後漢の魏王、曹孟徳。
「治世の能臣、乱世の奸雄」と評されたその英雄は、現代においてもあまりにも有名な存在である。
血筋や品行に関係なく、才能ある人材を積極的に登用し、奇襲・伏兵などを用いながら連戦連勝し勢力を拡大させたその手腕。
また詩人としても高く評価されるなど、文武に飛び抜けた才を持つその人物を、景明も当然知っていた。
ただし、曹操を知っているとは言っても、その知識は書物によったものでかなり浅い。
己も武芸者の端くれ。
確かに三国時代の戦については学びはした。
だが、この時代は現代の世界における最強の兵器、劔冑が現れる以前での時代ある。
劔冑をまとった武者が戦場を駆けるようになって以降、戦は激変した。
戦術はもちろん、戦略さえ。
故に、劔冑を用いずに行う戦から学び得ることは少ない。
だからこそ、三国時代を描いた書物も、またそれに関連する兵書についても、景明はそこまで詳しく読んだわけではなかった。
「確かに俺の三国時代の知識は深くない、が…」
「ん?どーしたのお兄さん」
三人組の男を片付けた後、近づいてきた人物達。
物盗り達の首を落としているその間中、二人に注がれていた視線の存在には、景明も、そして茶々丸も気付いていた。
そして彼らは声をかけてきた。
その中でも一番身分が高いと思われる人物が名乗りを挙げた。
陳留の州牧、曹孟徳と。
覇気の溢れる声色。
苛烈さを秘めた瞳。
一分の隙も無い佇まい。
どれをとっても、後世に伝わる人物像が大げさなものではなかった、ということを感じさせる。
まさしく乱世の英雄、曹操その人である。
しかし…
「いや…曹操は小柄な人物ということは知識に有るが…まさかあの容姿で男、というわけでもあるまい?」
そう、曹孟徳と名乗ったその人物の容姿は、どう見ても少女のそれであったのである。
初め当然、同姓同名の別人物だと考えた。
しかし、脇に控える二人が夏侯惇、夏侯淵を名乗り、いよいよ別人とは考えにくくなってきた。
そして何より彼女が曹操自身であると確信させるのは、その覇気である。
神々しささえ感じさせるその雰囲気は、彼の最愛の存在——湊斗光にも通ずる。
それほどのカリスマを持つ人物が、同じ時代にそう多くいるとは思えない。
やはり、彼女はあの曹操なのであろう。
しかし、そうなると…
「曹操や夏候兄弟が、男性だというのは後世の捏造か?」
「まぁ遥か昔の事だし、中華は大和以上に男尊女卑の傾向が強いからね。それもありえなくはないけど、もしくは…」
「そもそもここが我々の世界の過去ではない、ということか?」
「うん。空想上では、平行世界とか異世界とか、そう呼ばれるとこかな。あてらの言葉が通じることといい、出来の悪い物語の中にいるみたいだからこっちが本命かも」
「時間旅行だけでも厄介この上ないが、その上異世界だと?未だに信じられん」
眉間に皺を寄せる景明。
そしてふと、何かに気付いたかの用に茶々丸に視線を移す。
「ん、どうしたのおにーさん?あてのことをそんなに熱く見つめて…ま!まさか!!こんなとこではダメだよ!!!いくらあてだって、ついこの前初めてしたばかりで、ろ、露出なんてレベルの高いプレーはちょっと…でもおにーさんならあてが嫌がってもどうせお構いなしだし、御堂が望む事ならあても頑張って…いたたたたた!!!!」
「何を言っている。頭を潰すぞ」
「警告は行動する前にするもんだよ!もうすでにアイアンクローしながら言う言葉じゃないって!!ぎゃー本当に痛い、のーもあばいおれんす!!」
しばらくこめかみを締め付けられた後、ようやく開放された茶々丸はさめざめと涙を流す。
「うぅ…異世界にきてまでもあての扱いは変わらないのね…告白までしたのに…」
「道具に過ぎんお前が何を言う。そもそも普通の人間より頑丈だろう」
「いくらリビングアーマーでも痛いもんは痛いって!だからもうアイアンクローは勘弁して下さい」
