第三十一話:NAMELESS LOVE STORY (作者ですがもう面倒なのでサブタイつけるのやめます) ババアに送り出され外に出ようとすると、俺達と入れ違いに中に入ろうとする人影があった。「あら、あんた確かパパの部下よね?」「ああ! お嬢様! それにジャギ殿も!」こちらの顔を認めて、何やら心底ホッとしてるみてえだ。「私、お二人にルドマン様から荷物を預かってまして」「荷物?」「高名な仕立屋に作らせた特別な服です」服、と聞いてデボラの目が輝く。自分の身を飾り立てるのがこいつの趣味だから、当然のことだろう。隣に居る女が美人なのに悪い気がするはずもなく、俺は特に文句も言わねえ。荷物が増えるのに唯一不満を漏らしそうなのはパトリシアくらいだが、軽いものだと言わんばかりに、歩みが遅くなることはない。「これが、『雨露の糸』と呼ばれる不思議な糸で織られた『水の羽衣』です」箱から取り出されたのは、水をそのまま織ったかのような不思議な服だった。「うぉっ、なんだこれ、水?」デボラを押しのけるようにしてそれを手に取る。一見透明だが、服の表面に立ち上る水煙がそれを防いでいる。ふと気になって指先を這わせてみりゃ、縫い目も見つからねえ。何をどうすりゃこんなもんが織れるんだ。「あんた、水関係に反応しすぎ」俺の手からひょい、と水の羽衣が取り上げられる。しばらく手触りを確かめた後、デボラは箱に戻した。「悪くはないけど、体が冷えそうね」「すいません、テルパドール辺りで追いつく予定だったのですが……」男は申し訳なさそうにしている。確かに、この服があればあの砂漠も大分楽だったろう。「いいのよ、寄り道したのはジャギだもの。あんたは悪くないわ」俺のせいかよ。「それじゃ、パパに私達は元気だって伝えてね」「はい……とは言っても、しばらく休んでからですが」「ふむ、ならウチで休みなさるかね?」「ひっ」「ぎゃっ」「きゃっ」背後から聞こえたおどろおどろしい声。。「イッヒッヒ。そんなにわしは怖いかのう?」「こ、怖くなんかねぇ、驚いただけだ!」「ジャギ、震えているぞ」そういうテメエも震えてんだろうが、ピエール。 標高が上がるにつれて、気温は下がり酸素は薄くなる。だから、いっぺんに進み過ぎれば体調を崩してしまう。そうならねえよう、少しずつ体を慣らしながら山を昇っていく。道が途中から山肌ではなく内部の洞窟へと続いていたのは正直ありがたい。気温や気圧の差から生まれる山独特の強い風を避けられるからだ。「寒い……」ぶるり、と身を震わせてデボラは馬車の中でゲレゲレに抱き着いている。その顔がいつもより青白い。早いとこ次に休めるとこを探さなきゃならんか。振るった剣は青い竜のウロコをあっさりと裂く。研いでもらったからか、切れ味は格段に上がっている。「ジャギ、風が強くなった。出口が近いのかもしれない」剣の血を拭いながらピエールが視線を巡らせている。俺も辺りを見渡す。傾斜の向こうに明らかに人工物らしい橋が見えた。その先の穴からは外の明かりが差し込んでいる。「うっし、一本道みてえだし少し急ぐぞ」「わかったなのー」ゲレゲレに代わり、馬車の外に出ていたベホマンの気の抜けた声になんだかこっちまで気が抜ける。こいつは何で声までふわふわしてやがるんだ?「……む。何やら人の声も聞こえてきたが……」「あ?」ピエールに言われ、耳を澄ます。確かに人の声がする。だがこりゃあ、洞窟の外からのもんじゃねえな。「! ジャギ、誰かが襲われているようだ!」ピエールはすぐさま駆け出した。俺も慌てて後を追う。他人に構ってるヒマじゃねえんだが、どうせこの先は一本道みてえだし、仕方ねえ。「少し速足になるぞ、しっかり掴まっておけ!」「はー……い……」ぐったりとした返事。ああもう、本当に他人に構ってる暇なんざねえ。一刻も早く先に行って、こいつを休ませたい。 誰かが襲われていたのは、出口にほど近い橋の手前だった。