「なのはママ、飲み過ぎだよ」
「大丈夫なのヴィヴィオ。むしろ大丈夫じゃなくなるほど飲むことに意味があるの」
「意味がわからないよっ」
「ユーノくん、おつまみ追加なの」
こんにちは、高町なのは二×歳。
最近引っ越しました。
ユーノくんの家に。
ヴィヴィオともども。
正直身を固めないといけないと不安に思っている中でユーノくんは最後のラインなの。
っていうかこれを逃したらもう結婚無理な気がするの。
むしろ私が逃したらヴィヴィオに取られるという恐ろしき未来が待ってる可能性アリアリなの。
ここ十×年仕事詰めだったのがいけないと判断してそれなりに休みを取ることにしたの。具体的には上司に「私の休みを増やすか、私が任務で壊したものの始末書で休みを潰されるか選ぶの」と平和的に交渉して、ここ一か月はあのがらくた人形どもの住み家を襲撃しようとしないことで交渉成立したの。
私が「私のほうの家、皆忙しくてなかなか使えないからいっそユーノくんの家に私も住みこもうかなー」とさりげなくかつ露骨に切りだしてもユーノくんは嫌な顔一つせずに「いいよ」と答えてくれたの。ふふふ、これは私に気がある──と勘違いするのは浅はかなの。もう二十年近く幼馴染ってる私にはユーノくんがマジで下心無く了承したのがわかる。
こうなれば外堀からじっくりと埋めて事実婚に持って行ってやるの。
あとヴィヴィオから執拗に「なのはママ、あんまりユーノさん困らせちゃ駄目だよ」とか追い出しコールが来たけど後の無い女の不退転舐めるななの。
……まあ、私にくっついてフェイトちゃんまでユーノくんの家に来ることになったんだけど。
本当に「増築でもしようかなー」とにこやかに云っているユーノくんは何者なのか。
「はいなのは。いつもながら、飲み過ぎないようにね」
甘い保護者のような口調でユーノくんは台所からきんぴらを持ってきたの。
ここに引っ越してきてわかったんだけど、例のハートマークのついたエプロン。
……ヴィヴィオよりユーノくんのほうが似合うの。
「ありがとうユーノくん」
にへら、とお酒臭い笑みで返す。
海鳴から芋焼酎大量に送って貰ったの。
【甘露】美味しいの。お湯割りでくいっとやって「ぶはぁ」と息を吐くの。
お箸できんぴらごぼうをつまんでぱくり、と口に運ぶ。ごぼうのこきこきした触感とゴマのぷちぷちした味わいがこれまた焼酎に合って──
「おいしいよ、これユーノくんが作ったの?」
「いや、ヴィヴィオの様子を見にきたオットーとディードが作ってくれて」
ボギィ!
……。
箸が折れたの。
「時々うちにきてヴィヴィオと一緒に料理を作ってくれ──あ! なのはなに全力でがっついてるの!?」
がつがつっ。
こんな鉄錆とオイル臭ェ食品を一欠片たりともユーノくんの口に入れるわけにはいかねェの。
げふう。なの。
私が家にいないときに来るとはいい度胸なの。まあ玄関先で吹き飛ばされるか宿舎を襲われるかの違いなのテロリストめ。
レイジングハートを起動して、
「聖王教会の方角ってどっちだったっけヴィヴィオ」
「な、なのはママ落ち着いて!」
「冷静なの。当たりまえなの。
私たちは戦争をしているの。ちょっとがらくたの影がよぎったぐらいで……。
当然なの。私は冷静なの。
指揮権を持つ者が感情で動くなんてあり得んなの。
私は冷静なの」
「なのは、目がぐるぐるしてるよ!? フェイト、止めてよ!」
とユーノくんが部屋の片隅で置物のようになっているフェイトちゃんに声をかける。
そしてにっこりと彼女は微笑んで、
「なのはのやることは絶対正しいんだよ。
絶対正しいんだよなのはのやることは」
「なんか目から光が消えてる──!?」
ちょっとユーノくんの家に引っ越す際にお話合いしただけなの。
具体的にはスカ博士が作った変なバイザーをかぶせて一晩寝かせたらすっかり物わかりが良くなってたの。
あの孫が生まれてすっかり丸くなった狂科学者、「孫と余生を平穏に暮らしたいなら……」と平和的取引に応じてくれたの。
人間話してわからないことなんてないの。
ユーノくんとヴィヴィオの必死の説得でとりあえずレイジングハートを待機させるの。
ぐい──っと焼酎を呷って杯を空にし、一升瓶をコップに傾け、五:五の割合でお湯をいれるの。
ヴィヴィオが思い出したように部屋に引っ込んでなにかを持ってきたの。
