『土くれのフーケ』に宝物庫を襲われてからの翌朝……
俺は他の衛兵から早朝におこされ、宝物庫に行かされる。他には早くおきたメイドに昨日宝物庫を襲われた時にいた3人と、平民の使い魔が呼ばれることになった。
教師たちが好き勝手に言ってわめいている中で、多少はかちんときた言葉があった。
「衛兵は何をしていたんだね?」
「衛兵などあてにならん! 所詮は平民ではないか! それより当直の貴族は誰だったんだね!」
たしかに衛兵がだらけていたのは認めるが、詰所には俺を含めて4人いたし、定時巡回だってしていたんだぞ。当直の教師しかおこせないのにその教師がわからないだなんて、衛兵にどうすれっていうんだ。そう思っている間に、当直の予定だったシュヴルーズが責任追及をされて泣き始めたところにオスマン学院長が現れた。
「これこれ。女性をいじめるものではない」
長い黒髪に、漆黒のマントが冷たい雰囲気をかもしだす若い教師が、オスマン学院長と問答を始めていた。
「さて、この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるかな?」
この一言で、まわりにそろった教師全員がだまってしまった。
オスマン学院長が「責任は全員にある」と締めて「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」とたずねる。
「この4人です。すでに昨晩のうちに報告書が作られていますので目を通してください」
コルベールは俺を含めているようだ。一応メイジだし、報告書を提出しているから人数に入ったのであろう。サイトは単なる平民扱いといったところか?
「ふむ、バッカム君。君は少し離れて見ていたようだな」
俺は「ええ、名前以外はその通りです」と、簡単に答えるがあいかわらず、さきほどのギトーとかいう教師の名前は覚えていないし男の名前は覚えないようだ。そうすると、とぼけたように
「もう少し近くで見ていた者がいるようじゃの。説明したまえ」
と言われてルイズが前に進みでて、俺とは違う視点から話している。
「後には、土しかありませんでした。肩にのってた黒いローブを着たメイジは、影も形もなくなってました」
「ふむ……」
オスマン学院長はヒゲをなでている。
「この報告書とそのミス・ヴァリエールの話からして、後を追おうにも、手がかりはナシというわけか……」
それからオスマン学院長は、気がついたようにコルベールに尋ねている。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたかね?」
それにあわせたかのように、ロングビルが現れた。
「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」
コルベールが興奮したように言うが、ロングビルは落ち着いた様子で、秘書であることを強調するように、オスマン学院長に告げる。
「申し訳ありません。朝から急いで調査をしておりましたの」
「調査?」
「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこのとおり。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査をいたしました」
「仕事が早いの。ミス・ロングビル」
マチルダお嬢様も貴族に仕えるのに、すっかりなれたんだな。コルベールが慌てた感じで話の続きをするように促している。
「で、結果は?」
「はい。フーケの居所がわかりました」
「な、なんですと!」
コルベールが、素っ頓狂な声を上げる。昨晩の感じからしてみて、そんなすぐわかるようなところに居るのだろうか? そういう疑問はあるが黙っている。
「誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」
「はい。近在の農民に聞き及んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのロープの男を見たそうです。おそらく、彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」
ルイズが叫ぶ。
「黒ずくめのロープ? それはフーケです! 間違いありません!」
男だったかな? とも思いつつ俺より近くでみてたのだし、そうなのであろう。それに、廃屋で仮面をつけていたら怪しいよな。
「そこは近いのかね?」
「はい。徒歩で半日。馬で4時間といったところでしょうか?」
「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
このコルベールには、あの使い魔召喚の時に感じた隙の無さが全く感じられないな。俺の勘違いだったんだろうか。それよりも不可思議な点がでてきた。その間にオスマン学院長が首を横に振って、年寄りとは思えない迫力で言う。
「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上……、身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」
そこで俺は本来、平民が貴族の間に口をはさむのは問題なので、代わりに疑問に思ったことを聞くために杖を掲げた。
「何かあるのかね? ミスタ・……」
「バッカスです。お話の最中に失礼ですが、このトリステインでは、夜中に農民が出歩くものなのでしょうか。俺がいたアルビオンでは危険な夜行性の動物や幻獣は少なかったので、それなりに農民は出歩いていることもあるのですが」
「おお、そういえばそうじゃのぉ」
アルビオンといえば、マチルダお嬢様が土のメイジだったよな……まさか、フーケとやらじゃないよな。俺はそっとマチルダお嬢様を、ここでいうロングビルを見る。間違いを感じているのか、冷や汗らしきものを流している。俺はまずいことをしてしまったなと思い、急遽適当なことを聞いてみる。
「もしかすると、その農民はフーケで、フーケというのはアルビオン出身ではないのでしょうか? ただ、なぜわざわざもどってきたのかは分からないのですが」
「そうじゃのぉ。農民がその時間にいるわけがなかろう。盗まれた『破壊の杖』は、誰にもその使い方はわからないのじゃ。それでフーケも使い方がわからなくて、フーケのことを聞いてまわっていたミス・ロングビルに場所を知らせて、使い方を聞こうと待ち構えているのかもしれないの」
「そうすると、ワナがあるということも考えられますね」
「時間がたてば立つほどワナが巧妙になる恐れがある。早速捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」
そんなワナが待ち構えているかもと思えている場所に行くなんて、杖を掲げようなんて者はいないよな。マチルダお嬢様がフーケだと、これも困ったことなんだけどな。俺は貴族じゃないから杖を掲げる必要は無いのだが、マチルダお嬢様がフーケであるなら作戦を考えないといけないかもしれない。
「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」
俺が思わぬところから杖はかかげられた。ルイズがまず掲げたのだ。続いて、キュルケ、タバサと杖を掲げていく。よりによってステファニーに「関わらない方が良い」という者ばかりが杖を掲げている。その中でさらに驚愕する内容が、オスマン学院長から告げられた。
「彼女たちは、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」
俺はその言葉に、タバサの方を見てみるが返事もしないで、一見ぼけっと突っ立っているように見える彼女だが、非常に自然な形で立っていることに気がついた。本来、人間の体勢というのはどこか不自然なところがでてくる。あまりに自然すぎて、不自然さが無いことに今まで気がつかなかった。手合わせしないとわからないが、かなりできるだろう。多分、前世では武道の理想系とされていた自然体に近いのではなかったのかな?
