ワルド子爵のために、チクトンネ街でも短銃を一発打っておく。チクトンネ街では、これぐらいのことは時々あることらしい。
俺たちは、ウェールズ皇太子が出航予定であるラ・ロシェールへ先に向かう。本来なら、王宮からおいかけていった方がよいのだろうが、後ろから魔法衛士隊やサイトたちがやってくるだろう。そこでみつかって、まきこまれると厄介だからな。
王都トリスタニアからラ・ロシェールへは一本道だから、先行して後ろの方に向かって『遠見』の魔法でも時々使えばいい。そうすれば、ウェールズ皇太子たちの動向もさぐれるであろう。ちょっと心配なのは、ウェールズ皇太子たちの中からワルド子爵がいなくなっていることだが、最短経路を選ぶであろうことはわかっている。あとは、先行している俺たちを『アンドバリ』の指輪に操られているウェールズ皇太子たちは気がつくかどうかだよな。
2リーグぐらい後ろに馬にのった騎士の集団がついてきている。さほど明るくはないが、この時間に通常の馬にのった騎士が走ることは無い。しかも帰りの服装はアルビオンの制服だ。間違いなく、ウェールズ皇太子たちだろう。
「後ろから、無事にウェールズ皇太子たちがきているようだけど、本当にルイズたちはくるのだろうか?」
「ルイズには、ウェールズ皇太子が生き返ったという噂は伝えてあるから、大丈夫だと思うのだけど。それにアンリエッタ女王にもこのことは伝わっているはずなのに、事件はおきているわ」
「そうだよな。モット伯にもつたえたのにな」
「彼の場合、一度、マザリーニ枢機卿と相談してから動くでしょうから、それで、今日は間に合わなかったのでしょうね」
「もしかして、そこまで、計算していたのか?」
「そんなわけ無いでしょう。けれど、私のまわりでおこることって、こういう風になることが多いのよね。貴方がきてから風向きがかわっているけれど」
「また、言うなよ。マチルダ様の件は悪かったと思うが」
「どこまで、修正しきれるかよね」
「本当に修正がきくのか?」
「それはわからないわ。未来はいつでも不確定よ」
「ふーん」
「それよりも、後ろは大丈夫?」
「ああ、だいたい、同じ速度で走っているらしい。そんなにいい馬を用意できなかったのだろう」
「そういうところは、馬にのりなれていない私と違うわね」
「俺もそんなにのっているわけではないんだけど、そんなに早く走らせているわけではないからなぁ」
そうしていると、後方から音がしてきたので、”遠見”の魔法で後ろを見ると、ヒポグリフにのった騎士たちが、馬にのった騎士たちに襲いかかってきたのがわかった。
勝負は急襲したヒポグリフにのった騎士たち、多分、トリスタニアの魔法衛士隊だろう。彼らが一方的に馬を倒して、載っていた騎士たちを倒したようにも見えた。戦場では、このような一方的な展開になることは無いので珍しいが、魔法衛士隊は相手に対して油断をしないで近づいている。『アンドバリ』の指輪のことは魔法衛士隊に伝わっているようだ。
倒したはずの騎士たちが次々と立ち上がって魔法を放ってきても、防御や反撃をしているが、ヒポグリフと火の魔法を放った隊員を集中的にねらっている。隊長らしき人物には、ウェールズ皇太子が『エア・ストーム』を放ったようで、巨大な竜巻の中で四肢を切断されるのを見えた。あとは、一方的な虐殺だ。『アンドバリ』の指輪で死なないウェールズ皇太子たちを相手に、魔法衛士隊も奮闘しているといえるだろうが、2分とかからず戦闘は終わる。
ウェールズ皇太子がアンリエッタ女王と多少話し合っていたようだが、そのまま草むらへ隠れるように入っていった。他の騎士たちも同じように間隔をとりながら、待ち伏せの陣形をつくりながら、隠れていく。
さて、待ち伏せの場所にきたのは、風竜にのったルイズ、サイト、キュルケにタバサの4人だ。本来なら、首都警護竜騎士隊がきてもおかしくはない事件だろうに、象王が誘拐されたことを外部にもらしたくはない、魔法衛士隊の面子の問題なのだろう。今回の場合は、火竜ならともかく風竜のブレスでは、火がともなっていないから、何度でもおきあがってくるのであろうから結果オーライといったところだが。
倒れて生きている人物の中で、生きている人物でも見かけたのであろう。なにやら、話かけているようだが、『遠見』の魔法では見ることはできても、聞くことはできないからな。その途中、ウェールズ皇太子たちから魔法が放られたが、タバサの『エア・シールド』でふせいだようだ。
そうするとウェールズ皇太子たちが草むらから立ち上がったが、攻撃をしかけないでいる。サイトとルイズ、ウェールズ皇太子とアンリエッタ女王と話あっていたようだ。しかし、タバサの『ウィンディ・アイシクル』とルイズの『エクスプロージョン』から戦いの火蓋がきっておされた。キュルケが火の魔法を使うとわかると、キュルケに向かって攻撃が集中しているが、それをタバサが防いでいる。あの二人でコンビネーションをくむとやっかいだな。
ラグドリアン湖では、分断して個別で対応したから、なんとかなったが、タバサとまともに戦ったら、長期戦では負けるかな?
