レベル1 6
俺の目の前ではティアが、朝飯を食いながらこっくりこっくりと船をこいでいる。
いつぞやティアに言った通り夜になれば宿屋は閉まる。
深夜となればなおさらだ。
そのためティアを家に泊めたのだ。
今日で4日目と言う短い付き合いにも関わらずそのあたり抵抗は無いのだろうか?
まぁ、手を出す気は無いがな。
「あぅ~うまうま……」
寝るのか食うのかどっちかに出来ないのか?
朝から深夜まで寝ていたにも関わらずこの眠り姫は、深夜から朝にかけてまた寝たのだ。
この調子だとティアは朝が弱いのでは無く、何か根本的に眠くなる理由が有るのではないか?
「おはようございますっす!」
む?
家のドアをノックする音とケビンの声が聞こえる。
「うまうま……」
ティアの口に含んだパンが喉に詰まらないか気にしながらケビンとその妹のレイチェルを招き入れる。
「ティアがあの通り飯の最中なんでな、もう少し待ってくれ」
この眠り姫は幸せそうに飯を食いやがる。
「ティアちゃんったら相変わらずね……」
ティアの姿を見てため息をつきながらレイチェルが言う。
どうやらこれがティアの普通らしい。
レイチェルも最初は不味いと思って何度も注意したりしたらしいのだが、この癖だけはどうしても治らなかったそうだ。
最近では喉に物を詰まらせるような事も無い為諦めているらしい。
「さて、改めて今日からお前の面倒を見る事になったゼオルドだ」
「レイチェルです。よろしくお願いします」
兄さんが昨日の事を忘れたかの様にゼオルドさんの家を目指すのに対して、私はいまいち乗り気では有りません。
ティアが今朝になっても宿へ帰って来て居ないからです。
ひょっとするとゼオルドさんは教え子に無理矢理手を出すような方なのかも知れません。
兄さんにそれとなく聞いてみましたが、そんな事は無いだろうと言われてしまいました。
しかし、私は昨日の朝見た光景が忘れられません。
ベッドへ横たわるティアと裸の男……
兄さんを身近に感じて育ったため、男の裸は見慣れています。
けれどアレは異常でした。
2mを超えるだろう体に筋肉の鎧を纏った巨人。
後ろ姿しか見ていませんが相当鍛えこまれている事が伺えました。
私のような冒険者になったばかりの女では、押し倒されたりしたら抵抗のしようが無いように思えます。
「おはようございますっす!」
考え事をしている間にゼオルドさんの家へ着いてしまったようです。
ドアが開いて兄さんの挨拶にゼオルドさんが頷き返しました。
後ろ姿しか見ていなかったため、顔はもっと怖いのかと思っていましたが、それほどでもありませんでした。
そのまま中へ通された私達は寝ながらご飯を食べているティアを見つけました。
「うまうま……」
やっぱりここに居た……
これはつまり、昨晩もティアとゼオルドさんは……
「ティアがあの通り飯の最中なんでな、もう少し待ってくれ」
ティアの食事姿に苦笑いを浮かべながらも、ゼオルドさんはどこか嬉しそうです。
それと同時に寝ながらご飯を食べるティアの事を心配しているようです。
その姿をみて、私は自分の考えが間違っている事に気付きました。
どうやら私が考えていたような、教え子に無理矢理手を出す方では無いようです。
そんな事をする人がこんなに穏やかな顔を出来るはず有りませんからね。
「ティアちゃんったら相変わらずね……」
ゼオルドさんに対しての警戒心がいくらか消えた私は、ゼオルドさんにティアちゃんのこれが何時もの事で、心配する必要が無い事を伝えました。
私も危ないからその癖を直すように何度も言ったんですけど、全然治らないんですよね。
「さて、改めて今日からお前の面倒を見る事になったゼオルドだ」
「レイチェルです。よろしくお願いします」
ティアが身支度を整えるのを待って俺達はダンジョンへ足を向けた。
ティアのようにレイチェルの資質を試してからの方が良いかとも思ったが、ティアと同じく後衛職のマジシャンを目指しているらしいので、それは無しにした。
後衛職に着く人間が前衛の仕事を覚える必要は無いからだ。
「それじゃあオイラはこの辺で失礼するっす!レイチェル、頑張るっすよ?」
ダンジョン前までレイチェルに付き添っていたケビンは、それだけ言うとレイチェルの返事も待たずに駈け出した。
相変わらずあわただしい奴だ。
「それじゃあオイラはこの辺で失礼するっす!レイチェル、頑張るっすよ?」
それだけ言って兄さんは行ってしまいました。
きっと、今まで休んだ分を取り戻すために中級ダンジョンへ向かうんだと思います。
兄さんありがとう。
ここへ来るまでに、ゼオルドさんが優れた冒険者だと言うのは肌で感じ取れました。
どこか柔らかい表情を浮かべていたその顔は、鞘の無い大剣を左右の腰に吊るした事で一変しました。
闘気とでも言うのでしょうか?
近くにいるだけで冷や汗が出て来ます。
「ゼオルド先生!ダンジョン内で注意する事は何か有りますか?」
ゼオルドさんに着かず離れず着いて行けるティアが羨ましいです。
きっとこの威圧感に気付いていないのでしょう。
こんな気配を放てるような人がレベル1だなんて世の中間違ってます。
「ダンジョン内のモンスターは、外で暮らしているモンスターよりも凶暴だ。それに今のお前達では到底かなわないような敵も中には存在する」
「ダンジョン内のモンスターは、外で暮らしているモンスターよりも凶暴だ。それに今のお前達では到底かなわないような敵も中には存在する」
ふぇ~
そんなに危険な場所なんだ……
アイバットで苦戦しているような私じゃ、きっとすぐに殺されちゃう。
ゼオルドさんから離れないようにしっかり着いて行かなくちゃ!