「ほ、ほらなのはママ、管理局からお見合いの資料が届いてるよ」
「えっ!?」
とヴィヴィオが出した紙の束をひったくるように奪い取る。
そこには顔写真、役職、能力等データ値、勤務評定、自己PR……。
「……これはお見合い写真じゃなくて履歴書なの」
「そ、そうともいうね」
「しかも私の教導隊の補佐候補なのに、何故か全員『罰則として』配置されることになってるの」
自己PRに「すいません許してくださいどうか高町教官のところだけは窓が! 窓が!」とか「すこぶる無能です。教導隊には相応しくありません。まお こわ 」とか「なるたけ一身上の都合で教導隊に異動させられた場合辞職させていただきます」とか書かれているの。
まるで事故PRなの。「俺は悪くない」の連発なの。保険屋を呼べと書いてる人までいるの。
私はぐしゃあと紙の束を握りつぶしてゴミ箱に放り込んだ。
人の部署をなんだと思ってるの。
+++
「フェイトママのいいとこ見てみたい~!」
「フェイトちゃん、イッキ! IKKIなの!」
「ちょ、二人とも!? ああ、ヴィヴィオまでお酒飲んで……!」
「なのはのいう事なら何でも聞くよ。
何でも聞くよなのはのいう事なら」
「フェイトー!? 焼酎は原液でイッキ飲みしちゃだめだよー!?」
すっかり出来上がった私とヴィヴィオに囃されて一気飲みをするフェイトちゃん。
あ、咽たの。
テーブルの上に透明の液体をぶちまけるフェイトちゃん。
「げほっ……えほっ……」
「ああもう、布巾持ってくるから」
フェイトちゃんは涙目で頭を押さえながら、きょろきょろとまわりを見回した。
「あ、あれ? なんで私こんなところに」
……!
フェイトちゃんの目に光が戻ったの。
せんn──説得の効果が切れてしまったようなの。
ちっ。あのすっかり日和ったファッションマッドサイエンティストめ、うちに仕舞いっ放しの通販で買ったピーナッツバター製造機よりも役に立たねえの。
仕方ないからどんどん飲ませてワケわからなくするの。
+++++
フェイトちゃんは泣き上戸だったの。うるせえの。
私にしがみついて理由もなく泣きながら離さないの。本気でアルフでも呼ぼうかと迷うレベルなの。
私がフェイトちゃんに足止めされてるうちに……。
「ユーのさぁん、あはは、私ユーノさん大好きあんですからねー」
「はいはい。ありがとうねヴィヴィオ。もうそろそろ眠ったほうがいいんじゃない?」
「またそうやって子ろも扱いして……」
とべったりユーノくんにヴィヴィオがひっついてるの。へばりついてるの。
酔っぱらった子供扱いだからボーダーが下げられてユーノくんのガードが低いの。
ヴィヴィオが妙に薄着だけど、気付いていないの。
だけれど毎回の健康診断でシャマルさんに肝臓へ回復魔法掛けて貰ってる私にはわかるの。ヴィヴィオの瞳に映る正気の色が。
意識自体ははっきりしてやがるのあの娘。
おのれぐぐぐ……。
がしっと私の体に抱きついてきてるフェイトちゃんに向き直る。
「にゃのはぁ、聞いてるぅ……?」
「ええい、フェイトちゃんもいい加減離すの! フェイトちゃん、いつまでもガチレズは続けていけないんだよ! 中年のガチレズとか見るに堪えないのに、ただでさえフェイトちゃんは露出願望持ちで依存気味でロリコンでショタコンと変態性癖の役満なんだから!」
「相変わらず友達に対して容赦ない評価だねなのは。本人を目の前にして」
「ふぇ、ああう……」
フェイトちゃんはとうとう本格的に洟とか垂らしながら泣き出した。
そもそもフェイトちゃんの性癖に問題があるの。
PT事件を映画化した管理局のプロパガンダ映画、そのなのは九歳役に抜擢された子役の子に色目を使っているのは知ってるの。
エリオと家族だった頃だって当時見る目が違ったの。まあ、今はすっかり成長してキャロといい仲だから諦めたみたいだけど。
彼女はおろおろと周りを見回して、ユーノくんに目を止めて、
「じゃ、じゃあ私ユーノと結婚するよぉ!」
「「はあ!?」」
私とヴィヴィオの声が重なったの。
どうトチ狂ってその結論が出たのか。
「ュ、ユーノといればなのはともずっと一緒だし、親しい男の人なんてユーノかクロノかエリオぐらいしかいないし……」
すげえ理由で旦那を選ぶ女なの。
正直ガチすぎて引くの。
……はっ!
