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No.19087の一覧
[0] G線上のアリア aria walks on the glory road【平民オリ主立志モノ?】[キナコ公国](2012/05/27 01:57)
[1] 1話 貧民から見たセカイ[キナコ公国](2011/07/23 02:05)
[2] 2話 就職戦線異常アリ[キナコ公国](2010/10/15 22:25)
[3] 3話 これが私のご主人サマ?[キナコ公国](2010/10/15 22:27)
[4] 4話 EU・TO・PIAにようこそ![キナコ公国](2011/07/23 02:07)
[5] 5話 スキマカゼ (前)[キナコ公国](2010/06/01 19:45)
[6] 6話 スキマカゼ (後)[キナコ公国](2010/06/03 18:10)
[7] 7話 私の8日間戦争[キナコ公国](2011/07/23 02:08)
[8] 8話 dance in the dark[キナコ公国](2010/06/20 23:23)
[9] 9話 意志ある所に道を開こう[キナコ公国](2010/06/23 17:58)
[10] 1~2章幕間 インベーダー・ゲーム[キナコ公国](2010/06/21 00:09)
[11] 10話 万里の道も基礎工事から[キナコ公国](2011/07/23 02:09)
[12] 11話 牛は嘶き、馬は吼え[キナコ公国](2010/10/02 17:32)
[13] 12話 チビとテストと商売人[キナコ公国](2010/10/02 17:33)
[14] 13話 first impressionから始まる私の見習いヒストリー[キナコ公国](2010/07/09 18:34)
[15] 14話 交易のススメ[キナコ公国](2010/10/23 01:57)
[16] 15話 カクシゴト(前)[キナコ公国](2011/07/23 02:10)
[17] 16話 カクシゴト(後)[キナコ公国](2011/07/23 02:11)
[18] 17話 晴れ、時々大雪[キナコ公国](2011/07/23 02:12)
[19] 18話 踊る捜査線[キナコ公国](2010/07/29 21:09)
[20] 19話 紅白吸血鬼合戦[キナコ公国](2011/07/23 02:13)
[21] 20話 true tears (前)[キナコ公国](2010/08/11 00:37)
[22] 21話 true tears (後)[キナコ公国](2010/08/13 13:41)
[23] 22話 幼女、襲来[キナコ公国](2010/10/02 17:36)
[24] 23話 明日のために[キナコ公国](2010/09/20 20:24)
[25] 24話 私と父子の事情 (前)[キナコ公国](2011/05/14 18:18)
[26] 25話 私と父子の事情 (後)[キナコ公国](2010/09/15 10:56)
[27] 26話 人の心と秋の空[キナコ公国](2010/09/23 19:14)
[28] 27話 金色の罠[キナコ公国](2010/10/22 23:52)
[29] 28話 only my bow-gun[キナコ公国](2010/10/07 07:44)
[30] 29話 双月に願いを[キナコ公国](2010/10/18 23:33)
[31] 2~3章幕間 みんなのアリア (前)[キナコ公国](2010/10/31 15:52)
[32] 2~3章幕間 みんなのアリア (後)[キナコ公国](2010/11/13 22:54)
[33] 30話 目指すべきモノ[キナコ公国](2011/07/09 20:05)
[34] 31話 彼氏(予定)と彼女(未定)の事情[キナコ公国](2011/03/26 09:25)
[35] 32話 レディの条件[キナコ公国](2011/04/01 22:18)
[36] 33話 raspberry heart (前)[キナコ公国](2011/04/27 13:21)
[37] 34話 raspberry heart (後)[キナコ公国](2011/05/10 17:37)
[38] 35話 彼女の二つ名は[キナコ公国](2011/05/04 14:13)
[39] 36話 鋼の錬金魔術師[キナコ公国](2011/05/13 20:27)
[40] 37話 正しい魔法具の見分け方[キナコ公国](2011/05/24 00:13)
[41] 38話 blessing in disguise[キナコ公国](2011/06/07 18:14)
[42] 38.5話 ゲルマニアの休日[キナコ公国](2011/07/20 00:33)
[43] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ [キナコ公国](2011/07/01 18:59)
[44] 40話 ヒネクレモノとキライナモノ[キナコ公国](2011/07/09 18:03)
[45] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ![キナコ公国](2011/07/20 22:09)
[46] 42話 羽ばたきの始まり[キナコ公国](2012/02/10 19:00)
[47] 43話 Just went our separate ways (前)[キナコ公国](2012/02/24 19:29)
[48] 44話 Just went our separate ways (後)[キナコ公国](2012/03/12 19:19)
[49] 45話 クライシス・オブ・パーティ[キナコ公国](2012/03/31 02:00)
[50] 46話 令嬢×元令嬢[キナコ公国](2012/04/17 17:56)
[51] 47話 旅路に昇る陽が眩しくて[キナコ公国](2012/05/02 18:32)
[52] 48話 未来予定図[キナコ公国](2012/05/26 22:48)
[53] 設定(人物・単位系・地名 最新話終了時)※ネタバレ有 全部読んでから開く事をお薦めします[キナコ公国](2012/05/26 22:40)
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[19087] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ!
Name: キナコ公国◆deed4a0b ID:56d7cea6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/20 22:09
 まるで大商会が主催するオークション会場のような熱気に包まれた裏通りの一角。
 もう藍色の空に二色の月が昇る頃だというのに、この一帯だけは、人々の喧騒が激しさを増すばかりである。
 
「さあさあ、始まるよ、世紀の大決闘! 我らが王都の徴税官、ウィユヒン准男爵に対するは、どこから来たのか、謎の貴族令嬢エレノア・ド・マイヤール! どちらが勝つかは始祖にもわからねえって熱い勝負だ! 一口は1スゥから、アン・スゥ銀貨がたったの一枚からの勝負だよ!」