襲われている男の防寒服の裾から覗く衣の色は青。あのタイプの色は神父や僧侶の着物の色だ。その周りには何匹かの死神兵の死体が転がっている。「ハァッ!」ピエールが最後の一匹に切りかかる。手にした槍ごとメタルキングの剣に両断された。だがその向こうにデッドエンペラーが杖を構えているのが見えた。ここに昇ってくるまでにあの動作は何度も見た。杖の先の宝玉がバヂリと稲妻を光らせる。「バギマッ!」魔法が形を成す前にこちらも呪文を唱え対抗する。出来あがった竜巻に切り裂かれ、杖がバラリと地面に落ちた。「やれ、ピエール!」「ウリャァッ!」ピエールの剣に両断され、デッドエンペラーは再び物言わぬ死体に戻った。「……おお、ありがとうございました」その光景を眺めてた男はしばらく呆けていたが、どうやら自分が救われたらしい、と気が付いて礼を言ってきた。「俺達もこの先に用があってな。邪魔な奴を切っただけだ」別にこいつらを助けたわけじゃない。少なくとも、俺は。「すっごーい! おじさん魔物使いなんだね!」男の防寒着の中から、ひょっこりとガキが顔を出す。「あのモンスターを使って、ボクたちを助けてくれたんだろ!?」「いいや。あいつが勝手にテメエらを助けただけだ」こちらを見上げてくる視線から目をそらす。よしてくれ、誰が好んで人助けなんざしてるもんか。俺はそんな善人じゃねえ。「もっとすごいや! おじさんモンスターの言葉がわかるんだ!」……そういや、モンスターと話せるのは珍しいんだったか。いつも話してるからすっかり忘れてたぜ。つうか、おじさんって言うな。俺はまだ十代だ。「いやあ、実にお強いですな旅の方」ガキの肩に手を置いて、人の良さそうな顔をした男が話しかけてくる。「私は一人旅の身の上ですが、自分の身を守るので手いっぱいですよ」「? そのガキはテメエの子じゃねえのか」「ぼくはそこを出たとこにあるチベットに住んでるんだ!」ガキは風の吹いてくる方を指差した。「こんなとこまでモンスター来ないと思ってたんだけど、何でか登ってきてて」「追われていたところを私が保護したのですが、何しろ一対多数だったもので……」「そうか」こいつらの事情に興味はない。「下であれだけジャギたちが暴れてたらー上に逃げるのも当たり前ー」ふわふわ浮かびながらベホマンがそう言った。「ねえねえ、この赤いのは何て言ってるの?」ガキは恐れるでもなくベホマンの触手をふにふにと触っている。「それより、あすこを出れば宿とかあるんだよな?」「うん。一通りのお店はそろってるよ!」それを聞いたなら、このガキと話すことはもうない。パトリシアの手綱を引いて、足を速めた。 暗い洞窟から一歩抜け出ると、外は夕暮れ時。夕日の赤が白く積もった雪に反射している。思わず眩しさに目を細めた。「とりあえず村についたみたいね」ひょい、と馬車から下りてデボラが辺りを見回す。「大丈夫なのか、おい」俺の声に、そこらを通りかかった女がこちらを見る。そいつの心配そうな視線がデボラに向かっている。「あの……お連れの方、あまり顔色がよくないようですが……」「失礼ね、私の顔色はいつも……バラ色……」女に言い返す言葉の語尾が消える。「れ……? なんか……世界が、私を中心に、くるくる、回って……」ぐらり、と傾ぐ体。ぱたり、と倒れ込む体。「デボラッ!?」駆け寄る。抱き上げる。「デボラ、おい、デボラ、デボラッ!」揺さぶっても、返事がない。顔色は地面に積もった雪と同じように白い。《 》そうだ。あいつも、こんな風に。揺さぶっても、返事しなくて。冷たくて。白くて。ずぎり、と殊更酷い頭痛が襲った。意識が保てない程の苦痛。思い出すな、と考えるな、と言うように。俺の意識はそのまま暗闇に飲まれた。「いつまで寝てるのよ、ジャギ」布団を引き剥がされる。ん、布団? 俺は何時の間に宿に来たんだ?「私、夢を見たの。夫をとびっきりの笑顔で起こしてあげる良妻の夢!」