「さて。…これからする質問の返答次第では先程以上の苦痛を味あわせる事になるが」
へ?と茶々丸は景明を見る。
「この事態…もしや、貴様が俺に見せている夢では有るまいな?」
夢の操作。
これについて、茶々丸には前科がある。
正しく言えば光が行った事では有るのだが。
以前夢を操られた事に関しては、不問にしている。
頭の中を覗き見られるなど快く思うわけが無いが…
それは光の行った事であったから、景明は気にしなかったのだ。
己の存在は光のためだけにある。
光の行動に関しては、景明は心から全肯定できるからだ。
だが、それはあくまで光であればの話。
己の道具である茶々丸が行えば話は別だ。
この状況が現実であると思うより、夢であると考えた方が遥かにまともだ。
景明はそう考え、詰問したのだ。
だが、茶々丸は慌てて強く否定する。
「いやいやいや!!そんな事はしないって!!!」
「本当か?」
「天地天命に、いや御姫に誓ってもいいよ!」
ならば。
「これが夢なら覚めれば良い。だが本当に異世界に来ているというなら…どうすれば、光の元に、還る事ができる…?」
「おにーさん…」
ほとんど表情を崩す事のない、景明が沈痛な面持ちを見せる。
そう、景明は光が全てなのだ。
光の命を救う為に。
光を守る為に。
その他の大事なモノを全て捨てて、神降ろしを為した。
そして目標の達成は、景明の目前に迫ったところで、その手をすり抜けたのだ。
否、すり抜けたかどうかさえわからない。
光が助かったのか、そうでないのか。
結果すらわからないまま、この状況に陥った。
その事実はいかに景明を苦しめるものか。
「おにーさん、今はまだわからないけど…こっちに来たってことは還る方法もあるはずだよ」
「その方法にあてはあるのか?」
「今は未だ。でも必ず見つけ出す、あきらめるわけにはいかないもんね」
「無論。」
「とりあえずいろいろと状況を把握して、それから情報収集しないと…そう考えると、あの子の誘い、受けた方がいいんじゃない?」
「曹操の仲間になれ、と?」
そう。
彼女は自分たちの名乗りを挙げた後、自分たちの素性を問いただし—―もちろん、適当に答えただけだが——他勢力に属している武将ではないとみるや、誘いをかけてきたのだ。
いかに唯才是挙とはいえ、大胆な事だ。
「客将、という扱いならいいんじゃないかな。かなりあてらの実力を買ってるみたいだし。まぁ、あてに関してはなんかそれ以外の視線も感じたけど…」
「客将か。それで曹操は納得するのか?」
「うん、まぁその辺の交渉は、堀越公方であるあてど−んとに任せて!」
「激しく不安だが…」
どちらにしろ、このままこの荒野にいても何も出来ない。
とりあえずは人里へ向かい、情報を集めなければならないだろう。
曹操という権力者の傍であれば、何かと行動はとりやすい。
「わかった。お前に任せる」
「任された!おにーさんはどーんと大船に乗ったつもりでいて」
「失敗すればどうなるかは分かっているのだろう?」
「うぅ…命かけて交渉してきます。」
曹操達はやや離れた所で待機している。
二人で相談をしたい、ということで時間を作ったのだ。
こちらの様子をうかがいながら待っている彼女達の元へ、茶々丸と共に向かう。
金神に飛ばされた先の異世界。
古代の英雄、曹操との出会い。
この物語をも超える奇妙な事象が、自身を翻弄してきた劔冑を巡る運命につながるものになるとは、この時の景明は想像だにしていなかったのである。
ーーーあとがきーーーーーーーーーー
更新しました。
うーん…初っぱなから難産過ぎる…
本当は曹操との会話も書いていたんですが、自分で書いていて違和感がかなりあったので削りました。
こりゃ恋姫無双やり直す必要があるかな
各話が短すぎるので、後々ある程度量がたまったらつなげて編集し直すかもしれません。