代金をマッコイに渡すと教習が始まる。運転台には大きな舵輪その奥に飛行機と同じ私の読めない文字列が刻まれている計器類。でも、さっきまで乗っていたF-4に比べるとはるかに少ない。足元には3つのペダル、そして右側には何本かのレバー。
最初お手本ということで、爺さんが運転し、わたしはその横に座らされる。そしてハンガーを一回りした後わたしの番が来た。
まずはこの車を乗りこなせないことには飛行機なんて夢のまた夢だ。はやる気持ちを抑えつつそろそろとクラッチを放す、すると車体はわたしの思い通りに…ならずに、ガタガタとしゃくるように上下動しながら少し進んで止まった。
「何でこんな動きになるのよ!」
爺さんはさも簡単そうに運転してたのに、ひょっとしてこの子に嫌われてる?
「思い切りが足りないんじゃよ。だからエンストするんじゃ」
そういう所は馬と同じなんだ、馬は乗り手が怖気づいたりしてると乗り手を莫迦にするような行動をとる。それならこうすれば。
再びエンジンをスタートさせ、今度はアクセルをあおり、クラッチを一気に離す。すると車体は急発進し、目の前には壁がどんどん迫ってくる!
「ぶつかるー!」
「ブレーキ!ブレーキ!」
爺さんが何か叫んでるけどパニクってしまって理解できない。
私が思わず左足も踏ん張ったときエンジンが唸り、その直後車が止まった。そして右足をゆるめると唸っていたエンジンが静かになる。
「…死ぬかと思った」
ぜいぜいと肩で息をするわたし。この基地にある乗り物はこんな危険なものばかりなんだろうか?そうだとしたらあの飛行機も乗りこなすには、お金だけじゃなくかなりの時間もかかるかもしれない。
「こんなところで死ぬ気か?極端から極端に走ってからに」
爺さんが蒼い顔でわたしをにらむ。左手はサイドブレーキを思いっきり引いてたんだろう、力の入れすぎで白くなってる。
「もう少し大人しくな?この老いぼれの寿命が縮む」
「殺しても死にそうに無いくせに(ボソッ)」
その科白が聞こえたのか爺さんがさらにわたしをにらむ。
「分かったわよ。もう少し大人しめで…」
そして数十分後。わたしの運転はまぁ形になってきた。こうなってくると、車を運転するのが楽しくなってくる。
「たいしたもんじゃ、動かすだけとはいえ飲み込みが早いの。お嬢ちゃん」
爺さんは感心してそう言う。
「どんなもんよ、魔法は確かに苦手だけど、この程度の車このルイズ様にかかればこんなもんよ」
わたしの身体能力なめんじゃないわよ。
「あとは広いところで練習するんじゃな。せいぜい事故らんようにな」
そう言ってからからと笑う爺さん。一言多いってば、このくそジジィ
「ところでおまけのかーびん銃って何?鉄砲?どこにあるの?」
ある程度運転に慣れた頃、おまけのほうにも興味がわいてきた。
「お前さんの国には銃はないのか?ほれ、お前さんの左手、そこのへりに突っ込んでるものじゃよ」
爺さんの言葉に目を車のへりに向けると鉄砲と言われれば何となくそうかもしれない物がケースに突っ込まれている。
「失礼ね、銃くらいこっちの世界にもあるわよ、大砲だってあるんだから。もっとも貴族には魔法があるからそんなもの必要ないのよ。まぁ、おまけだから貰っておくけど」
わたしの科白を聞きながら爺さんは車から降り、私のほうに回りこむと、ケースに入った銃を取り出し私に見せる。
「ちっちゃー。ほっそーい。爺さん、わたしを騙してるの?」
それは見たこともない形。わたしもこの世界の銃はよく知ってる訳じゃないけど、こっちの銃って言うのはわたしの背丈ほどある筈だ。それに比べるとその半分ほどの長さだ。
「いまさらお前さんを騙した所でどうなる?使い方だが、これをここに突っ込み、ここを引く。そして安全装置をはずして狙いをつける」
そう言いながら爺さんは箱みたいなのを銃に入れ、銃から突き出た棒を引っ張り、銃床を肩に当てる。
「そして狙ったら引き金を引く」
そして銃から軽い発射音が連続で聞こえる。その光景に昨日から何度目だろう、わたしは目が点になる。
「こここ…これって連発できるの?」
