ルイズからサイトとの訓練の言質をとった晩のステファニーの部屋では、ひさしぶりというか1週間ぶりにステファニーのワインを飲ませてもらった。かわりに俺がもってきたワインも飲んでみてもらったけれど「やっぱり飲まないわ」とそっけないものだったな。
衛兵の仕事は、夜警の曜日はかわらずに普段の時間帯が午前の授業開始から午後の授業終了までということになった。詰所には夜警で教師はくるらしいが「自由になれなくて邪魔なんだけどな」なんてぼやきもきこえてくる。しかし、フーケにおそわれたのだから仕方が無いだろうな。
昼食の時間は、日によって変わるが、生徒や教師の昼休みの前か後にとるというところだ。メイドと一緒に食事ができるらしい。少しはメイドたちとも仲良くできるかな。ああ、そういえばメイドで黒髪のシエスタには近づくなと言われていたな。夕食後のいつもの時間、ステファニーの部屋へ入って、今晩教えてもらえるということを聞いてみる。
「なんで、今まで『ゼロの使い魔2』の本のことを教えてくれなかったのかな?」
「えーと、普通、こういうの出して、はいそうですね、って信じると思う?」
この本の材質から言って、この世界で作れないけれどな。ただ、この通りになるようにと1巻が見れないなら、やっぱりそう動いていたかわからないよな。特にマチルダお嬢様じゃなくて、ロングビルの動向に関してだけど、ワルド子爵の動向がはっきりしないなら、やはりフーケを捕まえたという形にはしないだろう。俺が行うとしたら、どこからか死体を持ってきて、これがフーケですとして、ロングビルに怪盗としては動かなくしてもらうことかな。まあ、そのあたりはステファニーには正直に話してみた。
「ええ、えげつないわね。けれどね。死体を生き返らせるという禁呪があるのよ」
「そういえば、噂で聞いたけれど、貴族派で死んだはずの貴族が生きていたとか言う噂があったな。所詮戦場で流れる与太話と思っていたけれど」
「多分、トリステイン王国では、そのようなことはしないと思うけれど、いまだ、その術がトリステイン王国に残っているかもしれないわ」
「それはそうとして、昨日の疑問点なんか教えてもらえると思ったのだけど」
「ええ。大丈夫よ。あなたが好きなだけ時間はつぶせるわよ」
そうにっこりと微笑むステファニーって、小悪魔的な笑いなんだよな。タンスの奥にしまってあったノートの塊の前に呼ばれて「これを読めばかなりのことがわかるわよ」と俺の目の前にあるノートの塊にめまいがしそうだ。中に書いてあったのは『ゼロの使い魔』という本のシリーズについての話と、それに対する見識等がかかれている。さらにそれの外伝だという本の内容についても書かれている。ステファニーの一部の日記もみせてくれたが、つぶさに『ゼロの使い魔』にでていたと言われる登場人物の観察日記になっているのには、暇つぶしが無いとはいっても凝り性だな。
これらを見ながら、そういえば、ステファニーが言っていたことを思い出す。
「もしかして、ルイズ達とそのうち紹介するかも、って言ってたと思うけれど、このようなことを考えていたの?」
「そうよ。この2巻の話が終わったところで、紹介しても良いかなと思ったのよね」
「それはどうして?」
「そうすれば、あなたも観察者になって、おかしな動きをしなくてすむと思ったからよ」
「ふーん」
「結果は、残念だったけれど、もともと運だめしみたいなところもあるから、どうしようもないわ」
「おや? 昨日までと違って、意外と楽天的だね」
「どこかでずれる可能性はあったし、もうずれちゃったからどうしようもないわよ。それよりもリカバリーよ」
「それで、まずは、俺にこれを読めと?」
「その通りよ。けれど、まずは全部を読む必要は無いわ。最低限抑えておかないといけないのは、ルイズとサイトの仲をある程度気にすることと、あとはアンリエッタ王女。それにこれから、多分戦争になるけれど、キュルケと、コルベール先生をくっつけること。それにタバサとシエスタね」
「キュルケとコルベール?」
「それを意識して、読んでみて。けれど、あらすじぐらい先に言っておいた方が良いかしら」
ざっくりとだが『ゼロの使い魔』と『タバサ外伝』の話を聞かせてもらった。レコン・キスタはえげつないが、ガリアとロマリアってさらに上を行ってるのか。俺はステファニーのノートを途中まで読んでみたが、タバサがガリア王家の人間ね。多分、最初にみせられていたら、この話は信じていないだろうな。王家の人間が、わざわざ、国外に留学しにきている上に、シュヴァリエになっているなんて信じられない。いや、不名誉印が何か関係しているのだろうか?
