第十話:He thinks that roasted larks will fall into his mouth. (棚から牡丹餅) 俺達は、船に揺られている。鼻をくすぐる潮風が心地いい。やっぱ、海の匂いは好きだ。何処か懐かしく感じられるのは、親父との旅を思いだすからだろうか。あるいはひょっとしたら、まだ見ぬ故郷は海に近いから、かもしれねな。 懐かしい港から出たこの船は、そろそろ西の大陸にある港町に着く頃だ。その先は、見たことも聞いたこともない場所で、多分、俺の本当の旅はそこから始まるんだろう。「伝説の勇者、か」 担いだ袋の中に入ってる『天空の剣』と同じ、勇者が使ったっつー武具。それを集めて行く内に、勇者の手がかりが得られるか、勇者本人と会える。そう思う俺の心は晴れない。空を海を見つめながら、ため息をついた。「何で、俺じゃねえんだろうなあ……」 呟きは、波間に飲まれて消える。自分の大切なもん取り戻すのに、他人の力を借りなきゃなんねえ。それが、酷く、辛い。俺の手で仇を討って、俺の手で、『母さん』を取り戻したい。「何を考えているんだ、ジャギ?」「ピエールか。別に、何でもねえよ」 声をかけてきたソイツをちらりと見やって、俺はまた視線を海原へと戻すモンスター連れの旅は、奇異の目でこそ見られるが、攻撃されるようなことはない。この世界の奴らは、なんだかんだでまだ平和ボケしてるらしいな。「なら良いが。……そういえば、ジャギの旅の目的は、勇者探しと、 父上の仇討ちだったな?」「あァ、まァな」 コイツの喋り方は、微妙に上から目線な気がして気にいらねえ。俺より年上なのは確かだけど、腹が立つ。「何、先程あまりに辛そうな顔をしていたからな」「何でもねえ、って」 あっちいけ、とばかりにシッシッと掌を動かすが、ピエールは動かない。俺の隣で、船壁に寄りかかったまま、語りかけてくる。「そうか? 私には、自分が勇者じゃないから、とスネてるように見えたぞ」「スネて……、んなんじゃねえよ」 それじゃあ、俺があんまりガキみてえだろ。……いや、実際、まだガキか。『俺』はまだ十六だ。あと、二、三年は、親のトコで暮らしてたっていい年頃だ。我ながら、とんでもねえ人生だな。「ジャギ、君が勇者でないことを気に病むことはないさ。 ……相手の居場所も分からぬ仇討ち、というのは 一人で歩むには、酷く困難な道のりだからね」「あ? 俺にゃあ出来ねえってのかよ!」 言い聞かせるような物言いに、かっとなって反論した。ピエールは、騎士の部分の首を横に振って、また穏やかに語りかけてくる。くそっ、こいつ長く生きてるだけはあんのか、どうも人に物を言うことが得意な気がすんぜ……。「一人では、と言っただろう。私もスラリンも居る。 そして、勇者もきっと、君の力になってくる。 君の力なら、どう使おうと、君の勝手だ」 モンスター流の、少々荒っぽい考えだがね、と苦笑を含めた声でピエールは締めた。その言葉は、不思議とストン、と俺の心に入ってくる。あぁ、そうか。俺は決めたじゃないか。勝つためなら、どんな手段も使う、って。勇者も、その手段の一つでしかない、そう思えばいいのか、と。 まだ納得できないけど、そう考えると随分気は楽になった。《勝てばいい。それが、全てだ》船は、もうすぐ港に入ろうとしていた。 ポートセルミ、という名前らしい港に降り立つ。町には、海水を使った水路が張り巡らされ、町が海の上にあるみてえだ。とりあえず、しばらくはこの町を中心に情報収集だな。まずは、とりあえず宿を取るか。店の看板は世界中で同じだから、分かりやすくて助かるぜ。「広ェ……」 外から見ても随分デカい建物だったが、中もそれ相応だった。入った正面にはステージがある。店内に貼られたチラシを見る限りじゃ、夜になるとここで踊り子が踊るみてえだな。宿泊施設はどうやら二階らしい。もうざわざわと騒がしいな、早くチェックインしねえと、部屋が無くなるかもしれねえ。「おい、まだ部屋空いてるか?」 受付に座っていた女に声をかけると、丁度ラスト一室だったという。