ステファニーの部屋に入ってきたモンモランシーに、キャミソールとパンティ姿をあらわにしたステファニーがベッドで横になっている。
「あなたたち、その格好で何をしているの?」
「お姉さまが考えているようなことは無いわよ」
「わたしが考えているようなって」
ぽっ、と頬がそまる。ああ、やっぱり、男女の営みがあったとか考えていたのね。ステファニーの今の姿を見た最初は、ちょっとばかり下半身に血は集まったが、いまは何とも無い。
「授業に遅れないようにするのよ」
モンモランシーがでていったあと、俺は
「上級貴族って、こういうところ見ても大丈夫だよな?」
とステファニーに聞く。
「他のところは良く知らないけれど、私の家なら私だからっていうことで大丈夫でしょう」
「家族にどう見られているんだよ。ステファニーは?」
「立派な治療行為だし。二日酔いのだけど……それに貴方に住む場所を聞かれた時に『この部屋になるのかな?』って言ったわよね」
「ああ、そういえば」
「そういうことよ」
それはともかく、まずは水を飲ませてやって、それから少しでもアルコール類やそのあとにできる二日酔いの物質を消費させるのに肝臓へ治癒をかけていた。けっこう気休めなんだが、何もしないよりは効果がある。あとは『エア・シールド』の中に彼女をいれて、少しでも酸素を取り入れやすいようにする。前世での高気圧酸素タンクがわりにしたいのだが、酸素だけ選択するなんてことはできないしな。
「うんと、調子はどう?」
「できたら、休みたいところだけど、二日酔い程度で休むなんてね」
「まあ、無理しても、頭はまわらないぞ」
「そうも言ってられないし、昨日よりはましだから。あと、休み時間にまた『治癒』をお願い」
「ああ、じゃあ、廊下でまっているから」
「そうね」
ロングビルには、昨晩にうちに
「ステファニーは証拠を持っていないが、疑ってはいるようなので気をつけた方が」
と、無難な報告をしておいた。ステファニーも今さらフーケの件をどうにかしようとしているわけではないようだが、牽制も含めてロングビルに報告したことは伝えてある。俺は教室までステファニーを送ると、使用人の食堂に向かった。遅番のメイドたちでごったがえしているので、最近使っている席が空いていない。この時間は女性ばかりのようで男は一人だけ。ちょっとばかり居心地が悪いが適当に空いている席を見つけて聞いてみる。
「ここの席はすわれますか?」
「ええ、どうぞ。空いているのでお座りください」
一応、歓迎ムードだ。ただ食事をするはずだけだったのが、質問攻めにあったりする。
「ステファニーさんの使い魔ってあなたですか?」
「ああ」
「バッカスって言うんですよね」
「そうだよ」
「今は衛兵してるんですってね」
「そこで働かせてもらっているよ」
「召喚される前は傭兵だったんですって?」
「してたよ」
「『破壊の杖』を取り戻すのに同行されていたとか」
「そうだね」
食事で一口を食べ終える前に質問がくるので、中々食事がすすまない。ただ、まわりからメイドたちが少なくなってきたのか、ここの席だけがめだつようになってきたようで、メイド長が言う。
「そこでぺちゃくちゃしゃべっていないで、食事が終わったものは、仕事だよ」
そうすると、まわりのメイドは食事が終わっていたようで、全員席を離れていった。仕事が無いわけではなさそうだから、ものめずらしいのだろう。俺以外にいるメイドは俺より遅めに来た娘ばかりのようでばらばらに座っている中、食事も終えて教室に入っていく。
ステファニーは朝食も、とっていないだろうしアルコールを取った翌日は確か甘い物が二日酔いを早くなおすんじゃなかったかと思って蜂蜜をもらってきた。ステファニーはこっそりと、蜂蜜を舐めているので、俺はその合間に先週ぶりの呪文の写しをしている。午前の授業は3回にわかれているので、その合間に中庭のめだたないところにでるが、さすがに二日酔いで『治癒』の魔法をかけられるのは恥ずかしいらしい。
「もうだいじょうぶだわ。ありがとう。バッカス」
昼休みにはずいぶんと元気になったようなので、昼はいつもの通りにすごし、午後の授業の為に教室に入るとステファニーから声をかけられる。
「ルイズの方は、大丈夫よ。貴方が元傭兵で、剣の見立てができるというのが1点。インテリジェンスソードは特殊な例があるらしいからきちんと見させてもらいたいと言ってたら、それでサイトの持っている両方の剣を持ってきてもらえる事になったわ」
