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No.17608の一覧
[0] 【習作】惑星でうなだれ(現実→惑星のさみだれ)[サレナ](2010/03/28 09:58)
[1] 中書き[サレナ](2010/03/28 09:57)
[2] 第1話[サレナ](2011/08/01 03:37)
[3] 第2話[サレナ](2010/03/28 22:43)
[4] 第3話[サレナ](2011/08/01 03:37)
[5] 第4話[サレナ](2010/07/31 04:00)
[6] 第5話[サレナ](2011/08/01 03:38)
[7] 第6話[サレナ](2011/08/01 03:47)
[8] 第7話[サレナ](2011/08/01 04:18)
[9] 第8話[サレナ](2012/08/03 00:02)
[10] 第9話[サレナ](2013/12/01 01:09)
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[17608] 第6話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:37afdf3f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/01 03:47
梅雨。
雨は止みそうに無かった。

空を仰げば雲は無限に伸びていて、日の光が差さない地上は、ジメジメとした空気が肌に纏わり付いて煩わしい。
締め切られた窓が結露を生じて、湿った風は部屋の中まで入り込んだ。
カビ臭さと草の匂い。
部屋の空気は、湿度と一緒に重さを増した。
天候と、沈黙によって。

静まり返った室内。
俺は黙って机に向かっていた。
その背後には、無言で漂うザンの姿。
いつもは滑稽な筈の光景も、今は何故か張り詰めている様だった。
もしも誰かが部屋を覗けば、さぞかし険悪に映るだろう。
しかしそれは誤解だ。
俺は別に、何かを怒っているのでも、機嫌が悪い訳でも無い。
単に、用事が無かった。
会話を避けているらしい、ザンとは違って。

最後に言葉を交わしたのは、ビルの屋上。
あの時ザンが何を思っていたのか、それは今も知らない。

果たしてザンは黙り込み、そのまま現在へと至る。
どうしてこうなったのかと疑問には思う。
勿論、原因は俺だろうけど。
それが俺の発言と、俺の行動の、どちらが切っ掛けなのかは不明だ。
分かった所で意味は無い。俺に動く気は無いのだから。
ただ、距離を置くのも無視をするのも、相手が感心を持たない事には、総じて無意味な結末を辿る物。
このままザンが動かぬ限り、この状態に変化は無い。
一体何の意味が在って、こんな事をしているのやら。
現状維持など、焦れるとすればザンだけだろうに。

まあそんな、彼の奇行は放っておこう。
悲観的になった挙句、投げやりな行動に移る程、このカジキマグロ、甘くは無いのだ。
丁寧な物腰は、決して冷めた性格を意味しない。
何せ、500年を生きる全知の男に、生きる事を説く猛者なのだから。
さみだれや夕日といった、獅子身中の虫がいると知っても、時間を無為に過ごすよりは説得方法の一つでも探すだろう。
思惑は知らないけれど、無意味に思えるこの沈黙にも、理由が在るのだ、きっと。

残念ながら、俺はそんな奇妙な行動を取られた所で、その思惑を事細かに分析してあげたりなんて、しないし出来ない訳なので、目の前にある宿題を、ただ黙々と消化するしかないのであった。
ああ、実に、面倒だ。
面倒だったが、こういう物は後回しにする方が、よっぽど面倒なのである。
使われない脳みそなんて退化する一方で、一度ひとたびサボろう物なら、それによるダメージはまことに甚大。
そんな厄介な事態より、少しずつでも机に向かっておく方が、長い目で見て楽だという事は、言うまでもありません。
2度も生きれば学習します。……2度生きずとも学習するのが正しいね。
兎にも角にも、退屈な事なんて、さっさとやってさっさと済ませるに限るというもので。


つまりこんなモノローグしてる暇があったらさっさとやれという話ですよねわかります。





第6話 齟齬と修正





一日の終わり。
部屋の明かりを落とし、ベッドに横になる。

「……」

「……」

こうして今日も、ザンと口をきくことは無かった。

もしかしたら、こんな状況もまた、『当たり前』となっていくのかもしれない。
カラスの騎士の三日月とムーの様に、最初からお互いが、そんなあり方だったなら、特に思う事は無いのだけど。
正直に言えば、これまでザンと交わしてきた会話のやり取りは、久しぶりに楽しい時間だったと思っている。
それがこのまま失われるとなると、それは少し、寂しく思う。