キュルケがゲルマニアの軍人の家系で、炎の魔法も強力と紹介されている。ルイズはルイズの使い魔であるサイトが、グラモン元帥の息子であるギーシュに勝った逸話をしているが、ギーシュってドットだったよな。サイトの実力はメイジ殺しとしてどのあたりなんだろうか。
「この三人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」
オスマン学院長はそういうが誰もでてこない。ワナが待ち構えているかもしれないところに行くような奴は、普通いないよな。この3人の少女は少しおかしいと思うぞ。そして、サイトを含めたルイズとキュルケとタバサに向きなおる。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
ルイズとキュルケとタバサは直立して「杖にかけて」と同時に唱和する。
「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミスタ・バッカス!」
俺は思っていないのに突然呼ばれて、一瞬間をあけてから答える。
「はい。なんでしょうか。オスマン学院長」
「君も一度見ているのだし、ついて行きたまえ」
「元は傭兵ですが、報酬は?」
「傭兵か。成功報酬で支払うとして、衛兵の仕事はやめて傭兵にもどるのか?」
成功報酬? 成功でも失敗でも仮契約である衛兵をやめさせるということか。ここの衛兵の給金は割がいいからな。ここの部屋や食事を考えると衛兵の方がいい。
「……いえ、聞いてみただけです。行かせていただきます」
「ミス・ロングビル!」
「はい。オールド・オスマン」
「彼女たちを手伝ってやってくれ」
「……はい。受けさせていただきます」
ロングビルが頭を下げた顔に、失望を浮かばせているように見える。えーと、多分フーケはロングビルで正解なのかな。そうだとするとマチルダお嬢様をなんとかしないとな。
俺は、馬車を一緒に用意する名目でロングビルと一緒に出むく。その時にまわりに人がいないのを確認しながら
「昨晩、俺の方を見ていましたか?」
と小声で尋ねると、緊張感のある感じで答えてくる。
「いや、見ていないよ」
はっきりと貴族の主従関係であったというあかしである昔の名前で呼ぶか。
「マチルダお嬢様。学院長室で冷や汗をかいていたようですし、アルビオン、土メイジ、片道4時間の上に、偶然フーケに会うというのは無理がありますよ」
そうするとあきらめたかのように、
「だまっていてくれていたのかい。衛兵にメイジは一人しかいなかったわよね」
やはりマチルダお嬢様がフーケか。
「マチルダお嬢様。細かい話は後にするとして、脱出しますか? それとも、この魔法学院に残りたいですか? ご協力いたしますよ」
「考え不足だったわ。当てが外れたので、できれば残りたいわ。あのエロ爺の元で働くのはしゃくにさわるけれど」
「わかりました。なんとか、4時間あればおおざっぱに考えておきます」
ステファニーに言わせたら、こういう行動をこの世界の人間のようだと言うんだろうな。19歳で結婚も間近だった上級貴族の娘が、まともな平民生活をおくれなかったのだろう。しかし、マチルダお嬢様もここの給金なら、一人身みたいだし充分な給金をもらえるはずなんだがな。今は、そんなことよりもいかにして『破壊の杖』を
「いかにもフーケから取り戻しましたよ」
という形を考えなければいけない。
用意した馬車は屋根ナシでいつ襲われても、すぐに飛び出せるようにということで、このような馬車になった。ワナをはっているのなら、多分、途中で襲われる心配は少ないと思われるが、念のための予防措置ということになっている。
馬車の御者は俺が行うことになる。馬はならされているのか、それほど苦もなくいうことをきかせられる。とりあえずは、他のメンバーにわりこまれずに、考えをまとめたかった。
後ろでは何やら話しはあったようだが、気にしないですすむ。
ロングビルからは、細いわき道で止まることを言われた。小道では、襲われたときのために一番前を歩くのは俺で、その後ろにロングビル。最後方はシュヴァリエであるタバサが歩いている。俺はまわりのメンバーに
「相手が土ゴーレムを主体にしてくるなら、まわりが開けている廃屋で狙ってくるだろう」
と伝えてある。俺が考えた作戦を歩きながら話していくと、不機嫌な様子のルイズとは別に、最初は
「それは良いわ」
とキュルケが陽気に笑っていたが、その話が続くとキュルケは
「なんで私まで」
って不機嫌になっていく。キュルケに好かれると後でこわそうだからこれで良さそうだが、ルイズの不機嫌は大丈夫かな。
