皆が頑張って戦っている昨今、どこに消えたか?と思われていたであろう北郷です。
ただいま私、陳倉に来ております。
だって俺、戦場で全然役にたたねーし。
なので後方で別任務です。
現在、廻りの村なんかを巡って、説得工作です。簡単に言うと、移住を勧めに来ているわけです。
この時代、人口が激減していたせいもあって、土地の方が余ってます。なので各勢力が侵略後の土地から住民を本拠地近くへ強制移住、とか実は多くて、なんか黒い気持ちになります。
強制はしません。ええ、強制はしていませんが、…実は兵達が現地調達としてこの辺の麦を刈っちゃってますから、既にこの辺の農家に今年の収穫はないのです。
みなさんの目は虚ろを通り越しちゃってます。なので、
「蜀へ行きましょう。落ち着くまでの食事支給するし税も優遇するよ」
と誘うと…まぁ選択肢ないに等しいですわな。
魂がなんか汚れていく気がします。
でもそういうヤな仕事だけに人には任せる事はできない…ちくしょう。
***
洛陽。
次々と届く悪い知らせ。
賈駆は知らせをそのまま司馬懿の方にも廻し、彼に判断材料を与える事を惜しまなかった。が、だからといって座して司馬懿の判断を待つ彼女ではない。賈駆とてこの時代有数の実績を持つ軍師なのだ。
さらに。曹丕も戦意に不足が有る、とは決して言われないタイプの皇帝であった。
「…まずいわね」
「まず献策なさい、それでこそ私の軍師でしょう」
「状況を整理させて。第一に。長安はおそらく陽動。女装親父と10万の兵が拘束された状態」
「続けて」
「第二に。敵主攻軸は、おそらく荊州。すでに江夏と襄陽が包囲されている」
「しかも徐晃が戦死して、援軍が宙に浮いているわね」
「早急に援軍を再編成しなきゃいけない状況よ。そして現状を放置すると荊州を失う」
「で?どうするの?」
少し賈駆は考えてから続けた。
「曹休殿を寿春へ後退させるべきだわ」
「合肥…いえ、揚州は捨てるの?」
「どうせ一時的なものよ。いつでも取り返せる。今は淮水の線に戦線は後退させて、戦線を整理したいわ」
「満寵はどうするの?」
「汝南へ送りましょう。そこから江夏の解囲を試みさせればいいわ」
「襄陽は?」
「宛の部隊を使って解囲しましょう」
「…という事は、宛への最短距離にいる朕の出番ね」
曹丕は即座に洛陽の御林軍に出撃の指示を出した。
そしてそれを中核に親征軍を起こし、徐晃の残存部隊を吸収すべく宛へ急行する。
さらに留守居の為に冀州以北の兵の動員を指示。
皇帝親征による襄陽の解囲作戦の開始である。
がしかし。
「呉の友よ!今こそ立ち上がれ!我らが勇を見せる時ぞ!」
陣頭指揮は蓮華。
髪を切ったりりしい彼女の号令に、呉軍は応え、ときの声を上げる。
「ほぁーーーーーーーーーーーーーー」
陸兵10万を号する、呉の皇帝の親征軍が時を同じくして建業を出発する。
二つの皇帝親征軍が大陸に存在する、という異常事態に大陸は震撼する。
***
漢水のほとり、江夏の城。
文聘は城壁から全周を見下ろす。
呉の軍勢が幾重にも柵を作り、蟻の通る隙間もない。
漢水側を見ても水軍が游弋し、これまた手抜かりなさそうだ。
長くこの城を守る彼女にとっても、これだけの重包囲を受けた記憶はない。
「降伏…ってなぁ趣味にあわんなぁ。まぁ死ぬってのも趣味にあわんが」
呉の軍勢はこれだけの包囲をしながら、全く攻撃をしようとはしてこない。
「降伏勧告ぐらいせんか!『くそが』くらい言ってやろうと待っとるのに」
暇である。
文聘にとっての戦争は、意外に退屈なものだった。
***
魏の親征軍、宛に到着。早速残留部隊の吸収と再編成を開始する。
そんな中、襄陽からの伝令は驚くべき報告を持って来た。
「やつらはいったい何がしたいの!」
「不明瞭な報告ね、賈駆」
曹丕は不機嫌にたしなめる。
「…失礼しました。報告します。襄陽の敵撤退。周囲に敵影なし、です」
「賊軍共…どこに消えたの?」
追い討ちを掛ける様に、後方洛陽からの報告が届く。
「呉の孫権が直率する10万の軍が建業を出た?しかも寿春には近付きもしなかった?…それどころか空城の合肥まで回避して、洛陽への最短距離を進んでいる?」
(まさか、荊州も陽動?)
「その進路だと満寵の居る汝南にたどり着くわね。満寵に守備を命じなさい」
江夏の解囲はひとまず中止にするしかない。
「おかしい…。この広い大陸でこんなにうまく連係するなんて。どうやったの諸葛亮?」
***
その頃、本来の持ち場である長安を離れ、司馬懿は単騎、街道を駆けていた。
短い丈のワンピをはためかせながら、馬に鞭をくれる。
(独断で長安を離れた事、死罪に値するが…)
行ったはいいが首ちょんぱ、ではさすがの司馬懿も困ってしまう。
(ワシが主戦場へ行かねば敵の攻勢は止められぬ)
ここは少々策を弄する必要がありそうだ。