では、もしもこうなる事が分かっていたら、その時俺はどうしただろう。
……きっと、何も変わらなかった気がする。
自分の考えを変えるつもりは無く、相手の機嫌を取るために取り繕う事もせず、またバカ正直に戦いに参加しない事を告げて、同じ場面で同じ状態になるのだ。
つまりこれは、自業自得。
当たり前の行動結果をいつもの様にそのまま受け入れ、いつもの様に『退屈だな』と思うだけなんだろう、と。

そんな予感がしたけれど。
あくまで予感でしかなかったらしい。

「あの……」

意外な事に、ザンが話しかけてきた。

「何?」

「次の戦いは、見に行かないのですか?」

「ああ……」

次に待つのは、6つ目の泥人形。雪待と昴、そして師匠が闘う相手だ。
本来のカジキマグロの騎士だった筈の、秋谷稲近が、この戦いで命を落とす。
そんな事を聞いたのだから、ザンが気にするのも当然か。
だというのに、俺が一向に彼等を探しに行く様子を見せない物だから、聞かずにはいられなかったのかもしれない。
とはいったものの……

「場所、知らないんだ」

近場であるなら、俺だって師匠の戦いを見たいと思う。
しかし、夕日達は6つ目の出現に気付か無かった事を考えると、次の戦う場所というのは、ここから離れた場所なんだろう。
夕日が実家で襲われたという例も在る。
更に残念な事に、漫画では雪待と昴が何処に住んでいるのかを説明するような描写は無いのだ。

そんな雪待と昴の二人に何度も会っていた三日月なら、あるいは活動範囲が近いのだろうが……そちらも居場所は分からない。
夕日の大学に行って、三日月を尾行し、彼の生活圏から推測して、とやろうにも、彼が普通に家に帰るかといえば、それも怪しく。
まして半月の弟ともなれば、また地獄の鬼ごっこが始まるとも限らない。
次の泥人形出現までそれほど時間も無いだろうから、それならこのまま次の戦いは見送ろう、と思っていた。

「織彦さんは、秋谷さんが騎士では無くなっている影響は、気にならないんですか?」

「大丈夫だって。あの人は凄いから、騎士じゃなくても何とかしちゃうよ」

彼の凄さを知っている俺だからこそ、そう思う。
例えば、彼の戦いの描写は一度だけだったが、その始まりから終わりまで、よく覚えている。
二人を連れて泥人形の元へ颯爽と向かい。
鈍重そうな相手と見て距離を離す。
しかし遠距離攻撃に意表を付かれ、師匠が二人を庇った。
防御を突き破られ全身串刺しにされるが、彼の体は崩れない。
落ち着いて昴と雪待に語りかけ、その背中を押した。
二人は戦場に駆け出す。
その間、師匠はザンと口論している。
彼は言った。こうして死を教えるのだと。
それに対してザンは――

「あれ?」

ザンが言うのだ。
そこで納得するなと。
死では無く、生き様を教えるべきだと。
その言葉を聞いて、師匠は、動いた。
そう。
聞いたから、動いたのだ。

「やっば……」

思い至った事が、思わず口をついた。

「え?」

そしてこんなタイミングでそんな声を漏らせば、聞きとがめる魚類がいるのも当然だ。

「……やばい、とは?」

僅かに躊躇うようなそぶりを見せた後、その内容を問われた。
俺の様子から、何か不穏な物を感じ取ったのかもしれない。
というより、今後についての話をしている最中、心配無いと告げた直後に「やばい」なんて言われれば、誰だって不安になろうという物。

しくじった、と思った。

きっとまたもや、ザンと平行線の話を繰り返す予感がして。
自分にとっての失敗なんぞ、そんな物である。

「いや……影響、あるかも知れないなぁ、と」

「……どのような?」

「ザンのセリフが抜ける、から」

「はい……」

「……最悪、騎士が3人とも死ぬ、かも」

「……」

確定じゃあないからな?
あくまで可能性の話だからさ、師匠が信頼する通りの結果を、二人とも出すかも知れないし。
ただまあ、あくまで戦うのは中学生の女の子達な訳で、なんらかの切っ掛けが無いと踏ん切りが付かないかも知れないとか、『生き様』を見ておかないと今後の戦いに影響が出るかも知れないなー……
とか思うんだけど。

「……」

と、続ける必要は無かったらしい。予感の良く外れる日である。
いつもなら慌てふためきながら、何とかしてこちらの感情に訴えかけようとする所だったのだけど。
ザンの様子にいぶかしんでいると、不意にザンが、俺に向けて頭を下げた。

「お願いします」

続けて出た言葉ははっきりとしていた。
シンプルな言葉はシンプル故に、一番想いが込もりやすい。
感情にまかせた言葉では無いのに、より一層感情が乗っている様な、そんな気がした。