この基地の非常識さに改めて感心する。
「何を当たり前のことを。弾は200発ほどサービスしておいた、この箱にマガジンと一緒に入れてある」
さも当然。という顔の爺さん、そう言いながら緑色の缶を開けて見せてくれる。
「一度使ってみな」
そう言ってカービン銃を渡された。その大きさから予想はしてたが結構軽い。そして爺さんのした様に弾倉を入れ、コッキングハンドルを引き、安全装置をかける。そして遠くにある布袋に狙いをつけ、安全装置を解除し、引き金を引く。
肩にかかる軽い衝撃と乾いた音。そして狙い違わず飛んでいった弾が布袋に当たった。砂でも入っていたんだろう、土煙が見える。わたしはそのまま弾が切れるまで引き金を引いた。
「何これ楽しい!」
これは楽しすぎる。呪文を詠唱する必要もなく、いとも簡単に遠くの的を連続で当てれる。わたしの魔法とえらい違いだわ。
「少し練習すりゃ200メイルでも人に当てることが出来るぜ。」
「そんな遠くを当てれるの?」
「まぁ練習しだいだがな、そんな物騒なもんだから使うときはよく考えな」
「そうね。こんな物使わないに越したことはないわよね」
そう言ってわたしは、もとあったところに銃をしまう。これだけは寮の自室にしまっておこう、誰かが触ったりしたら一大事だ。
「もうじきあんたのところの学者先生がこっちに来るぜ」
「それまでにもう少し運転に慣れないとね」
そう言いながらコルベール先生が来るまでの間運転の練習を再開する。これで遠乗りなんてしたらきっと楽しいでしょうね。狭いハンガーだからスピードがあまり出せないけど広いところだとどんなにスピードが出るんだろう?わたしはそれを考えるとわくわくしてきた。
しばらくしてコルベール先生がなぜかおまけ二人を連れてやってきた。
「はぁいルイズ…って何その格好?」
そういえばまだ飛行機に乗ってから着替えてなかった。今のわたしの格好はここで借りただぼだぼのオレンジ色ののパイロットスーツにハーネスをつけたまま、当然マントも外している。格好だけならばこの基地にいるパイロットと変わりがない。
「何であんたが…」
わたしは心底いやそうな顔でその声の主、キュルケを見つめる。
「ごあいさつねぇ、ミスタ・コルベールだけじゃ情に流されるかも、と思う皆の不信を除くべく同級生たる私達が使い魔召喚の見届け人としてはせ参じたって言うのに」
「何を心にもないことを」
キュルケのことだ、どうせ興味半分でこの基地を探検にでも来たんだろう。でもなんでわたしたちがここに居るのがばれたんだ?
「エー、オホンところでミス・ヴァリエール?あなたが召喚した使い魔と言うのはどれでしょうか?」
このまま口論を続けかねないわたしたちを見かね、コルベール先生は強引に話を戻す。だがその目は何かの期待に満ちていた。
「はい。ミスタ、とりあえずはこの子になります」
その瞳が微妙に曇る。コルベール先生は私が飛行機を手に入れるのを期待してたんだろう、わたしだって本当ならそうしたいわよ。でも今はこの子がわたしの相棒だ。地味な砂色の車、改めて正面から見ると顔のような造作で愛嬌がある。
「とりあえず?」
わたしの言葉尻を捕まえて突っ込みを入れるキュルケ、そんなとこは耳聡いんだから。
「ぅオッホン!これは…異国のガーゴイルのようですね。また珍しいものを召喚しましたね」
心なし棒読みでコルベール先生が話をひったくる。アドリブには弱いみたい。
「これにてミス・ヴァリエールの使い魔召喚の儀は滞りなく終了です。進級おめでとう」
「ありがとうございます」
これまた台本どおりのせりふをいい、話を無理やり完結させる私たち二人。
「な~んか怪しいわねぇ、お二人さん、私たちに何か隠してない?」
そこに鋭いツッコミが入る。
「「な、何も隠し事ナンテナイデスヨ?」」
どうもわたしもアドリブには弱いようだ。それでもこの事は、ばれるわけにいかないんだけどね。
「ま、いいか、とにかく進級おめでとうルイズところでこれは何?」
ニヤニヤしながらもそれ以上は詮索しないキュルケ、やっぱりこいつってばいい奴なのかしら?
