虚無の曜日が終わって新しい週の初め、昨日買った服で『アルヴィーズの食堂』の前に居る。洗う服はメイドに直接頼んで、名入れも念のために頼んだ。まあ、あのような傭兵向けの服をもっていきたがる奴も居るとは思えないが。そのメイドによると、この着ている服も洗濯へ出すときに、名入れをしてくれるとのことだった。
しばらく『アルヴィーズの食堂』の前でまってからステファニーの部屋を寄って教室に行く途中にて小声で頼む。
「風系統のトライアングル・スペルがのった本とかが読みたいのだけど、ここの図書館とかで借りられないだろうか」
「あら? トライアングル・スペル? あなたってたしか『ライン』だったわよね?」
「そのはずだったんだけど、昨日の夜魔法を試して見ると、氷の槍が5割ぐらい増えていた。『ライン』でも上の方にいたつもりだけど、もしかすると『トライアングル』になったのかもしれないんだ」
ステファニーがちょっと首をかしげるような動作をしてから
「何か感情的な高まるようなことでもあったの?」
「その線は考えていなかったけれど……覚えは無いね。一番ありそうなのは使い魔召喚で『ウィンド』のルーンが刻まれたから、それのせいかなと思ってさ」
「あなたのルーンの効果はそういうふうに働いたのね。普通は系統が定まっていない動物や幻獣にはそのルーンによって、その方面の能力が高まることがあるのって知らない?」
「知らないけれど、火竜に『ウィンド』のルーンが刻まれて、風竜なみに遠く速く飛べるようなものかい?」
「それであっているわ。人間にルーンが刻まれるってどのようになるか分からなかったから一安心だわ」
一安心? なんだろうか?
「一安心って、何か問題でもおこりそうだったの?」
「いいのよ。問題なさそうだし。それよりもトライアングル・スペル以上を習うのは2年生も後半からだから教科書には一部しかのっていないものね。やっぱり、図書館で借りるのがよさそうだけど、お昼休みに借りてあげるわ」
「ありがとう」
「図書館の本は私が管理しないといけないから、授業中とか夕食後の私の部屋で必要なスペルと効果をノートに写したら良いわ。ノートとペンにインクが普段より必要だわね。インクは授業中、私の横でつかってもらえば良いわね」
部屋ではすでに授業道具を用意してあるのだが、今回は新しいノートとペンを袋に入れたので少しばかり待たされた。
「ちょっとランクが変わったのなら、行ってもらうと思っていたことを変えてみようかしら」
「思っていたこと?」
「そうたいした事じゃないわよ。それよりもどれくらいになったのか教えてね」
「ああ。俺も自身の限界がどこにあるのかわからなかったら、おいおいと実戦にでられないからな」
「そうね。実戦は近いうちに確かにあるかもね」
「えっ?」
「いや、こっちのことよ、あまり気にしないで」
気にしないでと言われても気になるが、女は秘密があるほうが魅力的なのとか言って肝心なところはぼかすからな。まあ、聞いてみるか。
「実戦があるって、トリステイン王国がアルビオン王国から侵攻されるかも知れないってこと?」
「それは、別に生徒が出て行くことじゃないから、気にしなくていいのよ。バッカスは私の使い魔なんだし」
「そうするといつ実戦なんて?」
「そうね。夏休みにでも、お小遣い稼ぎをしてもらおうかなと思ったのよ。衛兵のお仕事はお休みになるはずなのよ。傭兵は二箇月半なんて中途半端な時期は無理だと思うけれど、そうよね?」
「そうだな。二箇月半の契約というのは聞いたことが無いし、戦争になったら抜けられるとは限らないからな。まあ、金を貰うつもりがなければ逃げられるが、信用問題だしな」
「信用問題?」
「まあね。俺は幸い使い魔になったから、あとで入っても大丈夫だろうが、そうでなければ職場放棄とみなされるから、次から傭兵仲間に見放されるからな」
「ふーん。それならやはり、亜人や幻獣退治あたりだったらそういうのを請け負うところがあったと思うから、実戦の勘をたもっておけないかしら?」
