第二話:CONSTANT Dropping wears Aways A stone. (雨だれ石を穿つ)サンタローズについたぼくたちを、村の人は喜んで出迎えてくれた。こっちが覚えてないのに、向こうが覚えてるっていうのは、なんだかムズムズする。でも、嫌な気分じゃない。ぼくたちの家に向かうと、おじさんが一人、ぼくらを待っていた。「ジャギぼっちゃんもこんなに大きくなられて……」そう言って喜ぶおじさんの名前は、サンチョ、っていうらしい。父さんとは違う意味で穏やかな雰囲気のサンチョのことは、何となく覚えているような気がしないでもない。「そうそう、お客様が来ているんですよ」サンチョに先導されて家に入る。なんだか、懐かしい匂いがした。ああ、ぼくはここに住んでたんだなあ。そういえば、お客様って誰だろう?辺りを見渡せば、テーブルに二つの人影が見えた。元気そうなおばさんと、金の髪をした、女の子。「……《アン……》?」ぼくの口から、自然と漏れていた名前。「あら、覚えてたのねジャギ。そうよ、『ビアンカ』よ」その子は、椅子から降りるとニコニコ笑いながらぼくに手を差し延べてきた。「あ、ああ、うん。『ビアンカ』、ビアンカ、ね」本当は、頭に浮かんだのは別の名前だったんだけど、その名前が何だったのか思い出せないから、ぼくは彼女に話を合わせた。「おじさまたちのお話はつまんないから、上でご本でも読みましょう。わたし、あなたより二つ年上なんだから、もう文字が分かるのよ」そう言って胸を張るビアンカだったけど、いざ手に取った本が難しかったらしくて、眉をしかめながら、たどたどしく読んでいる。意味が繋がらないのは、難しい部分を跳ばしながら呼んでるからかなあ。ぼくも、そろそろ文字を教えてもらわなくっちゃ。この世界が、《ジャギ》の居た世界と全然違うのかどうか、知りたいしね。多分、全然違う世界だとは思う。《ジャギ》の世界には、『スライム』とかのモンスターは居なかったもの。なんか、化け物みたいに強い人とか大きな馬とかは、居た気がするけど。……黒くて、大きい、あの馬に、乗ってたのは、誰、だったかなあ?また、ズキズキと頭が痛み出す。いつもみたいに、左側だけが。「あら? どうしたの、どこか痛いの? おじさまを呼んで……」「呼ば、ないで、いいよ。ちょっと、疲れちゃっただけ、だから」頭を押さえて、フラフラとベッドに向かう。きっと、長旅の疲れってやつが出たんだ。そうだ、そうに決まってる。「そう?」ビアンカは、素直にぼくの言うことを信じてくれたみたいだった。下から、ビアンカのお母さんが彼女を呼ぶ声がする。「あ、ママが呼んでる。パパのおクスリを取りにきたんだけど、ちょっと時間がかかりそうだから、何日かは宿屋に居ると思うわ。ジャギが元気になったら、また遊んであげる」そう言い残して、彼女が軽やかに階段を降りていくのを、遠くに聞いていた。痛い、頭が痛い、胸が痛い。なんで、どうして。《ジャギ》は、街の子と話が合わなくて、友達なんか居なかったはず。《金の髪をした女の子》なんて知らないはず。《黒くて大きな馬に乗った人》なんてちっとも覚えてない。「なんで、こんなに、痛いんだよう……」布団を被ったまま、ぼくはギュッと目を閉じていた。早く痛みが去るように、早く忘れてしまえるように。そうやってると、しばらくして父さんが上がってきたのが分かる。「おや、ジャギはもう眠ってしまったようだな」ベッドの端に腰かけた父さんの手が、布団の上からぼくを撫でる。布団越しに伝わる温かさと優しさに、スッと痛みが遠のく。やっぱり、父さんの手は、すごい。「……こんな小さな子に、私は苦労をかけてばかりだ……」「旦那様……、大丈夫ですよ。ぼっちゃんは、旦那さまに似てお強くていらっしゃいますから」サンチョの言葉に、うんうんと心の中でうなずいた。今さら起き上がるのも恥ずかしくって、ぼくは頭の中でこっそり呟く。大丈夫だよ、父さん。ぼくは平気。だって、父さんの子だもの。このくらいで、弱音なんか吐かないよ。