『女神の杵』亭で、予定通りの時刻に、玄関から入ってきた傭兵の一隊を相手に応戦した。
一隊目がきたときに、応戦しながら床と一体化したテーブルの脚を折り、それを立てて盾にする。一隊目が来たときで射程を見極めたつもりなのか、こちらの魔法の射程圏外から矢を射掛けてきている。傭兵がメイジを相手する時の基本だな。外には巨大なゴーレムの石の足が見えているので、指揮はロングビルがとっているのだろう。
「こういう任務って、全員が行かなくても良いのよね?」
ステファニーは面倒くさげに言うが、それくらいきちんとお芝居してほしいのだがな。茶番劇だとわかっていても油断していると死ぬかもしれないってわかっていないのか?
「ああ。半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」
そんなステファニーの質問に、ワルド子爵が演技なのか答えてくれる。こんな時でも本を読みながら、魔法で応戦していたタバサが本を閉じて、キュルケ、ステファニー、ギーシュを指さして「囮」と呟く。
囮のメンバーはステファニー以外に目的も知らないし、ステファニーは”失敗”という二つ名だから、アルビオンに行くと足をひっぱると判断されたのだろう。
ちなみにステファニーは風系統の魔法の成功率があがってきている。使い魔召喚で風系統へ安定化しているのかもしれないらしい。
それはともかく「時間は?」ワルド子爵はタバサに聞くが、知っている人間から見ると本当に白々しいな。「今すぐ」とタバサは呟き
「聞いての通りだ。裏口に回るぞ」
とワルド子爵が言う。裏口から桟橋に向かう中、しんがりは俺だ。丘の上にある巨大な樹である『桟橋』だ。ワルド子爵はもともと目をつけてあったのであろう船を見つけるため、階段についている鉄のプレートを読んでいるようだ。その階段をみつけたのであろう、階段を登り始める。俺は後を気にしながら階段を上っていると、後ろからの足音に気がついた。
「後ろから足音がする。追っ手だ!」
そう前方に忠告をしながら、後ろを振り返る。まだ、距離があるから『ライトニング・クラウド』は使えないだろう。俺は詠唱が短くすむ『マジック・ミサイル』を唱えて放ったが、相手はこの誘導性の魔法を単に『エア・ニードル』ではじきながら駆け上がってくる。魔法を切り替えたようで『エア・ニードル』が消えて、別の呪文を詠唱しはじめているが『ライトニング・クラウド』の詠唱だ。やっかいな魔法を使ってくる。しかし、その詠唱だけでも、固有のリズムがあるので聞きなれると誰かがわかってしまうんだけどな。
俺は『ウォーター・シールド』を唱えて、さらに後方に下がりながらも右手を前方に出して半身になる。左手にもったタクト状の杖をもって『ウォーター・シールド』の詠唱が完了したときには、すでに俺の身体の周辺はひんやりとした空気がくる。俺はさらに相手と俺の間に剣状の杖を突き刺し、手をはなして下がるが、相手は『ライトニング・クラウド』の魔法を使ってくる。魔法のこもった稲妻は『ウォーター・シールド』を突破するが、その魔法力を減らすのと、水に電気の一部が逃げる。さらに剣状の杖も導電性の金属でできているので、これだけで、通常の電気ならば防御は可能なのだが、あいにくと、ここは魔法の世界だ。導電性の金属だけではなくて、魔法の回路もつくられるらしく、そちらと一般の電気との属性のせいで、一部の稲妻は俺に届いてしまう。
前世での物理法則なんてこちらではあてにならないぞ。はっきりといって、うめきたい痛さだが、なんとか耐えれたようだ。ワルド子爵が空中から『エア・ハンマー』で、相手を吹き飛ばして、相手は気絶したのかしたふりなのか落下していった。相手は、ワルド子爵の『風の偏在』で、白い仮面をつけて、帽子をかえているだけだ。所見では、白い仮面が目について、それ以外は黒いマントのせいでわからないだろうな。
ワルド子爵からは
「見張られている可能性があるから、メイジであるバッカスを狙わせてもらう」
とはっきり言われていた。たまたまワルド子爵と二人きりになった瞬間に言われた。ステファニーのシナリオには、こんなのはなかったのに。『ライトニング・クラウド』をつかってくると教えてもらっていたから、対策をたててあったけど、思ったとおりに全部はさけられなかった。
