首魁の張角が旅芸人ということもあってか、黄巾の蜂起には統一性がない。
場所も点々としている上、そのタイミングも規則性がない。
ゆえに、本拠地と思われる場所も不明。
その状態では大軍を編成したところで攻め入る事は出来ないが、尋問の結果一つの重要な情報を得た。
即ち、物資の集積場である。
黄巾党は、略奪したものを一カ所に集め、その後全体に行き渡るよう配る、という手順を踏んでいた。
その集積場でさえ固定されたものではなく、しばらく経つとまた別の拠点へと移すということである。
その徹底した管理体制は、統制のとれていない蜂起から考えると奇怪に映る。
——つまり。
首謀者がいる場所は、その集積場以外に考えにくい。
そう判断した華琳の指示を受けた桂花が、最近の蜂起が起きた場所のほぼ中間地点となる砦に黄巾の大隊が駐留していることを突き止めた。
ただし、黄巾は拠点を変える直前らしく、移動の準備を行っているということだった。
それを聞いた華琳の決断はまさに稲妻の如し。
直ちに軍を編成した華琳は、秋蘭と李衣を先遣隊に指名し、出発させた。
まずは少数の兵をもって砦に到達し、敵をそこに縛り付ける必要があった。
必要以上の戦闘は控え、牽制に留めるよう指示を出す。
相手も砦という優位性を手放し、野戦を選択するということはまずないだろう。
物資を守る必要もある。
相手は必然的に篭城せざるを得ない。
強固な砦というわけではないが、篭城する相手に勝利を収める為には時間がかかる。
ならば、先遣隊はあくまで牽制に留め、本隊の到着をもって圧倒的な戦力差で攻める。
幸い、すでに出兵の準備は整っている。
出発は秋蘭たちとほぼ同時に行うことが出来る。
それほど到着に時間がかかる事はないだろう。
後は、首謀者が逃げ出さないよう手を打っておくのみ。
万全の準備を整え、戦へと望む。
華琳の目は、勝利のみを映していた。
*
「お三方!…曹操の軍がこの砦に向かっています!」
「…数はどれくらいなの?」
「迫っている軍は少数ですが、その後方から曹操自身が率いる本隊が…こちらは万を超える軍勢とのこと!」
「そう。とりあえず下がりなさい」
「はっ!」
そして報告を上げた男が退出する。
まず声を上げたのは最も背の高い少女であった。
「れ、れんほーちゃん!なんでこんなことに!!」
「私達の活動が朝廷に目を付けられたらしくてね。大陸中に黄巾党の討伐命令が回っているのよ」
「…はぁ?わたし達、何もしてないわよ!」
「周りの連中がね…」
——天和、地和、人和。
またの名を、張角、張宝、張梁。
黄巾党の首魁とされる彼女達は、その知らせを受け大いに焦っていた。
精強で有名な曹操の軍が相手では、数は多けれど、烏合の衆である黄巾党に勝ち目は少ない。
そもそも、彼女達はただ歌いたいだけだった。
それがなぜこんなことに…
姉さんのせいだ!ちーちゃんのせいだ!…と責任のなすりつけ合いを行うが、それで事態が改善されるわけもなく。
3人の中で最も冷静な人和が提案する。
「私達ではどうしようもないわ…"ご主人様"に御伺いしましょう」
「うん、そうだね!」
「ご主人様なら絶対なんとかしてくれるよー!」
——ご主人様。
売れない旅芸人に過ぎなかった自分たちを、ここまで導いてくれた人。
彼の言う事を聞くと、全てがうまくいった。
容姿は冴えない。
身長も低いし、武力もない。
背中に大きな切り傷があって、伽を行う時も少し引く。
でも、あの人の言う事は素晴らしい結果をもたらす。
これまで失敗したことなんて一度もなかった。
これまでがそうなのだから、今回の危機もご主人様ならきっと何とかしてくれるはず。
そして3人は、"ご主人様"の元へと向かう。
*
「秋蘭、状況は?」