「力を貸してください。 今回だけでもいいんです」

それは、今までの様に必要性を並べ立てるようなやり方では無く、自分の要求を一方的に突きつけるという行動だった。
対等とも、へりくだっているとも取れる行動は『従者』らしからぬ物だが、そもそも互いに何の契約も交わしていない自分達には関係の無い事だ。
どんな振る舞いだろうと、どうせ自分の答えは決まっているのだし。

「何度も言ってるけどさ、俺は自主的になにかに干渉する気は無いよ」

いつも通りの答え。しかしそれに対しての反応が、今日は違った。

「では、何もしなくて構いません」

「え、ああ、うん?」

あまりにもあっさりとした返事に首を傾げる。
力を貸して欲しいと言って、けれど要求を取り下げるのは何故だろうか?

「織彦さんは、干渉しないとは言っても、観戦したいとは思っているんでしたね」

「ああ」

「それなら、見に行きましょう」

「……何?」

それはつまり。

「あなたはいつものように、観戦しに行ってください。
 場所を探すのは、掌握領域の練習と同じです。
 眺めるのに必要な、最低限の労力という奴です」

俺が戦場に近付けばザンも近付く事が出来る。
彼らの状況が悪いのは、ザンがいないから。
それなら、俺が何かをしなくても、ザンが対応出来る状況にしたら良いと、そういう事か。
そしてその為に、俺が自主的に行動する理由もつける。

「さらに言えば、鶏の騎士と亀の騎士は兎も角、秋谷さんは我々の事をご存知です。
 両者が離れていた場合は、『負担を減らす』為に私の分の掌握領域を解除して頂いても問題ありません」

言い回しこそこちらのメリットのようだが、内容は『向こうに行ったら自由に動く許可をくれ』と言ってるだけだ。
まあしかし、その要求自体は俺が困るものでは無く、見に行きたいという俺自身の欲求に沿うものである。
今まで黙って考え込んでいたのは、コレか。
自分の要望を『ついでに』通す為の方法。

溜め息。

「見つからなくても文句言うなよ」

「っ!? はいっ!」

ベッドから体を起こす。
こんな時間から探し物を始めたら明日の学校に支障をきたすかもしれないが、時間の余裕がある訳でも無い。
今は夜だ。
6つ目が出る時間では無い筈だから、今すぐ外に出なくても大丈夫だろう。
けれど明日以降は、いつ現れるか分からない。
もしかしたら既に倒されているかも知れないが、そんな事は後で考えればいい。
7つ目が現れるまで確認出来る事じゃないんだし。

さっき考えた三日月を尾行する案は、リスクが多い割りに成功率が低い。学校に居ない事も考えられる。
もっと早く情報を得て、場所を絞り込める方法を考えなきゃならない。

幸い、ネット環境の整ったパソコンが在る。
椅子に腰掛けパソコンを起動し、新しく買った地図帳を机の上に開く。
町の全体図、近隣の山、隣接する県など眺めて、中学校を見繕う。
昴と雪待は、今後も騎士団の集まりに参加していくのだから、この辺りじゃないにしても、来るのに支障が無い程度の距離に住んでる筈だ。
それに二人は中学生。学校の通える範囲を考慮する。

学区の情報、小学校の位置、公園、そういった情報を探して画面とにらみ合い、地図にチェックを入れていく。
数が多い。
自分の住んでる場所から円状に調べていけば、それと同じ円がチェック場所の数だけ増えていくため、この中から当てを探すのは骨が折れる。
延々と増えていくメモ書きに嫌気が差しながらも、他に何を調べれば良いか考えていた。

住んでいる場所が分からないのは彼女達に限った事では無い。
学校名が出ていたさみだれ以外は、どれも探すのが難しい。
学生は兎も角、社会人であれば手がかりが極端に減る訳だし、同じ学生でも制服の無い大学生や小学生になると……そうか、制服だ。
俺は地域の名前と、制服というキーワードで検索をかけた。

画面に検索結果が表示される。
学校の名前や住所の他に、服屋の情報が追加されていた。
そんな情報はいらん。別に制服の発注がしたい訳じゃない。
しかし学校の写真も大半が外観を映した物ばかりで、生徒が写っている物は少ない。
遠距離からの撮影ならその分画質も荒く、服の細かい形までは見えなかった。
リンク先を片っ端から開き、やりすぎて時々止まるブラウザに苛立ちがつのる。
固まったら強制終了、それも効かなければパソコンの再起動……と、余計な時間を消費しながらも中学の制服を探した。