だから、……だから、なん、だっけ……。ダメだ、眠くなっちゃって、考え、られ、ない……。夢も見ずにぐっすりと眠った次の日の朝。朝ごはんを食べた後、父さんはどこかへ出かけていった。留守番してなさいって言われたけど、置いてかれるのが嫌で、こっそり後を付けて行ったんだけど。「坊や。坊やはいいこじゃから、お父さんの邪魔をしてはいかんぞ」おじいさんに、そう言って止められてしまった。邪魔をするつもりなんてないのに、と口を尖らせ、禿げ上がった頭に向かって、こっそりアカンベーをしてやった。父さんに隠しごとされるのは、やっぱりあんまり好きじゃないなあ。でも、隠しごとを無理に聞いて父さんを困らせるのもいやだし、だったら、自分で何とか探ってみるしかないよね。父さんが入った洞窟には、川を挟んで反対側にも入り口がある。ぼくは、そっちの方から入ってみることにした。洞窟、と言っても宝石を採るために彫られた場所だから、人に踏み馴らされてて、足元のデコボコはそんなになくて歩きやすい。それでも、スライムとかサボテンこぞうとかセミもぐらとか、モンスターは出てくるから油断出来ない。一日目は、下り階段まで辿り着いた辺りでクタクタになってしまって、フラフラしながら家に帰って、ベッドに潜り込んだ。次の日も、父さんが出かけたのを見てから、洞窟の入り口に足を向けて。「おっと、その前に」くるりと方向転換をして、ぼくは武器を売ってるお店へ向かう。モンスターを倒すと、お金が貰える。そのお金で装備を整えれば、もっと楽に戦うことが出来る。敵に勝つためには、どんな手段だってとらなきゃならない。相手はモンスターなんだから、卑怯だなんだと言われるわけでもないし。……とは言っても、スライムの群れにすら苦戦するぼくには、あまり手持ちがなかったわけで。「……またきます、多分」武器の値段を教えてもらったあと、ぼくはひのきの棒を手にして再度洞窟へ向かう。ぼくにはまだ、高すぎた。ホイミも覚えたし、昨日よりは長く戦えるだろう。やっぱり、武器に頼らずに地道に力を上げていく方が、良いんだ。多分。そうやって自分を納得させながら、歩いていたら、行き止まりに差し掛かった。「あ、宝箱みっけた」開くと、中から出てきたのは今使ってるのよりも頑丈そうな皮の盾だ。洞窟の中の宝物なんかは、基本的に見つけた人のものになるのは、この世界の常識である。食べたら力が上がった気がする種とか、皮の帽子なんかをタンスや壷からもらっていっても誰も文句は言わない。でも泥棒は捕まるらしい。何でだろう?「さて、と。今日はここまでかなあ」もう少し探検したかったけど、魔力切れを起こしそうなので、やめた。スライムなんかも、割りと簡単にやっつけられるようになってきたし、明日にはもっと深く潜れるかも。父さん、どこに居るのかなあ。きっと、ぼくが奥まで行ったら、ここまで一人で来たのかって、びっくりするんだろうな。楽しみだなあ、父さんの驚く顔。そのためにも、もっと強くなんなくっちゃ。さらに、その次の日。「ヒャッハー!!」スライムやドラキーなんかじゃ、ぼくを止められないぞー!こんなに上機嫌なのにも、ちゃんと理由がある。敵を一撃で撲殺……もとい、倒せるようになったからだ。お金は貯めておくにこしたことはないだろうし、ぼくは出来るだけ体力を温存しつつ、どんどんと先へ進む。途中に看板があったけど、あいにくと読めなかったので無視無視。そうこうする内に、ぼくはとんでもないものを見つけてしまった。「……えーっと……」岩の下敷きになった、おじさんがいた。最初は心配したけど、息をしている……というか、いびきをかいて思いっきり眠っていた。なんというか、のんきな人だなあ。あ、そういえば薬屋さんが戻って来ないってビアンカが言ってたっけ。ひょっとして、このおじさんがそうなのかな。とりあえず声をかけてみようっと。「あのー、大丈夫、ですか?」「ぐーぐー……」腹が立ったので、ひのきの棒で軽く頭を叩く。岩の下敷きになっても平気な人だから、多分大丈夫だよね。