「おぉ、久しぶりじゃな。遠路で疲れているじゃろう、大したもてなしはできぬがゆっくりしていってくれ」
「うむ。ありがたい。お言葉に甘えさせてもらおう」
「そちらの生活はどうじゃ?」
「領主様は変わったみたいじゃがの。税も変わらず、何も生活は変わっとらんよ」
ここはとある辺境の村。
そこで一人の老人が古い友人を迎えていた。
お互いの近況を報告しあいながら、話は弾む。
遠方より友来たる、これに勝る喜びなし。
だが、やはりこの乱れた世の影響か。
自然と暗い話題が多くなり、愚痴をかわすようになる。
「戦働きのために若い者は連れていかれての」
「そうか。わしらの村も同じじゃ。つい一月ほど前に、息子も徴兵されていったよ」
「…そうか。確かお主の息子は晩婚ではなかったか?」
「うむ、まだ娘も小さいのに不憫じゃ…」
できることなら自分が代わってやりたかった、そう続ける。
「今は義娘と孫娘はわしと暮らしておる。息子が帰ってくるまでは守ってやらんとな。」
「今は出かけておるのか?」
「二人で買い出しに行っておる。」
すると、扉の向こうから明るい子供の声が聞こえてくる。
「噂をすれば、じゃな。お前さんに紹介しよう」
扉が開く。
若い女と幼い娘が立っていた。
「あら、お義父さん。お客様?」
「あぁ、わしの古い友人でな。遥々幽州から来てくれたんじゃ」
「まぁ、それなら精一杯おもてなししないと!…丁度いい果物が手に入ったんですよ。召し上がっていって下さいね」
「かたじけない」
女がばたばたと台所へと向かう。
「挨拶もろくにせず、慌ただしいことじゃ。…すまんな、後で落ち着いてからゆっくりと挨拶させよう」
「なに、元気でよいことじゃ。それで、あちらが孫娘かの?」
「うむ。…何しとるんじゃ、はよ入ってこい」
小さな娘は扉から入ってこず、それどころか背を向けて外を見ている。
「じーじ!来て!」
何やら気を引くものがあるらしい。
まだ齢四つの子であるが故に、何にでも興味を持つ。
どうやら空を見ているようだから、大方珍しい鳥でも見つけたのだろう。
「どうしたんじゃ?」
そう言って老人は外へと向かう。
扉の外へ出ると、孫娘が袖をひっぱりながら空を指差す。
そこには――
「なんじゃ、あれは?」
――銀色の光。
山の向こう側から光が走っている。
一瞬流星かとも思ったが、いつまでも消えずに空を駆けている。
「きれい…」
孫娘は夢中になって眺めていたが、老人は嫌な予感を感じていた。
不可解な現象、それは神々しいものではなく、どちらかといえば禍々しいものを感じる。
「なんだあれは?」
老人の気配にただならぬものを感じたか、友人も出て来ていた。
銀の光を見つめるその表情は固い。
老人と同じように悪寒を覚えているのだろうか。
やはり、あれは吉兆などではない。
かと言って、流星のようなありふれた自然現象でもない。
――なぜなら、今、まさに、その光が近づいてくるではないか!
「いかん!すぐに家に入るんじゃ!」
――そしてその地は、地獄と化した。
*
「また村が滅ぼされた、ですって?」
「はい、麗羽さま。先日と同じような有様です。民は女子供関わらず皆殺し、家屋は倒壊し、火の手が上がっていました。まさに壊滅、です」
斗詩のその報告を聞き、麗羽の表情は不機嫌そうに歪む。
「賊の仕業にしても、余りにも非道な行いですわね」
「あぁ、こりゃ許せねぇ!」
文醜もまた怒りを顕にする。
黄巾党の残党がまだ燻っていたか、根絶やしにしてくれる!
