「えっほえっほえっほ」
「にくたいろうどうはつらいにゃー」
木牛そして流馬。サイズに違いはあるものの、人力で運用する車輪付荷台である。
が、朱里が張り切って命名したものの、最近は主に南蛮兵が運用するが為におおざっぱに「ねこぐるま」と呼ばれている。朱里はその辺大いに不満らしい。
蜀ではこの珍発明を利用し、後方の策源地である成都及び漢中から前線へ向け軍需物資を運搬している。
「…おなか減ったにゃ〜」
「これ食べたら怒られるかにゃ?」
「きっと怒られるにゃ」
「でも我慢できないにゃー」
軍需物資は必要な場所に輸送してはじめて役にたつ。
しかし、輸送する途中で、輸送自体の為に物資は消耗されるものだ。
この例で言えば、食糧を運ぶ輸送隊も飯は食うのである。もし武器を運ぶ輸送隊ならば、輸送隊が食う飯も運ぶ為に、運べる武器の量は減らされてしまう。
そして運搬距離が長くなれば長くなるだけ、輸送隊自体が食う飯が増加し、ある距離を越えると全く物資が前線へ届かなくなる。
これが兵站による攻勢限界である。
ねこぐるまは蜀軍の攻勢限界に多少の延伸をもたらした。しかし、長安はなお遠いのであった。
「まっしろ」
「お砂糖かにゃ?」
「お砂糖だといいにゃ〜」
ぺろ。
「!」
「塩だったにゃ!」
「しょっぱいだにゃー」
ま、そういう事もありますわな。
***
孟達子敬。
もともと蜀将であったが、関羽敗死の際に「救援しなかった責任」を問われ、殺されてはたまらないと魏へ寝返った女である。蜀の関羽敗死パニックの被害者の一人と言えよう。
呉と蜀が同盟する、という事態は彼女にとって渡りに船。
関羽を殺した呉が許されるのと同様、彼女の「罪」も既に赦されていた。ここで成果をあげれば、大手を振って帰参できる。
「さて、ここに陣取ると、文聘ちゃんも困っちゃうだろうな」
作戦開始に先立ち、上庸から密かに兵を出した孟達は襄陽を緩包囲。同時に洛陽と江夏の連絡線を遮断した。
当然、江夏方面への援軍、徐晃がだまってはいない。
徐晃は、襄陽の解囲の為、少数の手勢で急行。包囲陣を探って孟達の所在を捜し出し、そこに強襲を掛ける。
「おれは!徐ッ晃ーォー!」
何故か自己紹介を大声で叫びながら、鎖分銅を投げて来る徐晃。
突然の攻撃に馬を倒される孟達。
そこへ短戟を抜いた徐晃が飛び掛かる。孟達は徐晃の手首を受け止めるも、馬乗りされた危険な状況。
「ふふ…ずいぶんと…大物が…来ましたね」
「おれは徐晃!」
巴投げの要領で徐晃をはね飛ばす。
「あなた相手で接近戦はきついわ。でも、あなたの相手は私ではありませんよ」
「?…うぉれっ!!」
横からの一閃。徐晃は短戟で受け止める。
「おおっと。不意打ち失礼。危急の時だったのでな」
常山の昇り龍。その龍牙は、あえて受け止められる様甘い一撃であった。
「…趙子龍…あなた、いつ出たら格好いいか計ってたでしょう」
趙雲は今回、一軍の将としてではなく、少数の手勢で先行し、孟達隊に与力していた。
「はて?…おっとざれ事を言っている暇はなさそうでござるな!」
体勢を整えた徐晃は体を引き、大きなモーション準備に入る。
「おっ!れっ!はっ!」
「…は!つくづく自己顕示欲の強い男よ…ならば応えよう。…我が名は趙雲!」
趙雲が構える。
「徐ッ晃ーォ!」
「華麗なる趙子龍よ!」
***
徐晃戦死。率いて来た援軍は指揮官を失い宛で立往生。
孟達は襄陽を包囲したらしい。
文聘の居る江夏は陸遜による重囲下にあり、最後の伝令以降の状態不明。
荊州は魏の実働戦力が皆無な状況となった。
襄陽の後詰めに呉の周泰の大部隊が北上中という。
洛陽から届いた連絡は、司馬懿にとって最悪のニュースだった。
(やられた。主戦場は荊州。それも呉のぬるい陸兵共でなく蜀が先鋒とは)
と言う事は、狙いは長安でなく、洛陽。
(洛陽までやつらの補給が続くとも思えんが…)
となればこの長安の半包囲は陽動か。
(しかし、うかつに後退すれば追撃が来よう…こちらからの決戦には応じまい…10万の兵を無為に拘束されるのか!)
連絡の竹簡を握りしめ司馬懿は中空を睨む。
(これは軍師殿がなんとか手を打ってくれんと間に合わんな…頼むぞ賈駆殿)