王都トリスタニアで、タルブ草原での戦勝記念パレードが行われている頃に、俺はようやくトリステイン魔法学院にたどりついた。
途中で、野生のグリフォンを見つけたことから、アルビオンでワルド子爵のグリフォンにのせてもらった経験をいかそうと思い、こいつにからのろうとしたら、逃げ出しやがる。うまくのっかれたと思ったら、あさっての方向にいきやがるし、さんざんだった。幻獣を乗りこなすとか言ってたワルド子爵との大違いに少々へこむ。このおかげで、街道にもであわない。川沿いにそって余力を残しながら『フライ』をつかって飛んで距離をかせいではテクテクと歩いていたら、いつの間にやら王都トリスタニアにきていた。タルブからだと、魔法学院をいつの間にやら超えてしまったらしい。俺は、トリステイン魔法学院の使用人証明書をだして、トリスタニアで馬を借りることができた。金はあるが、街も村もみあたらなかったんだよ。トリステイン魔法学院についたところで、1箇月ぶりぐらいに会う衛兵の中でも仲がよかったアルフレッドが驚いたように言う。
「生きていたのか? てっきり、アルビオン王国に行った際に死んだんじゃないかと噂だったんだがな」
「ほれ、俺に足があるだろう?」
「足?」
あっ、ぼけた。こっちなら幽霊に関する話は足があるんだったよな。
「足は、勘違いだった。けれど、ステファニーは悲しんでいたのか?」
「そういえば、悲しんでいなかったな」
ステファニーの性格では、そんな演技ができるわけないか。
「いや、わかった。ステファニーの性格って、そんなもんだ」
たしかに手紙で生きているのは知っているだろうが、偽名でだしているんだから、それくらい演技をしておけよ。
「生きていたら、とっとともどってこれなかったのか?」
「さすがに戻ってくる船賃が無かったから、アルビオンのタルブへの降下戦に参加して、途中でぬけだしてもどってきたんだ」
「そういえば、ステファニーの使い魔だったもんな」
この言い訳を素直に信じられる、俺の主人であるステファニーって、やっぱり貧乏貴族として見られているんだなぁ。
「そういうわけで、中に入って生きていることをステファニーに伝えたいんだがいいかな」
「ああ、すまん。別にとめるつもりは無かったのだが、死んだという噂が流れていたからな」
「いや、だいじょうぶ。俺の二つ名は……まあいいか。とりあえず、通らせてもらうよ」
「そうだな。また衛兵にもどるんだろ?」
「その、つもりだけどな」
「最近は夜勤の教師もここで寝ていることが多いから、さわがなければいいし、話のわかる教師もいるもんだぜ」
「そうか。それは楽しみだよ」
すでに時間も夕刻であるから、門を通り抜けてステファニーと会う前に学院長室に向かって、ノックをしたが無反応。部屋の中を覗くと居眠りしているオスマン学院長がいたので、ワルド子爵からあずかっている手紙を渡すのは後にする。向かう先はステファニーの部屋だが、入ったそうそうに言われた。
「やたらと帰ってくるのが遅かったのじゃない。バッカス」
「いや、それは、結構シビアな帰り道だったので……」
タルブからの帰り道の話をしたらステファニーはあきれている。どうせ、俺に野生のグリフォンなんてのりこなせないさ(ぐすん)
それはおいとくとして、互いのこの1ヶ月間の話をしたが、予測の範囲の中でおきてほしくない方向に話がころがっていた。
「タルブで戦いが始まるという時にサイトとルイズの言いあいの後、サイトが離れていた間でゼロ戦にのると思ったのだけど、のらずに戻ってしまおうとしたのよね」
「やはり、戦いの場を経験させなかったことが、ルイズみずから戦場へむかわせられる気にならかったのか」
「そうかもね。しかたがなく、ルイズを説得したわ。その水の指輪をはめながら、始祖の祈祷書を見てみてって」
「もろバレじゃないか」
「そうなのよねぇ。彼女が虚無だということに気がついていたのを知られたわ。そっと、見守るつもりだったのだけど、そうも言ってられなかったのよ」
「それで、虚無というのは?」
「口止めはしておいたけれど、それよりも問題なのは、ルイズが最初の『エクスプロージョン』を使った後に、気絶してしまったらしいのよね」
「何か、問題があるんだっけ?」