そう気勢をあげる二人に、しかし斗詩は待ったをかける。
「…斗詩さん、いくら戦が控えているとはいえ、この華北の地での狼藉を放っておくつもりは、私にはありませんよ。」
「はい、その気持ちは私も同じです。ですが…」
おかしいのです、そう斗詩は続ける。
「報告によると、金銭や作物などには一切手を付けられず、また若い女性の死体にも、強姦の跡があるものは全くなかったということです。単なる賊の仕業とも思えません。まるで、破壊それ自体を目的としたような…」
「……」
確かに、奇妙である。
「あとは、今回の村には一人生き残りがおりまして…」
「重要な人物じゃありませんか!斗詩さん、今すぐにその人間を連れてきなさい!」
「いえ。…すみません、見つけだされたのが幼い娘でして、しかも発見時には既に虫の息。街に連れ戻している間に息を引き取ったということです。」
「そんな…」
手がかりが消え失せる。
文字通り皆殺し、目撃者すらもこれでいなくなったということだ。
「ですが、その娘が最後に気になる言葉を残しています。『銀色の光が空からやってきて、村をむちゃくちゃにした』と。」
「…空から来た、銀色の光、ですって…?」
そこで初めて発言した男に、視線が集まる。
――今川雷蝶。
天の御使いに相応しく、常に余裕を崩さない彼が、珍しく動揺した表情をしている。
「雷蝶さん、何かお分かりになりまして?」
そのただならぬ様子に、麗羽が尋ねる。
「いえ…ちょっと考えさせて」
そう濁して答えると、雷蝶は目を閉じて押し黙った。
さすがにその様子から無理に聞き出すことはできず、麗羽は文醜、斗詩と対応を協議することにした。
自分に話し掛ける者がいなくなると、雷蝶は思考の海に没頭した。
(完膚なきまでに破壊された村、空から来た銀色の光…)
空からきた圧倒的な力が、全てを破壊し、殺戮する。
それは何人たりとも比肩することのできない圧倒的な速度で蹂躙を尽くす。
まさに災厄といえる存在。
雷蝶には、心当たりが一つある。
――銀星号。
正体不明の最強の武者。
大和の民も、六波羅の兵士も多くの者がその犠牲となっている。
あまりにも化け物じみた所業の数々に、存在が疑われたこともあった。
――しかし、銀星号は実在する。
まさにあの時、補陀落の城で、雷蝶はその目で見たのだ。
銀色の凶星を。
(あいつまで、この世界に来てるということ…?)
まさか。
そんなことがあるものか、とかぶりを振る。
だが、どうしてもその可能性を捨てきれない。
(思えば、この世界に来ている麿にしろ、湊斗にしろ、茶々丸にしろ…あの時補陀落にいた者ばかり)
それも戦いの後で、お互いにかなり近い位置にいたはずだ。
それが偶然ではないとすると…
(そもそも、この世界に来ているのが三人だけとは限らないじゃないの…!)
銀星号がきている可能性も、充分に考えられる。
(でも、あの場には多くの者がいた。それらが皆、この世界に来ているはずがない。それならもっとこの世界は無茶苦茶になっているはずだもの!)
ならばこの世界に来ている者の共通点はなんなのだろうか。
(あーもう、全然わからないわ!せめて銀星号の仕手が誰かわかれば…)
そこで雷蝶は閃く。
自分と、湊斗と、茶々丸と。
この世界に降り立った三人は、"神の御使い"とされている。
ならば、銀星号の仕手も同じように、神の御使いとして扱われているのではないか。
そして、その考えに合致するように、一人の人物が浮かび上がるのだ。
――北郷一刀。
(虫も殺さないような顔をして、あいつが銀星号の仕手…!?)
殺戮を行えるような者には全く見えない。
だが、それが擬態だとしたら…?
だからこそ、大和でも、六波羅に捕捉されず行動できていたのでは…?
そもそも、あの時補陀落にいた者がこの世界に来ているのだとしたら、ただの学生があの戦場にいたはずがないではないか!
ある種の確信を持つに至る雷蝶。
目蓋を開き、未だに方針を決めかねている三人に声をかける。
「劉備を攻めましょう。そこに、その破壊者も現われるわ。きっとね」
*
「おや、戻って来ましたか」
一人の導士の目の前に、少年が立つ。
「それで、どうでした?"あれ"の力は」
「…すさまじい力だ。俺でも恐怖を覚えるほどに」
「ふふっ…あなたがそこまで言うのですから、相当なものなのでしょうね」
「……」
少年は眉をひそめるが、反論はしない。
「あれほどの力、うまく操れればこの外史を終わらせることも容易なこと」
「しかし、あれを操れるのか…?」
「操れるか、ではなく操るのですよ。通常の手段で遅れを取った、ならば鬼札を用いるしかないでしょう」
それともあの屈辱をもう忘れたのですか、そう導士は問う。
「真逆…!北郷一刀、奴は絶対に許さぬ…」
そうでしょう、そう言いながら導士は少年の肩に手を掛ける。
それを欝陶しそうに振り払いながら少年は言う。
「わかっている。此度の機会を得られたこと自体が僥幸。今度は失敗らぬ!」
「えぇ。だからこそ万全を期さなければ。だから今は、"あれ"を操ること、それに精を注いで下さい。」
「…わかっている。"あれ"をどこで使うのが最適か、そのための情報収集と誘導は任せていいのだな?」
「えぇ。そちらは人海戦術でどうにでもなりますから」
そう言うと、いつのまにか導士の背後に白装束を纏った人間が現れた。
「まぁそちらは任せて下さい。…もしかしたら、その機会は意外と近いのかもしれませんが」
そう言って導士――干吉は少年――左慈に微笑んだ。
―――――あとがき―――――――
だいぶ話が進んできました。
次回は久しぶりに主役組の二人が出てきます。
そしていよいよこの物語も中盤です、後は一気に書き上げたいなぁ…