「はっ。敵は砦にて篭城しております。散発的な戦闘は起こっていますが、双方共にほとんど被害は出ておりません。」
「わかったわ。秋蘭、あなたは左翼、李衣は右翼に回って。春蘭が先鋒を務めるからその補助を。門を突破した後はあなたたちも攻城に回って!」
「はっ!」
「わかりました!」
「湊斗、あなたは私とともに春蘭に続いて。あなたの剣舞、存分に見せなさい」
「御意。」
(剣舞。そう評されるような剣技を身につけた覚えはないが…)
ただ殺す為の剣。
己の剣はあくまでそれに過ぎぬ。
だが、戦場で求められる剣とは、まさにそれだ。
銃火器が発達していないこの時代、技量が高ければまさに一騎当千の役割を果たせるだろう。
弓矢にだけ注意を払えば良い。
その弓矢とて、この鎧を貫く強度があるとは思えぬ故、首より上に向かってくるものに注意を払えば良い。
劔冑の仕手として、強化された能力であればそれも容易い。
(この戦場で、装甲せずにどれだけの働きができるか。それを測る)
装甲さえすれば、対空の概念のないこの時代、制空権を完全に掌握し無双の働きができるであろう。
が、今は茶々丸もいない上…この程度の相手に使うほど易々と切り札は切ったりしない。
それにいくら無双とはいえ、これだけの人数を相手にするのであれば熱量不足に陥る危険もある。
ある程度は生身で戦い、いざという機会で装甲すべきだろう。
後々必要になってくるそのタイミングを見極める為にも、今回の戦で生身でどこまでやれるかを把握しておく必要がある。
——いずれにしろ、戦場で行う事はただ一つ。
獅子には肉を、狗には骨を。
「敵兵には、死を。」
春蘭は思う。
この男には感情がないのか、と。
もちろん、戦場にて今更恐怖を覚えるようなことは春蘭にもない。
兵達は別としても、将ともなれば大多数の者はそんな感情とは無縁だ。
だが、高揚は抑えられない。
命のやり取りをする興奮。
武功を立てるという名誉欲。
そういった感情が昂る事で、恐怖心を麻痺させる。
だが、湊斗景明。
この男は違う。
まるで作業をするかの如く。
そう、この男は淡々と事務作業を進めるかのように、刀を振るう。
そして多くの死を生み出す。
その技量は春蘭をしても目を見張るほどの卓越したものだ。
だが、この男の強さはそれが本質ではない。
一切の感情に動かされる事なく、ただ自分の技量を振るう。
その無我の境地こそが、この強さの根源なのだと、直接対峙した春蘭は知っている。
あれだけ淡々と殺される兵士はたまらない。
事実、景明が近づくと敵兵は逃げ出そうとする。
殺している人数こそは景明よりも春蘭が上回るだろう。
だが、春蘭が対峙する敵は及び腰にはなるものの向かってくる。
得体の知れない恐怖が、戦意を喪失させるのだろうか。
——そして、景明の戦いを視界に入れる事で、その技術をわずかでも吸収しようとした春蘭だからこそ気付いた。
景明は、前方の敵と戦いながら、後方にも注意を払っている。
それはどういうことか。
後方から、自陣から矢でも飛んでくるという事か。
つまりは。
湊斗景明は、自軍を、曹操を、桂花を、秋蘭を、春蘭を。
全く信用していないという事に他ならない。
天秤は、明らかに曹操側に傾いていた。
門を突破した後は、さらに加速する。
雪崩のように突撃する曹操軍に対し、黄巾党は一気に崩れていった。
元々が烏合の衆、自軍の負けが見え始めた頃には脱走する兵も相次いだ。
曹操軍は完膚なきまでに黄巾党を叩き潰し。
首謀者である張角を捕らえたのだった。
ーーーあとがきーーーーーーー
戦を書くのは難しいです。
景明の戦いの描写は次に回します。
早めの更新ですがその分質は落ちてるかもしれません。
誤字などありましたらご指摘御願いします。