薄暗い森の小道を行くと開けた場所が見える。魔法学院の中庭ぐらいの大きさの中に、廃屋があった。相手が使い方を知りたいのなら、誰かを捕まえて人質にするのが一番楽だろう。だから全員で行動するというのが趣旨だ。相手が『ブレッド』などをつかっても、多段で魔法の防御を行えば問題ないとも伝えた。
一応、念のため、土に関してはこの中でラインと称していても、土では一番レベルの高いロングビルが、広範囲に『ディテクト・マジック』をかけながら、廃屋まですすんでいく。廃屋の中もロングビルが『ディテクト・マジック』でワナなどを探していくが、当然のことながらロングビルがフーケなのでワナが無いことは知っている。廃屋の中では、1年生の時に宝物庫見学で『破壊の杖』を見たことがあるという、生徒でもあるルイズとキュルケとタバサに探してもらう。この時は見つけても、声を潜めてもらうことだ。一見、土のトライアングルを称していても風のスクウェアだった場合には、耳のよさが格段に違うと言ってある。うまく中でみつけたようで、タバサが『破壊の杖』を入り口まで持ってきたので、俺は計画通りに進める。
「おーい、フーケ。聞こえていれば、まずは聞け。ここには、トリステイン王国のラ・ヴァリエール公爵家の娘がいる。この国で、それを相手にするとしたらどうなるかわかるだろう!」
ここで一呼吸してからさらに続けて大声を出す。
「さらに、隣の国、帝政ゲルマニアのファン・ツェルプストー家の娘もいる。ラ・ヴァリエール公爵家と対立できる家だ。何かあったらやっかいな相手だぞ!」
特に反応は無いのは当然だが、さらに俺はひどいことを言う
「この『破壊の杖』の使い方を知っているのは誰もいない。もし知っているにしても魔法学院のオールド・オスマンが知っているかもしれないぐらいだ。あいつをなんとかしろ!」
最後のは、この捜索隊に入れられるのに衛兵の契約のことを持ち出された、おもいっきりの私怨だ。過去知られている限り、フーケが故意に殺人をおかしたり、誘拐などはしていないとロングビルとして話が聞けたので、付け足した蛇足でもある。
ふー、少しはすっきりした。
ルイズと、キュルケは自分の力ではなく、家の名前で解決することに少々不満気だが、俺にはこれ以上のことは思いつかなかったし、他からも有効な具体案がでてこなかったので、そのまま通っている。最後は、俺のアドリブだけど。
帰りに俺は意気揚々として帰ったが、ルイズとキュルケ、それにロングビルの反応は微妙だ。
魔法学院に帰って、魔法学院長室でオスマン学院長とコルベールへ六人から報告をした。俺にたいしてのオスマン学院長の視線がちょっとばかり冷たさそうなのは気にしない。
「さてと、君たちはよくぞ『破壊の杖』を取り返してきた」
貴族であるルイズとキュルケとタバサは礼をする。
「『破壊の杖』は、無事に収まった。一見落着じゃ」
オスマン学院長は貴族である3人の頭をなでる。
「君たち3人には精霊勲章の授与を申請しておいた」
「ほんとうですか?」
キュルケが驚いた声でいう。
「ほんとじゃ。あのフーケから無事に『破壊の杖』をとりもどしただけでもそれくらいの価値はある」
「そちらの貴族様たちには、それでよいのでしょうが、わたくしども平民はどのようになるのでしょうか?」
多少、昼間の廃屋で鬱憤をはらしたといっても、まともに傭兵として仕事を請け負ったらけっこうな額になるはずだ。
「君は衛兵だろう?」
やっぱり駄目か。ちょっと悲しい。オスマン学院長はここで、ぽんぽんと手を打って雰囲気を変えたいようだ。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。この通り『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通りとり行う」
キュルケが「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」と言う。
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」
上級貴族の舞踏会なら俺は関係ないなと思いつつも、ロングビルとすぐに接触するのも危険かもと思い部屋に戻ろうと思ったが、今日は正式な給金をもらう日なので、事務所に立ち寄って給金を受け取る。そして詰所の方によったが、今日はすでに働いたから良いだろうということで、今晩の夜勤も無しとなった。
最後にステファニーの部屋によったところで、ドレス姿は可愛らしいが、普段とは違いおさえたような感じの声をかけられる。
「貴方、もしかしてミス・ロングビルと知り合いだったの?」
俺はステファニーの質問に驚きをかくせなかった。
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2010.05.13:初出