「もしかしたら、命を削っているのかもしれないわ」
「そこまで一回目で使えるのかな?」
「それは、わからないわ。ただ、アルビオンへの侵攻で『イリュージョン』はあてにできないかもしれないわね」
「リカバリープランはたてているのかな?」
「ある程度はね。けれど、でたとこ勝負になるかもね」
「そのでたとこ勝負はやめてくれ。それで苦労をするのは俺なんだから」
「フーケ、貴方にとってはマチルダ様だったかしら。それを助けてしまったのが発端よ。あきらめるのね」
諦めるしかないか。いや、最初から話してくれればよかったのにとも思うが、ステファニーの話を当時の俺は信じたとは限らないしな。
「ところでルイズとサイトの関係は?」
「ワルド子爵の偽装死の隙間を、サイトがうめている感じかな」
そう言うが、サイトがルイズとキスをしたのかわからないから、どういうふうに感情が変化しているかわからないらしい。
「やっぱり、もうひとおし足りないのよね。こっちは協力してね」
この協力という言葉に不吉な感じがする。ステファニーの案を聞いていると頭が痛くなってくる。まったくもって、なんて主人をもったんだろうかと思えてくる。けどなぁ、対アルビオンとその後のジョゼフ王対策を考えるとそんなことも言ってられないか。不承不承ながら、その案にのることにする。
ステファニーは他にも話を続ける。なんとかタルブ村へ誘導するために、サイトの宝探しの探検についていったら姉のモンモランシーにギーシュの仲を疑われたとか。姉に向かって
「そこまで趣味は悪くないわ。お姉さま」
って、ひどい言い草だな。たしかに、ギーシュってマニア向けな感じがするけれど、そこまで言うことも無いだろう。近日中にはアンリエッタ王女じゃなくて、もう女王に呼ばれるはずだが、どうなるかとか、他にも話はあったが、サイトって自己鍛錬していないんだよな。
「サイトの訓練は貴方がみてあげてほしいけれど、しばらくはいいわよ」
「さっきの話のことか?」
「そうよ。そこが肝心だからね」
そんな離れていた間のことを話していると、夕闇がせまってきている。俺はいるかどうかわからないが学院長室にむかうと、今度は起きていたが、たまっている書類に追われていた。
「ワルド子爵から、手紙を預かっております。オスマン学院長」
「おお、そうか。ひさびさじゃのう。バックルくん」
学院長を相手に名前を気にするのもあほらしい。
「マザリーニ枢機卿に渡る手はずが整っていると聞いておりますが」
「そうじゃったの」
「それではこの手紙をお願いします」
ワルド子爵からの手紙を渡して、今度は自分の立場を確認する。
「俺は衛兵の仕事にもどってよろしいんですよね?」
「おや? 傭兵になったのじゃないのかの」
傭兵になったのは一時の方便だが、そういえばフーケの事件の時にも言われたような気がする。
「いえいえ、使い魔として主人の頼みをきいただけです。ステファニーから事情は聞いていませんか?」
「そういえば、そんなこともあったような気がするの」
ぼけたふりをするのはやめてくれ。結局は俺の場合、傭兵で衛兵の仕事放棄をしたわけではなくて、当時のアンリエッタ王女の依頼を受けたので、アルビオンから帰ってこれなかったのは仕方が無いということで落ち着いた。確かによく考えれば、王女からの依頼だったもんな。そういうふうに仕向けたのはステファニーだけど。俺は平穏に魔法学院での衛兵に戻るかと思っていたのだが、そこまでうまくはいかなかった。ルイズ達がアンリエッタ王女との謁見に向かった日の夜、ステファニーから告げられる。
「ルイズがね……私がルイズのことを虚無の担い手と知っている。そんなことを、アンリエッタ女王に言ったらしいのよね。今度ルイズと王宮に向かうことになるのよ」
「ふーん。名誉なことじゃないか」
「あのねぇ。タイミングが悪いと、ラグドリアン湖で、キュルケやタバサと会えないかも知れないじゃない。そうすると王女の誘拐計画が成功してしまうのかも知れないのよ」
「そうか。そうすると、先が読めなくなるのか」
「まったくねぇ。今のところ、新しく王女になったので忙しいのと、一度会ったルイズをまた呼ぶのに何らかの理由が必要だからなんとかなりそうだけど」