 往来に集まった観衆の中、ここぞとばかりに屋台を牽いた的屋が啖呵を切り、賭けの相手を募っている。

 屋台の店先に置かれたチョークボードには

 Sir Villepinte      1et1/5  (ウィユヒン卿 1.2倍)
 Madmoiselle Maillard 8et1/2  (マイヤール嬢 8.5倍)

 と汚い字で記されていた。
 他人様の喧嘩で一儲けしようとは、中々に商魂逞しい事で。

「いやっほぉ、喧嘩だ、喧嘩ぁ!」
「きゃあ、あの子カワイイ~! がんばってねぇ~!」
「はんっ、毛も生えていないような田舎モンが王都のお役人に勝てるわけねえぜ!」

 好き勝手にほざく暇人達の垣根に囲まれるのは──相対するように睨み合う、正確に言うと睨んでいるのは片方だけなのだが──エレノアと徴税官だ。

「もう、いつになったら始めるのよ? これじゃいい見世物じゃないの!」

 きゃきゃん、と子犬が吠えるような少女の声が、狭い裏通りに響き渡る。

「まあ、待ちたまえ。“火事と喧嘩は都の花”といってな。特にこういった貴族同士のイザコザは、庶民にとっては最高の娯楽なのだよ」

 徴税官はわざとらしく声を張り上げ、大仰な手振りを交えて演説を始めた。
 自分の優位性というか、貴族としての力を市井に示しておきたいという事なのか。それともただの目立ちたがりのサディストか。

「娯楽? サーカスじゃあるまいし。あんたには貴族の誇りがないの?」
「ふ、民に娯楽を与えるのも上に立つ者の義務の一つさ」
「むっ……」
「ま、これは決闘というよりは教育。一方的過ぎてお集まりの諸君はそれほど楽しめないかもしれんがね」

 余裕の表情で似合わぬカイゼル髭を撫ぜる徴税官に、エレノアはきぃっ、とヒステリックに地団太を踏む。
 互いに挑発をし合う二人の貴族に、おしくら饅頭のように密集した人の壁からワッ、と歓声が挙がった。





「役人の職権乱用? 決闘の申し込み? な、なんって、野蛮な国なのよ!?」

 その騒ぎの片隅、王都の人々が聞いていたら激怒しそうな事を口走っているのは私である。
 幸い、お集まりの皆々様は、決闘の動向に夢中でこちらに気を留めてはいないようだが。

「こりゃ、好きになる努力をせい、といったばかりじゃろが」

 そんな私の後頭部をぱこっ、と平手で打つのはロッテ。

 うぐ……そうだったわね。

「あっ、そういえばスカロンさんは……?」
「あの人なら衛士の詰め所に走って行ったわ。何もしないよりはマシだろう、って」
「良かったぁ、無事だったんですね」

 目の前で巻き起こるお祭り騒ぎを冷めた目で横に見つつ、私は安堵の息を漏らす。 

 騒ぎに気付き、急いで魅惑の妖精亭へと駆け付けた私とロッテは、店先で一人、おろおろと彷徨っていたドリスを見つけ、掻い摘んだ事の経緯を聞きだしていたのだった。
 
「でも、困った事になっちゃったわぁ……」

 事情の説明を終えたドリスは、頭痛がするように米神を抑えた。

「えぇ、店に直接関わりのない令嬢が発端とはいえ、暴力沙汰になってしまったのはいただけません」
「む? しかし、ここでもし小娘が徴税官に勝てば、店への嫌がらせも止むのではないかの?」
「そんな単純な話じゃないと思うわ。あの子が勝とうが負けようが、どちらにせよ、この店にとっては迷惑な話なのよ」
 
 楽観的なロッテの意見を、私は首を振って否定する。

 そもそも、商いの世界では、いや、どの業界でもそうかもしれないが、新参者がいびられるというのは、割と当たり前の事。
 それはトリステインだろうとゲルマニアであろうと、おそらく他の国であろうと変わる事はない普遍の原理。
 
 カシミール商店とて、開業したての頃は、チンピラにカチコミを掛けられたり、あらぬ噂を流されたり、小売店から総スカンを喰らったりとそりゃあ色々大変だったらしい。

 ましてや、スカロンはトリステイン出身ではあるものの、この街で生まれ育った人間ではない。
 トリステインのように伝統を重んじる国であれば尚のこと、余所者には厳しい“洗礼”が待っているのは当然(なので、生まれ育った街で開業する商人の割合は多い)で、それはスカロンも覚悟の上だろう。
 だからこそスカロンやドリスは、度重なる嫌がらせや営業妨害にも黙して耐えてきたのだと思う。
 
 耐えるだけ、というのはいかにも消極的で、他人から見ればやきもきするかもしれないが、私はそれもまた正解の一つと考える。

 結局のところ、こういった“洗礼”に対する明確な対処法というのはない。
 しかし、抗せず、腐らず、屈せずに、誠実な商いを心がけ、街の人々の信用を得ていけば、それは自然と止んでいく。その相手がいくら役人といえども、街の世論を無視する事は出来ないだろう。
 要は、周囲から認められるまでの通過儀礼のようなもの、と捉えればしっくりくるかもしれない。
 
 そんな“洗礼”期間の最中、エレノア嬢が善意から起こしたのであろうこの騒ぎは、まったくもって余計なお世話、いや、むしろ徴税官の営業妨害以上に迷惑な行為であるともいえるのだ。

 “洗礼”に暴力で応えるという子供じみた行為は、最悪の対処法なのだから。
 決してスカロン達が徴税官にエレノアをけしかけたわけではないけれど、穿った見方をすれば、どうとでも取れる。取れてしまうのだ。
 それは決して堅気の商人が取る行動ではないし、スカロン達が積み上げてきた信用を一気にぶち壊す危険性をも孕んでいる。

