この世界はつまらない。そう彼が絶望したのは何時だっただろうか。
彼がまだ幼かった頃、当たり前のように彼は普段目にしているこの世界の裏側に、テレビアニメやゲームのような物語が繰り広げられている。車よりも速く走るヒーロー、魑魅魍魎を相手にする始末屋、次元の違う力を操る超能力者に魔法使い、そして世界を終わらせようとしている強大な悪に立ち向かう勇者たち。
そういった存在が、この世界の裏側にはきっといるはずだ。
そして、いつかは自分もそういった特殊な力が目覚めて――以下略。
要は完膚なきまでに中二病患者だった彼だが、早熟だったのが功を奏したのか小学校の高学年になる頃には病も鳴りを潜め、そういう世界はどこにもないけど、まあその主人公みたいになれたらかっこいいだろうな、と軽く引き摺るくらいの症状で収まったどこにでもいる普通のヲタクな少年になっていた。
クラスメイトのくだらない話に対して、「ガキだなこいつら、フッ」と斜に構える痛さは残ってはいたものの、世界に絶望するような病状からは脱却していたのだ。
世界がくだらないのなんて、もうわかっている。
つまらない日常に埋もれて、ほんのささやかな趣味を生きがいに、俺はこれからも生きていく。
そう、『もっと世界が面白くなればいいのに』とか神(クトゥルフ的な)に願っていた時代は当の昔に過ぎ去ったはずだった。
はずだったのだ。
彼こと、長谷川千晴は今だからこそ思う。
そんなアホなことを願っていた過去の自分と自分でさえ忘れた頃に願いを叶えやがった神をぶん殴りたいと。
そう、真新しい制服に身を包んで、麻帆良学園中等部1年A組の教室の扉を開いた時に初めて、埋没するような平凡な日常の有難味を実感したのだった。
一般生徒チハる!
確かに多少は期待もしていた。
そのまま地元の中学に進むのが一般的な地域で、自分だけは進路に全寮制の麻帆良学園中等部を選択し、それまでいた環境との決別を図った。
勿論、趣味(コス)から早く卒業しろなどとほざく両親が若干煩わしく、全寮制のこの学園に行くことで自由になるという打算的なものもなくはなかったが、それだけでわざわざヌクヌクとした親元を離れるかというとそんなことはありえない。
この選択で少しはこの埋没する日常が面白いものになるんじゃないか。そんな期待が一切なかったかというと嘘になる。
やっぱり変わりたい自分が、諦めかけていた自分の中にいたのだ。
モノクロームで描かれるような褪せた日常ではない、心から面白いと思えるような輝ける日々を手に入れたい。
そんな変革を求めて、自分はこうしてこの教室の扉を開いたのだ。
ただ、だからといって。
「拙者の名は長瀬楓でござる。以後見知り置きを。ニンニン。」
「俺の名前は古菲アル。座右の銘は『考えるな、感じろ』アル。フォォオオオオオオオ、アチャァアアアアアアアア!!!」
とのっけからテンションフルマックスな忍者とイエロータイツ男がいるような日常は願い下げだった。
とりあえず、扉を閉める。
頭を抱える。
なんだ、あのミラクル馬鹿共は。
環境変わりすぎだろう常考、と心から思う。流石に今までの人生であんな馬鹿にお目にかかったことは一度もなかった。
そして、同時にまさかと思う。あのレベルのド馬鹿で埋め尽くされてるんじゃないかと。
困る。
非常に困る。
流石にあんなテンションに付いていけるはずもなく、地元にいた何気ない会話すら不可能になるのではという不安がムクムクと膨れ上がってきた。
いやいや、そんなことはないだろう。
あれらは世界でも希少なバカだ。あんなもん大量発生したら日本が終わる。
そう思って、扉を再び開ける。例の二人をできるだけ視界から外して軽く見回すと、思った通りそれを超えるアホの姿は確認できなかった。
ほっとして、黒板の前に立つ。名前も知らない何人かが集まっていたスペースに向かうと案の定、黒板には既に決まった席順が貼り出されていた。黒板の前で緊張した面持ちで、件の二人にちらちらと視線を向かわせる級友たちに心から同情する。そして、自分も同じ気持ちだと肩を叩いてやりたかったが、流石にそこまで気安く声をかけられるほど、自分は垢抜けた人間じゃない。
でも、そんな自分らしくない行動を取らせてしまいそうになるほど、インパクトの強かった二人に対してため息をつきながら、千晴は自分の席を確認した。
出席番号順から横に並べたのだろうか。窓際最後尾。席替えをするなら、間違いなく取り合いになるだろう場所だ。
思わず、グッと拳を掲げた。