「馬車のガーゴイルよ。自動車って言うんだって」
わたしは簡単に説明する、細かいことはわたしにも分からないし。そのうちコルベール先生経由で改めて聞こう。
「それじゃ動くの?この自動車」
「もっちろん。あ、でもこの自動車地上に下ろさなきゃ」
この車を学院まで持っていかないと、使い魔召喚の証明にはならないだろうし。
「それならシルフィードを使えばいい」
「シルフィードってあなたの使い魔の?」
「…タバサ」
「タバサ、ありがたいけどこれ結構重いみたいよ?」
「多分大丈夫」
コミュニケーションをとるのが苦手なのだろうか?そっけない態度のタバサ。ま、キュルケの友達みたいだし良くも悪くも個性的な子ね。
「それじゃシルフィードのところまで行きましょうかみんな、乗って」
わたしはみんなに車に乗るよう促す。
「へぇ、結構乗れそうね」
「4~5人は乗れるみたいよ。それじゃ行くわよ」
安っぽいシートを改めてみるとそれ位は乗れるみたい。興味深く覗きながら乗り込むキュルケと珍しいはずだと思うのに、あっさりと乗り込むタバサ。なんとも対照的な二人ね。
「私はまだこちらに用事がありますので。私からオールドオスマンには報告しておきますので皆様は安心して学院にお戻りなさい」
コルベール先生はまだここに残るみたいだ。まぁ、彼にしては宝の山みたいなもんだし、多分あのパンパンに膨らんだカバンにはお泊りセットやら何やら入れていたんだろう。
「それでは一足先にもどります」
そうと分かれば先生を待つ必要は無い、きっと彼のことだそれこそ夜を徹してここのスタッフを質問攻めにすることだろう。
エンジンをかけ滑走路に向う。そしてタバサの案内で何故か人だかりのあるほうへと車を走らせる。
「何これ、ホントに動いてる!・・・で?あんたは何してるのよ?」
横に乗ってるキュルケが聞いてくる。普通あんたは後ろでしょうに、タバサが案内するんだから。
「何って運転」
ハンドルを持ち、チョコチョコとレバーを動かし、横ではじめて見ればそりゃ不思議な動きにしか見えないだろう、キュルケは不思議そうな顔で見てる。
「ひょっとしてあたしにも出来るかな?あなたに出来るんだからあたしにも出来そうじゃない?」
「教えないわよ」
ツェルプストーがどうのはおいといても、教えてやるもんですか。どんだけ苦労したと思ってるんだ、死にそうな目にもあったし。
そんなことを言いながらタバサの指示のもと車を走らせるとそこには人だかりあった。その真ん中には楽しそうな青い竜。
そこには食い散らかしたソーセージやベーコン、そして基地スタッフにやたらと慣れた巨大な犬っコロと化したシルフィード、タバサの使い魔たる風竜が居た。
「あ、ミス・ヴァリエール、あなたのクラスメイトの使い魔?の竜かわいいですねぇ、よく人に懐いてるし大人しい。思わず写真撮りまくっちゃいましたよ」
わいわいやってる連中の一人がこちらに気付き声を掛けてくる。
「それはどうも…」
自分の竜じゃないので私に話しを振られても困る、返事をしつつタバサのほうに顔を向けるが、表情を読もうにあまり感情が顔に出ないみたいでどうにも分からない。
するとつかつかとシルフィードの方へタバサは向かい大きな杖で頭をはたいた。
きゅいきゅいと悲鳴を上げるシルフィード。その声を無視しスタッフ達に向い頭を下げる。
