第十五話:Sweet after bitter. (苦あれば楽あり)「うげえ……」目の前で煙を上げる山を見上げて、肩を落とした。『死の火山』って名前だから、文字通り死火山かと思ってたが、どうやら活火山らしい。いつ噴火するのか解んねえようなとこに、婿候補をやるなんざ、あのジジイ、実は娘を結婚させたくねえんじゃねえのか?一応、入口と思しき場所にはぽっかりと大穴が開いているのだが、ここに突っ込んで行くような無謀な奴はそう多くはないらしい。互いに監視し合うようにして、目配せをしている奴らが入口にたむろしている。体中に火傷を負った奴らが運び出されるたびに、駆け寄っていくのは、あわよくば、『炎のリング』をせしめたいから、だろう。「あーそうか、その手があるんだよな」ぽん、と俺は両手を打った。「その手ってー?」「炎のリングを持って出てきた奴を闇討ちしてだな」「ジャギ」スラリンに対して、意気揚々と語りかけていた俺に、冷たい声がかけられる。「あ?」振り向けば、ピエールが不満そうだった。というか、怒ってる?「君がどんな人生を送ってきたのか知らないが、そんな山賊や、 夜盗のような所業を、君の父上が許すと思うのかね」「大丈夫だって、きっと天空の武具のためなら許してくれる!」ぐっ、と親指を立てた俺の頭に、鞘に入ったままのメタルキングの剣がぶち当てられた。かぁーん、という衝撃と共に、鉄仮面が揺れて、頭にぐわんぐわん響く。「ぐぉおおお、うるせえええ、いてえええ」地面に転がって悶える俺を、ピエールは未だ怒りも露わに睨んでいる。多分。多分、がつくのはこいつの本体がどっちで、視線がどちらから向けられているか、未だに解らないからだ。本当どうなってんだスライムナイト。「ピエールったらー、きっとジャギも冗談で言ったんだってばー」いや、ちょっと本気だったぞ、スラリン。「……ならいいが、今度からはもう少し考えて発言したまえ」ピエールも俺がやや本気だったのは解っているようだが、これ以上話しても無駄だと理解したのか、剣を背中に背負い直す。こいつは、ナイトを種族名に冠してるのは伊達じゃないらしく、いわゆる『騎士道精神』って奴に溢れている。人として間違ってる行動には、文句を言わずにはおれないらしい。まず騎士道の根本にある忠誠心、という点においてもう少し俺を尊重してもいいもんだと思うんだが、と前にそう言ったら、ダメな主に苦言を呈するのも忠臣の務めだ、と実にあっさりとした答えが返ってきた。「おーいてえ……」仮面の上から頭をさすって意味があるのかは解らないが、慣れで、ついついその動作を行う。「じゃ、冗談はこのくらいにして、とっとと行くか。 水の量もまだ大丈夫そうだしな」馬車の中には、途中の川で汲んだ水が樽に二つ程積んである。火山ってのは相当暑いらしいからな、水分補給は欠かせない。ピエールがまだ何か物言いたげにしていたので、視線をそちらに向ける。また小言かと思ってんだが、出てきたのは予想外の言葉だった。「……相変わらず好きなんだな、水」「好き嫌いの問題じゃねえだろ」好きか嫌いかで言やあ、下手な茶とかよりは余程好きだけどな、水。今この瞬間程、俺は仮面を被っていたことを後悔することはないだろう。後にも先にも、《俺》だった時代さえ、含めて。「熱ィ……」気温だったら、『暑い』というべきなのだろうが、そんなレベルじゃねえ。あちらこちらで、ぐらぐらと溶岩が煮えたぎる洞窟の中の温度は、最早気温と呼ぶのもおこがましい何か、と形容したい。「火山ってこんなに熱ぃもんだったのかよ……」仮面の下では、だらだらと汗が噴き出ている。なまじ湿度があるからか、生温くなって肌にまとわりついて気持ち悪い。「せめて、前の部分を開けたらどうだ」「誰かに顔見られたらどうすんだよ」「大抵の人間は、ここへ来るまでに離脱している。 私たちの目しかないのだ。気にすることもあるまい」それもそうだな、と鉄仮面の前の部分を上げてみた。むわっとした空気は、仮面を上げる前も後もさして変わらないが、熱が籠らない分、少しだけ楽な気がする。帰りは、リレミトとルーラで戻らねえと、干からびちまいそうだ。大目に水を持ってきておいてよかったぜ。温くなっても飲めないわけじゃねえしな。「っつーか、テメエらは熱くねえのかよ」俺より平然としてるように見えて、ついじと目で睨む。「暑いさ。ただ、人間よりは温度の上下に耐えられるのでね」淡々と答えるピエールに、つい舌打ちする。ここら辺が、モンスターと人間の差か。「なんでこんな所に炎のリングなんてあるんだろうね?」スラリンが、そんなことを尋ねてきた。確かに、ちょっと妙だな、とは思う。