こんな深夜に、必死になって女子中学生の制服の画像を探し、食い入るようにディスプレイを覗き込む姿は、多分にアレだった。




「二人で戦うんだ。……できるな?」

舌を血に浸しながら、不適に笑って言葉を吐いた。
無茶は承知。しかし無理ではない。

「そっ……そんなのムリだよ……」

「わっ……わかった!!」

雪待が力強く答え、躊躇う昴の手を引いて戦場に向かった。
みるみる距離を離し、鈍重に動く泥人形を誘導していく。
傾斜と木の影を利用して、攻撃を警戒して奥へと消える。
二人が手を繋ぎ、困難に対しても前へ踏み出した。
その後ろ姿を眺めて、子供達の成長に笑みがこぼれる。
気が抜けたのか体がふらつく。立っているのも億劫だ。
木に寄りかかり目蓋を閉じるが、目には二人の姿が焼きついていた。

二人の無事な姿は予知でた。
だが、たとえそんな物が無くとも、私は彼らを信じて送りだせただろう。
優しい子達。
大切な物の為に戦う勇気を持っている。
互いが互いを支え合いながら何処までも進んで行けば、多くの物を乗り越えたその先で、笑顔の未来を掴み取る筈だ。

彼らには無限の可能性がある。
私達大人はそんな子供の為に、時に叱り、時に手を貸し、守り導いてあげるのが仕事だ。
叶うなら、そんなあの子達の成長をいつまでも見守りたいと思った。
彼らの戦いの運命が避けられぬのなら、その全てから守ってやりたいとさえ思う。
しかし人の命は有限だ。
私の命は今日ここでついえ、ならばその身を賭して彼らに教えてやらねばならない。
彼らが生きる為に。
人の命は永遠では無いからこそ、その一瞬一瞬は何物にも代え難い価値が存在するのだから。

長きを過ごし、ただそれだけだった私の人生。
多くの人に出会った。多くを人から学んだ。

知識だけでは得られない物が在る。
私が弟子達から受け取ったのはそういうモノだ。
それをわずかでも、あの子達に教えることは出来ただろうか。

「ごほっ……」

鉄の味が広がる。
こぼれ落ちた血の跡も、黒い土に染み込めば見分けはつかない。
人と外れた私の身体が大地へ還らずとも、今の一滴は養分となる。
それがいつか命を芽吹かすならば、なんとさいわいなことだろう。
むくろ惑星ほしへ、死は二人の糧となり、想いは彼らと共に未来へ行くのだ。
ならば、死という未知など笑って受け入れられよう。

「ふ……っ、思い返せば、十分に恵まれた人生じゃないか」

ふらつきながらも、歩を進める。
死への旅路。
引き摺るように向かう先は、彼らの戦場。
子供達の戦いの行く末を見届ける為の、そんな僅かな道のりを行く。

「500年、長かった私の人生もこれで終わりか……」


「違います!!」


答えなど返る筈の無い、自分の小さな呟きを遮る様に、誰かの声が響いた。
予想外、予想外だ。
未来を知る自分に知りえない状況が訪れた事に私は驚き振り返った先で見たも

「うわああああ!? ツノ付いとるーーーーー!!」




「はあっ、はぁ、くそっ、最近走る事多いぞ!」

こんな歩き辛い山道を全力疾走とかやってられん。
気が付けば太陽は天高く上り、大慌てで家を出て来たが、目的地に近付いた時には泥人形の出現を察知。
それで休む間もなく山登りでは、肺が痛くて仕様が無い。
俺は膝に手を付いて息を整えていた。
ザンは真っ直ぐ師匠のもとへ泳いでいく。
そして眼下には雪待と昴と泥人形。
どうやら間に合ったようだ。

ジグザグに走り回る二人と、ゆっくり一歩ずつ進行する6つ目の泥人形。
戦力的には不足無しだが、あの二人はまだ命のやり取りするほど腹が据わっていない。
距離を取ること自体は間違っていないが、攻撃に転じる思い切りの良さが無いと、恐らく押しつぶされる。

ザン達を見ればまだぎゃあぎゃあやってるみたいだ。
おいおい大丈夫かこの非常時に。

「うわっ!?」

「昴!!」

小さな悲鳴に慌てて目を向ける。
昴が転んでいた。
手が離れたらしく雪待は転んでいなかったが、二人に距離が出来たまま、足が止まっている。
姿勢は兎も角、距離は致命的だ。それでは手が届かない。
たとえ無敵の防御があっても使えなければ意味は無い。
致命的な隙を晒した二人は、哀れ串刺しとなり死んでいくのだ。
なんという悲劇。そのままきっと世界も終る。
ハンカチの手放せない物語の出来上がりだ。

だが、それはそれとして。

「ここまで来て全部おじゃんとか冗談じゃないぞ!!」

ここであっさり死なれては、俺の今日の苦労はどうなると言うのか。
そんな俺だけの都合で、手を構えた。
ああもう、いつまでも手間取ってる、ザンめ!
後でしめる魚的な意味で!!