ふう、危ねえ危ねえ。金を払いながら、幾らか世間話をしてみる。どうも、ここから別の町までは、どちらも歩きなら数日かかるらしい。特に、南にあるカボチという村は早馬を飛ばして丸一日もかかる上に、何もないど田舎で、知り合いでもいない限り訪れる必要はないらしい。ってことは、そっちへは行かねえでいいか。まさか、そんなど田舎に勇者が引っ込んでるわきゃねえだろうし。とりあえず、日暮れまでは町を見て回ることにするか。ん、そういやあピエールとスラリンはどうすっかな。「で、お前らはどうする?」「ボクも行くよー、人間の町見るのって好きなんだ」「私も行こう。一人でも退屈だ」 こいつらと居ると悪目立ちすんだが、いいか。どうせ、顔を半分覆った男って時点で、人の目は引き付けるんだ、今更、モンスターの一体や二体、どうってこともねえだろ。「うっし、じゃあ行くか。まずは防具屋だな、あと道具屋」「武器屋はー?」「テメエらの得物よりいいモンはねえだろ」 何しろ、コイン5万枚だ。ゴールドに換算すりゃ、250万。それより良い武器は、多分無いだろうな。宿を出て歩き出す。「しかし、君の分も買えばよかったのに」「それにゃコインが足りなかっただろ」 潮風のする町の中を歩きながら、ピエールが問いかける。良いんだよ俺は、あんまり剣使うのも得意じゃねえし、本当、つくづく《拳》が使えりゃあな、と思っちまう。しかし、モンスター相手に効くんだろうか、あの《拳》は。チラリとスラリンに目をやってみる。……効きそうにねえな。というか、コイツなんか普通に殴っただけで弾け飛びそうだぞ。「ジャギ、なんか今すげえ怖いこと考えてない?」「気のせい気のせい」ピョンピョンと跳ねて移動しながらこちらを睨むスラリンを、また適当に誤魔化しつつ、道具屋に入る。商品を眺めてみると、ラインハット辺りに比べると、値段が高いようだった。その分、効果も良さそうなものばっかりだ。とりあえず、この魔法の盾一個あるだけで、大分楽そうだな。「おいおっさん、とりあえずこれと、あと薬草を三つ包んでくれ」「承知しました。ああ、お客様、これをどうぞ」 店のおっさんが差し出したのは、何だかよく分からない一枚の紙きれだ。俺が首を傾げていると、おっさんが勝手に説明し出した。「この町の宿屋の地下には、『福引所』というのがありましてね。 そこで福引を行うための券なんですよ。特等のゴールカードを当てれば、 普通の店での買い物が、なんと二割り引き!」 勢いよく二本指を立てて熱弁するおっさん。ま、やってみるのも悪くなさそうだな。世紀末とは違って、金はあるに越したこたぁねえし、二割引きでも大分得だ。俺はおっさんからもらった紙を、指で受け取って、その場を後にした。宿に戻ると、受付のすぐ横に下りる階段があった。下では、ババアが一人、ちょこんと座っている。「いらっしゃい。福引をやりに来たのかね」「ああ。……で、福引ってどうやんだ」「そのガラポンの取っ手を持って、何度か回すだけさ」 単純な上に、これじゃあ運以外の要素が入り込まねえ、ってわけか。じっと見てると、ババアが何を勘違いしてきたのか、笑いかけてきた。「ほっほっほ。安心しなされ、ちゃんと当たりは入っておるでな」「疑ってたんじゃねえよ別に」 その可能性も考えてなかったわけじゃねえけどな。とりあえず、やってみるか。取っ手を持って、回してみる。思ったよりもずっしりと重みがある。がらり、がらり、と音を立てて回る中から、からん、と軽い音がして、白い玉が金属製の受け皿の上へ飛び出た。「五等は福引券だね、もう一度やれるよ」「ああ」 ……ちょっと楽しい。もう一度、出て来い、出て来い、と念じて、回す。ちかり、と目にランプの光が反射した。あ、と思う間もない。受け皿に飛び出したのは、金色の玉だった。「……おや驚いた」 ババアは、傍らにあった何かのスイッチを押す。けたたましいファンファーレが、福引所中に響き渡った。うるせえ。けど、こんな音が鳴る、ってことは。「おめでとう。