まあ続きは明日読ませてもらおう。ざっくりと読むにしても2,3日かかるだろうが、全部読み終わるのに、ステファニーの部屋だけだと何日かかるかな?
しかし、やっぱりステファニーは女性なんだな。本当に欲しいのは、戦闘記録の方とかそちらの名前なんだが、はっきりと残っていない。どうでもよさそうな、恋愛部分の記述が多く残っているのを読まされるとな。
翌日の授業後はサイトの訓練ということで、サイトの訓練メニューを考えるのは俺の仕事だ。このあたりは、ステファニーは「サイトの訓練については、バッカスにおまかせするわ」と俺にほうりなげてきた。ただ、先にアニエスという銃士隊隊長になる予定の剣の教え方のところがあったので、どうしようかと悩んだ。俺とこのアニエスの剣は、本質では一緒なのだが、実際の剣の扱いではまるっきり逆の使い方なんだよな。
サイトとの訓練は木剣を衛兵の詰所で借りることにすると、
「おい、ここでやっていかないのか?」
「最近まで傭兵をおこなっていた俺が、サイトにぼこられていたら、他の貴族のお坊ちゃま、お嬢様方になめられるだろう」
「そうか。まあ、がんばれや」
衛兵からは、笑われながら見送られたが、ぼこられるつもりは無いんだけどな。2つの木剣は俺が持って、サイトにはデルフリンガーを持たせて近くの森までランニングだ。先に俺が目的地についたので、そのまま『トルネード』で森の木々を折っていく。あとは『念力』で整地していくだけだ。
俺とアニエスとでは間合いを見るのは一緒だが、俺の剣での戦い方だが本来は奇襲だ。相手がメイジだと油断しているので、ひっかかるし、受けに回ると我流の俺では、受け方、避け方で差がでてしまう。
かといって、サイトに俺風の戦い方をさせた場合に、下段からの攻撃などは体力を余計に使うだろう。それにメイジ相手の戦いなら、ワルドみたいなメイジ相手で1体1の戦い方なら、サイトが待ちのタイプなら駄目だろうな。隙がなければ、隙をつくれか。とりあえず、最初に間合いを測る訓練で、そのあとは動き回りながらの剣の振り方の種類を少し覚えてもらうというのが、10日間ばかりの短期でのメニューだ。そういえば、ここについたところで、疑問に思ったのだが、
「サイト、そういえば、筋肉痛は無いのか?」
「ああ、そういえばでていない」
「ふーん。そのガンダールブのルーンにはそういう効果があるんだな」
昨日、即席でみてただけだが、疲労がでてくるまでおこなったから筋肉痛がでてくるかとおもったが、そうでないってことか。
「ガンダールブ?」
「その前にデルフリンガーを出してやってくれないか」
「まあ、いいけれど」
そういって、デルフリンガーをだしたところで、デルフリンガーに聞いてみる。
「デルフリンガー。ガンダールブって覚えているか?」
「聞いたような気もするが、覚えていねぇ」
「お前にとって、サイトは使い手なのだろう?」
「おお。新しい相棒だ。けれど、なんか懐かしい気がするな」
「まあ。考えておいてくれ」
そこで、サイトは話してくる。
「なんで俺より先に剣と話しているの?」
「ああ。この剣が、ガンダールブのことを覚えていたら、この擬態もとけるんじゃないかと思ってね」
「ふーん。このサビサビって、本当に偽物?」
「まあ、それも使っているうちに、ガンダールブだとわかったら、きちんと本来の形状に戻るんじゃないかな」
「それで、ガンダールブって?」
「始祖ブリミルにつかえていた使い魔の一人だって聞いた」
「うん?」
「デルフリンガーって、ガンダールブに使われていた剣と同じ名前らしいんだ。俺の主人であるステファニーの家は古い家らしくて、そのあたりの情報も残っているんだってさ」
まあ、これは、ステファニーから使った方がよいといわれている言葉だ。
「へえ。そんな古い剣なのか。本当にサビなんじゃないのか?」