「まあ、それぐらいなら、行わないよりは多分マシだろう。特にアルビオンに戻る気も無いし、トリステインに居続けるのなら、トリステインの動植物や幻獣を見るのには手ごろかもしれないな」
そこで話は終えたがなんとなく腑に落ちない。何か煙にまかれた気がするが、納得することにするか。
教室につくといつもの席とは反対にすわることにした。いつもは、ステファニーの左側にすわっていたのだが、今日からは風系統のスペルを写すのにインクを借りるためだ。
しばらくするとルイズはきたが、サイトはこない。関わるなとは言われているが、気にかかるものは仕方が無い。そういえば、サイトのことを、ステファニーと話題の中心にしたことが、なかったことを思い出した。なんかうまく別な話題になっていくんだよな。やっぱり、避けるべき相手なのかな。
昼食も終わり、授業開始前にステファニーから風のトライアングル・スペルが載っている本をよこしてもらったのだが、思ったよりも薄い本だった。
「純粋な風系統だけだと、この本だけみたい。あとは他の系統とあわせた系統の本の方が厚いから、そちらの方が色々とあるかもね」
言われて見ればその通りだ。単純に一つの系統よりは、複数の系統を足していった方が魔法のバリエーションは増える。覚えている魔法の数が多いのが必ずしも良いとは限らないが、自分に合う系統を探すのは、実際につかってみないといけない。正式にはいわれていないが、風で多いのは『エア・カッター』の刃系で、他には『ウインド・ブレイク』の塊系に『ストーム』の渦系に『氷の矢』のような氷系で、最後にトライアングル以上の雷を伴う『ライトニング』系。その他にも例えば『遠目』はきちんと区別することができない系列もある。
使い魔は今週いっぱいぐらい授業の場に参加していればよいだけなので、俺は授業の中身も気にせずに、本の中身を写していく。ルーンを書くのはしばらくぶりだったので面倒だったが、普段つかうハルケギニア語はそれほど面倒でもなく書ける。思ったよりは進みが遅いので、今晩ステファニーの部屋で書かせてもらうにしても書き上げるのは今晩ぎりぎりぐらいかな。明日の昼休みに借りてもらえばよいのだから、明日の午前中でも写していれば良いのか。
そんな最中にサイトが多少の包帯をして来ていたが、どうも床に座らされているようだ。俺は俺のやるべき本の写しを続けている。
授業後には、まず学院長室に向かう。マチルダお嬢様こと、ミス・ロングビルから1週間分の給金、とはいっても使い魔召喚の翌日から開始したのと、虚無の曜日は働いていないので2日分の給金をもらう。最初の3ヶ月のうち正式な月初めの1回の給金日以外は、学院長室でもらうことになっている。その後は傭兵の詰所にくると早速聞かれた。
「例の店で服を買ってもらったのか?」
「ああ。この服がステファニーから買ってもらったものだよ」
そうは言っても、店の証明はできないのだが、特に疑う者もいない。疑うなら、店に聞けばよいだけだが、そこまで酔狂な者もいないようだ。「やったー」だの「ちくしょう」だのと聞こえてくるが、暇つぶし程度のことだからそんなに大きく金は動いていないのだろう。アルフレッドは「もうけさせてもらったぜ」といいながら笑いながら、結果を言いにくる。昨晩や今朝、聞きにこなかったのは賭けの成否を楽しむだけらしい。まあ、実際に暇だしな。
衛兵の詰所で聞いているが、魔法学院の出入りは少ないらしく、俺はいまだ見かけたことはないが、食料関係は毎日くるらしい。こちらは俺もみかけたが、服や文具に本などの雑貨関係は週に2回程度と業者が中心とのことだ。それ以外は教師と生徒の出入りだが、まわりに何もないこともあり、平日は出入りが少ないらしく、生徒がたまに門も通らずに、風系の使い魔にのってでかけることがあるぐらいらしい。
外からの攻めてこられることも無いし、出入りも少ないのだったら、確かにだれたくなるのもわかる気はする。ただ、こういうところって、やはり油断で何かがおこることがあると、俺の前世の知識が教えてくれる。