特等のゴールドカードだよ」 ババアの手から渡された、金メッキをされたカード。それには確かに、『ゴールドカード』と記されている。「ヒャッハー!」 それを片手に持って、思わずガッツポーズ。二割り引きだ二割り引き。しかも、二度しか回してねえのに特等なんて、ツイてんじゃねえか?俺がそれを見つめてニヤニヤと笑っていると、横でピエールが呟く。「こんなに運がいいと……、なんだか嫌な予感がするな」「んなわけねえ、って。よし、そういや防具屋見てなかったからな、 これ持って、早速見に行こうぜ!」 勢いよく階段を駆け上がる。後ろで、ピエールが肩をすくめたようだったが、気にするか。階段を上がると、何やら向こうの方が騒がしい。今は構ってる暇はねえ。そう思って、俺は騒ぎを無視しようとした。「ひぃいい、そこのアンタぁあああ、助けて欲しいだああ!」「……あ?」 随分と田舎くせえ格好をした奴が、俺に声をかけてきた。ったく、何なんだ、折角人の機嫌がいいときに。「今忙しいんだ、他の奴に頼……」「おうおう兄ちゃん、その金とっとと渡せよ」 明らかにガラの悪い奴らだ。何処にでもこういう奴らは居るもんだな。面倒ごとに巻き込まれたか、と俺は男を睨みつける。「私の言った通りのようだな」 遅れて階段を上がってきたピエールが、そう呟いた。ああもう、めんどくせえけど、あちらさんはやる気満々みてえだし、仕方ねえ。とっととノして、買い物に行くか。「いやあ、助かっただぁ、兄さん、強ぇだなあ」 ガラの悪い奴らをとっととぶちのめした俺に、男は声をかけてきた。「あー、終わったんならいいだろ。離せ」「いいや、頼みてえことがあるだ!」 面倒だな、こいつもノしちまうかと思わないでもないが、ゴールドカードを入れて気分がいい。話だけでも聞いてやろう。「実は、オラの住む村に、最近バケモノが出て、畑を荒らしてるだよ! このままじゃ、オラたち飢え死にしちまうだ!」「人を襲ってるわけじゃねえんだから、いいじゃねえか」 畑が作れるような場所があんなら、最低でも水はあるんだろ。人間、やろうと思えば水が飲めりゃ、後はその辺の葉っぱ食って生き延びられるぞ。世紀末と違って、まともに植物が育つ世界なんだから、畑荒らされたくらいで飢える、なんざ贅沢言いやがって。「でも、いつ人を襲うか分からなくて、オラ達の村では、 金を集めてバケモノ退治を依頼することにしただよ!」 じゃらり、と音を立てて、俺の手にボロ袋が乗せられる。中身は、金貨だ。「これで半分の千五百ゴールド、バケモノを退治してくれたら、同じだけ出すだ! な、頼むでよ、兄さん! バケモノを退治してくんろ!」 こんだけありゃ、スラリンに道具屋で見た頑丈そうな亀の甲羅買ってやれるな。柔らかいせいか傷が致命傷になりやすいあいつの身の守りが堅いに越したことはねえ。いや待てよ。合計で三千ゴールド買えるのと、ゴールドカード合わせりゃ、あの魔法の盾がもう一個買えるんじゃねえか。「……よし、いいぜ。引き受けてやる。金はちゃんと払うんだろうな」「も、勿論だでよ! オラの村は、こっから南の、カボチ村だ! それじゃあ、オラは一足先に行って待ってるでな!」 男は、あっという間に店を出ていった。……気の早い奴だ。「へー、なんか意外だねー、ジャギが人助けするなんて」「意外ってなんだ意外って。情けは人のためならず、って言葉知らねえのか」「しらなーい」 スライムに知識を求めた俺が馬鹿だった。「だが、とりあえず今夜は休むのだろう?」ピエールが、質問してくる声は、いささか上ずっている。「あ? まあな。どうしたんだ」「……この町の踊り子は可愛いらしいと、さっき街中で聞いてな」 兜で見えない目が、期待で爛々と輝いてるような錯覚。とりあえず、その頭を一発ぶん殴ってやった。……そういや、こいつの本体って、どっちなんだろうな。分かんねえから、とりあえずスライム部分にも、蹴りを入れておいた。────────────────────※作者のどうでもいい話※福引所での出来事は作者の実体験。マジで二回目で金の玉が出た時は己の目を疑いました。