レベル1
冒険者の国へようこそ。
この国には初級、中級、上級のダンジョンがいくつも用意されている。
ダンジョンにはレベル制限がされており、特例を除けば中級ダンジョンにはレベル15から、上級ダンジョンにはレベル60からしか入る事が出来ない。
このレベル制限は上級者のモンスター独占を防ぐための住み分けとでも言うべきだろう。
むろんむやみに死者を出さない為でもあるが、冒険者にとっては先に述べた理由の方が浸透している。
これはそんなダンジョンを攻略する巨漢の物語。
「……悪い!俺はもう中級用のダンジョンへ行かせてもらう!」
昨日までパーティーを組んでいた男からそう言われてまたかと思った。
この国のダンジョンには制限があり、レベル14までは初級ダンジョンまでしか行けない事になってる。
つまりレベルが15になったと言う事だ。
「構わないさ。そう言う約束だったからな」
去って行く男に未練は無い。
なにせこれで20人目だからな。
金を稼ぐために冒険者の国へ来たのは良いが、俺は何故かレベルが上がらない。
レベルアップはしている。
しかし、何度レベルアップしてもレベルが1から変わらないのだ。
「また追いて行かれたの?」
宿屋の1階に用意された酒場で1人酒をあおっていると背中から声がかかった。
「エイレか……」
「ずいぶんとごあいさつじゃない?」
俺のそっけない態度に拗ねた表情を見せるこの女の名前はエイレ。
俺の最初のパーティーメンバーだった。
今では上級者用のダンジョンで荒稼ぎしている。
「そんな安酒なんか飲んじゃって……今日は儲け話があるのよ!」
「……いつものか?」
「そうなのよ!雇ってた奴隷が殺されちゃって、次が見つかるまでお願い出来る?」
『いつもの』とは簡単に言うと荷物持ちの事だ。
上級ダンジョンには高額なアイテムを落とすモンスターも居るが、そのアイテムを持ちきれなくなったりもする。
そのため高レベルの人間がダンジョン内で荷物を持つ奴隷を雇う事はよくある。
初級ダンジョンでくすぶっていた頃は「私は奴隷なんて雇わないから!」なんて言いながら奴隷を憐れんでいたエイレだが、金は人を変えると言う事だろうか?
奴隷が死ぬたびに俺に依頼をするようになった。
まぁ、良いさ。
他ならないエイレの頼みだ。
「良いぞ」
「ふふふ、流石は私の自慢の彼氏ね!」
思っても居ない事を良く言う。
悪い気はしないがな。
「なんだ、またお前かよ」
上級ダンジョンの前で待ち合わせ。
そう言われて来てみれば、見知った顔があった。
嫌そうにため息をついた男の名前はワーズ。
こいつも最初のパーティーメンバーだった。
「そんな嫌そうに言わないでよ!これでも私の彼氏なのよ?」
「けっ!」
険悪だが何時もこんな調子だから仕方がない。
「オイラの名前はケビンっす!よろしくっす!」
ワーズの荷物持ちらしい男が手を差し出す。
なりを見るに奴隷では無く俺と同じように依頼を受けて荷物持ちをしている低レベル冒険者のようだ。
「ゼオルドだ」
自己紹介をして手を握り返すと悲鳴が上がった。
「新入り、気を付けろよ?そいつレベルが上がらないくせに力だけは強いからな!」
相変わらず人が気にしている事を平気で言いやがる。
いつかその頭握りつぶしてやろうか?
「もう!止めなさいったら!」
「けっ!」
そのやり取りを最後に俺達はダンジョンに入った。
ダンジョン内の通路は普通の人間には広いのだが、俺のような身長が2mを超える巨体が歩くには狭い道だって存在する。
まぁ、そう言った通路はたいていがダンジョンを探索するためのショートカットとして作成された近道なので、広い道はいくらでも存在する。
ただし、広い道にはモンスターが常に存在している為、探索やレベルアップを行う目的地に着くまではショートカットの細い道を通るのが普通だ。
つまり、何が言いたいかと言うと、俺の巨体のせいで進めないショートカットがあるために、移動が大幅に遅れているのだ。
「おら!早くしろよデク!」
何度そう言われたか分からないがこれもエイレの為だ。
そう思えば少しは溜飲が下がる。
「ゼオルドさん、ワーズさんって怖いっすね……」
「気にするな。昔からあいつは俺とそりが合わないんだ」
目的地に着いてモンスターを狩り始めた2人の後ろでアイテム拾いにいそしむ俺にケビンが話しかけて来る。
「新入り!てめえも早くアイテム拾えよ!」
「ご、ごめんなさいっす!」
やれやれ、これは先がおもいやられる。
「俺とエイレはこの先を調べて来るから待ってろよ?」
ダンジョンの探索が進み、また狭い通路に入った所でワーズがそう言った。
荷物持ちで足手まといになる俺達低レベルの冒険者はここで待機と言う事だろう。
「は~給料が良いからって雇われたんすけど、怖い仕事だったんすね……」
ワーズが見えなくなった所でケビンが愚痴をもらした。
「高レベルモンスターがうじゃうじゃ居るんだ。当り前だろ?」
「そっちじゃ無いっすよ!ワーズさんっす!」
なんだ、そっちか。
「それにモンスターはゼオルドさんでもなんとかなりそうじゃないっすか!」
「俺が?冗談を言うな」
「あの怪力は低レベルだなんて嘘っすよね?」
「最初の握手をまだ根に持ってたのか?」
「そうじゃないっすよ!」
しばらくそう言った他愛の無い話を続けているとケビンが急にそわそわしだした。
「ゼオルドさん、オイラちょっと……」
……なんだ、小便か。
「モンスターに襲われないようにしろよ?」
レベルか……
松明を手に小便へ向かうケビンを見送って一人考える。
力がいくら強かろうとレベルが上がらなければ意味が無い。
初級ダンジョンの敵がたった1発のパンチで屠れたところで、モンスターが落とすアイテムは宿代を払うので精一杯だ。
だからこそ危険を冒してまでこんな所で荷物持ちをしている訳だが……
「ぜ、ゼオルドさん!」
しばらく考えに浸っていた俺を大声で呼ぶ声が聞こえる。
何かあったのか?