「そうすると、衛兵の詰所に言っておいた方がいいな」
「そうね。うまくすれば、今後もサイトの訓練につきあってあげた方が良いと思うから、今後の衛兵のローテーションも変えてもらわないといけないかもね」
おお、俺のもらえる給金が減っていくのか。
「そういえば、そこまでサイトに肩入れしないといけないのか?」
「それを説明するのを忘れていたわね。今晩また部屋にきて、そこで詳しく説明してあげるわ。それまでちょっと協力してね」
「ああ。わかった」
午後の授業は中々すすまないが、終わりが見えてきた2種類目の呪文の写しもノートが2冊目にはいっている。授業後は、中庭の一つで日中なのにあまり日がささないヴェストリの広場にステファニーとルイズとサイトと一緒にくる。目立たないのとあまり人は立ち寄らないそうで、ここにするがサイトとギーシュの決闘もここで行われたらしい。
「それで、あなたが剣の見立てをしてくれるって?」
「ええ。これでも元傭兵なので、剣について多少は見れます。ミス・ヴァリエール」
「なら早くこのインテリジェンスソードの価値を見てみて。もうまったく、この使い魔ったら、ツェルプストーの剣ばかり」
「いや、あれは勝負の結果だろう」
「インテリジェンスソードには特殊なものが多いので見立てるのには時間がかかります。まずはそちらの宝石が多い剣をみせてもらえますか?」
いや、本当にそうか知らないけれど、ステファニーにそう言えって言われたしな。
「ほら、わたしなさい。サイト」
サイトから、受け取った剣を見た感じは、剣としては極普通の剣という感じだ。そこで『ディテクト・マジック』で見てみると、固定化も硬化の魔法も弱い。普通の鉄板なら切れるだろうが、ブレイドでもつかどうかぐらいか。
「まあ、普通の剣に固定化と硬化の魔法がかかっているので、平民相手で硬化の魔法がかかっていない剣なら、欠けることも無いでしょうね。ただしラインクラス以上のメイジを相手にするのでは物足りないと思いますよ」
ルイズがわずかに希望をもっているような感じで、サイトはそれがどうしたという感じだな。俺は先ほどの剣をサイトに返しては換わりにインテリジェンスソードであるデルフリンガーを受け取り鞘から抜き取った。
「いやー、相棒が中々出してくれないので話せなかったぜ」
「ああ、ちょっと、見させてもらいたいので、静かにしてもらえないだろうか?」
「お前なんかに俺様が見れるのか?」
「まあ、やってみるからまずは静かにしてくれ」
「そんなのこちらの勝手だろ」
静かにならないので、その声は無視して剣としてみていく。初めてみる金属だな。表面の錆は、あらかじめ知っておかなければ、本物の錆として認識してしまうぐらい、本物っぽい。手でさわっても感触はかわらないし、研いでみないと本物か、そうでないかわからないだろうな。そして今度も『ディテクト・マジック』で見てみるが何も分からない。物質としてあるかどうかというより反応が無い。まるで魔法が失敗したような手ごたえだが、そのまま他を見ると反応するので魔法は成功している。魔法を吸収しているのだな。たしか、本ではこの格好のままで『ライトニング・クラウド』を直撃されていたな。純粋な電気ではなくて魔力のこもった電気だ。トライアングルクラスの魔法も多分大丈夫だろう。
「ああ、こっちのインテリジェンスソードだが、魔法を吸う性質があります。しかもこの格好も多分、偽者でしょう。なぜだかわかりませんが、本当の姿から擬態していると思います。この錆は錆ではなくて、錆らしくみせかけているだけだと思いますよ。実際、どれくらいの魔法を吸えるかはおこなってみないとわからないのですが、まずは両方を試させてもらいませんかね?」
「ええ、じゃあ、おもいっきり、この剣から試していただけますかしら」
ルイズはサイトの持っている宝石がちらばった剣を指差ししている。
「ええ、最悪両方とも壊れてしまってもよろしいですか?」
「ツェルプストーの剣を持ったままでいるぐらいなら、それでもかまわないわ」