 なので、もしエレノアがこの決闘に勝利したとしても、余計に客足が遠のくのではないか、また、下手をすれば“洗礼”が本格的な“潰し”に発展してしまうのでは、という懸念につながるわけである。

「そうねぇ。あのお役人も個人的な趣味だけでウチに嫌がらせしているワケじゃないと思うし。おそらくだけど、昔から役人と繋がりのある、古参同業者が所属する組合の差し金って感じ? だから彼を凹ませても、ね?」
「ふぅむ。店を持つにも苦労するが、持ってからもまた厄介な事が多いのじゃなあ」

 ロッテは面倒臭そうに頭をぽりぽりと掻く。そう、店を持つというのは大変な事なのだ。
 
 とはいえ、私の常識からすると、中立の立場であるはずの役人が、商人同士のイザコザに加担するというのはちょっとあり得ない話なのだけれども。
 これもお国柄というやつか。一つの都市に組合組織がいくつもあるこの国では、賄賂か何か知らないが、特定の組合に便宜を図る役人がいてもおかしくはないのかもしれない。

 ……いや、やっぱりおかしいわ。どう考えても汚職じゃん。

「ただ、それよりもね」
「え?」
「子供に危ない真似をさせたくないのよ。エレノアちゃんなりに私達の事を考えての行動なのだろうし……」

 心配そうに眉を寄せて、窓の外、エレノアの方へ視線をやるドリス。

 すごいな、と私は感心する。

 もし私がドリスの立場であれば、自分の事で手いっぱいで、とてもじゃないが見ず知らずのエレノアの心配などしていられない気がするから。
 慈愛に満ちた母の姿に、この女性の娘であるジェシカは幸せ者だな、と私は少し羨望の念を覚えた。

「ま、こうなってしまったら、無事にしつけとやらが終わるのを祈るのみですね。貴族同士のコトとなれば、私達じゃあ、どうにもできません」
「もう! あの人が知らない子に声を掛けたりするから……っ! 何かあったらあの子の親御さんに顔向けできないわ!」
「だっ、大丈夫ですって。あのお役人もこれだけの観客の中で、子供相手に怪我をさせるような危険な魔法は使わないでしょう」

 頭を抱えるドリスの背をぽん、と叩く私。
 世間知らずの子供が、半端な義憤に駆られただけの事。徴税官とて、まさか殺るか殺られるかの死合いなど考えてはおるまい。

「果たして、そうかのう……?」
「は?」
「くく、あの役人、へらへらとしておるが、中々の殺気を放っておるのでなあ」
「いやいや、まさかちょっと罵られたくらいでそれは──」

 物騒な推測への反論は、一際大きな歓声によって飲み込まれる。

 釣られて目をやると、先程よりもさらに人垣の厚さは増し、逢魔が刻の裏通りは文字通りに通行止めとなっていた。
 どうやらついに決闘が開始されるらしい。殺気だった観衆の狂乱とも言える合唱が辺りにこだまする。

 殺伐とした空気の中、杖を構える二人──口を真一文字に結んだエレノアと、不敵な笑みを讃えた徴税官──その間に入ったジャッジ役なのだろう衛士が、真面目腐った顔でコインを天へと弾いた。

 くるくると回る銅貨が描く綺麗な放物線が、紫色の月光に反射されて妖しく煌めく。

「……ま、やばくなったら誰か止めるんじゃない?」

 私がぼんやりと無責任な言葉を呟くと同時に、チャリン、と素敵な音色がチクトンネ街に響いた。







「イル・アースぅっ?!」

 コインの着地と同時に詠唱を開始したエレノアは、慌ててそれを中断し、後方へと跳びすさった。

「くっ」

 濃いブロンドの髪が一房、はらりと宙を舞う。先程までエレノアが立っていた石畳には、白い蒸気を纏う大氷柱が深々と突き刺さっていた。

 いきなりの大技に、観衆が色めき立つ。
 当たっていれば、大怪我では済まなかったかもしれない、わね……。

「ふっ、不意打ちなんて、き、汚いわよっ!」
「決闘の最中に“待った”とは感心せんな。氷槍≪ジャベリン≫」

 エレノアのクレームはあっさりと無視され、徴税官は第二撃の詠唱を完成させる。

 凄まじいスピードで空中の水分が凝固していく。またたきする暇もなく、純白の大槍がひゅごっ、という鋭い音とともに撃ち出された。

 迅い。

 詠唱完成から射出まで、1秒にも満たない早業。
 鈍重そうな外見に反して、徴税官の魔法運用は優れているようだ。

「く……うっ!」

 対するエレノアは、迫りくる≪ジャベリン≫の威圧感に、尻持ちを突いていた。

 危ない──誰もが目を瞑りたくなった瞬間、氷の槍が音もなく砕け散る。
 粉微塵となった氷塊は、まるで綿埃のように風に舞い、何処へともなく消えていく。
 
「ほうっ……。そこで氷を砂に変えてしまうとは。思ったよりはやるようだな」
 
 徴税官は感嘆の声をあげ、やや表情を引き締める。
 言葉通り、エレノアを警戒に値する相手、と判断したのだろうか。

「大地の腕≪アースハンド≫!」

 そんな賛辞を余所に、立ちあがりざまに杖を振るエレノア。
 それと同時に、目の前の石畳からにょきっ、と背丈程もある腕が生え、徴税官の持つ杖に襲いかかる。

「遅い」

 しかし徴税官は、体型に見合わない華麗なステップでそれを躱し、あまつさえごつい軍杖でその手を叩き落とした。

 ……これは、強い。
 おそらく、私が今まで目にしたメイジの中でも、かなりの上位に入る戦闘能力だろう。

「嘘っ?!」
「ふん、杖を狙うなど……格上に対して随分とぬるいな。こういう場合は、絶対に躱せない魔法を繰り出すべきなのだよ、このようにっ──氷雹の竜巻≪アイス・ストーム≫!」

 信じられない、とばかりに目を剥くエレノアに対し、徴税官は凄惨な笑みを浮かべて、無情の杖を振った。

 ごぉっ!