そして、そのまま自分の席に目を向けて、ついでにこれから世話になっていくだろうその隣り――エヴァンジェイル・A・K・マクダウェルという名の外人の姿を拝もうとして。
思わず、掲げた拳を力なく落とした。
一言でいうとそこにいたのは変な奴だった。
変というか気狂いと言った方がいいかもしれない。
生気のない白い顔、というか、白い絵の具をぶっかけたような顔には黒と赤のペイントが引いてある。
そして、不自然に逆立った金髪。なんかもう、どっかで見たことがある攻撃的な衣装、というか仮装というかなんというか。
ぶっちゃけ閣下がそこにいた。
ちっこいデーモン閣下が鎮座してらっしゃった。
素で帰りたくなる。よりにもよって、アレの隣りである。まだ、さっきのアホ二人の方がマシな気さえする。
ちなみに、その後ろで従者のように控えているロボコップらしき存在のことは、何も見なかったことにした。気にしたら負けだ。俺は何も見ていない。
そう、多分、気にしたら負けなんだ。
ロボコップは元より、閣下も多分、昔の自分よろしくまだ進行中の病を抱える可哀想な人間なんだ。
実際、『自分の前世は悪魔で、俺はその記憶を持っている』なんて中二ネタはグーグル先生に聞けば一発で出てくるようなネタである。で、ちょっと参考資料を間違っただけだろう、アレは。
流石に前世ロボコップは知らんが、そう思ったら少しは仲良くできそうな気もしてきた。
無論、関わる気は1ミクロンたりともないが。
だが、隣人に一声もかけずに席に座るのはどうだろう。
今後の円滑な人間関係の構築の為にも、例えそれが血統書付きの純キ印でも挨拶くらいはしといた方がいいんじゃないだろうか。
そんなことを一瞬でも思ってしまった俺が馬鹿だった。
「よう。隣りの席になった長谷川千晴だ。これから宜しくな、閣下」
「なん……だと……?」
エライ勢いで睨まれました。
どうやらなんかよくわからんが琴線に触れてしまった模様。
「貴様、今、“閣下”と。確かにそう言ったな」
「……いや、言ったけどさ」
気にしていたんだろうか。
ペイントに包まれた目が驚きに包まれたように見開かれる。
正直、絶賛後悔中であります。幾ら何でもこのキ印と友達付き合いなんて死んでもありえなさすぎる。
汝、隣人を愛せよというが、これは正直キリストの御大でも無理だろう。
塩を送るんじゃなくて、その場に盛りたいくらいだ。
「茶々丸よ。此奴と吾輩が邂逅したことが過去にあったか?」
「NO。アリマセン。マスターと長谷川は完全に初対面になります」
「だが、確かに“閣下”と。“閣下”と呼んだぞ、此奴は」
いや、誰がどう見ても閣下なんだが。というツッコミは思い切り飲み込んだ。
どう考えてもやばい。なんか嫌な予感がプンプンすぎてゲロが出そうだ。
だから、これで話は終りとばかりに机に突っ伏して狸寝入りだ。
もう、俺は何も聞こえない。あと、お前らとは関わらない。
「フハハハハ! 吾輩との力の差を、この刹那の間に感じ取ったか。だが、感じられる力は只の人と相違ない」
だが、そんなの関係ないとばかりに隣りでなんか言ってる閣下。
狸寝入りにいびきを追加するしかあるまい。
「その隠行、眼力。そして、吾輩を前に狸寝入りを続けるその不遜。気に入った!! 吾輩のことはこれよりエヴァと呼べ!! 貴様を我が友として認めよう!!」
そのままフハハ笑いで大フィーバー中のエヴァ。
こんなに嬉しそうなマスターは久しぶりデス。とガッチャンコンガッチャンコンしてる茶々丸とかいうロボコップ。
そして、今なお狸寝入り中の俺。急にいろんなことが起きたんで頭の中をゆっくりと整理したいんだが、そんなことしなくても突き当たる一つの事実がある。
やべぇ。
超地雷踏んだ。
【あとがき】
次更新したら名前本HNに戻すつもりだったのですが、型月板にイカリング軍曹名義でSS投稿してた者です。そっち書けてないのに、こんなん書いててすいません。
異様なほどの仕事+転職活動の忙しさでここ数カ月死にかけてたのですが、今度はストレスで死にそうなので、設定とか流れとかぶった切って書けるような話をと、投下させてもらいました。
あくまでも、ネタです。正直、エヴァンジェイル閣下と漢に囲まれてオロオロする幼女先生が書きたかっただけなので。長編というよりは短編連作のイメージでいます。
あと、他のキャラクターの中に名前が思いつかないのが結構います。特に超。なんで、何かいい案があったら是非ともお願い致します。