あの話しぶりだと、ジジイが隠したんじゃねえだろうし、じゃあ一体誰がそんなもんを隠したのか、っつー話だ。長いこと変わってないとはいえ、今でも使える金貨や、敵の魔法を封じる杖なんかがここに置かれていた宝箱にはご丁寧に入ってた。ありゃあ多分、宝を探して入って来た奴らへの、目くらましだろう。普通はこんだけの宝が見つかったら、もっと奥になんて進もうとも思わねえ。そんだけのもんを、目くらましに使わなきゃいけない理由があるはずだ。「炎のリングは、ただ、珍しいだけじゃねえってことか?」可能なら、盾だけじゃなくて、リングも盗んで逃げよう、と一人で算段を立てていると、ゲレゲレが唸った。「お、どうした?」「がるる」二つの分かれ道の先、片方を鼻先で示す。「どうやら、あちらから水の匂いがするそうだ」「そうか……、よし、んじゃそこでちょっと休憩するぞ。 パトリシアも、しんどそうだしな」よしよしと白い毛並みを撫でてやる。どんだけモンスターと出会おうが暴れねえし、どんなキツい場所だろうが付いてくるこいつは、中々根性のある奴だ。それでも、焼けた岩の上を歩くのは少々辛かったらしい。そういや聞いた話だと、パトリシアってのはその昔、勇者と共に世界を股にかけた馬車馬の名前らしい。賢く勇敢な馬になるように、あやかって名前をつける奴は少なくないんだとか。「ぷはー、水うめえー」ゲレゲレの鼻に感謝、だな。火山の中だっつーのに、この場所はやけにひんやりとしていて、今まで火照っていた体が随分と落ち着く。泉の水は新鮮で、温泉になるでもなく不思議と冷たい。「やはり、炎のリングには何か秘密があるようだな」「あ?」辺りを調べていたピエールが、納得したように呟いた。「この場所は、聖なる魔法で守られている。 邪悪なものが入ってこないように。こんな場所を作った、ということは、 正しい心を持った者が、炎のリングを手に入れられるよう細工してある、 ということではないかな」顎に手をあてて、うむうむ、と頷いているのを軽く聞き流す。本当に邪悪なものが入って来られねえんだったら、俺も弾かれてるだろ。テキトーにそれっぽいこと言ってるだけだな、きっと。ああそれにしたって冷たい水が美味い。ここに仕掛けをした奴がいるのかいないのか、なんてのはどうだっていい。俺は炎のリングを手に入れるし、あとどっかにある水のリングも手に入れて、天空の盾を手に入れるチャンスを作るだけだ。「そろそろ行こうと思うが、お前ら大丈夫か」「うん、大丈夫!」手桶の中で、全身を水に浸していたスラリンが、ぶるりと身震いして水滴を飛ばす。スライムは、水を飲むよりもこうやった方が水分を効率的に摂取できるんだそうだ。「がう」「ひひーん」水面を舐めていたゲレゲレも、任せておけ、とばかりに一声あげる。それに続いて、パトリシアも嘶いた。「私の方も問題ない」「うっし、じゃあ行くぞ」丁度十杯目のコップの水を飲み干して、立ち上がる。階段を登れば、またむわりとした熱気が襲ってきたが、休憩を終えた直後なので、先程よりは楽に感じられる。分かれ道のもう片方。その先にも下り階段があった。多分この先にあるな、という予感は的中した。降りた先は、左右を溶岩に囲まれた一本道で、道の向こう側でキラキラと何かが輝いている。足を速めて向かったそこには、身の丈程もある岩。その中央に、小さな指輪が輝きを放っている。オレンジ色の宝石の中で、同じ色の炎がメラメラと燃えている。「これが、炎のリングか……」すげえ、と思わず息を飲んだ。《俺》だった頃は、美術品にはさして興味もなかったから、こういった目利きは対して出来ねえねだが、これが凄いってのは解る。恐る恐る手を伸ばして、手にした瞬間、だった。ぶわり、と嫌な気配が体中を包み込む。咄嗟に袋に放り込んでから、剣を構えた。ごぼごぼと湧きあがる溶岩の一部が、あからさまな敵意を持って、俺たちに襲いかかってきた。「くっ、溶岩原人か」ピエールも剣を抜いて構える。囲まれちまって、逃げられねえ。戦うしかないみてえだな。「お前ら、こないだ買ってやった盾を離すなよ!」指示を与えながら、俺も腰に手をやって盾を構える。炎のダメージを減らす魔法のかかった盾だ。多分、あるに越したことはねえだろう。「ぬおおお」一声不気味な咆哮をあげて、溶岩は三体の魔物になる。その口にあたる部分から吐き出された炎は、盾の魔力で緩和される。買っておいてよかった。ゴールドカードがあってよかった。「がうっ」「ゲレゲレ!」しまった、ゲレゲレはあの盾がねえから、もろにくらっちまうのか。毛皮に炎が燃え移ったのを、慌てて地面になすりつけて消している。「スラリンはスクルトかけろ! 利きそうならルカナンもだ!」「解った!」「私が前に出るから、ジャギは援護を頼む! 