 轟音とともに荒れ狂うは、凍てつく吹雪の奔流。
 氷礫を含んだ竜巻は一切の加減もなく、地を駆ける狼の如き迅さで、エレノアに獰猛な牙を剥く。

 ちょっ、あれじゃ、観客まで巻き込むじゃないのっ!?

「ま、ず……っ!」

 為す術なく激流に飲み込まれるエレノア。

「うわあぁっ」「きゃあっ」「やっべえぇ」

 その後方で観衆は一様に身を伏せ、来たる嵐をやり過ごそうとする。

 しかし、きちんと計算はされていたのか、それとも、別の理由があるのか──氷雹の竜巻≪アイス・ストーム≫は人垣までは届く事なく霧散した。

 結局、それを身に受けたのはエレノアのみ。
 素人目にも、あの嵐に巻き込まれれば、タダでは済まないという事くらいは判る。

 終わった──そんな緩慢で退廃的な空気すら流れだし、急速に熱を下げていくインスタント・コロッセウム。

 しかし、当の徴税官は憮然とした表情で、構えを解いてはいなかった。

「ふん、大地の壁≪アース・ウォール≫、か」

 徴税官が目を細める。
 キラキラと煌めく雪の粉塵が晴れると、そこには急造の土壁が出来あがっていた。
 
「はぁっ、はぁっ……。こ、こんな街中で、そんな大きい魔法を撃つなんて……。あ、あんた、おかしいんじゃないの?」

 その岩陰からよろめきながらも立ちあがるエレノア。

 おおっ、と周囲から驚きの声があがる。

 咄嗟に防御の魔法を行使していたのか? しかし、完全には防げていなかったらしい。
 サイズの合わない商人服はずたずたに破れ、その至る所から白い肌が露出し、うっすらと血が滲んでいた。
 口にする言葉は未だに強気であるものの、息は荒く、表情もおぼろで、旗色が悪いのは明白だ。

「ふ、魔法のコントロールには自信があってな」

 それとは対照的に、あれだけ強い魔法を放っておきながら、汗一つ掻いていない徴税官。

「ぐっ……! よ、よく言うわっ! 私が壁を出さなきゃ、後ろの平民は氷漬けだったわよ!?」

 エレノアの言葉を受け、観衆の間に不穏などよめきが広がる。

「なるほど、やはりセンスがない」
「はっ?!」
「私はきちんと、観衆には被害が及ばぬように精神力を調節していたぞ? そんな事すら見極められないとは……。やはり三流どころの娘は三流という事だなっ!」

 それを真っ向から否定し、ついでに罵りの言葉も忘れない徴税官。
 
「准男爵風情が……っ! 訂正はしなくていいわ、這いつくばらせてあげるっ! 土礫≪ブレッド≫!」

 体中に付けられた傷を意にも介さず、憤怒の面を顔に貼り付け、再び攻撃を仕掛けるエレノア。
 先程落成したばかりの土壁から、無数の石つぶてが弾丸のように撃ち出される。

「ふむ……。精神力だけは中々のものだな。水盾≪ウォーター・シールド≫」

 徴税官は向かってくる石の砲弾をせせら笑うかのように、手早く分厚い水の盾を張ってみせた。
 どぷん、とつぶては水に飲まれて勢いを失くし、からん、と地に転がる。まさに糠に釘、暖簾に腕押し。

「まだ、まだぁっ!」

 だが、エレノアは愚直に同じ攻撃を繰り返していく。
 それを受けとめる徴税官は厭らしい笑みを浮かべていた。即ち、どうやって獲物を仕留めようかと舌舐めずりしている嗤いを。

「貧弱、駄弱、脆弱っ! それでも本当に貴族かね? 貴族とは力を持つ者の事を指すのだよ?」
「違うっ! 国を、民を守り栄えさせるため、決して逃げないという誇りと志を持つのが貴族! あんたみたいに弱い者虐めしか出来ないヤツの力なんて、そこらの賊や亜人と何ら変わりないのよっ」

 ふ~ん……。
 随分と熱の籠った綺麗事を語るわね、あの子。





「ねぇ、ロッテ」
「む?」

 いつ崩れるかわからない千日手となりつつある攻防をぼんやりと眺めつつ、ロッテの小脇を肘でつつく。

「さっきの氷雹の竜巻≪アイス・ストーム≫だっけ? あれ、どっちが嘘を言っていると思う?」
「……さぁの。ま、妾の直感からすると、役人の方がワルモノじゃな」
「へえ、そりゃまた何で?」
「見た目」
「あ、そう……」

 いや、たしかに人は外見かもしれませんけども。さすがにそれは信憑性がないわよ。

『いや、俺も嘘を吐いているのは役人の方だと思うぜ?』
「ん、ドブ水、あんたって事の真偽が判るの? ま、まさか、ポリグラフの能力もあるとか?!」
『地・下・水・だっ! それに何だ、そのポリなんとかってのは?』

 細かい事は流しなさいって。無機物の癖に神経質なヤツ。

「で、どんな理由でそう思う訳?」
『無視かよ……。ま、どう見ても思い切り撃っていやがったからな、さっきのトライアングル・スペルは。それに、あの役人、“絶対に躱せない攻撃”とか言ってたろ?』
「はぁ、それが?」
『あれな、本当はもっと上手く躱せたはずなんだよ。飛行≪フライ≫で逃げる、大地の壁≪アースウォール≫をもっとコンパクトに、とかな』

