俺たちは、水の精霊から退治の条件を承諾したあとに、水の精霊が示したガリア側の岸辺に隠れて、襲撃者の一行を待つことにした。しかし、この惚れ薬事件を起こさせるためとはいえ、ステファニーの思考についていけないときがある。ゼロ戦の中で気絶していたルイズへ、サイトがキスをしたが、たまたまルイズはその瞬間気絶していなかったと『ギアス』で記憶のすりかえを行うのはな。
「アルビオンの帰りに気絶していたルイズへサイトはキスしていたし、ルイズも受け入れていたからそれぐらいでもいいわ」
こう言いきるしな。
今回のさらなる目的は、サイトにメイジ相手の実戦をつませることもある。訓練では俺や、ワルド子爵の『風の偏在』を相手にしたこともあるが、実戦となると異なる。実際に剣で手を下したのはオーク鬼だけとのことだ。俺が今晩の襲撃者対策の作戦を全員に伝えようとするが、ルイズはサイトにむかって、かまってくれないないことにご立腹のようだ。サイトがルイズを寝かしつけている間だが、そんな二人を見ながらまずは、ステファニーとモンモランシーの安全の確保策を伝える。ステファニーの魔法の失敗率からいってまともな戦力にならないのと、モンモランシーは「そんな、戦うなんて」と言っているので、水系統のメイジによって安全な岸辺に近いところに隠れていてもらうつもりだ。ラグドリアン湖の水を利用して『ウォーター・ウォール』をおこなえば、普段より有利に防御ができる。ステファニーの魔法の成功率の低さを考えると、その護衛のようなものだが、殺傷性の低い『氷の矢』でも連続してとなえておいてもらえば良いだろう。すでに酔っているギーシュにある作戦を頼んでいる。俺が入ることによって大きく戦いかたが変わるからな。
ルイズをなんとか寝かしつけてきたサイトがもどってきた。だいぶ、ほっぺにキスをせがまれていたようだな。その戻ってきたサイトに一般的なメイジの襲撃者対策を伝えた後、サイトがたずねてくる。
「いったいどうやって、水の精霊を襲ってる連中は湖の底までやってくるんだ。水の中じゃ息ができないだろう」
「普通のメイジ同士とかなら俺でもわかるが、水の精霊のことならモンモランシ家のステファニーかモンモランシー様の方が詳しいだろう」
「モンモランシー様? モンモンでいいだろう」
いや、そうはいかないのが、ここの平民の立場なんだけどな。
「やはりここは、お姉さまから説明してもらえるかしら」
今回の惚れ薬のことがあるのか、サイトへ特に文句も言わずに、しばらく考え込んで答えをみつけたのか答えてくる。
「たぶん、風の使い手ね。空気の玉をつくって、その中に入って湖底を歩いてくるんじゃないかしら。水の使い手だったら水中で呼吸ができる魔法を使うだろうけど、水の精霊を相手にするっていうのに、水に触れていったら自殺行為だわ。だから、風ね。空気を操り、水に触れずにやってくるに違いないわ」
水の精霊の話だと、襲撃は毎夜行われ、そのたびに水の精霊は削られる。サイトがどうやって、水の精霊を傷つくのか聞いて、モンモランシーが答えるが、空気の玉の中で炎を使ったら、酸素不足で窒息死しないのかぐらい聞けよ。まあ、魔法を使った炎は、何かを燃焼させるまで、酸素は不要みたいなんだよな。この話を聞いて先ほどまでにつたえていた一般的なメイジ対策から、風と火の系統を中心として他の系統もまざっていた場合のプランを話す。
そして闇夜の中で待っていると二人の人影が岸辺に現れたので、俺はステファニーから教わった『暗視』の呪文を唱える。暗闇の中でも見えて持続性のある水系統の魔法だが、一般的ではないので教わるまでは知らなかった。二人の人影以外は見当たらないが『暗視』をつかっても、漆黒のロープを着込んでいるし、深くフードをかぶっているので、男か女かもわからん。しかし、小さい方の影がタバサの大きい木の杖をもっている。タバサの場合は、単独任務が主体だから、もうひとりはキュルケだろう。俺が、水の精霊への襲撃者かどうかを見極めることになっているので、ギーシュから見える範囲で岸辺に近いところで待機していた。『エアー・シールド』の呪文を唱え始めたのが聞こえてきたので、ギーシュに手を振って合図を送る。
ギーシュが『アース・ハンド』で足止めをかけたところで、下がるように伝えてある。
「命を惜しむな名を惜しめ」
ギーシュはそう家訓を伝えてきたが
「モンモランシーを守るのも立派な戦術だ」
と適当にごまかしといた。