「この子が迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑なんてとんでもない、俺達にしてみりゃこんなファンタジーの生き物に会えただけでも凄いって言うのにこんなに人懐っこいから俺達のほうこそ調子に乗っちまったみたいだ。すまなかったな。お嬢ちゃん」
黒いパイロットスーツを着た金髪の男がタバサに謝罪しながらタバサの頭を撫でる。
「お嬢ちゃんじゃない、私の名はタバサ」
タバサは撫でられる頭はそのままに、自己紹介する。
「OKタバサ。俺はミッキー、ミッキーサイモンだ」
黒いパイロットスーツの男は言う、やたらと陽気そうな人だ。タバサをひとしきり撫でるとまたシルフィードと遊ぼうとする。きっとちいねぇさまと同じで動物が好きなんだろう。
「そろそろいいかしら」
そのまま放っておくといつまでも遊んでいそうだ。だからわたしは急かす、もう夕食の時間も近い。
「それじゃシルフィードにこれ持ってもらいましょう」
キュルケも言う。いつの間にやら車にはワイヤーが掛けられていていつでも空輸可能な状態になっていた。88スタッフ恐るべし。
シルフィードはそのワイヤーを持ち、浮き上がろうとするがどうも浮き上がらない。
「ちょっとルイズ、何なの?あの車ってのは、馬車くらいなら軽く持てるはずの竜が力負けするなんて。一体どんな重量よ?」
見た目は確かに屋根もなく軽そうな車だが、その中身は鉄の塊みたいなものだ。さすがに竜といえども持ち上がらない。
「なぜ持ち上がらないの?」
タバサが不思議そうにシルフィードを見る。シルフィードはこんな重いの持てるかっ!てな風に抗議してる。
「そんなに重そうに見えないのにね。どういう仕掛けはは分からないけど軽々動いてたのに」
「さすが竜といえど1トン以上あるものは持ち上げられないようですな。予定通りヘリで下ろしましょう」
いつの間にやらやって来たラウンデルが、その光景を楽しそうに眺めつつ言う。
「それじゃよろしく、ラウンデル副司令」
「そちらのおふた方も一緒にどうです?」
二人にもヘリに載るよう誘うラウンデル副司令。
「え、良いの?」
嬉しそうなキュルケ、珍しいもの、新しいものが好きなゲルマニア人らしい反応だ。
「私はいい、この子に乗って帰る」
まぁ、そうよね。なんてったって昨日召喚したばかりの使い魔だしね。当然の反応といえるタバサ。
「タバサがそう言うんだったらあたしもシルフィードで帰るわ」
ちょっと残念そうなキュルケ。友情と好奇心を天秤に掛けたら、ツェルプストーと言えど友情のほうが勝ったみたいだ
「そう?それじゃ一足先に帰ってて。私も用意できたらすぐ戻るわ」
横目で作業を見ると、もう少しかかりそうだ。
「それじゃあルイズ、またあとでね」
「それじゃ」
なんとも騒がしくキュルケとタバサのコンビは学院に戻っていった。大勢の見送りに送られて。
さて、そろそろわたしのほうも準備できたかな?
「ミス・ヴァリエール、用意が出来ました」
準備していたスタッフが声を掛けてきた。
「ミス・ヴァリエール、これを」
ラウンデル副司令が箱のようなものをわたしに手渡してくれる。…何?これ?
「無線です。これからこちらに来たいとき、何か状況が変わったとき、そして我々を帰すことが可能になったた時に必ずこちらに話しかけてください。さすれば我々がはせ参じましょう」
そう言って優しく微笑むラウンデル副司令。
「そうでしたら有難く使わせてもらいます。それではまた」
そう言ってヘリに乗り込む。そしてわたしは夕焼けの中魔法学院に戻っていった。