 ふむ、扱う物質の質量が増す程に、時間が掛かるという事だろうか? 相変わらず魔法ってのはよく分からんね。

「……っていうことはなにか? あの子が野次馬を庇って避けないだろうってのを見越して、それを人質として利用したってワケ?」
『さすがに察しが良い。一飯の恩くらいで、平民のために決闘を申し込む嬢ちゃんだからな。きっとそうするだろう、って予測くらいは出来るだろうさ』
「ふぅん、イイ感じに狡いわねぇ……。嫌いじゃないわよ、そういう手段の選ばなさは」
『外道』
「何か言ったかしら?」
『いえ、何も……あっ、やめてっ、ギチギチはやめてぇっ!』

 何をしても勝てばいいのよ、殺し合いなんて。負けたらゴミなんだから。

 もっとも、貴族としては、あの徴税官は私の最も嫌いなタイプ。ゲルマニアではあまり長生き出来ないタイプね。

 たかが子供に罵倒されたくらいで、ここまでやる時点で人格が破綻している。
 そんな人格破綻者を王都の役人に任命しているってのも、ねぇ? 確かに魔法の腕は一級なんだろうが……。

 これが魔法至上主義の弊害というやつか。あ~、ますますこの国が嫌いになりそう。

 逆にエレノアは貴族として、というか、人間としては、結構好きかもしれない(間違っても商売上のパートナーにはなりえないだろうけど)。

 見返りもなしで他人のために行動を起こすというのは、私には存在しえない美点であるし、さっきの綺麗事もどうやら本気のように思える。まぁ、いつまでもそんな絵空事を貫けるとは思えないけど……。
 しかし、少なくとも彼女は確たる理想と志を抱いてはいるという事だろう。口だけじゃなければね。

 ただ、まぁ、ちょっと認識が甘いというか、世間知らずというか。
 
 平の貴族なら、そういう所はシビアに育てられると思うし、身を窶した貴族ってならもっとスレてるだろうし、在野のメイジならそもそも貴族に決闘など挑まない。
 
 なんというか、名家の箱入りお嬢様って感じがするのよね、あの子。
 さっきは『准男爵風情』とか息まいていたし……。

 マイヤールという家名は聞いた事がないが、そもそもエレノア・ド・マイヤールというのも何かちぐはぐでおかしな名前。エレノアはアルビオン風だし、マイヤールはトリステイン風。
 平民ならともかく、貴族というのは名には拘るはずで、トリステインの貴族ならば、子女にはトリステインらしい名前を付けるはず。
 名乗りも妙にたどたどしかったと聞くし、おそらくは、いや、かなりの確率で偽名じゃなかろうか。



「で、このままいくと、エレノア嬢に勝算はあるのかしら?」
『魔法の争いに絶対はないぜ』
「一般論はノーセンキューよ」
『……十中八九、嬢ちゃんの負けだな。純粋な魔法の腕だけ見ても、役人は熟練した水のトライアングル。翻って嬢ちゃんはペーペーの土のライン。それに、ヤツの言うとおり、嬢ちゃんには、あんまりセンスを感じねえしなあ』
「ふぅん……。あの幼さであれだけの事をやれるんだから、かなり才能がありそうな気がするけど。フーゴとか、あのくらいの頃には不細工な石人形しか作れなかっただろうし」

 体型から見て、多分、あの子10歳、くらいかな? 胸……絶壁だし。

『フーゴ? あぁ、ヒヒ、姐さんの男ね。いや、しかしその若さでゴーレムを使えるなら、そいつの方がセンスは上さ』
「まさか」
『たしかにあの嬢ちゃん、魔法の才能はあるよ。磨けばスクウェアに至るかもしれねえ。でも、俺が言っているのは戦闘者としてのセンスだ。土メイジの戦いにおいて、ゴーレムってのはクラスに関係なく、最強の武器なんだが……。嬢ちゃんがそれを出さないのは何故だと思う?』
「……さあ。ゴーレムを出すには時間的に余裕がないとか?」
『はい、大外れ』

 ぶっぶ~、とでも言いだしそうな地下水にちょっとムカッときたところで、ロッテが代わりにその問いに答える。

「作る事は出来ても操れんからじゃ」
『さっすが姐さん! その通り!』

 ぐお、知恵比べでロッテに負けた? いえいえ、これは魔法に関してだからよ。ノーカンノーカン。

『俺の見立てじゃ、あの嬢ちゃんは感情的にみえて、魔法に関しては勘よりも理を優先するメイジ。言うなれば、研究者向き、ってやつか? 理に依った土のメイジは、モノの変質は得意だが、それを動かしたりするのは苦手なんだ。だからゴーレムの簡易版ともいえる、大地の腕≪アースハンド≫の動きが緩慢で、魔法を使うまでもなく叩き落とされたろう?』
「うむ、要は【傀儡】と同じじゃな。たとえば、息を吸うときに、どの肉、どのハラワタを、どのくらいの強さで動かせばいいのか、なんて考えないじゃろ? それと同じ事よ。人型の操作は飽くまで感覚に依らなければいかんのじゃ」

 二人(?)の戦闘エリートの説明に、私は、得心が行った、と手を叩く。

 つまりヒトの動作というのを、理論のカタマリ──機械で再現するのは、不可能といえるほどに難しいっていうのと同じか。
 つまり、馬鹿の方が魔法戦闘では強い! ってことになるのかな? うん、なんかちょっと違うかも。



「そっか。じゃ、このままいくとまず負ける……無事では済まないってことね、エレノア嬢は」
『だなあ。ま、どっちが勝とうがいいじゃねえか。お前さん達には関係ないだろう?』
「あるわ。私もちょっと人助けしてみようかな、ってね」

