パーティの翌朝、『風の偏在』の護衛とともにルイズとサイトは『イーグル』号で去っていった。ワルド子爵と俺の建前は『王家を責めるのは大変である』ということを、知らしめることとなっていた。それによってトリステイン王国への侵攻をさせないようにするということにしている。ワルド子爵によれば『風の偏在』がだせる残り3体だけで、500人程度ならメイジではない傭兵を相手ができるそうだからな。トリステインへ帰るのはグリフォンで帰るとルイズ達を納得させていた。ワルド子爵曰く
「風の偏在は距離が離れるほど使える数が少なくなる」
というのも信頼に値する話だったのだろう。傭兵である俺は、金がアルビオン王家からでるということで、あっさりと信じられた。
ルイズとサイトの仲は『ゼロの使い魔2』ほど進展はしていなさそうだが、悪い方向にはむかっていないと思う。あとはステファニーの、腕のみせどころだ。あの気持ち悪くなるぐらい、恋愛情報をノートに書いてあるのを見ると、前世は恋愛小説マニアなのかなとも思うが、普通の女性ってそういうものなのだろうか?
ルイズたちを見送ったあとに、こみいった城の通路の脱出路の確認という名目でウェールズ皇太子に案内してもらっている。脱出路とは関係が無い礼拝堂で、俺はウェールズ皇太子の後ろにたち、指をパチッとならして、ウェールズ皇太子を通常状態に戻す。
「私は君と礼拝堂にいるのかね?」
ウェールズ皇太子は目の前にいるワルド子爵だけを見て、現状を認識していないのだろう。
「貴様の命だ。ウェールズ」
ワルド子爵は『エア・ニードル』で、ウェールズ皇太子の深々とえぐりだした。
「しかし、催眠術か。そのようなもので、人が操れるのだな」
「相手によりけりですよ。たまたま、ウェールズ皇太子がかかりやすかっただけですね」
平民の間では催眠術なるものもあるが、成功率はきわめて低い。実際のところ、俺の催眠術なんて、前世でのお遊びで覚えていたらしいがって、前世の記憶に欠落があって自信は無い。だから、この世界ではつかっていなかった。実際には他人に対して強制力をもたらす魔法である『ギアス』を使ったことだ。そう、昨日のワルド子爵との共同作戦は、この催眠術を試してみるというものだ。実際は『ギアス』なのだが。
本来ならメイジとして格上の相手には聞かないのだが、そこは水の名門であるモンモランシ家には、色々と水の魔法に関する秘伝が残っている。今回使ったのは、水の系統でも『ギアス』の力を強化する水石を使った方法だ。『ギアス』は禁呪に指定されているのだが、ステファニーが覚えていた。俺はそれを教えてもらっただけだ。それを気がつかせないための言い訳が催眠術だ。
『水の精霊の涙』と違い、水石は平民でも手に入る価格で出回っている。おかげで”白炎”の火から逃げ切った時に、普通の『治癒』では治せないやけどを水石で治療できたのだけどな。ワルド子爵にも同じ方法で『ギアス』ではなくて催眠術でウェールズ皇太子を操ったと思わせている。そうじゃなくては、ワルド子爵をいつ操れるかもなんて思われると、俺自身の命が危ない。『ギアス』の魔法が実際にその効果が現れた瞬間からしか『ディテクト・マジック』で検知できないから、この魔法をかけられたことをワルド子爵自身思いだすことは無いだろう。
そう、今回の俺の仕事は、ワルド子爵とともに、レコン・キスタの中心部への潜入だ。
ワルド子爵がのってきたのは、レコン・キスタが本当に『聖地』をねらっているならば良いが、そうでない可能性をしめしてやったことだろう。『聖地』奪還が本当ならばロマリア皇国が味方になってすすめると思われる。しかし『聖地』奪還が本音でなければロマリア皇国は逆にレコン・キスタにたいして『聖戦』をおこすだろう。そうステファニーからの手紙に書かれているのを事前に読ませてもらっている。時間稼ぎを思わせる手だが、祖国が負けたらレコン・キスタについていくのだろう。
俺がレコン・キスタの中心部に入るのは、ステファニーがレコン・キスタに味方をしたいが一介の魔法学院の生徒でしかないから。なので、自分の使い魔をかわりに送るので、トリステイン王国に進出してきたときには、一見うごかないモンモランシ家を攻めないでほしいというものであった。ラグドリアン湖の交渉役を下ろされていることに対して現王家に反感はあるが、クルデンホルフ大公国から借金付けの状態では動けないのを理由にしている。
俺はマチルダお嬢様を、このワルド子爵と仲が良くなるかもしれないのは気に食わない。しかし、俺じゃ、マチルダお嬢様の状態を救うのも無理だろうしな。ステファニーによれば、以前の俺もマチルダお嬢様に特別視されていたんじゃないか? といわれている。そういえば、他の下級貴族とあまりマチルダお嬢様は相手をしていなかったな。俺の前世が欠けていることに起因するのかもねとは、言われたが、昔のことだ。今はどうであろう。
