の悪い傭兵風の男達は人探しの話らしく、町人達は先日耳にした盗賊団の話をしているらしい。
 
 気にはなるけれども、今はエレノアの行方を捜すほうが先決だろう。



「と、ここじゃな。あやつのニオイが集中しておるのは」

 そのまま300メイルほど進んだところで、ロッテがぴたりと足を止める。
 って、ここは……。

「モット商社?!」
「みたいじゃの。商人でもないアレが、何の用があったのかは知らんが」

 昨日の今日で、少しは見知ったモット商社に、貴族の名を出して保護を求めたとか?

 ……ないわね。エレノアの性格上、簡単に他人に、それも平民に助けを求めるわけがない。

「にしても、商社の様子が一寸おかしいわね。この時間なら、見習い達はもう開店の準備をしているはずなのに、人の動いている気配がしないわ」
「それはゲルマニアの話で、トリステインの商社はもっと朝がゆっくりなのでは──」
「う……ぅ……。はへは、ほほひひふほは……?」

 私とロッテの会話に割り込むように、僅かに聞こえてきたのは、判読不能の、男のうめくような声。

 モット商社の中からだ。只事ではなさそうな雰囲気。

 く。トラブルなんて勘弁だけど……!
 しかし、この商社には、私達の荷を預けている上に、エレノアのこともある。

 行かざるを得ない。

「開いてる……。すいません、勝手に入ります!」

 意を決したように鍵の掛かっていない格子の扉を勢いよく開け放つ。

「うっ!?」
「なぁんじゃ、このザマは?」

 私はその光景にギョッとして立ち止まり。ロッテは不快そうに繭を顰めて辺りを睥睨した。

 なんとそこには、商社の者と思われる若い男と少年が数人、縄で縛り上げられた挙句、猿轡を噛まされ、床に転がされていたのだ!

 その中には、モット商社の共同経営者である、昨日世話になった青年の姿もみえる。

 すぐに機能停止から復帰した私は、慌てて青年主人の下に駆け寄って、彼の拘束を解く。
 


「クソッタレ!」

 自由の身になった青年は、開口一番に、床を叩きつけて腹立たしげなそぶりを見せる。

「だ、大丈夫ですか?」
「おたくは、昨日の……。すまねぇ、助かったぜ。いや、果たして助かったのかどうか……」

 青年はなおも悔しそうに唇を噛みしめる。

「一体何があったというんじゃ。まさか、自分で自分を縛って悦んでいたわけでもあるまい?」
「違ぇよ! 賊が押し入ってきやがったんだ! 住み込みの見習い共までとっつかまっちまって」

 胡散臭そうに尋ねるロッテに、青年は声を荒げて事情を説明する。
 
「賊? って、じゃあ、さっきの町人の集まりは」
「盗みに入ったのは、この店だけでない、ということじゃろうな」

 あぁ、なるほど、そういう事ね。お気の毒に。

 ──って!

「そうだ! 私達の荷は? 無事でしょうね?! ねぇ、無事なんでしょ!?」
「う、申し訳ねぇ。預かっていた荷物は、おたくらのも含めて、全部ヤラれちまったよ」
「はっ?」

 青年の声が遠くに聞こえる。代わりに心臓の音は大きく。体がふらふらとよろめく。頭がぐわ~ってなった。

 そして。



「ふっ、ふ、ふざけんなぁっ! 任しとけっていったでしょうが!」



 キレた。



「めっ、面目ねぇ……。しかし、まさか貴族が噛んでる商社に手を出してくるなんて思いもしなくてよ」
「そんなこと知るかっ! どうすんのよ! 保険なんて入ってるワケないのよっ! こっちは!」

 謝る青年に、さらに捲し立てる。謝れても荷は戻らないし、そっちの事情なんて知ったこっちゃねぇのだ!
 こっちとしては、ただ、「信用して荷(命)を預けたのに、それをを紛失した」という事実があるだけ。

「あぁあアア! 最悪、最悪、最悪っ! 畜生、ブリミル死ねっ! 死んじまえっ!」
「ばかっ! あほっ! たわけっ!」
「あばっ?!」

 地団太を踏んで危険な事を口走る私を、ロッテは強制的に停止させる。
 具体的にいうと、後頭部を平手で思い切りぶっ叩くという手段で。

「いったぁ……。この、殴る相手が違──」
「待て、落ち着け、口を閉じろ。怒り狂いたくのもわかる、というか、妾もキレそうなのは確かじゃが。しかし、ここで怒っても何にもならんぞ。特に、ブリミル親父の悪口を大声で叫ぶのはまずい」
「まぁ、そりゃ、わかってはいるけど……」
「何、盗られたモノは盗り返せばよいわ。妾の鼻で追えぬモノなどないんじゃからな。となれば、先ずは現状の把握に努めるのが賢いのではないか?」