「掌握領域!! 蜃楼海市ミラージュっっ!!」

泥人形のいる空間が突然回り始めた。
竜巻に巻き込まれるように、泥人形が景色ごと回転を始め、その中で振り回され目標を見失ったらしい泥人形は、首を捻って滅茶苦茶に攻撃を吐き出した。
飛び出した棘は回転する空間から抜ける所で、突然ワープしたかのように明後日の方向から生え出て、そのまま周囲の木や岩を薙ぎ倒していく。
だがその先に子供達二人の姿は無かった。
二人の位置は先程までと全く変わりない。
変わった点といえば、今まさに死にかけた状況で昴が腰を抜かしていた事と、雪待が唖然としたまま棒立ちになっているくらいだ。
そして泥人形の攻撃が止まったタイミングで、師匠は現れた。
やっとか。
安堵し、回転を止め、はっきりと見える師匠の姿を見つめる。

「受けよ、我が500年――天沼矛アマノヌボコ

光の柱が天から落ち、轟音と閃光を撒き散らした。




雪待達が医者を呼びに行ったのを見届けてから、自分を覆う領域を解いた。
一本の木に背をもたれ、満身創痍の師匠は俺の顔を見ると、弱弱しく微笑んだ。
彼の命が尽きるまでの僅かな時間。
目の前に立って、今更ながら、何を話したものかと悩んだ。
誰かの死に目なんて、遠くから眺めるだけだろうと思っていたから、こういう時はどうするべきなのか分からなかった。
どうしたものかと途方に暮れている内に、結局、師匠が先に口を開いたのだった。

「久しぶりだね、織彦くん。もう一度会うとは思わなかったから驚いた」

「俺も、来るつもりは無かったんですが……」

こいつが、というようにザンに視線をやる。
いつの間に拾ったのやら、角の先端には帽子を引っ掛けてあった。
帽子は師匠のそばにそっと置かれる。

「何か、新しい選択肢は見つかったかな?」

「いいえ、相変わらずです。今回は、本当に偶々ですよ」

「そうか。だが、感謝しよう。あの子達を助けてくれて、ありがとう」

「あー、えぇ……」

そのつもりの無い事に感謝を述べられるのは釈然とせず、かといって気持ちを突っ返すような真似もどうかと悩み、妙なうめき声になってしまった。
そんな俺を見て師匠は笑う。

「ザンくんも、ありがとう。君のおかげで間違わずに済んだ」

「こちらこそ、貴方のおかげで立ち上がれました」

騎士と従者で無くとも、二人は互いに助け合っていた。
この二人が共にいる光景を見ることが出来たのは、なんとも幸運なことに思える。
自分という異物が在っても、同じように出来事が進むなら、この先も物語の軸を外れることは無いのかもしれない。
そんな楽観視がフラグを呼び寄せるんだよなと思うのは、漫画やゲームの見過ぎだろうか。

「ザンくん……織彦くん……見えるか……?」

昴と雪待が走っていった方向を師匠が見据える。
はたしてその瞳は光を映しているのだろうか。

「ほら……子供達が先に……行く……私より未来に……走って……行く……よ」

まだ動く片腕で、トレードマークの帽子を頭に乗せる。
正面に立つ俺の位置では、師匠の顔は覗けない。
けれど、きっと表情は笑顔だろう。
だって声が安らかだ。

「なんて……頼も……しい、せ……な…………」

言葉が止まり、手は帽子から離れ、そのまま地面に落ちる。
彼の人生は、ゆるやかに、眠るように終わりを告げた。
間近で見る事となった死体は、胸がむかつくような不快さは無く、いっそ神々しさすら感じられた。
穏やかな死に様。
500年生きれば自分もこんな風に死ねるのだろうか。
それとも彼は既に次の人生が始まっていて、だから、残った体は穏やかなのか。
死んだ自分の元の体が穏やかな顔をしてるとは思えないけど。
しばし黙祷。
そうした事に意味は無い。
ただ、なんとなく。

「帰ろうか、ザン」

「はい」

少しだけ、感傷に浸った。
そして結局、いつもの様に、変わらない毎日が続いていく。
ただ、胸に感じた喪失感が意外と大きくて、驚いていた。




想いは次の世代へ受け継がれていく。
見守るだけの少年よ。
どうかあの子達を見守ってあげてくれ。


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