第十二話:Genius is only one remove from insanity. (天才と馬鹿は紙一重)「うわっ、めんどくせえ」ルラフェンの町を見た瞬間、俺はつい呟いていた。見ただけで入り組んでいるのが分かる町並みだ。そこらに居た町の奴に話を聞けば、敵の襲撃に備えてのことらしい。確かに人間相手なら、被害は減りそうだが、モンスターの中には空が飛べる奴らも居るんだから無駄じゃなかろうか。「けほけほ」「あ? どうした、ピエール」モンスターも咳き込んだりするんだな。「この町、少々煙たくてな」「そういやあ……ああ、原因はあれか」明らかに異様な色をした煙を出す家が一軒。町の奴らは誰か止めねえのかよ。睨みつけてる俺の視線に気づいたのか、町の奴がため息をついた。「いやあー俺達も困ってるんだ。ったく、ベネット爺さんときたら、 古代の呪文を研究してるらしいんだが、煙たくって困る」どうやら、言っても聞かないタイプらしい。しかし、古代の呪文か。興味はあるな、その内に行ってみっか。宿を取って、街中を見て回る。確かに、攻め込むのは容易じゃなさそうだが、この位の段差なら余裕で飛び降りられると思う。んー、正直、この迷路みたいな町の作り、本当に意味あんのか?作った奴の趣味じゃないのか? と思わざるを得ねえ。町の一番高いとこに出る。中々気持ちの良い眺めだな。テーブルで茶を飲んでくつろいでるおっさんとババアの話が聞こえてくる。「何でも、ラインハットで大層豪華な結婚式があったらしいよ」「へえー、そうかい。そんなに派手な結婚式だったのかい?」「ああ、何でも王兄のヘンリー様だそうだ」「はッ?!」今、何て言った? ヘンリーが結婚した、だぁ?おいおい、俺とアイツが別れてから、えーっと、一月ちょっとくらいだぞ。その間にとっとと結婚決めちまうとか……無駄な行動力はありやがんな、あいつ。「機会があればお祝いを言いに行かないとな」「えーもーメンドクセエからいいだろ」「……お前の友達だろうに」ピエールが肩をすくめる。友達、か。……そう言っていいもんだろうか。生憎、《俺》だった頃に、友人と呼べた存在は、《アイツ》と《ボス》以外にゃ、ほとんど居なかった。ま、協力者というか共犯者なら一人心当たりがあるけどよ。「そうか、友達、なんだな」気がついたら、口元が少しだけ緩んでいた。って、いけねえ。こんな顔をピエールに見られたら、ニヤニヤされる。慌てて、いつもの仏頂面に戻して町の探索を続けた。広いし迷いやすいしで、街中を歩くだけであっという間に日が暮れる。「うー、ここめんどくさいよー」歩くのを放棄したスラリンが、俺の頭にぴょんと飛び乗る。「重いから降りろ」むんずと掴んで、地面に下ろす。口を尖らせたが、知るか。「そういやさー、なんでジャギっていっつも顔に布巻いてんの?」おい、何でそこで俺の聞かれたくねえとこに突っ込んでくるんだよ。「……テメエらにはわかんねえだろうが、俺の顔は、 とても他人に見せられるようなもんじゃねえんだよ」「おや、兄さん顔を隠したいのかい?」耳聡く聞きつけた、防具屋の店員が俺に声をかけてくる。商人って奴は、商売のタネだけは逃さねえもんらしいな。「だったら、コイツを買いなよ」そう言って男が取り出したものに、目を見開いた。それは、白いフェイスガードのついた兜だった。全体は緑で、頭部についた房が青く揺れている。「……いいな、幾らだ」わざわざ布を巻きなおさずとも済みそうだし、ついでに首筋を狙われることも避けられそうだ。買ってもいいだろう。「3500ゴールドになります」……払えねえ額じゃねえな。こないだの村でもらった分が、まだ余ってる。それに、俺には『コレ』がある。「じゃあ、ソレを、『コレ』で」指に挟んで、金色に輝くカードを見せ付ける。「そ、それはゴールドカード! 分かりました、定価の二割り引きですから、 2800ゴールドになります」金と交換で、店主から鉄仮面を受け取る。