第三話:Charity is not for OTHERS(but for yourself) (情けは人のためならず:しかし、あなたのためになる)おおネズミと戦った後は、特にモンスターにも襲われずに、ぼくたちはビアンカの住むアルカパの町にたどり着いた。父さんは、ダンカンさんのお見舞いに忙しいので、ぼくは新しく来たこの町をちょっと散歩してみることにした。「さあ、行きましょう! ジャギが道に迷わないように案内してあげる」ビアンカがぼくの後ろに一緒についてきてくれた。宿屋の中をあちこち見て回る。ここによく泊まってたらしいんだけど、正直、あんまり覚えてないんだよね。見晴らしのいい部屋を見せてもらったり、ブドウ棚を見せてもらったり、詩人のお兄さんから、幽霊のお城の話を聞かせてもらったり、宿屋の中だけであれこれ忙しくって目が回りそう。「あっ、ジャギ。もしかして今の話怖かったりした?」「こ、怖くなんかないよ。ぼくは父さんの息子だもん」怖くなんてないやい。……ちょっとだけしか。宿屋から出て、サンタローズに比べたら、ずっと賑やかな町の中を、ビアンカに色々と案内してもらいながら歩く。村のとは違う立派な教会や、たくさんのお店。酒場に入ろうとしたらビアンカに怒られちゃった。《アイツ》の家は酒場だったから、つい懐かしい雰囲気を感じて、ちょっと入って見たかっただけなのにな。……《アイツ》? ぼく今、誰のこと、考えたんだろ。「あ! ちょっと何してるのよ!」立ち止まったぼくの後ろから、ビアンカが突然声を上げて駆け出した。揺れる金色の髪。走る女の子。揺れる金色の髪。揺れる。揺れる。世界が、揺れる。ぼくの目は、いつの間にかアルカパじゃない場所を見ていた。その頃、空はまだ青くて、大地は涸れていなくってそれでも渇いてた道を、《アイツ》と一緒に。「こら! ちょっとやめなさいよ!!」遠ざかっていた意識は、ビアンカの叫び声で、こちらに引き戻された。慌ててて声のする方へ駆け寄れば、そこに男の子が二人居る。ぼくと、そんなに変わらないくらいかなあ。「ネコさんをいじめるのはやめなさいよ!」「なんだよー、お前には関係ないだろー」「ネコさんがかわいそうじゃない!」「変な声で鳴くから面白いんだよー」確かに、男の子達の前にはネコが一匹居る。ちょっと変わった毛色と毛並みの、ネコ……ネコ?あれ、ネコかなあ。なんかちょっと違う気がするんだけど。鳴き声は、確かに変わっている。鳴き声っていうか、うなり声?なんとなく、ネコじゃないような気がするんだけど、この世界にはあんなネコも居るのかもしれない。「じゃあさ、お前たちがお城のお化けを退治してきたら、 コイツを苛めるのをやめてやるよ」「お化け退治? わ、分かったわ! その代わり、 退治してきたら、絶対にネコちゃんをいじめるのをやめるのよ!」ビアンカが、威勢よく返事をした。ん? 今、お前たち、って。「こうなったら、お化け退治をするしかないわね、 ジャギも、手伝ってくれるでしょう?」「え、えっと、ぼくは」「私がついてるから大丈夫! ねっ、一緒に行きましょう!」両手をしっかと握ってそう宣言されたら、何だか、逆らえない。ううん……父さんにバレたら、怒られちゃいそうだなあ。あ、でも、モンスターをやっつけられるんだし、お化けだって、案外簡単にやっつけられちゃう……かも?その夜から、ぼくたちはお化け退治に取り掛かった。でも、目的のお城までは随分遠くって、モンスターもたくさん出る。とてもじゃないけど、今のぼくたちの力じゃたどり着けそうになかった。だから、結局何日か経ってしまうことになったんだ。「ねえ、ビアンカ」「何?」お化け退治を志して五度目の夜。ぼくは意を決して問いかけた。「今の内に、あの、ネコをさらってきたらどうかな。 そうしたら、もういじめられないんじゃない」「何言ってるのよ、ジャギ。一度約束したことなんだから、 それを破るなんてダメに決まってるわ」いい考えだと思ったんだけどなあ、と俯いてため息をこぼす。父さんも風邪をひいて寝込んでるし、本当ならお化け退治なんかいかないで、付きっ切りで看病してたいんだけど、うつるといけないから、寝る時以外は外に居なさいって追い出されちゃってるんだ。こうやって、お化け退治のために少しずつ体を鍛えたり、お金を貯めたりするくらいしか暇つぶしがないのも事実なんだけどさ。「それより、ジャギ、そろそろお金溜まったんじゃない」「あ、そうだ、そうだった!」ビアンカに言われて、ぼくはパッと顔を上げた。目標は、武器のお店だ。この間から欲しかったものが、ついに買える。「おじさん、ブーメランください!」「はいはい、それじゃあ坊や、どうぞ」「……ッ!」