とはいっても、この魔法の使える世界と、魔法がなかったはずの前世とでは常識は異なるのかもしれないが。
夜は、同じ時間にステファニーの部屋へ訪れたが今日も休肝日ということで、ワインはなしだ。彼女は日記を自分の机で書いている。
「そばに寄らないでね」
そう言われるがわざわざ覗きに行く趣味もないし、彼女の日記の文字が読めるとしたら、彼女の他には俺と、名前からサイトが可能性としてあるぐらいか。
結局風系統の呪文に関しては全部を書き終わらなかったが「魔法を試せる分だけ試してみて」とステファニーから言われる。俺も自身の能力を把握しておきたいから、ためしてみた。トライアングル・スペルをためしてみたいが、いずれも途中でとめるのは難しい。結局は、最大魔力量の把握と回復速度を試してみることにする。昨日のように『氷の槍』を繰り返すが6回できる。これだけ考えても、総出力と回数が増えているので総魔力量はかなり増えているようだ。昨日もだしているから、もう少し上かもしれない。さらに、ドット・スペルである『ウィンド』もまだつかえるが、こいつは5割増しどころか倍ぐらいになっている。もしかしたら、渦系があっているのか?他の風系統のなかの系列も使ってみないとわからないが、渦系統に特化させた戦い方を考えるのも手かもしれない。ただ、これで、俺の精神力も打ち止めのようで、一番最初に習った初歩的なコモンの『ライト』さえできないが、まあ満足な成果だ。明日の晩は念の為に色々と種類を変えて行ってみよう。
翌日も午前の授業は、昨日の続きをおこなって、すでに風の系統のスクウェア・スペルも書き写してある。まあ、使えるとは限らないが、覚える機会なんて中々無いからな。昼休み後は、風を主体として水があわさった、スペルの本をもってきてもらえた。さすがに、風系統のみよりは5倍くらいの暑さはあるだろうか。
本が厚いのはスペルが長くなっていくのもあるのだが、その解説が長いのが主因なんだよな。わかりきったことは、はぶいていこうかなと思っているとステファニーから聞かれる。
「そういえば、衛兵の服が今日届くのよね」
「ええ、その予定ですね」
「もし、今日届いたなら、そろそろ夜警を中心に組んでも良いわよ。その方が貴方の場合、収入が増えるだろうし」
せっかく、上級貴族の使い魔になったというのに、主人が貧乏とはいえないが裕福ともいえない貴族とはな。将来も不安そうだし、この案にのっておくか。
「そうですね。トライアングル・スペルも、この学園内ですぐに使えるものでは無いですし、本を写すのもゆっくりで良いですかね?」
「そうね。多分2週間ぐらいかりられるし、それに衛兵の仕事も1週間連続ということもないでしょう。それに、香水を届けたり、ワインの購入の時にはそばにいてもらいたいから虚無の曜日も月に一回は休んでもらうことになるわね」
思ったよりも、トライアングル・スペルを写すのは時間がかかりそうだが、そもそもトライアングル・スペルを使う機会なんてそうは多くはない。ゆっくり覚えて問題ないだろう。
「ええ、それで、今日衛兵の詰所に行ってローテーションの相談をしてきます」
今日の午後は、授業開始にはサイトがいる。特に昨日みたいに包帯をしている様子も無いし『治癒』の魔法がきいているのだろう。詰所の方に行くと夜警は特に気にするほどでもないようで、いつでも良いみたいだから、週2回にしてもらった。
虚無の曜日とその次の日の2日連続を夜警で、残り6日間は今までどおりにしてもらうことにした。ステファニーに話すと
「あらそうなの。今日はいけれど、次回から、ワインを飲むのなら自分で持ってきてね」
そうにっこりと微笑むステファニーを見ていると、小悪魔にほほえまれたようだ。しっかりと俺のねらいがばれている。前世はなんとなく失敗感があるような気がしていたのだが、こっちの人生も失敗しかかっているのか?
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2010.05.10:初出