 博愛主義に目覚めたかのような笑みを意識して、そんな宣言をしてみる。
 
「何かウラがあるんじゃろうが……貴族の決闘なんぞに首を突っ込めば、厄介事では済まんぞ?」
『そりゃそうだろ、この悪魔がタダで人助けなんてするワケねえよ』

 おい、君達は私を何だと思っているんだ? いや、まあその通りなんですけどね。

「たぶんだけど……あの子ね、いい所のお嬢様だと思うのよ。少なくとも、あの徴税官よりは上流、ともすれば、爵位持ちの家の出かもしれないわ。結構あるのよ、田舎の名士の娘が都会見たさにお忍びの小旅行をするのは」

 これが偽名を名乗る理由ではないだろうか、と思う。

 もっとも、一度偽名を名乗った相手から本名を聞きだすのは難しい。
 この仮定が当たっていたとしても、今ここで彼女の実家の力を持ちだすわけにはいかないだろう。そう、“本当の実家”はね。

「ほう?」
「だから、ここでエレノア嬢を助けておけば、その家と繋がりが持てるでしょ? トリステインで成功するには、貴族と繋がりを持つのが近道だ、って聞くし。あの子の性格からみるに、親も娘の恩人を邪剣にするとは思えないからね。それに、謝礼として金一封くらいは出るかもしれないわ」
「ふむ。じゃが、どちらにせよあまり賛成はできんな。下手に割って入って官憲に追われるのは御免じゃ」
「大丈夫、別に力でどうこうしようって訳じゃないから。必要なのは、ちょっとした演技力と交渉術よ」

 そう、別に殴り込みを掛けようってワケじゃない。
 大体、私じゃあ、あの徴税官には逆立ちしても勝てないっての。
 


「ちょ、ちょっと、アリアちゃん! 貴女まで何を言っているの!」

 魔法論には入ってこれなかったのか、それまで黙していたドリス。
 しかし、この暴挙とも言える行動は放っておけないと思ったのか、スイッチが入ったかのように声を荒げて、私の肩を激しく揺する。

「私はエレノア嬢とは違いますよ。飽くまでも打算、平和的な話し合いってやつです。こう見えても貴族との交渉は慣れっこなんですから。ほら、辺境伯とか、フーゴとか、シュペー卿とか、ね?」
「ね、じゃないでしょう。この国の貴族はゲルマニアの貴族とは違うのよ?」
「確かにそうです。しかし、ここで助けなければ、あの子、きっと嬲り殺されますよ?」
「そっ、それは……。でも、何も貴女がやらなくてもいいじゃない」
「他に誰もやりませんし、やれません」

 きっぱりと言い切ると、ドリスはますます困ったように細い眉を垂れさせた。

「くはは、大した自信じゃな。よかろ、やってみせるがよい。お主がどうやってこの場を収めるのか、妾は高みの見物といこうではないか」
「もう、ロッテちゃんまで! 貴女の妹でしょ?」
「くふ、もしも掴み合いになったとて、あの程度の輩に負けるようなヤワな鍛え方はしておらんつもりじゃからな」

 ごめん、それ、かんっぺきに過大評価ってやつよ。
 私の腕じゃ、荒事に慣れていないドット、もしくはラインメイジが限界だろう。プロフェッショナルが相手ならドットにでも負ける自信がある。

「あ、でも、ちょっと手伝ってくれる? 一人じゃ、あのお嬢様を抑えるのが難しいわ」
「ふむ、いいじゃろう」
「駄目よ、待ちなさい!」
「大丈夫、任せておいて下さい。我に策あり、ですよ。勿論、この騒ぎによる妖精亭への悪影響も止めてみせますから」

 口先は私の商売道具。その武器で役人ごときを言いくるめられずにどうしますかって。
 追いすがるドリスに悪戯っぽく笑いかけて、私はいざ戦場へと足を向けたのだった。







「かはっ、はぁ、はぁっ……うぐ、魔法が……」

 息も絶え絶えなエレノアが杖を振るけれど、まるでファンタジックな光景は生み出されない。

「流石に打ち止めか。しぶとさだけは賞賛に値するな」
「う、うぅっ」

 ふぅ、と呆れたように息を吐く徴税官に、じり、とエレノアは後にすさる。

「おや、まさかとは思うが……降参かね? くくく、貴族とは、“敵に後ろを見せない”者の事をいうのではなかったのかな?」
「ぐ、す、するわけ、ないっ、でしょ……」

 挙げ足取りで、降参という道を塞ぐ徴税官。
 エレノアは強がってみせるが、どうみても満身創痍の姿では説得力がまるでない。



「そうか、安心した、では決着といこう! ラグース・ウォータル・デ──」
「──その決闘、そこまでですっ!」

 徴税官がラスト・スペルを詠みあげようとしたところで、私はエレノアの前へと割り込み、決闘の終結を宣言した。
 どよめく観衆からは、余計な事をするな、という敵意より、止めてくれて良かった、という安堵の方が多く感じられる。

 ふん、この街も捨てたもんじゃないわね。見物人には貴族もいるはずなのに、誰一人助けに入らないというのは気に食わないけど。

「え……? あ、う?」

 狐につままれたような顔のエレノアの唇に、無言で人差し指を当てる。黙ってろ、という意思表示である。

「何者だ、貴様……?」

 お楽しみを中断された事で、相当にお怒りなのだろう。怒気を孕んだ殺気を込めて杖をこちらへと向ける徴税官。

「神聖な決闘の最中、大変失礼を致しました。私、マイヤール家の侍女長を務めます、ボニー、と申します」

 適当に思いついた偽名を名乗り、胸に手を当て、左足を後ろで交差。45度の角度で頭を下げる。
 見習い時代、貴族への対応はイヤというほど叩きこまれている。トリステイン流の礼節もお手の物。