嬉しさの余り、感極まって言葉も出ないぼくに、ビアンカが冷たい眼差しを向けてる気がするけど、気にしない。ひのきの棒よりもずっと強力で、たくさんの相手を攻撃出来る、ブーメラン。正直、これが欲しくてモンスターをやっつけていたようなものだ。「これで、もっとずっと楽に旅が出来るから、 今日こそ、お化けを退治しようね!」「ジャギったら、そうこなくっちゃ!」ぼくの言葉で、ようやくビアンカも納得してくれたらしい。意気揚々と、ぼくたちは村をこっそり出て行った。目標は、ここから北、森と山に囲まれたお城、レヌール城だ。お城では、雨も降らないのに雷が鳴っていて、不気味だった。ビアンカもやっぱり怖いらしい。正面の扉からは入れなかったから、後ろに回って、階段を昇って、中に入って。そこで、事件は起きた。「あ……、あ……」棺桶の中から現れたガイコツお化けに、ビアンカが、連れ去られた。さっきまで、一緒に居たはずの、ビアンカは、ぼくの目の前が真っ暗になった瞬間に、居なくなってしまった。どうして、何で、何で何で何で何で何で!!全身から、嫌な汗が噴き出して体温を奪っていく。ずきりずきりと頭の左側が、今までに無いくらい痛くなって、呻きながら顔を覆う。痛みに耐えようと目を閉じているはずなのに、何処かの光景が見える。古びた長い長い石段。その中に、誰かが倒れている。《金の髪をした誰か》が倒れている。「やだ、やだ、やだああああああああ!!」ぼくの悲鳴が、古いお城の中に響き渡った。「やだ、……アン……、やだ、やだ、どこ、ビアンカっ、どこぉおおおお!!」階段を駆け下りて、廊下を駆け抜けて、ぼくはビアンカを探した。間に合わないなんてこと、ないよね、まだ、間に合うんだよね、誰か答えて、誰か、誰か誰か誰か誰かダレカダレカダレカ。体をぶつけるような憩いで開いた扉の先には、お墓が二つ、並んでいた。頭が痛い、めまいがする、まさか、間に合わなかった、なんて、ことは。その内の一つが、ガタガタと揺れている音が聞こえた。。「うーん……」聞こえてきた声。ぼくは、もつれる足でそっちに駆け寄って、墓石を動かす。「ああ苦しかった! ジャギったら、今まで何してたのよ?」眉を吊り上げて、ビアンカが姿を現した。ちょっと埃とか土はついてるけど、傷はなさそうだ。「……アン……、ビアンカ、よかった、無事、で、よかっ、たぁ……」ぺたり、と座り込んで、ぼくはぼろぼろと涙を流した。男の子がそんなに簡単に泣いちゃいけないんだろうけど、だって、凄く怖くて、凄くほっとしたのだ。間に合った、『今度』は間に合った。……『今度』? 前にも、こんなこと、あった、んだっけ?誰かが、さらわれて、間に合わなかったことが?間に合わない、って、そもそも、何に?ぼくなんでさっきまで、あんなに怖かったんだっけ?分からない。思い出せない。思い出したくない。「ほら、いつまでも泣いてないで、早くお化け退治に行くわよ。 まったく、男の子のくせに、泣き虫なのねジャギは」「な、泣き虫っていうなぁ」ごしごしと目元をこすって、ぼくはビアンカの手をしっかりと握る。「え?」ビアンカがびっくりしてるけど知るもんか。こうやって、手を握っておけば、もう離れないで済むんだ。とりあえず、こんな目に遭わせてくれやがったこの城のお化けとやらには、痛い目見てもらうしかねえ! ……あれ、今なんかぼく、ちょっと変だった?進んだ先に居る幽霊の王妃様の話だと、どうやらビアンカをさらったのは、悪い魔界の幽霊らしい。幽霊にも区別があるんだなあ。王様や王妃様のお願いを聞く、というよりも、ぼくはただ、ぼくを嫌な気分にさせたお化けが許せなくって、ガイコツ蛇とか動くロウソクとかを、次から次にやっつけて、ついでにもらえるものはもらっておこうと、銀色のティーセットを揃えて、ここを取り仕切るお化けをやっつけた。「たっ、助けてくれー! この城からは出て行くからー!」許さない、という前に、そいつはあっという間に姿を消した。殴り足りなかったんだけど、居なくなったものは仕方ない。「……本当にありがとう、勇敢な子供達。 あなたたちのおかげで、ゆっくり眠れそうです」「さあ、行こうか、お前」「はい、あなた。……さようなら、あなたたちのことは忘れません」旅立っていった王様と王妃様を見て、ビアンカも嬉しそうだった。目の前に落ちてきた宝石を、はい、とぼくに渡す。「いいことをすると気持ちがいいわね。ジャギも、そう思わない?」「……よく、わかんない」だって、ぼくは、ぼくに嫌なことをした奴らを、やっつけただけだもん。別に、誰かのために、やったわけじゃない。「気持ちがいいのよ。きれいな宝石ももらえたし、 これでネコちゃんも助けられるしね!」ビアンカが、本当に楽しそうな笑顔で言うものだから、そういうものなのかな、ってなんとなく思える気がした。