ウェールズ皇太子を倒したところで、開戦した。ワルド子爵の『風の偏在』が昨晩入手したとおりの時間で、予告してきた正午よりはるかに早い時間だ。俺も貴族派の傭兵だったころ、相手を殲滅するときには、貴族派がこの手をつかっていたことを覚えている。ワルド子爵とともに、俺はグリファンにのって、城の外へ脱出した。
脱出の途中、城の入り口では地上戦で王党派が、がんばっているのは見て取れる。しかし、多勢に無勢。最終的には、王党派はなくなるだろうな。
「しかし、よくウェールズ皇太子を殺すような作戦をマザリーニ枢機卿が許可をくれたものですね」
「皇太子がいるかいないかによって士気へ影響はするが、こうやってぎりぎりの戦いの中で皇太子が見えなくなっても気にかける余裕は無いであろうとの判断だ」
「そうですか」
「それ以上も考えているのであろうが……ところで、モンモランシ家はどこまで本気なのだ?」
こっちの事情も内偵するつもりか。
「ステファニーの独断です。モンモランシ家の内情は知りませんよ」
「そういうことにしておいてやろう」
「本当なんですけどね。それよりも、この手紙の切れ端をここへ攻めている司令部に届けましょう」
「よく王家同士の手紙を切るなんてことを、あの姫殿下が決断したものだな」
「俺の入れ知恵です。敵に囲われている城に入れても、出るときは、殺されなかったとしても必ずつかまるとですね」
実際はステファニーに言われて、俺自身も気がついたんだけどな。だいたい、潜入なんて危険なことは普通の傭兵はしないし。
「それよりも、ミス・ロングビル……マチルダ様のところへむかいませんか?」
「良い提案だな。マチルダ・オブ・サウスゴータという名前とトライアングルというところから、クロムウェルは仲間にむかえたがっているようだ」
「俺は、マチルダ様の下につきますので」
「元はサウスゴータ家に仕えていた下級貴族なら、そちらが自然だろう。ミス・モンモランシーからの紹介というのにもあうしな」
「ええ、それではお願いします」
ワルド子爵と俺は、司令部によってから、マチルダお嬢様との約束の店であうために、アルビオン王国の首都ロンディウムに向かった。ワルド子爵とレコン・キスタにはマチルダお嬢様のことをフーケだとは知らせていない。これが、ただひとつステファニーに反抗したものだ。
ステファニーにも影響の大きさはわからないらしいが、実際のニューカッスルで、ルイズとワルド子爵が結婚してしまう可能性が残っていたので、その可能性を排除すると、トリステイン王国へ戻れる可能性がでてくるワルド子爵にたいして、フーケの名前でいるとマチルダお嬢様の行き場がなくなってしまう。単に王家に訳の分からないうちにつぶされた貴族の娘という立場でいてもらって、レコン・キスタで貴族にもどってレコン・キスタとなるものだ。サウスゴータでの女性領主になるかは不明だが、現状では少なくともそれなりの待遇が約束されているとのことだ。レコン・キスタの性質からいえば、一度貴族に復帰すれば、約束は反故されないであろうから、そこまでは慎重にいかないとな。俺自身はアルビオンで下級貴族にもどっても、今後のことを考えると自由に動ける傭兵のままの方がいい。どうせなら、何も知らないで、マチルダお嬢様付きの下級貴族にもどりたかったけれどな。
「そういえば『風の偏在』はどうしたのですか」
「本体が死んだふりをしてもらって消えたはずだ」
ルイズとサイトはどうしているだろうな。ステファニーは、このあたりを予測しているが、空中であえるのか、うまくいくのか何か心配だ。
ロンディウムの夜の街で久々に遊んだ翌晩ワルド子爵とともにマチルダお嬢様と再会した。灰色に染めていた髪から、緑色に戻していた時にはワルド子爵も一瞬驚いていた様子だが、食事をしながら話はすすむ。諸条件をつめるのはワルド子爵の役割で、マチルダお嬢様はワルド子爵の秘書のような立場になるようだ。俺はマチルダお嬢様の付き人的な立場だ。
ワルド子爵の下に付くのなら、ぎりぎりまで金はむしりとるつもりだったのだが、給金をもらう相手はマチルダお嬢様だからその店ではなくて、後ですることにする。マチルダお嬢様が泊まっていた部屋で相場よりも安めで交渉をしたが、
「前にも言ったけれど、モード大公の子どものことを心配しているなら、気にしなくて良いよ」
やはり、俺でもハーフエルフに会わす気には無いのだろう。まあ、会うと、色々と将来がやっかいな事になりそうだしな。
その翌日には、戦が終わったニューカッスル城に戻り、照りつける太陽の下、死体と瓦礫が入り混じる中、戦跡を検分しているワルド子爵のあとにマチルダお嬢様と俺が続いて歩いていく。特に受け答えもしないで、礼拝堂のあった場所までくると、ワルド子爵自ら『ウィンド』をとなえて、周りの瓦礫を飛び散らす。無事に遺体もつぶされずにいる。ワルド子爵がウェールズ皇太子えぐったあとに、まわりから影響のなさそうなところに移動していたもんな。
「あらら、懐かしのウェールズさまじゃないの」