「本物のサビかもしれないが、普通の魔法に耐えられる剣は少ないからこれでもよいかもしれない。しかしそれよりも、基礎体力だ。まずここでは腕立て伏せからな」
それに腹筋と背筋を、俺もサイトと同じ時間だけ、回数なら2,3倍してから、続けて剣の稽古に入る。
「間合いは、足を見れば良い。ただ、それぞれの相手が攻撃してくる間合いは異なるから、それをこれから身体で覚えてもらう」
即席なので、俺が軽くふって、サイトが受けようとしたら、剣筋を途中で変化させる。避けるようだったり、間合いが近ければ、やはり剣筋を変化をさせる。そのタイミングで、軽くサイトに当てていき、身体に覚えさせる。逆の時はサイトの普段の剣なら、単純すぎて、すべて避けて、踏み込んで軽く当てる。これを30分づつおこなってから、学院前までランニングで戻り、最後にデルフリンガーを使っての素振りだ。
もし、明日も筋肉痛とかでてこないなら、筋肉に影響を与えているのだろう。そうすれば、少しでも筋力をあげておくことができるだろうし、即席コースでの難易度もどんどんあげていくつもりだ。
数日間、訓練していると、サイトの伸びをはっきりと感じられる。筋肉痛がおこらないというのは、ガンダールブの特性なのだろう。ステファニーの記憶で書かれていた1年もたたないうちに、生身でもトップクラスの剣士に育ったのがよくわかる。ただ、心の震えがたりないのか、デルフリンガーの擬態がとれない。どうしたものかと悩んでいたが、ステファニーからとんでもない提案があった。うーん。どうしたものやら。
この魔法学院にあの”白炎”がくるのか。いまだ、あいつからは逃げられるとしても、勝てる気はしない。けど、ここのコルベールがね……とも思ったが、最初にあった使い魔召喚では、確かにあの隙の無さは、尋常ではないだろう。しかし、色々なことが本当におこるのだな。これを、個人でどうしろというんだ。やはりルイズの虚無とサイトが使い魔というコンビが鍵なんだろうか。
そうこうしているうちにサイトの剣の腕前は上達しているが、まだ剣の腕は俺の上にいっていないうちにアンリエッタ姫が魔法学院にやってきた。しかし、あの話にロングビルがのるとは思わなかったな。いまだレコン・キスタとつながっているか不明なワルド子爵だが、一発勝負だ。ワルド子爵は明日の対応でわかるな。
俺が夕食後にステファニーへ「どうやって、リカバリーするつもりなんだ?」と聞いたら、思いがけない答えがかえってきたのを思い出した。
「アンリエッタ王女が信頼できる相手は少ないのだから、その信頼できる相手が手柄をたてたことを伝えればいいのよ」
「それって『破壊の杖』をとりもどしたことか?」
「過程はどうあれ、フーケから初めて盗まれたものを取り戻して、精霊勲章授与の申請がされたわけでしょ?」
「たしかに」
「だから私がアンリエッタ王女の女官に『ラ・ヴァリエール公爵家のルイズ・フランソワーズがフーケから『破壊の杖』を取り戻しました件で具申したく』って手紙を渡すのよ」
「そういえば、今回は、アンリエッタ王女の生徒との謁見て生徒の人数が限られていたのに、ルイズとはあっていなかったんだよな?」
「私もあえなかったけれど、落ちぶれているとはいえ水の名門であるモンモランシ家の娘で、ラ・ヴァリエール公爵家の名前が表面に書かれた手紙を、女官が勝手に見せないと判断するわけにもいかないでしょう」
「マザリーニ枢機卿に持っていくという線は?」
「無くはないけれど、最終的にはアンリエッタ王女へ渡すことになると思うわ」
そうして日もくれて、アンリエッタ王女がルイズの部屋に入っていった。俺はステファニーと一緒に、ルイズの部屋を鍵穴から覗いているギーシュの後ろに立つことにした。
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2010.05.20:初出