でも、心の何処かで、そんなことない、って思ってしまうのは、《ジャギ》がそんなこと、しなかったからなのかな。そう思って、ぼくは首を横に振った。誰かのために何かをしたことがない、なんて、それじゃあ、とてもワガママな人か、とても悪い人じゃないか。《父さん》に愛されてた《ジャギ》が、そんな風に育つわけないもの。父さん、か。……ぼくが、頑張ったら、父さんは、喜んでくれるんだろうな。誰かのために頑張ったら、父さんがぼくを褒めてくれる。だったら、誰かのために、頑張ってみるのも、いいのかもしれない。そう考えながら、ぼくは町に戻った。その夜のうちにお化けを退治したってウワサは広まって、次の日の朝、元気になった父さんがぼくを褒めてくれた。「しかし、お前はまだ子供。あまり無理をするなよ」「えー。でも、頑張ったら父さん、褒めてくれるじゃないか!」「……すっかり英雄気取りだな。まあ、それもよかろう」「フニャー、ゴロゴロ」上機嫌なぼくは、ビアンカからもらったあのネコと一緒に、父さんの後を歩き出した。ビアンカの家ではネコが飼えないから、ぼくたちと行くことになったんだ。名前は、ビアンカが一生懸命考えてくれた、『ゲレゲレ』だ。……うん、一生懸命考えてくれたんだってば。「それにしても、ゲレゲレか……変わった名前だな」「父さん、それは言わないであげて」ぼくだって、言いたいのを必死にこらえたんだから。サンタローズに帰ってから、父さんは何処からか届いた手紙と、本棚の本と、ずっとにらめっこしている。調べものをしてるらしいから、お手伝いしてあげたいんだけど、ぼくは、まだ文字があんまり読めないから出来ない。「つまんないなあ」ゲレゲレと一緒に、村の中をブラブラしていると、この村には珍しい旅人がやってきた、という話題で持ち切りだった。どんな人なのかよく分からないし、なんだかすれ違ってばっかりで会えない。教会のシスターなら何か知ってるかも、って思って話に行ってみた。「顔はよく見えないけど、素敵な人よ」うーん、顔がよく見えないってどういうことだろう。そもそも、顔がよく見えないのに素敵、って、シスターそれはどうなの。どうも、このシスターはかっこいい人に弱いみたいなんだよなあ。「あっ」教会から出たぼくは、この村では見かけない人を見つけた。あの人が、噂になってる旅人なのかな。変わった格好をした人だった。紫のマントに白い服に木の杖っていう旅人らしい格好なのに、頭には、何故か鉄で出来た仮面を被っているんだ。……これを見て素敵、って言えるシスター、凄い。ぼくがそんな風にちょっぴり彼女への評価を高めていると、その人が、ぼくに話しかけてきた。「あー、坊主、ちょっといいか?」「え、あ、な、なに?」「テメエが、レヌール城のお化けを退治したんだってな」「う、うん」「テメエみたいなガキが居たら、親父さんもさぞ鼻高々に違いねえ」「! ねえ、本当? 本当にそう思う?」「おう、思う思う。いやあ、いい親父さんだ」なんだ、この人変な格好はしてるけど、いい人じゃないか。ぼくのことを、父さんのことを、褒めてくれるなんて。「そういやあ、その時に妙な宝石を拾ったらしいが、 それを、ちぃと見せてくんねえか?」「うん、いいよ、おじさんになら見せてあげる」ぼくは、袋の中からきれいな宝石、ゴールドオーブを取り出して手渡した。「ねっ、凄く綺麗な宝石でしょ?」「ああ。……ほら、ありがとうよ」おじさんはその宝石を撫でたりさすったりした後で、すぐに返してくれた。それからすぐに、歩き出そうとして、足を止めた。「……なあ、坊主」「なあに?」「……親父さん、大切にしてやれよ」声は、何だか寂しそうだった。このおじさんのお父さんは、もう居ないんだな、って何となく伝わって、悲しくなる。「うん」「それと、な。どんなツライことがあっても、負けんじゃねえぞ。 人生ってのは、後悔してもしきれねえことが、たくさんある。 でもな、後悔してばっかじゃ、先へは進めねえ。 もし、そんな事態にぶち当たったら、 テメエは一人じゃねえってことを、忘れんな」鉄仮面越しに見えるおじさんの目は、凄く悲しくて、凄く優しくて、凄く懐かしくて、凄く、見覚えがある気がした。「おじさん、ぼく、何処かでおじさんと会ったことがある?」「……気のせいだろ。じゃあな、坊主」おじさんはそう言って、村の出口へと足を向ける。「おじさん、ぼく、絶対に負けないよ!」そう返事をすると、おじさんの背中がびくりと震えた。しばらく、小さく震えてたけど、首を横に振って、また歩き出した。そうだ、負けるもんか。どんな辛いことがあったって、ぼくは、父さんの息子なんだ。父さんと一緒だから、大丈夫なんだ。