実際問題として、この酔っ払い具合じゃ役に立たないし、このままだったら、まずはギーシュを狙われる可能性が高い。置き土産として『土の壁』もつくっておけとは言っておいたが、それを実行しているかの不安はあるが、ステファニーのところまでいけば3人だし安全だろう。俺は右手にもっている剣状の杖でためておいた『ウィーター・ウィップ』を発動させながら、左手のタクト状の杖ではためておいた『ウィンド』の魔法でラグドリアン湖水を吸い上げて、辺り一面に水をばらまきながら、突撃していく。反対側からはサイトが二人に突撃していってるようだ。この時間でキュルケが足元の『アース・ハンド』を炎で焼き払っている。そして、俺のほうには風の呪文である『エア・ハンマー』がきたので『ウィーター・ウィップ』で作った水の鞭で方向を変える。こちらの水の鞭も削られるが、まわりには水の補給源が大量にあるので、すぐに復元する。時間的には若干かかるが、サイトの距離が少し離れているから、タバサが冷静にどう対処するか計算するだろうと考えていた。水をフィールドにした場合、火の系統は相性が悪いから、俺がタバサと立ち会うことになるだろうとの計算だったがうまくいったようだ。
火を使うキュルケが相手なら、どこかで、炎の光でサイトと気がつくかもしれない。それに軍人としての教育も受けているから、近接戦になったらブレードぐらいは扱えるだろうとの見込みなんだがな。サイトには追跡性のある『フレイム・ボール』も教えてある。しかしキュルケが、動きの速い剣士と戦うことに気がついたら、時間的な都合から『ファイヤー・ボール』か『火の矢』ぐらいしか使えないだろう。俺の方は、タバサの隙を見つけられずに、間を開いて魔法の距離を確かめあう展開になっているが、キュルケとサイトの間が急激につまっている。
「撤収」
タバサの一声があったので
「もしかして、その声からしてタバサか? 杖もそれっぽいし」
キュルケとタバサが撤収しようとしてたとこで、サイトの追撃もとまっていた。
「誰?」
「ステファニーの使い魔のバッカス。そっちの剣士はサイトだ」
「あなたたちなの? どうしてこんなところにいるのよ」
キュルケが驚いたように叫び、
「なんだよ! お前らだったのかよ!」
サイトは初めてのメイジとの本当の一戦で疲れたのか、地面に膝をついた。この騒ぎにもかかわらずにルイズはすやすやと寝ている。ルイズの割り込みが入らなかったな。泣けてくる。
相手がタバサとキュルケだとわかると、今晩泊まる予定だった場所で、焚き火を始めだす。焚き火で肉を焼いている間にルイズが起ききだしてきた。ちょうどキュルケが
「ダーリンって強いのね。追い詰められるとは思わなかったわ」
と言い出す。そんなキュルケにサイトが
「まさか、キュルケに剣を向けることになるなんて」
と言うと、ルイズは
「キュルケがいいの?」
と始まっていた。俺はステファニーに
「キュルケがダーリンって言ってるがいいのか?」
と小声でたずねる。
「ルイズの精神力がたまるのは今のところ嫉妬のはずだから、これでいいわよ。このあとのことも考えておかないといけないしね」
「このあとって?」
「うーん。アンリエッタ王女ね。ウェールズ皇太子が死んだところを目撃したわけじゃないから」
「もしかして、俺がいう?」
「それも一つの手よね」
「違う手があるのか?」
「ちょっと、うまくいくかわからないけれど、そうじゃなかったら、貴方にウェールズ皇太子のことを言ってもらわないといけないわね」
「ウェールズ皇太子に会うとものすごく危険な気がするんだが」
「ちょっと、そこは小細工が必要よね」
ステファニーの小細工か。また嫌な予感がするのだが、気のせいであってくれ。ルイズもサイトにあやされて寝たのは良いが、水の精霊を退治するのと、守るのとにキュルケが困っている。
「どうして退治しなきゃならないんだ?」
サイトに尋ねられて、少し迷っていたようだが結局話すことにしたようだ。
「そ、その、タバサのご実家に頼まれたのよ。ほら、水の精霊のせいで、水かさがあがっているじゃない? おかげでタバサの実家の領地が被害にあっているらしいの。それであたしたちが退治を頼まれたってわけ」
モンモランシーは、隣の領地がオルレオン家だって気がついていないようだ。ステファニーから聞くかぎり、今はガリア王家の直轄領地だが、その前はオルレオン公家がラグドリアン湖のガリア側湖岸全部と接していたとのことだけどな。キュルケの話を聞いていて途中サイトが考え込んでいたが、
「襲撃者をやっつけるのと引き換えに、身体の一部をもらうって約束したんだ」
「結局は、水浸しになった土地が、元に戻ればいいわけなんでしょ?」
キュルケがタバサにたずねると頷く。
「よし決まり! じゃ、明日になったら交渉してみましょ!」
翌朝、前日の昼間と同じ場所で、モンモランシーが使い魔のロビンを水に放して水の精霊を呼ぶ。襲撃者がいなくなったために、約束どおりに『水の精霊の涙』を受け取れることになった。それで、用事は済んだとばかりに水の精霊が湖面に戻ろうとしたところで、サイトが呼び止める。
「待ってくれ! 一つ聞きたいことがあるんだ!」
「なんだ? 単なる者よ」
「どうして水かさを増やすんだ? よかったらやめて欲しいんだけど。なんか理由があるなら聞かせてくれ。俺たちにできることならなんでもするから」