 ロッテに耳打ちされ、少しだけ、頭の中の怒り靄が晴れる。彼女の言う通りである。こういう時には、なんて頼りになるヤツ。

 たしかに、彼女がいれば、賊が何人いようが、荷は取り返せる可能性は高い。
 昨日の夜中に押し入って、もう荷を処分したなどという事はあり得ないわけだし。

 どちらにせよ、腹が立つというのは、変わらないが。
 
「ついては、主人よ。荷の事は一旦置いて。昨晩の閉店後、賊の他に、この店を訪ねてきた者はおらんか?」

 あ。

 エレノアの事も、というより、本来はそっちが目的だったわよね。
 くぅ……。普段はともかく、困った時にはロッテの方が全然有能じゃないか。

「いや、わからねぇ……。おい、お前ら、何か知ってるやつはいないか?」

 いつの間にか、部下の拘束を解いて回っていた青年主人は、ロッテの問いを、助けた部下達へと丸投げする。

「あ、俺、知ってます」

 それに手を挙げたのは、イガグリ頭の見習い坊主。

「それは、このっくらいの、眼鏡を掛けたちんちくりんな小娘か?」
「あ、いえ、はい。昨日、お姉さん方と一緒にいた娘さんですよね?」
「そうそう、ソレじゃ! どこに行った?!」

 それがエレノア本人と分かると、ロッテはイガグリ坊主の肩を激しく揺さぶる。

「あの、俺、夜中、小便をしに、裏口から厠にいったんです。その時、丁度、その娘が店の前に突っ立っているのを見かけまして。出歩くような時間じゃないし、不審に思って『どうしたんです』と聞いたら、『馬車の中に取り忘れた荷物があるの』って。いや、お客さんだと覚えていたんで……。店に入ってもらって、馬車の所まで案内してあげたんですけど」
「ばっ、バッカ野郎! お客様とはいえ、店閉めてから余所のモンを店にあげるなんざ、何考えてやがんだ! このタコ!」

 そこで青年の怒声が飛び、イガグリ坊主は申し訳なさそうに委縮した。

 そりゃ、私が主人でも怒るわ。
 経営者の紹介で取引があった相手にくっついていた娘とはいえ、よくしらない者を無人の店にあげるとは。しかも見習い風情が。

「えぇい、主は黙っておれ! それで、そのあとは?」
「いや、俺、寝ちまって……そのあとはしらねえっすね」

 ロッテが青年を押しのけてさらに問うが、イガグリ坊主の答えはさらにあり得ない方向へと飛んでいく。

 青年の顔は真っ赤を通り越して、真っ青だ。あぁ、下手したらこの坊主、クビになるかもね……。

「あ、言っておくけど、あの娘は賊とは無関係ですよ?」
「解ってるよ、そりゃ。モット伯の紹介だしな……。ただ、こういう隙があるから賊に狙われたのかもしれねぇ、と情けなくなっちまったんだよ」
「落ち込むのは後でお願いします。とりあえず、馬車を置いていたところまで案内してください。モノがあるかないかも、まだこの目で確認してはいませんし」
「ああ、すまん。落ち込みたいのは、そちらさんも一緒だわな。よし、ついてきてくれ」

 私が急かすと、気を取り直したようにして、背筋を伸ばして歩き出す。

 それにしても、エレノアは一体、何処に行ったのだろう。

 まさか賊に──?!
 いや、店の者が無事なのだから、おそらく殺されはしていないはず。彼女の素性をしらない賊が誘拐なんてするわけもないし。
 そもそも、荷を忘れた、という嘘をついてまで、この店に何の用があったのか……?

 謎は深まるばかりで、答えはまるで見えてきそうにもない。



「此処、だな」

 店の一階奥、ひどく頑強そうな鉄扉を開けてすぐ、青年が馬房兼倉庫なのであろうただっ広い大部屋の一角を指し示す。
 
 案の定、馬車を並べておくのであろう、長方形に区切ったスペースには馬車の姿は一台もなく。大量の燕麦飼い葉が置いている馬房にも、馬は一頭もいなかった。
 何台、何頭泊めていたのかは知らないが、他の店をも襲ったのだろう事を考えると、かなり大規模な賊なのかもしれない。