新しいリカバリープランを俺は聞かされる。まだ、こっちの方がいいか。この前きかされた方法よりは。
今日の衛兵の仕事は早番だったが、休ませて貰うことになった。ここ数日はというと、ステファニーから、モンモラシーがセーラー服姿で教室に現れて、その翌日はルイズが休んだこと聞かされている。昨日は門番をしていると、虚無の曜日なのでモンモランシーとギーシュが、馬で出かけていった。デートなら浮かれた顔をしているだろうに、行きはともかく帰りは、二人とも深刻な顔つきで帰ってきていた。惚れ薬事件がおこったのは確定なので、ちょっと衛兵の仕事をぬけさせてもらってステファニーにそのことを伝えると
「お姉さまのところに行ってみましょう」
そう言われて、モンモランシーの部屋に向かうと、ギーシュがいる。すでにサイトがいて、部屋の中へ入ると、外からもれ聞こえていた声がぴたりとやんだが、ステファニーはその中で話しを切り出す。
「部屋の外で、サイトがあんな薬で好かれても嬉しくないとか聞こえてきたのだけど、もしかして、惚れ薬もつくったのかしら。お姉さま」
「そうなんだ。それの解除薬を頼んだのだけど、作れないって言うんだ」
サイトのトーンがちょっとはさがっているか?
「お姉さま。もしかして、水の精霊の涙が手に入らないの?」
「そうなのよ。ステファニー」
「じゃぁ、ラグドリアン湖に向かったら良いじゃないの。お姉さまの使い魔なら、水の精霊と簡単に連絡が取りやすそうじゃない」
「簡単なのか?」
サイトはきいてくるが、モンモランシーが答えないので、ステファニーが答える。
「ええ。お姉さまの使い魔のロビンなら、簡単に私たちの血を水の精霊に知らせることができるわよね」
「でも学校が……」
「惚れ薬って、禁制なんだっけ。ルイズのことを、女王様にご注進したらどうなるのかな」
「私、身内から犯罪者がでるのは嫌よ」
「わかったわよ! 行くわよ! もう!」
「ふーむ、確かにルイズをあのままにしておくわけにもいかないな。あの態度を見たら、惚れ薬のことがばれてしまうかもしれん」
今朝は早く、魔法学院を出発し、ラグドリアン湖に到着した。丘の上から見下ろす、ラグドリアン湖は湖面がきらきらと青く輝いていてきれいだった。アルビオンでは、これだけ大きな湖を見かけたことが無いからな。前世の記憶を含めてもこれだけきれいに輝く湖は覚えが無い。なんかギーシュが湖に勝手におちていたので『レビテーション』で助けてやったら、ステファニーから睨まれた。あまり、勝手に行動するなってことか。
モンモランシーとサイトの間で、ラグドリアン湖や水の精霊の話をしているところで、このラグドリアン湖の水位があがったことで水没してしまった農民が陳情にきた。しかし、あたりさわりなく、見学をしたことを話すモンモランシーだが、ステファニーは一切口をださない。完全に傍観者モードだな。俺も見習うようにしないとな。
モンモランシーが、使い魔であるカエルのロビンを出すと、ルイズが「カエル!」っていって、サイトに寄り添う。カエル嫌いなのは、やはりそのままらしい。よく、将来、モンモランシーと行動する気になったよなとも思うが、今はそこではない。少しばかりの会うまでの時間、水の精霊の涙のことをモンモランシーがサイトやギーシュに説明している。その最中に水の精霊が現れて、水の精霊の涙である、水の精霊の身体の一部を貰うことをお願いしているが、水の精霊には一度は断られた。そこでサイトが、モンモランシーのかわりに
「なんでも言うことを聞くから『水の精霊の涙』をわけてくれよ!」
といいだしている。結構危ない賭けなんだが、無知っていうことはいいことだ。俺だったら、ステファニーのノートから知った情報からとてもこういうお願いはできない。案の定、条件をだされた。襲撃者がいて、夜になるたびに水の中にいる、水の精霊を襲っているという。その者達を退治することだ。
キュルケやタバサもここ数日は教室にきていないそうだから、時間軸は、それほどずれていないのだろう。さて、どうやって、キュルケやタバサを相手に、サイトやギーシュを無傷で戦わすか。こまったもんだ。
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2010.06.12:初出