「はっ! いかんいかん、動けなくなったから眠っていた! あともう少しで岩が動きそうなんだ、坊や、ちょっと押してみてくれないか」「わかったー」おじさんの上にあった岩に体重をかけると、どうにか動いた。その拍子に、ぽろりと転げ落ちた欠片を拾いあげる。なんかピカピカしてて綺麗だな、持って帰って宝物にしちゃえ。「やれやれ助かったよ坊や。後でお礼をするから、店に来ておくれね」体の土をパンパンと払うと、おじさんはあっという間に居なくなってしまった。……今更だけど、父さんはこっちに来なかったみたいだ。だって、父さんが来てたら、あのおじさんもっと早くに助かってたものね。「ということは、やっぱり、あそこかなあ……」洞窟に入ってすぐ、川沿いに遡ると中州らしき場所がある。そこにも、降りる階段があるんだけど、結構深いし、ぼくは泳げないしで、行けそうにない。階段を降りていけば、何処かであっちと同じ場所に出ると思ったんだけど、どうやら見当違いだったみたいで、がっかりだ。「でも、特訓にはなったから、いい、かな?」力が強くなったから、少しは戦いで父さんの役に立てるようになったかもしれない。そう考えると、ぼくは嬉しくなる。ああ、この力を父さんに見せてあげたい。でも、そうなると後を着けてたのがバレちゃうし、第一、父さんの用事を邪魔することになっちゃうなあ。うーん、見てもらいたいけど、迷惑はかけたくない。どうしたらいいんだろう?悩みながらも、とりあえず家に戻って、眠ることにした。それにしたって、疲れちゃった。ほとんど歩くだけだった今までの旅でも十分疲れたけど、戦いながらだとその比にならないくらい疲れる。父さんは凄い。ぼくの分も戦いながら、ちっとも疲れてなかったんだもの。いつかは、ぼくも誰かを守りながら、旅を出来るようになるかな。そう思いながら眠ったら、夢を見た。父さんと同じくらいに大きくなったぼくが、小さな子供達と、綺麗な女の人と一緒に旅をしている夢。とても楽しい夢だったけど、そこに、父さんが居ないことが、何だか、とても悲しかったんだ。次の日の朝。ぼくが眠い目をこすって降りていくと、父さんが出かける準備をしていた。「おお、起きたかジャギ。薬が手に入ったので、おかみさんとビアンカは 今日帰ってしまうらしい。しかし、女二人では何かと危ない。 二人をアルカパまで送っていこうと思うのだが、お前もついてくるか?」「あ、う、うん!」「わっはっは、どうやらまだまだビアンカと一緒に居たいらしいな」くしゃくしゃと頭を撫でられながら、えへへ、と笑う。父さんと一緒に冒険に出かけられる。それは、ぼくが成長したってのを、父さんに見せられるってことだ!薬屋さんに寄って、お礼にって手織りのケープをもらって、神様にきちんとお祈りしてから、ぼくは父さん達と一緒に村を出た。そして、少し歩くと。目の前にモンスターの群れが現れる。「下がっていてください」父さんが、おばさんとビアンカを後ろへ下げたのを確認してから、ぼくはモンスターの前に躍り出た。今まで見たことない大きなネズミだけど、多分、どうにかなるはずだ。「ええい!」勢いよく振りかぶって、ネズミに突進する。引っかかれて、ちょっとだけ傷が出来たけど痛くは無い。「やあ!」ごん、と棒を振り下ろすと、いつもより手ごたえがあった。うん今までの中で一番上手く攻撃出来た感じ。会心の一撃、ってやつかな。ネズミは、あっという間に倒れてしまった。「ほお……ジャギ、お前随分とたくましくなったものだな」「えへへ、父さんの子供だからね!」ニコニコと笑うぼくの頭を、父さんが撫でてくれる。「だが、無理をしてはいかんぞ」父さんが、擦り傷にホイミをかけてくれる。嬉しいけど、ちょっと過保護じゃないかな?「このくらい平気だよ、父さんったら」でも、その過保護さすら、ぼくを愛してくれている証拠のようで、どうしようもないくらい嬉しいんだ。ニコニコと笑顔のまま歩くぼくの目の前には、いつの間にやら、目的地のアルカパの村が近づいていた。