頭と顔に巻いていた布を外して、被る。狭い視界だが、こんなもん慣れっこだ。《俺》が被ってたヘルメットと、そんなに変わらねえ。むしろ、ちょっと落ち着くくらいだぜ。買い物もしたし、宿に戻るか。ん、あ、いやまだだ。この町で一番気になる場所に行ってねえ。そこに行ってからでも良いだろ。帰りは迷わねえはずだ、多分。「ここだな」煙を上げている家のドアを、俺は乱暴に開ける。「傍から見たらどう見ても強盗か何かだな」うるせえモンスターは黙ってろ。家の中は、確かに妙な匂いがプンプンしてきやがった。ゲレゲレなんざ、中に入るのも嫌がって、ドアの外で待機してる。「ん~? なんじゃ、お前さんは?」この格好を見てビビらねえとか、ジジイ只者じゃねえな。「お前さんも、煙たいとか文句を言いに来たのか?」「あー、違え違え。俺は、爺さんが研究してるって呪文について聞きに」来たんだ、という前にジジイは目を爛々と輝かせ始めた。「そうか! このワシの研究について知りたいとな! もし研究が成功すれば、古代の呪文が一つ復活するのじゃ!」それにしてもこのジジイ、ノリノリである。「それは知った場所なら何処へでも飛んで行ける呪文なのじゃ」「ほお、そいつは便利な呪文だな」「それがあれば、ラインハットへも戻れますね」そういや、定期船はまたしばらく出ねえんだったな。覚えられたら、ラインハットへ行ってやんのも悪くねえか。「どうじゃ? この研究を手伝ってみたいとは思わぬか?」「って、完成してねえのかよ」「仕方ないじゃろ。わしには、強い男が必要だったんじゃ。 助手として、わしの手伝いをしてくれる、な」にやり、とジジイが笑った。まさか拒まないだろう、という顔。くっそ、こっちが呪文を必要としてることを理解してやがんな。「あーはいはい、で何すりゃいいんだよ」「うむ、そうか手伝ってくれるか」手伝わざるを得ない状況だろうが。したたかなジジイだぜ。ジジイについて二階に上がると、そこで地図を示された。こっからさらに西へ向かった辺りに生えてる草を持ってくりゃいいらしい。と、簡単に言うが、途中の川には橋がかかっておらず、わざわざ上流まで回り道してかなきゃならんそうだ。「では、わしは寝て待つからの。しっかり頼んだぞい」ジジイは、とっとと布団に潜り込んだ。「夜になるとその草はぼんやり光るそうじゃぞ、むにゃむにゃ」「……なんつー身勝手なジジイだ」「身勝手さなら、君もそう変わらんだろ」一言多いピエールの頭をどついておく。「少なくとも俺は、自分で出来そうなことを他人に任せねえよ」例えば、勇者探し、だとかな。道中の勝手に動く木人形だの、化けキノコだのは、俺達の進路の妨げにはならねえ。親父の剣は、俺の手にしっくりと馴染んで体の一部みてえだ。なんだか、それが嬉しくて、ついつい握る手に力が籠っちまう。「さーてと、目的地はこの辺りだったな」「確か、夜になると光るってあのお爺さん言ってたよね!」「だな。しばらく待つか」丁度いい具合に、時間は夕暮れ時。もうちょい待てば夜だ。空は既に暗く染まりつつある。見上げた空には既に一番星が輝いている。「……ねえ、か……」そこに、《俺》が見覚えがある星は、一切無い。具体的にいうと、《北斗七星》と《輔星》が。やっぱり、ここは《俺》の居た世界とは、違うんだよな。分かってたことなのに、何でだか知らんが、ちょっと寂しい。ホームシックになるような場所じゃあ、ねえはずなのにな、あの世界は。「ジャギー、見て見てー! 綺麗だよー」「ん? ……おお」スラリンの声に視線を下ろせば、確かに草むらが光っていた。どうやら、ルラムーン草の群生地に当たったらしい。「とりあえず、何本が持っていくか」根っこから、ぶちりと引き出して袋に突っ込む。何故か、ピエールが不満そうな顔をしている。「君には、もう少し情緒というものはないのかね」「すげえなーとは思ったさ。