倒すことができないと思われている間に、人数が多いのだから各個をねらっていけばよかったのだろう。しかし、火が効くとタバサに気がつかせる結果になったのか、タバサとサイトはキュルケを守るというふうになっているが、ウェールズ皇太子たちにきれいに囲まれていく。
何人かの騎士がキュルケの火によって倒されていったあとに、一旦陣形を整えるのかのように、囲いの輪が大きく広がる。雨がふってきた中で、アンリエッタ女王がルイズに向かって話かけているようだが、ルイズ達は、円陣をくみ上げている。
アンリエッタ女王が説得をあきらめったのか、その中で巨大な六芒星(ろくぼうせい)を竜巻に描かせていく。王家の『ヘクサゴン・スペル』だろう。俺が二つの杖でトライアングルスペル同時に放っても、威力は単純な倍にしかならない。ありゃあ、反則技だな。しかし、烈風カリンの伝説って、この『ヘクサゴン・スペル』を上回るっているのだからな。ワルド子爵がカリンの話をしたときに顔色を青くするのもしかたがなかろう。
あの水を含んだ竜巻を止めようとするサイトもすごいが、デルフリンガーがあの『ヘクサゴン・スペル』を不完全ながら吸い込みながらもまだ生きている。たしか、元素の四兄弟の魔法を吸ってデルフリンガーが破壊するのだから『ヘクサゴン・スペル』を上回る魔法は世の中にまだまだあるのかもしれないな。水を含んだ竜巻が完全に威力を失い、開店がなくなるとともに、大量の水が落ちたときに、ウェールズ皇太子を含んだ周りの騎士たちに、まばゆい光が輝く。それと同時に、糸が切れた操り人形のように、ウェールズ皇太子と騎士たちは地面に崩れ落ちる。それを見ていたアンリエッタ女王が少したって倒れたのも見たが、精神的にまいっていたのであろう。そこまで、見ていたが、おおむね聞いている展開と変わらなかったので、ステファニーに聞く。
「そろそろ、彼女たちもラグドリアン湖へ向かうようだったら、俺たちは魔法学院に戻らないか?」
「そうねっといいたいところだけど、みてたんでしょ? ワルド子爵」
「いつから気がついていたのかな? ミス・モンモランシー」
えっ? ワルド子爵の気配なんて気がついていなかったぞ。
「あの作戦で、単純に引くっていうことが信じられなかっただけです。それだけですわ」
「君たちだけでは、やはり心配でね」
「そうですね。俺たちではウェールズ皇太子と10人の騎士相手では、まともに戦って、5,6人倒せるかどうかだよな」
「もしかしたら、ワルド子爵は、未だ迷っているのではありませんか?」
「な、な、なにをだね?」
「いえ、言いたくないのでしたら、無理にとは言いませんわ。それよりも、このあとマザリーニ枢機卿と連絡をとれる道筋をつけておいてくださいませ」
「今回の任務で失敗しているが、内部に反レコン・キスタ派がいるということにできるから、なんとか言い訳もたとう」
ここで、俺は気にかかっていることを聞く。
「マチルダ様は、その後どのようになさられているかおわかりになるでしょうか。ワルド子爵」
話がそれたことを幸いとしてか軽く返答を返してくる。
「サウスゴータの領地の女太守の地位についている。ただし、彼女ほどのクラスのメイジは中々いないので、クロムウェルの秘書のようなことをおこなっている。クロムウェルの秘書には、シェフィールドとやらがいるのだが、東方の出身ということで、信用を置けないという名目でな」
ステファニーとも俺との予想とも違う。アルビオン侵攻ではまずいかもしれない。
ルイズたちが、風竜で飛んでいったあと、俺たちはワルド子爵と別れて魔法学院に戻る。魔法学院では、教師が寝ているのを確認しながら、衛兵に通らせてもらった。ちなみに、俺とステファニーの仲を冷やかしていたのもいるが、本気ではなかろう。
このあと、俺は一日衛兵の仕事にもどったのだが、徹夜明けで暇な衛兵な仕事はつらい。夏休みまでまだ少しばかりあるが、特に事件もおこらないはずだよなっとすっかり忘れていた。アンリエッタ王女との謁見の日、もとい呼び出しの日だ。えーと、俺もステファニーの使い魔ということで、ついていく。
「ルイズたちは一緒にこないのか?」
「どうも違うみたい」
「もしかして、動きすぎたか?」
「残念ながら、そこまでは、わからないわ。ただ、あまりルイズだけを呼んでも目立つことだけは確かだから、今回の件はどうなるのかしら」
「どうにかなりそうか?」
「ええ、モット伯をちょっと頼っているから」
ギーシュに聞くと、確かに歳若い平民の女性をメイドとして大量に雇いいれているのと、妻がいない以外は悪い噂が無いとのことだ。ギーシュに聞いて、これだけ男の情報をもらえるとは思わなかったが、軍人の家系では無くそれほど付き合いは無いようなので、これだけでも充分だろう。
王宮での謁見待合室での待ち時間では、俺一人平民の格好で、居心地が悪い。まあ、それも時間の問題だが。そうして、アンリエッタ王女との謁見に立ち会うことになった。
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『二つの杖でトライアングルスペル同時に放っても、威力は単純な倍にしかならない』はロマリアの聖堂騎士の合体魔法からのオリ解釈です。
2010.07.04:初出