声の元へ駆けつけると、そこにはモンスターに追われるケビンの姿があった。
……1匹………やれるか?
通路に駆け込むケビンと入れ違いにモンスターへ駈け出した俺はありったけの力を込めてモンスターを殴り飛ばした。
行ける!
そう判断した俺は吹き飛んだモンスターの上へ馬乗りになって殴り続けた。
反撃を許すわけにはいかない。
許せば俺が殺される。
殴り続けているとモンスターが死んだようで、1対の双剣が現れた。
……双剣?
自分で双剣と言っておいてアレだが、その双剣は大剣と言われても納得してしまうような代物だった。
作りはシンプルで鞘も無いような代物だったが、手に取ると奇妙なほど自分の手に馴染んだ。
「す、すごいっす!」
通路に逃げ込んでこちらをうかがっていたケビンが歓喜の声で迎えてくれた。
ゼオルドさんすごいっす!
モンスターに追われてる時はどうしようかと思ったっすけど、この人が一緒で良かったっす!
本人はレベル1だとか言ってたっすけど、そんな人が高レベルモンスターが倒せるわけ無いっす。
きっとレベルを誤魔化してるに違いないっす!
「怪我は無いか?」
モンスターからドロップした大剣2本を腰に吊るしたゼオルドさんがオイラの事を気にかけてくれだ事で、オイラは思考の暴走から帰って来たっす。
「怪我はないっすけど、大変なんすよ!」
そうだったっす、オイラモンスターに追われてたっすけど、そんな事よりももっと慌てるような事が有ったんす!
それで慌てて走ってる途中にモンスターに見つかったんす。
オイラはゼオルドさんを連れてモンスターと一緒に駆け抜けた道を逆走し始めたっす。
「何処へ行くんだ?」
あたりを警戒しながら着いて来るゼオルドさんの言葉を無視して先を急ぐっす。
「ゼオルドさん、驚かずにそこの隙間から中を覗いて欲しいっす」
「何だ?何が有るって………っ!?」
壁一枚挟んだ先にはゼオルドさんの彼女だって言ってたエイレさんとワーズさんが……
「オイラびっくりしたっす。エイレさんはゼオルドさんの彼女だって聞いてたのに、本人はダンジョンの中であんな事してたっす!しかもあの人一緒にダンジョンを探索出来ないような木偶の棒に興味無いって言ってたっす。どう言う事っすか?」
ひっ!
ゼオルドさんの顔を覗き込んでオイラは自分の失敗を呪ったっす。
さっきのモンスターなんかめじゃないっす!
恐ろしくてこれ以上喋れないっす。
「殺す……」
ゼオルドさんは小さく呟くとこぶしを振り上げたっす。
ちょ!
むりっすよ!
いくらゼオルドさんでもこの壁は……
オイラはゼオルドさんを止めようとしたんすけど、ゼオルドさんは止まらなくて……
壁は轟音を立ててぶち抜かれたっす。
「うお!?なん……」
あわわわわわっ……
ワーズさん何も言えなまま頭を握りつぶされちまったっす。
オイラの村でも女を取り合っての殺し合いはよくあったっすけど、ここまで一方的なのは見た事がないっす。
「ひっ!」
それをまじかで見る事になったエイレさんは頭の無くなったワーズさんの下敷きになって、繋がったまま動く事が出来なくなってるっす。
「エイレ……お前を信じた俺が馬鹿だったのか?」
必死にワーズさんの下からはい出そうとするエイレさんの頭を持ち上げてゼオルドさんが質問してるっすけど、エイレさんは気が狂ったみたいに喚いてて何を言ってるのかさっぱり分からないっす。
「……もう良い。昔のよしみで苦しまないように送ってやる」
ぐしゃって音が部屋の中に響いてエイレさんも動かなくなったっす。
ゼオルドさんは泣いてこそいなかったっすけど、しばらくその場から動かなかったっす。
自分を裏切ってた人に対してやさしいっすね……
おいらだったらこんな奴らの事で悩んだりしないっす!