俺はサイトに指示して剣を置いてもらう。俺はあいかわらずうるさいデルフリンガーを、気にしないでその横に並べるようにして置く。そして、タクト状の杖をだして十数本の水でできた鞭である『ウィーター・ウィップ』を唱えて、その水の鞭を互いにからませるようにして一本の長剣のようにする。これだと、普通のブレイドよりも長く使えるうえに、ブレイドよりも強力なので、一対一の時に時々つかう方法だ。これを、並べた二本の剣に同時に叩きつけると、宝石がちらばっていた剣は無残にも両断となったが、デルフリンガーは受け止めている上に弱いが、魔法を吸っている。
「やはり、このインテリジェンスソードは弱いですけど魔法を吸っていますね。すくなくとも対メイジの魔法に対処するなら、結果はもうでていますが、こちらの剣でしょう」
「メイジ相手に役にたたない剣なんか持たせられないわ」
サイトは「こいつナマクラだったのか」と呟いている。
「そんな剣、ツェルプストーにつっかえして、メイジ相手に使えないって言ってやるわよ」
「ルイズ。その他にもサイトにしてあげた方が良いと思うことがあるのよ」
ステファニーがルイズに話しかけていく。
「サイトの剣技と体力を見ておいた方が良いのではって、バッカスが言ってるのよね」
うん? 俺そこまできいていないぞ。ああ、今晩詳しく話すって言ってたか。確かに興味があるな。動きが速かったらしいからな。しかし、こちらの平民に比べて軟弱そうだし、どれくらいうごけるのかも実際にこの目で実力はみておくか。
「サイト。そのバッカスというのは元傭兵らしいから、どれくらいの腕かをみてもらったら良いわ」
ルイズは結構機嫌がよさそうだな。サイトは、なんで、俺なんかにって感じだが。
「いいから、サイトはやくしなさい」
「はいはい。ルイズ」
サイトはデルフリンガーを持つと左手の多分古ルーンが薄く光っている。
「適当に誰かと戦っているイメージでももって、剣を動かしてみてくれないか」
「シャドウ・ボクシングかな?」
俺は、思わず「ああ」と言いそうになったが、ボクシングはこの世界では見かけたことは無い。
「シャドウ・ボクシングっていうのはよくわからないが、相手をイメージしながら剣を振ってみてくれないか」
サイトの剣を見ていると普通の一般的な傭兵よりも速いが、動きそのものは単調で完全な素人だ。こうやってみていると、隙だらけだから一回見切ったら、ある程度以上の剣の実力者の相手にはならなさそうだな。あとはどれくらいの時間かは、魔法学院の時計をみているが、10分あまりでがっくりと速度が落ちて、ルーンの光も消えている。
「これでおしまいか?」
「もう駄目」
「うーん。噂に聞いていたほど速く無いんだけどな」
「そういえば、そうだわ」
「それはともかく、バッカスからみて、サイトの実力ってどう思う?」
「今のだと、正面からドットのメイジと戦えたって、ここの生徒が実戦を知らないから勝ったんじゃないかな?それと動けるのが10分ちょっとなら体力が少ないな。実戦でなら、基礎体力が必要だと思う。それくらいかな」
俺は素直な感想を言ってみた。
そういえばガンダールブって、心の震えで強さがきまるんだったな。
「どう、元傭兵の見識だけど。こちらのバッカスも練習相手が欲しいって普段言ってたので、練習相手になってくれるなら、そのサイトの訓練にもなると思うのだけど。どうかしらルイズ?」
ステファニーは最初からそのつもりか。そういえば、サイトを鍛え上げるっていってたもんな。ルイズの方はというと、どうしようかしらと悩んでいるようだ。
「サイトはキュルケに狙われているんでしょ? キュルケをしたっている男子に襲われたときの対処にも役立つのじゃないかしら」
キュルケをだしにするのか。
「そうね。彼女の剣もつきかえしてやるついでに、メイジと練習をすれば、狙われる機会は少なくなるわね。いいわよ。サイト、訓練しなさい」
俺の衛兵時間が無くなるなぁ。はぁ。
「バッカスも、もう使い魔として授業にでなくても良い時期だから、衛兵の時間は授業の時間帯をメインに変えてもらったらどう?」
「そんな時期だっけ? すっかり忘れていたな。もう一回、衛兵のローテーションを相談しなきゃならないけれど、訓練の時間は原則、授業後に3時間程度と考えて良いかな?」
「そんな、細かいことは、あとできめれば良いわ。それでいいわよね? ルイズ」
「ええ、かまわないわ。ステファニー」
ルイズはステファニーにのせられた格好だな。
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『ウィーター・ウィップ』は『烈風の騎士姫』ででていた魔法です。
2010.05.16:初出