 そう、私は今からマイヤール家(仮)お付きの忠臣を演じてみせるのだ。

「むぅ、これは中々にけしからんモノを……おほん! 要するに、その娘の従者、ということか? 端女風情が貴族の決闘に乱入するとは、万死に値するぞ!」

 乳をガン見しながら凄まれても……。

「重ねがさね申し訳ありません。しかし、“さる侯爵家”とも所縁深い、マイヤール家に仕える者として、お嬢様の危機は放ってはおけませぬ」

 えぇ、ハッタリです。虎の威を狩るなんとやらってやつである。

 筋者のやり方と同じだが、実際、貴族のやり方もそれと大して変わらない。
 特に、始祖の四大国では、自身で積み上げたモノよりも、所属する門閥や組合などによって、個人の価値が決まる傾向があるので、こういった牽制は有効なはず。

 侯爵とうそぶいたのは、爵位持ちの貴族としては公爵の次に強い権限を持ち、なおかつ、国境沿いに配置されている、即ち王都から遠い位置に領地を持つから(ゲルマニアでいう辺境伯と同じようなもの)。
 王都の役人からすれば、侯爵家の名前は当然に知っていても、それに仕える貴族までは知らないだろうし、調べようとしてもすぐに特定されることもないだろう、という打算である。
 まあ、後で騙りが発覚したとしても、それこそ後の祭りというやつで。この場さえ切り抜ければエレノアとボニー、という偽りの名のみが残るだけだ。

「こっ、侯爵家だと? それは一体どこ──」
「えぇ、実は、お嬢様たっての願いで、旦那様には内密の王都旅行だったのですが……」

 その質問はタブーよ、お役人さん?

「はっ?」
「まさかまさか、私共が目を離した隙に、偶々ふらりと立ち寄った酒場で徴税官殿を侮辱されてしまうとは……。いや、お嬢様のお転婆ぶりには参りました。これは徴税官殿だけでなく、後々店主にも詫びを入れなければなりますまいな」

 ここで、エレノアと魅惑の妖精亭は全くの無関係であるという事を、大勢の証人に示しておいて、と。



「あ、あんた、一体、何をっ?」
「クライド! お嬢様は決闘のショックで錯乱しておられるようです! 急いで介抱を!」

 これ以上エレノアを止めおくのは無理か、と判断した私は天に掲げた指をパチン、と鳴らす。

「はっ!」

 凛々しい返事とともに、如何にも真面目ぶった顔で野次馬の中から出てくるのは、もちろんロッテである。
 少々偽名が男性っぽいが、まあ、ボニーときたらクライドでいいだろう。

「ちょ、何す、む、ぎっ……」
「くふ、お嬢様、体に障りますわ。お静かになさいませ?」

 ロッテは抱きよせるようにしてエレノアの口を塞ぎ、無理矢理に人垣の方へと引きずっていく。
 精神力の切れた、いや、万全の状態でも、エレノアに抵抗する力はないだろう。最凶の吸血鬼にたかがライン・メイジが敵うものか。

「待て! 勝手に何をしている! まだ決闘は終わってはいないぞ?」

 ほんっと、真性のサドね、このオッサンは……。

「徴税官殿、もはやお嬢様に戦う力は残っておりませぬ。この勝負、徴税官殿の勝ちですわ。また、此度の事はこちらに非がある事も認めます」
「当たり前だ!」
「それで、どうでしょう。謝罪に関しては、後日、正式な形でさせて頂くように手配致します。なので、本日はこの辺りで手打ちにしてはいただけないでしょうか?」

 烈火の如き猛りをぶつける徴税官を、半ば無視して話を進める私。

 最初に脅しつけておいて、後で妥協案を提示する。
 普段はあまり使わない(使えない)、ちょっと強引な交渉術の一つ。

「御家のご令嬢は私を侮辱したのだぞ? まして、この決闘はそちらから申し込まれたモノ。謝って済むような問題ではない!」
「そこは徴税官殿の海のように深いご慈悲を持って、所詮は子供の戯言、という訳には参りませんか?」
「ならんな。コトが決闘と成った時点で、歳など関係はないのだよ、侍女君」

 なれよ。ったく、これだけ野次馬を集めたのは、自分の力を示すためでしょうが。
 その力を見せつけるのはもう十分、あとは度量を見せておけば自分の株があがるってことがわからないのかしら。

「勿論、お嬢様の無礼を購うだけのモノは形にさせていただきますが……?」

 そうくるならこうだ、と上目遣いで遠慮がちに申し出る。
 金を払うとははっきり言わないのがミソかな。

「……ほぅ。如才のない事だな。しかし、ただの端女にそんな権限があるのかね?」

 賠償の話になった途端に、徴税官の目の色が変わる。やはり喰いついてきたわね……。

 高潔な貴族だと、この申し出ほど危険なモノはない。さらなる侮辱として火に油になってしまうはずだ。
 が、どう考えてもこの徴税官は俗物。地位を利用して小遣い稼ぎに精を出している時点でそれはお察しである。

「はい。こうみえても旦那様からの信頼は得ていると自負しておりますので。その証としてこのような贈り物を頂く事もございます」

 澄ました顔で、薄紫色のクリスタルリングを嵌めた左手の甲を徴税官に差し出す。彼はじろりとそれを覗き込むようにして観察する。

 フーゴに貰ったこのエクレール・ダ・ムールの指輪は、材質こそ大して高価ではない水晶だし、名工が創ったものでもないだろう。
 しかし、プロポーション(全体評価)、ポリッシュ(研磨)、シンメトリー(対称性)というジュエリーを評価する上で重要なファクターがいずれも最高品質、とまではいかなくてもバランス良く優れており、さらに簡単な魔法も込められている。
 それらの点を踏まえて、総合的に評価すると、60エキュー以上の価値はある代物。そこいらの露店に売っている安物とは違う。
 これを半値ほどで手に入れたというフーゴは、余程イイモノを手に入れようと探し回ったんだろう。ふふ、可愛いヤツね。