一応、顔は覚えていたのだね。多少驚いた感じではあるが、そう感慨深げでもなさそうだ。遠くから俺たちに対して声がかけられた。
「子爵! ワルド君! ウェールズ皇太子はみつかったかね?」
多分、緑のロープを着ているのでクロムウェルなのだろう。
「はっ。ここに」
「子爵! きみは、敵軍の勇将を討ち取る働きをみせたのだよ。誇りたまえ! きみが倒したのだ! 彼はずいぶんと余を嫌っていたが……、こうして見ると不思議だ、妙な友情さえ感じるよ。ああ、そうだった。死んでしまえば、誰もがともだちだったな」
手紙の件については、すでにしらされているので問題はない。
「理想は一歩ずつ、着実に進むことにより達成される」
クロムウェルがマチルダお嬢様の方に向く。
「子爵。そこのきれいな女性を余に紹介してくれたまえ。未だ僧籍に身を置く余からは、女性に声をかけづらいからね」
「彼女は、取り潰されたサウスゴータ家のマチルダです。トライアングルでもありますし、貴族として戻れるのであれば『聖地』の奪回に協力することとなっております」
マチルダお嬢様にはこの地で安住してもらいたいが、マチルダお嬢様をみていると、ワルド子爵を気にいっているようにも見える。
「訳もわからずに取り潰されたとは悲惨でしたな。ミス・サウスゴータ」
「なぜ、そのことを?」
「余はアルビオンの全ての貴族を知っておる。系図、紋章、土地の所有権……、管区を預かる司教時代にすべて諳んじた」
上流貴族のことは覚えていそうだが、さすがに下級貴族のことは覚えていないのだろう。
「おお、ご挨拶が遅れたね。『レコン・キスタ』総司令官を務めさせていただいておる、オリヴァー・クロムウェルだ。元はこの通り、一介の司教に過ぎぬ。しかしながら貴族議会の投票により、総司令官に任じられたからには、微力を尽くさねばならぬ。始祖ブリミルに使える聖職者でありながら、『余』などという言葉を使うのは許してくれたまえよ? 微力の行使には信用と権威が必要なのだ」
「閣下はすでに、ただの総司令官ではありません。今ではアルビオンの……」
「皇帝だ、子爵」
今の段階ならミュズニルトンの傀儡であることを知っていても、ガリアに操られていることは知らないかもしれないけれどな。
「ハルケギニアは我々、選ばれた貴族たちによって『結束』し、聖地をあの忌まわしきエルフどもから取り返す! それが始祖ブリミルより余に与えられし使命なのだ! その偉大なる使命のために、始祖ブリミルは余に力を授けたのだ」
マチルダお嬢様には「クロムウェルにはなんらかの力があります」とは伝えてある。
「閣下、始祖が閣下にお与えになった力とはなんでございましょう? よければ、お聞かせ願えませんこと」
「魔法の四大系統はご存知かね? ミス・サウスゴータ」
聞かれるまでもなく、子どもでも知っていることだ。マチルダお嬢様は頷く。
「その四大系統に加え、魔法にはもう一つの系統が存在する。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統だ。真実、根源、万物の素となる系統だ」
「零番目の系統……、虚無?」
マチルダお嬢様の顔が青ざめている。『聖地』奪回が本気なのか、それともティファニアのことが心配なのだろうか。
「では、ミス・サウスゴータ。貴女に『虚無』の系統をお見せしよう」
クロムウェルが低い、小さな詠唱を唱えている。しかも、リズム感がおかしい。この『虚無』と称している魔法の実体が、アンドバリの指輪だと知らなければ、気にしなかったかもしれない。ワルド子爵は、本当に『虚無』だとおもっているのだろうか? それとも水の系統に属するものだと思っているのだろうか? 魔法が完成したようにクロムウェルが杖を振り下ろす。ウェールズ皇太子の青白かった顔色が見る見ると生気を取り戻して立ち上がった。クロムウェルとウェールズ皇太子が話し合って、ここをさる間際にこちらへ言っていく。
「トリステインは、なんとしてでも余の版図に加えねばならぬ。あの王室には『始祖の祈祷書』が眠っておるからな。聖地に赴く際には、是非とも携えたいものだ」
そのあと今の蘇りについてワルド子爵と、まだ顔色が悪いマチルダお嬢様の会話が続いたがワルド子爵の最後にひとこと。
「きっと聖地にその答えが眠っていると、俺は思うのだよ」
今のワルド子爵とマチルダお嬢様の会話だけを、きいていると『聖地』にこだわっているのは、母殺しだけには聞こえないのだけどな。
このあとって、1箇月の間にマチルダお嬢様は『水』を3日間もかけ続けるほどワルド子爵との間が縮まるんだろうか。
俺がうごいても、そこまでくっつけさせる自信なんて無いぞ。
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『ギアス』は『ゼロ魔外伝 タバサの冒険2』ででてくる魔法です。
催眠術がこの世界にあるのと、水石を使った魔法力の強化はオリ設定です。
2010.05.30:初出