けど、そうそう立ち止まってもらんねえだろ」じゃ、とっとと戻るぞ、と俺は袋の中から一枚の羽を取り出した。最後に立ち寄った町に使い手を運ぶという、『キメラの翼』だ。「もう少し見てたかったのにー」「ガル」スラリンとゲレゲレが文句言ってっけど、知ったこっちゃねー。ぶん、と放り投げながら見上げた空の星の、輝きだけは、あっちと変わらねえんだな、……ってのは、俺らしくなさすぎるか。そう思った瞬間には、もう町に着いてる。相変わらず、この辺りの論理はさっぱり分からねえが、そうなるもんはそうなるんだ、と割り切るに限る。ジジイの家に入って、寝てたとこを叩き起こしてルラムーン草を渡した。「これがルラムーン草か! よし、早速実験再開じゃ!」俺の手から、それを引っつかむと、ジジイとは思えねえ脚力で、勢い良く階段を駆け下りていく。「で、その呪文はどうやったら完成すんだ?」追って下に下りて聞いてみる。「ええい! 話しかけるでない! 心配するな、わしは天才じゃ!」……自称天才にロクな奴はいねえんだが、大丈夫か。《俺》の知り合いのことを思い出して、ちょっと頭が痛くなる。「よーし 今じゃ! ここでルラムーン草を!」ジジイは、勢いよく変な煙を出す鍋の中にルラムーン草を投げ込んだ。……素人目にも分かるくらい、何か妙なんだが。鍋の中身が一気に燃え上がり、火の粉のようなものが溢れ出す。煙も、さっきまでより明らかに多い。やっぱり、俺は人に手を貸すのなんて向いてねえんだ、と悟った瞬間に、鍋の中身が、盛大に爆発した。吹き飛ばされて、俺達は壁に叩きつけられる。「うえっ、おほっ、げほっ」鉄仮面の中に煙が籠ってキツい。慌てて、仮面部分を外して、ぜえぜえと荒く息をした。ジジイは、こっちを見て、驚いたような顔をした。そんで、立ち上がって鍋を見ながら、首を傾げている。「んー、間違ったかな?」「間違ったかな、じゃねえよ! 人を殺す気かこのクソジジイ!」いきり立って襲いかかりそうになったが、ピエール達に羽交い絞めにされた。「ま、天才の研究には犠牲がつきものじゃよ。 と、それはともかく。わしの考えでは、今のでルーラ、という 古代の呪文が甦るはずじゃ」このジジイ、マジで人の話聞いてねえ。「試しに、お前さんが行きたい場所を想像して、ルーラ、と唱えて見るがよい。 ああ、一緒に行く相手を想像すれば、そいつらも連れてけるからのう」「誰がテメエのことなんか信じるかぁあああ!」「お、落ち着け、ジャギ! 試してみてからでも遅くないだろう!」ピエールが、がちゃがちゃと鎧を揺らしながら必死に抑えている。「ちっ、仕方ねえなあ、言って見ればいいんだろ」頭の中に思い浮かべるのは、行き先。とりあえず、ラインハットでいいだろ。一緒に行く相手……ピエールとスラリンとゲレゲレと……パトリシアもだな。「『ルーラ』」唱えた瞬間、俺達の周りを魔力が覆ったのが何となく分かった。そのまま、一気に体が宙に浮かび上がって行く。おお、何だこれ、すげえ。ジジイやるじゃねえか。「おお! おお! やった! やったぞ! やっぱり、わしは天才じゃあああああ!!」ジジイの声を足元に聞きながら、俺達の体は猛スピードで海を越えて、見覚えのある城の前へと、着地した。「……驚いたな……」「わっ! 本当だ、ラインハットの匂いがする!」「ガル」モンスター共も、驚いて辺りを見回している。俺は、ラインハットへと足を踏み入れた。『友達』に、結婚祝いを述べるために。……何か、《俺》からしたら、考えられねえよな。でも悪くは無いか、と鉄仮面の下で、微笑んだ。あ、これ外さねえと、城に入れてもらえねえな。やっぱり、まだ買わなくも良かったか? でも、この視界の狭さが、落ち着く。理由は、《俺》の頃と、似たような視界だからだろう。俺は、『俺』として生きてるけど、まだ、《俺》に引きずられてる。そればかりは、どうしようもない事実だった。