 私とロッテは、申し合わせるまでもなく、何か手掛かりはないか、と、手分けして辺りを捜索する。

「ん? なんじゃこれは?」

 ほどなくして、ロッテがぱきり、とナニカを踏みつける。

「それって」

 見覚えのある、赤い縁の眼鏡。レンズは割れ、フレームがひしゃげている。
 どうやら、ロッテに踏まれる前から、既に壊れてしまっていたようだ。

 これで、エレノアが此処に居たことは間違いない。そして、争ったのか、それとも一方的に襲われたのか……。とにかく、賊と一悶着あったのかもしれない。

「いや、それよりこちらじゃろう……。さしもの妾も、少々度肝を抜かれたわ」

 ロッテはそう言うと、眼鏡の下に敷かれていた、紙きれを拾い上げて、私の眼前に突き付ける。
 いや、後から考えると、むしろ眼鏡はこの紙を固定するために、故意に置かれたものだったのか。

「……むん?」

 その紙には、丁度、私達が探している人物にそっくりな似顔絵と。
 印字のように綺麗な字、そして、最後に書き殴ったような汚い字で、こう記されていた。



※布告:緊急:訪ね人※

 下記の似顔絵の人物。詳細は後に記す。

 ヴァリエール家長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。
 上記の似顔絵通り、赤縁の眼鏡、ブロンドのショートカット、凛とした釣り目が特徴である。年は12、身長144サント、痩せ型。
 見つけてきたものには金30,000エキューを、エキュー金貨、もしくは小切手にて支払う。
 また、有力情報の提供者にも、金5,000エキューを、上と同じように支払う。

 情報あらば、ヴァリエール家もしくは、手配書の廻っている各市の屯所へ連絡されたし。

                                依頼人 ヴァリエール家当主 ピエール・ド・ラ・ヴァリエール

 あっははは、クソ残念だったね。ご令嬢はこのあたいが預かった!
 返してほしけりゃ、倍の60,000出しやがれ、とクソ間抜けな親馬鹿公爵に伝えな!
                                                     灰塵のマルグリッド





アリアのメモ書き トリステイン編 その3

色々な危機に見舞われている商店。
(スゥ以下切り捨て。1エキュー未満は切り上げ)

評価       ※現在、取り扱っている商品はございません
道程       ケルン→オルベ→ゲルマニア北西部→ハノーファー→トリステイン北東部→トリスタニア→トリステイン中南部(バンシュ)→シュルピス

今回の費用  売上原価 674エキュー
旅費交通費 宿宿泊費×3  2エキュー
       消耗品費、雑貨 娯楽費、食費 7エキュー

※た・だ・し
営業外費用 ★ 特別損失 盗難による臨時損失 1264エキュー 絶対に、絶対に、ぜぇったいに、許さんぞ……!

      計 683エキュー+1264エキュー=1947エキュー

今回の収益  売上 1093エキュー

★今回の利益(=収益-費用) 420エキュー……ではなく、▲936エキュー……。

資産    固定資産  乗物
ペルシュロン種馬×2
中古大型幌馬車(固定化済み)
(その他、消耗品や生活雑貨などは再販が不可として費用に計上するものとする)
商品
(ゲ)ハンブルグ産 毛織物(無地) ▲完売
            (ゲ)シュペー作 農具一式  ▲完売
            (ゲ)ベネディクト工房 はりがね ▲完売
            (ゲ)ベネディクト工房 農耕馬用蹄鉄 ▲完売
            (ト)トリステイン北部産 ピクルス(ニンジン・芽キャベツ・チコリの酢漬け) ▲完売
            (ト)トリステイン北部産 フルーツビール ▲完売
            (ト)トリステイン北部産 燕麦  ▲完売
            (ト)バンシュ産 レース生地 
            (ト)バンシュ産 レース地テーブルクロス 
            (ト)バンシュ産 レース地カーテン、ベッドシーツ 
            (ト)トリステイン中央部産 ブドウ酒(安物銘柄)
            (ト)レールダム産 ガラス食器 △
            (ト)アストン領産 高級ワイン △
            (ト)ブリュッセル産 彫刻家具(チェスト、スツール、食器棚)△
            (ト)シュルピス産 高級瓶詰め蜂蜜
            (ト)エルヴィス・ヴィトンのハンドバッグ、旅行鞄など革製品 △

             計・1356エキューのはずが、0↓(商品単価は最も新しく取得された時の評価基準、先入先出の原則にのっとる)

現金   10エキュー(小切手、期限到来後債利札など通貨代用証券を含む) 全財産、これだけ……。
 
有価証券(社債、公債) なし       
負債          なし

★資本(=資産-負債)  10エキュー

★目標達成率       10エキュー/30,000エキュー(0,03%)

※戻ってくれば……
1366エキュー/30,000(4,53%)

★ユニーク品(用途不明、価値不明のお宝)
①地下水 短剣
②モット伯の紹介状 ゴールデンチケットとなったが……。





つづけ



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