「久しぶりね、湊斗景明」
驚愕は一瞬。
お互いの間合いの外で立ち止まった彼が声をかけて来た時には、景明は落ち着きを取り戻していた。
「お久しぶりです中将閣下。ご壮健そうで何より」
「えぇ——おかげさまでね」
対峙する二人。
それ以上の言葉はない。
お互いの一挙手一投足を逃すまいと警戒し、緊張が高まっていく。
それに慌てたのは斗詩である。
「雷蝶さん、今日は私達は使者として来ているので…荒事は…」
「でもよ斗詩!あたいは雷蝶の気持ち分かるぜ!国を滅ぼされそうになった相手だぜ?」
「「「!?」」」
その猪々子の言葉に、曹操をはじめ魏の将達が驚愕する。
「安心なさい、斗詩さん。私もこの場でこの者を討つつもりはないわ。…どうやら茶々丸もいないようですし。湊斗、茶々丸はどこ?」
「今、この場にはいない」
「そう、残念ね。」
雷蝶は表情こそは厳しいが、どこか余裕のある表情をしている。
そのどこにも敗残の将の傷跡はうかがえない。
確かに、あの戦いの後、景明と茶々丸は雷蝶の生死は確認していなかった。
だが、それでも致命傷に近いダメージは確実に与えたはずである。
このような無傷の状態のままでいられるとは考えがたい。
つまり——劔冑。
そう、確か銘は膝丸といったか。
あの劔冑の存在が、雷蝶の治癒能力を向上させたのだろう。
いくら縁が結ばれているとはいえ、世界を隔ててその能力が発揮されるとは考えがたい。
つまり…雷蝶は、劔冑ごとこの世界に来たということだ。
自分と同じように。
…この状況はまずい。
ここでもし戦闘になれば…景明は為す術もなく敗れ去るだろう。
この場は曹操の地であり、将も兵も充分にいるが…武者相手に人間が何人群れようが意味はない。
ここで雷蝶が景明を殺そうと決意したその瞬間に、己の命は終わる。
だが、と景明は視線を雷蝶の周囲に走らせる。
…雷蝶も、この場に劔冑を持って来ていないのではないか?
確か彼の劔冑の待機状態は馬の姿だったはず。
気配を断つような隠密行動に優れた類でもなかったはずであるから、もしこの場にあればその気配がこうまでしないということはありえないのではないか。
「それにしても湊斗。あなた達が天の御使いなんて笑えるわね。その『天の国』を滅ぼそうとしたのはどこの誰かしら?」
「…湊斗、その話は本当なの?」
曹操が問う。
それに対し景明は——嗤った。
「くっくっく…」
天の国を滅ぼそうとした。
『滅ぼそうとした』か。
つまりは、雷蝶は知らないのだ。
あの後鋳造爆弾が落とされた事も、そのエネルギーを光が喰らった事も。
地下から『神』が現れた事も。
——そして世界が終わる事も。
「何がおかしいの?あんた」
「くく…いや、少し訂正させてもらおう。滅ぼそうとしたのではない。…滅ぼしたのだ」
「…何ですって?あんた、お父様の国を…大和をどうしたっていうのよ?」
「直接手を下したわけではないがな。あの後、進駐軍が鋳造爆弾——信じられぬ威力を持った新兵器を投入してな。六波羅は瓦解した。」
その後の光や神のことは言わなくても良いだろう。
神のことなど信じるはずがない。
己でさえも半信半疑であったのだから。
雷蝶の目は景明を強く睨みつけている。
握られた拳には強く力が入り、今にも飛びかかってきそうな予感がする。
だが雷蝶はその場から動かない。
「どうした、かかって来ないのか?」
「…えぇ。麿も流石に生身で劔冑を断つような化け物を相手にするつもりはないわ」
「装甲すれば良いではないか」
「あーもう、うるさいわね!あんたらにやられて膝丸の傷がまだ癒えてないからしたくともできないのよ!……あ」
「そうか。それは好都合」
今この場で雷蝶を殺しておくか?
生身同士なら、条件は五分。
一対一では向こうに分があるとしても…こちらには曹操達がいる。
いや、だが彼女達が手を貸すだろうか?
どうやら雷蝶も使者として来ているようであるし、使者を斬り捨てるような真似を彼女が許すはずがない。
もちろん自分だけが戦うのであれば許可など必要あるまいが。
強制的に戦わせるようなことは出来ない以上、曹操や春蘭の助力は期待できまい。
自分の配下の兵士達も同様だ。
命令が違えば曹操の命を優先するだろう。
ならばあえて戦う必要もあるまい。
搦め手を用いるのならともかく、正面から戦えば難敵である。
六波羅最強の名は伊達ではないことは、充分に分かっていた。
「ええい、とにかく!…あんたと一緒に茶々丸も斬らないと、麿の気は済まないもの。いずれ決着をつけるわ。首を洗って待ってなさい」
「了解した。それまで閣下もお美しくあられるよう…」
「あら…相変わらず口だけは上手いのね。けれども麿が美しいのは当然のことですからね。おーほっほっほっほっほ!」
*
「湊斗!天の国を滅ぼしたってどういうことよ!?」
「そのままの意味だ。」
「まさか本当に…華琳様、やはりこの男は危険すぎます!」
今川雷蝶という天の御使いと、二人の使者が帰っていった後、桂花は景明を詰問していた。
この数ヶ月の働きで、この男の有能さは桂花も認めている。
何をやらせても水準以上に働く。
確かに認めよう、得難い人材である。
だがそれと同時につきまとう不安感。
この男は、容易に裏切る。
有能さを知ったが為に、なおさら景明が敵に回った場合の恐ろしさがわかる。
そして先程の今川なる者の言。
国を滅ぼしたような者を抱えるのは、あまりに危険過ぎる。
けれど、華琳様の答えは変わらない。
使いこなしてみせる、と。
その自信と覇気は、華琳様の最も好ましい部分。
でも今回ばかりは、それが悪い方向に転がってしまうのではないか。
そんな不安感に苛まされる。
春蘭はダメだ。景明に最も友好的な将である。
秋蘭は自分と同じように警戒しているものの、彼の働きを見て徐々にそれを解きつつある。
自分しかいない。
——そうだ。
万が一、湊斗が裏切るような姿勢を見せたならば。
それを御せるのは自分だけなのだ。
武で対抗する事は出来ない。
ならばあらゆる策を立てておく。
湊斗景明。
天の御使い。
桂花と同じように華琳の陣営に属しながらも、その存在こそが。
己の一番の敵となるのではないか、桂花はそう感じていた。
ーーーーーあとがきーーーーーーーーーー
景明と雷蝶の邂逅でしたが、ちょっと拍子抜けな内容。
まぁ今回は顔見せみたいなものです。
本番は茶々丸との合流後。
そして桂花の心情。
ある種のフラグが立った様子。
華琳は空気ですが、この後の連合で活躍してもらいましょう。