俺から剥がした布団を持ったまま、デボラは眉をひそめている。「まさに悪夢ね! 寝覚めが悪いったらありゃしない」「だろう、な」「ちょっと、否定しなさいよ」口を尖らせたデボラの表情に、なんだか妙にほっとした。「それで、あんたの方は具合はどうなの?」「あ? 何のことだ?」首を傾げると、また不機嫌そうに口がへの字に曲がった。「倒れたのよ、私達」「あ、あー、ああ、そう、だったな」意識が暗闇に落ちた、って感じたのは気を失ったっつーことか。「二人してタンカで宿に運んでもらったのよ。全く、しっかりしなさいよね」「悪い」未だ俺の顔を指差してる手をとって、握り締めた。昨日とは違ってちゃんと温かい。手首からはきちんと脈が伝わってくる。大丈夫、生きてる。こいつは大丈夫だ。だから――止まれ、俺の震え。「大丈夫なんだよな、お前は」「大丈夫じゃなかったら、こんな田舎まであんたについてこないわよ」空いてる方の手でぺしぺしと頭を叩かれる。「もう二日三日くらい、休むか?」「今日は仕方ないとしても……」顎に指を当てて、何か考えている。「どうせ休むならここじゃなくてグランバニアの方がいいわ」ここ寒いし、と笑う顔にまた安堵する。大丈夫。大丈夫だ、こいつは。《アイツ》みたいに、あっさり居なくなっちまったりしねえ。こいつを捨てちまうような事態には、絶対ならないし、しない。「あ、おじさん、起きてる!」開いた扉の向こうから無遠慮な声が響いた。見られるのが気恥かしくて、慌てて握った手を離す。「神父様、おじさんもお姉さんも大丈夫みたいだよ!」「おお、そのようですね。お二人とも無事で何よりです」昨日のガキと神父が俺達を見て笑みを浮かべた。その笑みに他意はないはずだ、多分。「ちゃんと礼を言うんだぞ、ジャギ」傍らから聞こえてきた声にそちらを見る。ピエールが腕を組んだまま壁に寄りかかっていた。「君達を心配して馬車から下りたものの、モンスターだからと警戒された私達を」「二人が『自分達を助けてくれた人だから』って説得してくれたんだ!」「ありがとう、って言わないとだめなのー」「お前らいつから居た?」「倒れた友を放っておくほど、私は外道ではないつもりだよ」成程。つまり昨日からずっとここに居たのか。そんで、見てたのか、さっきのあれ。「相変わらず睦まじいな君達は」「うるせぇ」ごん、と金属音が響いた。 ガキと神父、それに俺達を宿まで運んでくれた奴らに礼を言いながら村を回る。この村は一応グランバニアの領地のようで、『パパス王』や『マーサ王妃』について耳に入ってきた。「魔物にさらわれた王妃を探して王は旅に出た」「王妃は魔界と通じる不思議な力を持っていたらしい」「それが原因でさらわれてしまったそうだ」そんな風に二人について話した奴らは、最後に口を揃えた。不思議そうに俺を見ながら「そういえば、」と。「『似てる』か」吊り橋の上からグランバニアの城を見下ろしながら独りごちた。一泊した翌朝。馬車を一度向こうへ渡して、わざわざ戻ってきてまで城を眺めている。そういう行動をとっちまうくらい、眼下に広がる森の中に建つ城に惹かれている。視線を城から向こうへやれば、そんなに遠くない場所に海が広がっている。いつだったか、潮の香りを『懐かしい』と感じたことがあった気がする。海から吹く風に乗って、森を抜けて、潮の香りはきっとあの城へ届くだろう。未だ遠くにありながら、漠然と感じていた。多分、グランバニアは俺の故郷だ。あそこへ行けば、誰か俺を知ってる奴がいるんだろうか。「そんなとこでボサーっとしてないで、とっとと行くわよー!」橋の向こうからデボラの呼ぶ声がする。「おーう!」応えて渡ろう足を進めようとして。「おぅわっ!?」誰かにぐい、とマントの裾をひかれた。咄嗟に綱に掴まって事なきを得る。「だ、誰だ!?」振り向くと、ババアが一人、しっかとマントの裾を握っていた。「おい、よめっこ倒れさせて自分も倒れたバカモノ」「あぁっ?!」