 ……まあ、惚気はその辺にして。
 平均年収500エキューの平貴族がそんなものをただの使用人に与えるなどという事は、普通では考えられない。
 つまり、ボニーとマイヤール家の当主が“普通ではない関係”なのだ、という事を示す事になる、はず。
 
「これは見事なマーキーズカットだな。紫水晶かね?」
「いえ、普通の水晶にエクレール・ダ・ムールの魔力を込めたモノらしいですわ」

 これで駄目押し。エクレール・ダ・ムールというのは、恋人や家族などの大切な人に贈る花なのだから、それを贈られるということは……。

「その若さで侍女長というのはそういう訳か」
「えぇ。ですので、私が旦那様に進言を差しあげれば、問題なくコトは進むかと」

 愛妾の発言権は時に本妻を超える。妾に家ごと財産を乗っ取られた貴族もいるくらいだ。

 しかし、この徴税官には、私がいくつに見えてるんだろうなあ。
 普段は邪魔くさい胸の脂肪も、こういうところでは大いに役に立つものね。

「くくく、御家のご当主も好きモノだな」
「やや、それ以上申されますと、当家への侮辱となりますよ?」 
「ふ、これは失礼。……まあ、そういう事なら、ここで手を引いてもよい。勿論、王都の徴税官を務める私を納得させるだけのモノを用意できるのだろうね?」

 おいおい、折角こちらは金銭の授受というのをぼかしていたのに。これじゃあ、お集まりの皆様にも丸わかりじゃないか……。

「それは勿論。ただ、今は“これほどしか”……。なので、やはりそれも後ほど、という事になってしまいますわ」

 予想以上の俗物ぶりに呆れつつ、ざくざくといい音のする財布袋を懐から取り出す。
 中身をチラリとだけ見せ、申し訳なさそうに頭を下げる。

 トリステインで仕入れたモノは全て現金化したばかりなので、今現在、財布にはかなりの数の金貨が入っている。
 ここでちょいと器量を見せるだけで、これとは比較にならない額が支払われる、となれば万々歳でしょ、汚職役人様?
 徴税官の年給は、多く見積もっても1000エキューってところだろうし、准男爵以下はまともな領地を持ってはいないだろうからね。

「ふむ……」

 未だに周りを囲む観衆からは溜息が漏れ、徴税官は暫し、油を塗りたくったような髭を撫ぜながら思案する。

 えぇい、いいから首を縦に振りなさい!

「徴税官殿?」
「あいや、御家の誠意はわかった。ここで手打ちとしようじゃないか」
「まぁ! さすが重大な官職を任されるほどのお方は懐が深いですわ!」
「ふはは、いや、今考えれば私も少々大人げなかったな。ご令嬢には今後は気を付けるように、と伝えたまえ」

 徴税官が醜い笑みで肯定の意を示し、私は内心、ほっ、と胸を撫で下ろした。
 しっかし、今になって「大人げなかった」ですって? 白々しい。

「しかと承りました。では、また後日に。本日はこの辺りで失礼をさせていただきます」

 ペロリと舌を出しつつ最敬礼。

 ま、とにかくこれで終わり。後はエレノアを連れて、さっさとこの街を出てしまえばよい。

 ふぅ……。思ったよりも楽勝だったわ!



「皆の者、決闘はこれで終わりだっ! 通行の邪魔となってはいかん、直ちに解散せいっ!」

 ようやく決闘の終結を宣言する徴税官。未だどよめく観衆も祭りの終わりを知り、ぽつりぽつりと帰途へとついていく。その動きに合わせて私もまた踵を返す。

 さて、と。とりあえず今夜はここに泊まって、朝一番でお暇させてもらいますかね。

 エレノアに関しては、今夜中に話をつけておけばいいだろう。
 彼女とて王都には居られないだろうし、殺されかけていたのを助けられておいて不義理な事はするまい。

 ふふ……この街での収穫はデカイかも。ようやく明るい未来が見えてきたって感じだわ!

「あれ……? やっぱりあんた、どこかで見たような?」

 希望に胸を膨らませての凱旋。しかし、そこで掛けられたのは冷や水を浴びせるような声。

「げっ……」
「あっ、思い出した! お前、昼間の生意気な女商人じゃねえか!」

 禿げた中年が、大口を開けてこちらを指さしている。

 う……っ! このオッサンは、昼間、喧嘩になりかかった商社の主人じゃないか!

「ひっ、人違いですわ! な、何を仰っているのです?」
「おいおい、惚けるなって。オレとて商売人、一度見た顔はそうそう忘れねえよ」

 いや、今の今まで忘れていたでしょうが?! 近寄ってくるんじゃないわよ!

 あの徴税官は……、もう、帰ったよね? いないよね?
 淡い願望を胸に抱き、恐る恐る、コロッセウムの跡地を振り返る。
 
「……女商人、だって? 侍女ではないのか?」

 はい、いましたね。しかも、こっちをめっちゃお睨みあそばされております。今にもスクウェア・スペルを撃ちそうな勢いで。

 も、もしかして、お、怒っていらっしゃるのかな?

「え、えへへ……」

 悪戯バレした子供のように、参ったなあ、と頭を掻いて笑いかけるが、それで誤魔化せるなら苦労はしない。
 
 こ、この状況って、もしかしなくても……、すっごく、まずいわよね?





 つづけ







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