しんがりはサイトに変わって、俺は剣状の杖を回収してから、自身の右腕に『治癒』をかけながら階段をかけあがった。階段をかけあがった先の出口は、枝が伸びていて、一艘の船が停泊している。船はワルド子爵が交渉して出航することになった。その就航間際になって、グリフォンも口笛で呼ばれて飛んできたが、グリフォンって預けていた場所から考えると、こんなに速くこないぞ。
ステファニーから聞いてはいたが、この世界の魔法生物を知っている人間から見たら、ワルド子爵も抜けているところがあるな。ルイズは気がついていないように見えるところから知らないのか、ワルド子爵を信用しきっているというところか。船のことはワルド子爵にまかせて、俺はもう少し『治癒』をかけて、魔法学院のそばでとった薬草から作った傷薬を、自分で塗ってから眠ることにした。
翌朝「アルビオンが見えたぞー!」との船員と思わしき大声で起こされた。まだ、右腕の傷は治りきっていないので『治癒』の魔法をかけなおす。サイトはポカンとして、アルビオンを眺めているが、俺もアルビオンからでたことはなかったので、この空中に浮いた状態を見るのは初めてだ。いずれ、あちこちの大地がこのようになるかも知れないとおもったら、そんなに楽しめるかというのもあるけれどな。
そして、ワルド子爵に時間配分などを頼んだのが良いのか、黒塗りの船がやってきた。多分、この時間帯なら、ウェールズ皇太子がのった船だろう。俺自身は、王家に恨みがないかというと、無いわけでは無いが、元々強くはなかった。この世界でエルフをかくまっていたならば、仕方が無いと思えてしまったのもある。マチルダお嬢様は本音のところではどうなんだろうなぁ。『ゼロの使い魔2』を呼んだ限りでは、かなり嫌そうだったが。
この空賊を装った王党派の船がきたときには、ワルド子爵の精神力もからっぽで、ルイズは魔法の制御ができない。サイトは、このような空中戦に向いていないし、俺ではさすがに、自分ひとり逃げるぐらいしかできないし、ここでからんでおかないといけないから残っている。しかし、ステファニーと離れると、きれいに話が収束していくな。本当に、俺はアルビオンにずっといようかなと思うぐらいだが、そうも言ってはいられない。
『ゼロの使い魔2』を信用するならば、空賊にばけた皇太子たちだ。特に空賊のかしらの指輪は、ルイズのはめている水のルビーと、色こそ違い形はにているから風のルビーだろう。空賊につかまったが、こいつらが、演技なのか本気なのかよくわからない。まあ、黒髪に黒い髭なんて、アルビオンでは珍しいから、カツラと付け髭なんだろうけれどな。杖と剣をそれぞれ取られて、船倉に閉じ込められたが、朝の食事がわりの軽い1皿スープを4人でわけた後、俺はおこなうことも無いので眠っていた。
俺は寝ていたところをたたき起こされたが、理由は「頭がお呼びだ」と痩せぎすな空賊の言葉だ。上品な言葉だから、貴族崩れだとしてもさほどたっていないのは確かだな。
船長室と思われるところで空族の頭と、ニヤニヤと笑っている空賊もどきたちがいる。俺はだまって、空賊とルイズたちのやり取りを聞いていたが、俺は知らなかったらサイトの言うとおりに貴族派だと言っていただろうな。そんなお芝居も終わって、空賊がカツラと眼帯に、髭もはがして、自己紹介をはじめる。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、本国艦隊といっても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう。アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
俺の心境は、きわめて微妙だったかもしれない。自分の気持ちなんて案外わからないものだ。本人を目の前にすれば、もう少し動揺するかもと思っていたが、それほどでもなかった。そういえば、フーケもウェールズ皇太子の死体を見たときには感慨深げだったらしいからな。
ルイズが、ウェールズ皇太子であることを確認すると、ルイズの水のルビーとウェールズ皇太子の風のルビーの間で見事な虹の架け橋ができた。ステファニーがアンリエッタ王女へ水のルビーのことを聞いていたが、このことも知らなかったみたいだからな。知っていたら、先にルイズに教えていたかもしれないが「売り払って」とは言わないだろう。