「アシストはまず自分の身を守る事を最優先に考えろ。仲間を盾にして身を庇い、庇ってもらった分を回復魔法と補助魔法で貢献する。他にもアシストなりの戦い方は存在するが、それが一般的なアシストの戦い方だ」
え?
仲間を盾にするの?
「お前が人を助けたいと思うのは勝手だが、今のお前にはそれだけの力が無い。有る程度力が付くまでは不満でも我慢しろ。力が付いてくれば他にやりようはいくらでもある」
納得は出来ないけど、今は我慢の時って事だね……
きっといつかは……
ふぇ?
わわわ!
ゼオルドさんの手が私の頭を撫でてるよ!
……ちょっと気持ち良いかも。
「心配しなくても、パーティーを組んでる間は俺が守ってやる」
ゼオルドさん……
「心配しなくても、パーティーを組んでる間は俺が守ってやる」
頭を撫でながらそう言ったゼオルドさんとティアちゃんの間には確かな信頼関係が見て取れました。
……この疎外感は何でしょうか?
「むろん、それはレイチェルにも言える事だ」
良かったです。
このまま私は居ないものとして扱われるのかと思ってしまいました。
「マジシャンの戦い方はケビンから教わったか?」
「はい。前衛を務める人の援護をするタイプと、単独で敵を寄せ付けずに遠距離から倒すタイプの2種類です」
ゼオルドさんは私の答えに満足したのか、表情を緩めて頷いてくれました。
「お前がどちらを目指すのかは分からないが、ステータスの振り分けには十分気を付ける事だ」
それは兄さんから十分聞いています。
兄さんなんかは、中途半端が一番良く無いからと言って俊敏に全てつぎ込んでいますから、私も知能に全て振るつもりです。
「あっ!だからステータスポイントの振り分けはするなって」
「ああ。1度振ったステータスは2度と元には戻らないらしいからな」
「ああ。1度振ったステータスは2度と元には戻らないらしいからな」
そう。
この2人に冒険者の事を教えるに当たって、俺も色々と勉強をした。
その最たるものが、振り分けポイントだ。
今まで振り分けポイントが上限値に達する度に警告されて力に振っていたが、普通の冒険者ではこうはいかないらしい。
悩み抜いて体力、力、俊敏、知能の4つに振り分けるようなのだ。
っと、考え事も話もここまでのようだな。
このダンジョンの最深部に到着した事だし、そろそろ始めるとしよう。
あれ?
行き止まりだよ?
ゼオルドさんが道を間違えちゃったのかな?
「後ろに隠れていろ」
壁の近くまで歩いて来たゼオルドさんは、振りかえってそう言いました。
つまり壁とゼオルドさんの間に居ろって事?
「2人とも動くなよ?」
え?
ダンジョンに入ったあたりから強くなってたゼオルドさんの……存在感って言うのかな?
体がぎゅ~って締め付けられる苦しいような気持ち良いような感じが消えちゃったよ?
わわわ!
モンスターが一杯寄って来た!
なんでなんで!?
行き止まり?
兄さんからはゼオルドさんはレベルが上がらないと聞いています。
そのためこのダンジョンで何年もお金を稼いでいたと……
そんな人が道を間違えるでしょうか?
「後ろに隠れていろ」
振りかえってこちらを見るゼオルドさんの指示に従って後ろに回ります。
ここに何かあるのでしょうか?
「2人とも動くなよ?」
ゼオルドさんから放たれていた闘気が薄れました。
そのため、急に体が軽くなったような錯覚を受けます。
えっ?
その事にほっとしたのもつかの間、私は自分の目を疑いました。
大量のモンスターがこの袋小路へ集まって来たからです。
その数は10匹や20匹ではありません。
ぞくぞくとこちらを目指して来ます。
ダンジョンに入って以降、ここまで1匹のモンスターに出会わなかったのに……
……1匹も?
そこまで考えておかしな事に気付きました。
兄さんからダンジョン内では気を付けるよう言われていたからです。
ダンジョン内のモンスターは途切れる事無く、出て来ると聞いています。
それなのに私はここに来るまで1匹もモンスターを見ていません。
「ティア1人、もしくはレイチェル1人なら地力を上げつつ教えたい所だが、2人同時となるとそうも言ってられん。今日はお前達2人の地力を底上げする」
腰の大剣2本を抜いたゼオルドさんは、次々と襲いかかって来るモンスターを斬り飛ばしはじめました。
ゼオルドさんの斬激に大剣の切れ味が追いつかないのか、半ばまで断ち切られたモンスターたちは、完全に断ち切られる事無く左右の壁に轟音を立ててぶつかります。
その音に惹かれるように次から次へとモンスターが現れ、それをまたゼオルドさんが斬り飛ばして……
「ティア1人、もしくはレイチェル1人なら地力を上げつつ教えたい所だが、2人同時となるとそうも言ってられん。今日はお前達2人の地力を底上げする」
近くに寄って来たモンスターがゼオルドさんの剣で斬り飛ばされてます!
うわ~
ゼオルドさんが剣を使ったのを初めて見ました!
凄すぎます!
他の冒険者もこんなに強いのかな?
後書き……にしよう!
取りあえずダンジョン突入!
どのあたりで終わりにすればいいのか分からなくなって来たので唐突にぶった切り!!