見ず知らずのババアにいきなり喧嘩売られる覚えはねえぞ。多分。「ムダに山道歩きまわっからそんなことになるんだ」「うっ」山道のババアに道を教えてもらったもんの結局よくわかんなくなって、あちこち迷っちまった俺の耳に痛い。「これ、持ってけや」ババアが押し付けてきたもんは、どうやら方位磁石らしい。ああ、そういやここで作られる方位磁石は山道で役立つとかなんとか聞いたな。「くれるっつーんならもらうけどよ……」「それ、すっごく珍しくて普通の人なら一年は待たないと手に入らないんだからね!」ひょっこりと顔を見せたのは、既に見慣れた顔のガキだ。「ヨメっこさ、大切にしろよ」言われなくても、俺なりに目いっぱい、大切にしてるつもりだ。ただ、誰かを大切にするってことに慣れてなくてどうもまだ手が及ばない部分もあるが。「ジャーギー! 早くしなさーい!!」とりあえず、機嫌が悪くなる前にあいつのとこに行かねえとな。「話は最後まで聞かねえか」「おわっ」またぐい、とマントをひかれた。「孫を助けてくれた礼だ。下まで案内してやるでな」「そりゃありがてえが」……この方位磁石、どこで使えばいいんだよ。 「ここらの山道は、そりゃあ面倒な道での」洞窟の中は不思議と明るい。「魔物に襲われる旅人が後を絶えずに、そりゃあ困っておったんじゃが」ババアが壁に煌々と光る松明を示す。「マーサ様がお作りになった、この聖なる松明のおかげでの、 これに照らされた場所に悪いモンスターどもは近づけんのじゃ」マーサ。パパス王の妻。グランバニアの王妃。「へぇー」デボラが青白い炎に物珍しげに視線を送る。そういやあ、ガキの頃に潜りこんだレヌール城で使ったのも、確かこんな色の炎を出す妙な松明だったか。どっかの王妃からもらったって、あの幽霊が言ってたな。ババアの言う通りなら、あれはグランバニアのもんだったんだろう。「そんで十年程前になるか。今までの危険な道じゃのうて、こっちの道が掘られたんじゃ」「あ、ぼく知ってるよ!」一緒についてきたガキが胸を張る。「王様と王子様が戻って来るときのために、なんとかって人が、 今の王様にお願いして、この道を作ったんだよね!」「そうじゃ。あっちの道は一旦降りてからまた登らねばならんかったでのう」それに比べれば、今通ってる道は距離こそ長いが下るだけでよさそうだ。馬車が通るだけの大きさもあるし、具合の悪いデボラを連れてる俺には助かる。「なんでも子連れではさぞかし大変だから、と頼み込んでのう」「……でも、まだ帰ってこないんだよね、王様も王子様も」「案外、ひょっこり戻ってくるかもしれないわよ」「そうかなあ」首を傾げたガキの頭を、デボラが優しく撫でる。その視線がなんだか優しい気もする。気味が悪い。「ちょっとジャギ、今なんか失礼なこと考えなかった?」「いーや、別に」「そんだけ仲が良いなら、何で気付かないかねえ」ババアがふと立ち止まり、俺達を見て呆れたような声を上げる。「こいつの具合が悪いってことにかよ。……まあ、そりゃ悪かったと」「そっちじゃのうて……」「あー! ねえおばあさん、こんな立派な道だもの、なんか名前とかないのかしら?」きぃん、と耳に響く。わざわざ大声を上げてまで聞くことか?「名前? あるさね。王様の名前をとって『パパス山道』というんじゃ」「……そうか」王様と王子が戻るために作られた道。そこを、到底自分を王子だとは思えない俺が行く。立派な王様だったという『親父』を失った、情けない俺が行く。随分と皮肉な話に思えた。────────────────────────Q.またババアか。A.またババアだ。ババア使いやすいよババア。でも次回からはオッサンのターン。あと妊婦に崖を飛び降りさせるなんてとんでもねえ!何度プレイしてもハラハラするので山道改変しました。※感想の指摘で名前ミス&トリップミスに気がついて修正しました。 見なかったことにしてくれると嬉しいです。※