幸い炎には強い!」「うし、一体一体、ぶちのめすぞ!」体力は回復しているとはいえ、熱気は確実に体力を消耗させる。こっちは、あんまり長丁場では戦えそうにねえ。即座にぶちのめしちまわねえと、やばい。ピエールが、手近な一体に切りかかったのを見て、俺もそいつに切りかかる。相手の数が多いなら、まずは数が減らすことを考えなきゃならねえ。あーめんどくせえ。《北斗神拳》なら、大抵の奴はすぐに弾き飛ばせたんだが。そう考えた途端、ずきり、と頭が痛む。バランスを崩しかけて、踏みとどまった。くそっ。あんまり昔のこと考えると、頭が痛え。戦いの邪魔だ。ぶんぶんと被りを振って、溶岩原人共を見据えた。集中しろ、俺。こいつらを、ぶちのめすことに。今までの戦闘の経験が生きたのか、思ったよりも早く、溶岩原人共は倒せた。スラリンが全身に負った火傷をベホイミで回復させ、俺はリレミトを唱える。地上に出ると、他の候補共が俺を見ている。「なあ、君、そのリングを……」「ルーラ」どこぞの貴族のボンボンらしい奴が声をかけてくるのなんざ、無視してルーラを唱える。今サラボナへ行っても、似たような奴が宿に押し掛けてきて、おちおち休めもしないような気がしたので、行き先は別の町にした。「っと、ここは……」一瞬でたどり着いたそこは、アルカパだった。何処でもいいと思って来たのが、ここ、か。「がう」ゲレゲレは、微かに見覚えのある場所に来て嬉しそうだった。期待するように、こっちを見て来る頭を撫でる。「悪いな。ビアンカは、こっから別の場所に行っちまってんだよ「がう……」残念そうな声を上げていたが、ふと何かの匂いをかぎ取って視線を動かした。見つめる先は、入ってすぐの池に浮かぶ小島だ。そこで立ち話をしている男たちを、じっと見ている。ああ、そういやあ、と思った俺はふっと思いついて耳元で囁いた。「ゲレゲレ。こっそり近づいて、怪我しない程度にじゃれついてやれ」「……がう」にやり、とゲレゲレが笑ったような気がした。『殺し屋(キラー)』と名の付く通り、キラーパンサーは足音を抑えて、獲物に近付くことが得意なモンスターだから、その程度わけない。射程距離にそいつらを捉えて、飛びかかった。「ぐおおおおお!」「うわっ?!」「ひゃああああ!」ご丁寧に唸り声まで上げて飛びかかれば、男たちは腰を抜かしてへたりこんだ。「う、わ、うわわ、キラーパンサーだー!」「助けてー、食われるー!」ビビりきったそいつらの足元で、ゲレゲレは愉快そうにごろごろと喉を鳴らしている。「あーいやー、悪い悪い。そいつ、人懐っこくてなー」俺は、そしらぬフリでそいつらへと近づく。「ひ、人懐っこ、い?」「な、なんだ、そうなのか、あはは」俺の言葉に、ようやくゲレゲレが危害を加えるつもりは無い、と悟ったのか、男たちは声を上げて生温く笑った。「ま、こんなサイズでも人懐っこいから、言うなれば。 ……『おかしな声で鳴く子猫』みてえなもんだ」「あはは、は?」「は?」ふっと笑い声を止めて、男たちは互いに顔を見合わせ、それから、改めてゲレゲレを見やった。「ふぎゃーお」とびっきりの歯を剥いた笑顔で、ゲレゲレが子猫時代のように一鳴きする。「ひえええええ! あの時のおお!」「ごごご、ごめんなさあああい!」男たちは、脱兎のごとく走り去っていった。「すっきりしたか、ゲレゲレ」「がう!」「そーか、そりゃよかった」わしわしと頭を撫でてやると、何事かと見守っていた村人たちも、どうやら人懐っこいキラーパンサーに、さっきの奴らが驚いただけだ、と察したらしい。「……何をやってるんだ、君達は」「いじめられた仕返しと、夜中にお化け退治にいかされた仕返しだよなー?」「がーう!」ゲレゲレと合わせてニコニコ笑ってやれば、ピエールがこめかみを押さえる。だが、こいつが人間に苛められていたのは知っていたらしい。それ以上、特に何かを言っては来ない。「じゃ、宿へ行こうぜ。ここの宿が素晴らしい場所だってのは、俺が保証してやる」持ち主は変わったが、十年前からずっと、ここの宿が一番好きだ。不意に、傍らを金の髪の女のガキと、黒髪のガキが走り抜けたような気がして、振り向く。だが、錯覚だったらしく、何処にもない。……やっぱ、ここの宿は、ちぃとばかし、思い入れが強すぎるかもな。この間、昔の知り合い、つってもちょっと話をしたくらいの相手と、十年ぶりに再開したばっかりで、ついつい昔のことを考えちまう。ビアンカ、今頃何処で、何、やってんだろうなあ。────────────────────────────────作者のどうでもいい呟き「だよなー?」「がーう!」のところは、北斗無双のジャギ幻闘編での、「「ねー?」」の部分みたいな感じで想像してください。