「お前たちに、任せてもよいものか、我は悩む。しかし、お前たちは我との約束を守った。ならば信用してもよいことと思う」
水の精霊は、何度か形をかえたあとにモンモランシーの姿にもどり、語り始める。
「数えるほどもおろかしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝『アンドバリ』の指輪を、お前たちの同胞が盗んだ」
「なんか聞いたことがあるわ」
モンモランシーが呟いたのに続いて、ステファニーが言う。
「『水』系統の伝説のマジックアイテム。たしか偽りの生命を死者に与えるのよね」
「そのとおり。誰が作ったものかはわからぬが、単なる者よ、お前の仲間かも知れぬ。ただお前たちがこの地にやってきたときには、すでに存在した。死は我にない概念ゆえ理解できぬが、死を免れぬお前たちにはなるほど『命』を与える力は魅力と思えるのかもしれぬ。しかしながら『アンドバリ』の指輪がもたらすものは偽りの命。旧き水の力に過ぎぬ。所詮益にはならぬ」
「そんな代物を誰が盗ったんだ?」
サイトに限らず、たしかにそう思うよな。
「風の力を行使して、我の住処にやってきたのは数個体。眠る我には手を触れず、秘宝のみを持ち去っていった」
「名前とかわからないの?」
「確か個体の一人が、こう呼ばれていた。『クロムウェル』と」
「そういえば、アルビオンの新皇帝と同じ名前だが、その新皇帝は人を蘇らせることができるって噂がひろまっている」
実際にウェールズ皇太子を蘇らせた場を見てはいたのだが、まさか言えないしな。
「そのアルビオンの新皇帝っていうのが怪しいのか。で、偽りの命とやらを与えられたら、どうなっちまうんだ?」
「指輪を使ったものに従うようになる。個々に意思があるというのは、不便なものだな」
「死者を動かすなんて、趣味が悪いわね」
キュルケが頭をかきながら呟いていた。
「アルビオンは、3000メイルの上空にあるのだけれど、水かさをそこまで増やすのかしら?」
ステファニーがたずねると、水の精霊が、また何度か形をかえたあとにモンモランシーの姿にもどる。
「いつかは、その地も地上に戻るであろう。それまで、ゆっくりと水が侵食すれば、秘宝に届くであろう」
何千年かかるのやらと思っていると、水の精霊は話を続ける。
「この地は、ここにとどまり続けるゆえに」
水の精霊は、地中の風石のことを知っているのか?
「わかったわ。取り戻すわ。それでこの水を元にもどしてもらえるかしら」
ステファニー、なんていうことを言うんだ。
「わかった。お前たちを信用しよう。指輪が戻るなら、水を増やす必要もない」
「期限はいつまでかしら」
「お前たちの寿命がつきるまででかまわぬ」
気が長い話だな。そんなやりとりにサイトがあきれたように質問をしている。
「そんなに長くていいのかよ」
「かまわぬ。我にとっては、明日も未来もあまり変わらぬ」
そういい残して、水の精霊が姿を消そうとすると、タバサが呼び止めた。
「待って」
キュルケを含めて、ステファニーも驚いていた。タバサって、そんなんだっけ?ステファニーに短期間で情報をつめこまれたので驚くべきところかどうかわからない。
「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」
「なんだ?」
「あなたはわたしたちの間で『契約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」
「単なる者よ。我とお前たちでは存在の根底が違う。ゆえにお前たちの考えは深く理解できぬ。しかし察するに、我の存在自体がそう呼ばれる理由と思う。我に決まったかたちはない。しかし、我は変わらぬ。お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの水とともにあった。変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」
その言葉に納得したのかタバサは頷いて目を瞑って手を合わせて何かを約束しているようだ。ギーシュとモンモランシーは契約の無いようでじゃれあっているし、惚れ薬のせいでルイズはサイトに
「愛を誓ってくれないの?」
とか困らせているし。
それはともかく、ステファニー何を考えている?
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『魔法を使った炎は、何かを燃焼させるまで、酸素は不要』というのはオリ設定です。
『暗視』の魔法は『タバサ外伝』にでてくる魔法です。
『土の壁』の魔法は『烈風の騎士姫』にでてくる魔法です。
水の精霊が地下の風石をしっていたり、ラグドリアン湖が安全だという認識なのもオリ設定です。
2010.06.19:初出