ルイズが大使として、ウェールズ皇太子へ手紙を手渡し、ウェールズ皇太子はその手紙を真剣な顔で読んで、少しばかりこちらに確認をしていた。手紙を最後まで読み終わった様で、微笑みながら顔をあげてくる。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫からの手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」
ルイズは、任務が達成したかのように顔色を輝かしている。
「多少、面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」
ウェールズ皇太子は笑って言ってのける。
「今、手紙はニューカッスルの城にあるんだが、始祖のオルゴールは城にも無い。風のルビーは姫の手紙とともにお渡ししよう」
ここまで順調にくると、途中の苦労はなんだったのだろうかと思わされるなぁ。ニューカッスルには、アルビオンの下にもぐっていくのは『ゼロの使い魔2』で知っていたが、実際にもぐっていくのは感覚が違う。多分、貴族派につかざるをえなかった、一部の船長なんかは知っていてもだまっているんだろうな。視界がほとんど無いのに、きれいに地下からニューカッスルの城に入るのはたいしたものだ。『ディテクト・マジック』さえつかっていなかったようだ。
城についたら老メイジが
「明日の正午に、攻城を開始する旨、伝えて参りました」
と言ってくる。ワルド子爵も、それほど信用されてなさそうだな。そういえば、見張られているとか言っていたか。いまだ、右手のやけどがなおりきっていないせいで痛いぞ。
ウェールズ皇太子からは「手紙はあとで渡す」と言われていたので、先に部屋を案内される。たいした荷物も持ってきていないのだが、今回の任務で必要不可欠なものがあるからな。そして、俺たち一行は先ほどの老メイジに案内されて、ウェールズ皇太子の部屋へ通してもらった。魔法学院のステファニーの部屋よりも質素な部屋だな。さすがに、衛兵やメイドに割り当てられている部屋よりはよいが、そんなによさそうな部屋には見えない。ウェールズ皇太子からは、4通の手紙が各自に渡された。
「4通なのですか?」
とワルド子爵が問う。
「いや、元は1通だが、ここからの帰りを心配したようで、問題になりそうなところはさけて、たどり着いた人数の分にわけて、手紙を預けてほしいとね。この城の地下の出入りができることを知らなかったのであろうが、懸命な措置だ」
地下のことを知らなかったら、入るよりも出るほうが危険だろう。建前は誰か一人アンリエッタ王女のもとへ戻れれば良いのだが、実際は、ルイズを返すことがメインだ。それゆえに
「さあ、約束の通りに、この風のルビーもたくそう」
とルイズに風のルビーが手渡された。ルイズが何やら言いたげだが、ウェールズ皇太子が手紙のことを気にしていないように見えるので、亡命をすすめることができないのであろう。
「そろそろ、パーティの時間だ。きみたちは、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」
ルイズとサイトは、部屋の外へでて行ったが、ワルド子爵と俺は居残っている。ワルド子爵が一礼をしている。
「まだ、なにか御用がおありかな? 子爵殿」
「恐れながら、殿下にお願いしたいことがございます」
「なんなりとうかがおう」
そうして、ワルド子爵からでた言葉は、ウェールズ皇太子にとって意表をついたものであったのだろう。ワルド子爵と俺の共同作戦が開始した。
ウェールズ皇太子へのワルド子爵との共同作戦は功を奏して、城のホールでのパーティに参加している。傭兵姿の俺に対しても、最後の晩餐ということで明るく料理や、酒を勧めてきて、冗談まで言ってくる。見たところ下級貴族もまざっているようだから、俺が下級貴族のままでいて、父が生きたままだったら、王党派についていたのだろうか? そうは考えていてもおこなうことは、おこなうんだけどな。
ルイズがこの死へと確実に向かっている場でのパーティの雰囲気に耐え切れなくなったのか、外にでていった。俺はまよっているふうなサイトに「ルイズを一人にしない方が良い」とうながして、サイトもルイズの後を追っていった。
さて、明日は伝えられている通りに、正午に開戦するのか『ゼロの使い魔2』と同じように早めに開戦するのか。どうなるんだろうな。
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『ライトニング・クラウド』での稲妻の途中に金属があっても、稲妻の一部が相手に届くのはオリ設定です。
2010.05.28:初出