とユーノくんの顔を見てみるけど、「やれやれ酔っぱらって仕方ないなあ」といった感じの諦め表情なの。
酔っぱらいの戯言は総スルー気質のようなの。ふう、ちょっとアルコールで頭のネジの緩んだフェイトちゃんを本気にされても困るの。
とりあえずこれ以上変なこと言いださないように、フェイトちゃんは潰しておくの。そう思って懐からスピリタスの瓶を取り出してフェイトちゃんのコップに注ぐのでした。
そんなユーノ一家の日常。
********
「ユーノくん、ひっさー」
「や、はやて」
無限書庫でにこにこ笑いながら挨拶をしたのは一組の男女だった。
いまや陸のトップにたつ若き幹部アコース・Y・はやてと、無限書庫を稼働させ機動させ実働させた司書長ユーノ・スクライアだ。
共に時空管理局においてなくてはならない管理職であり、提督権限に近い権力をもつ実力者である。
同時にプライベートでの付き合いもあり、優先的に司書長が一般司書の二十倍近い検索能力で資料を探す友人の一人だ。
はやては妙ににやにやしながら、声を殺して手の甲を口に当てた。
「聞いたで。なのはちゃんにフェイトちゃん、ヴィヴィオちゃんとも同棲しとるんやって?」
「同棲っていうと語弊はあるけど──まあ、同じ家に住んでるのは本当だよ」
「隅におけんなあ! なんや、華がある生活でなによりや」
一般人なら死んどるやろうけど。
そう思いながらはやてはユーノを称賛した。
ユーノは苦笑して首を振りながら、
「いやいや、手のかかる娘が三人出来たみたいで忙しくて──嬉しいよ」
「……娘?」
「そうだ、はやてもなのはとかフェイトの結婚相手を探しておいてくれないかな。どうも、あの二人最近そのこと気にしてるみたいで」
僕は無限書庫勤務だから人脈がいまいちなくてさ、と手を合わせて頼んだ。
いや。
目の前に最有力人物がおるんですが。
っていうかそういう関係で同居してるんじゃなかったん?
と固まった表情をしながら、
「ユーノくんが結婚する選択肢はないん?」
「僕はほら、ショボイから」
いろいろと、さ。
彼は自嘲気味そういっている。
はやてはため息をつきながら、
(この自分を下に見る癖は一生治らんのかな)
と肩を竦める、重要な一部署の最高権力者であり時空管理局で知らない者はいない人物をまじまじと見た。
仕方がないので──或いは好奇心で。
きょろきょろとまわりに人がいないことを確認して。
はやてはこう尋ねる。
「たとえば、や。なのはちゃんあたりがユーノくんに結婚を申し込んだとして──」
「それは無いんじゃないかなあ。いやまあ、酔っぱらって冗談でとかならともかく」
「冗談てあんたそれ──おほん。だから例えば、や。万が一とかそういう可能性。ユーノくんはどう返事するん?」
「そりゃあ──よろしくお願いしますって」
「へ?」
「絶対幸せにします。僕の家族になってくれてありがとう──まあ、無いだろうけど、そう答えるかな」
あっさりと。
あまりに簡単に結婚を申し込まれたら答えると、気負いなく答えるユーノに目を丸くする。
「え──ユーノくん、お見合いとか断ってたやん」
「お見合いはほら、相手も僕も、お互いのことを何も知らない状態から関係を進めるとなると──失望されたり、悲しいから。でもさ、こんな僕でもいいって、普段の僕を知っている人がいるのなら──僕はその人を幸せにするよ」
(あかん)
はやては目を閉じて眉間に指を当てた。
(なのはちゃんは外堀から埋めてユーノくんを攻略しようとしてるみたいやけど……天守閣がウェルカムに開きっぱなしだと気づいとらん!)
ユーノをじりじりと好きにするどころではない。
ユーノはとっくにデレているのだ。
僧職系男子に見えるのは、その徹底した自分に価値がないと思いこんでいる受身の姿勢からか。
うっかり外堀を盛り過ぎて富士山みたいになっているのにまだ天守に攻め入ろうとしないなのはが悪いのか。ついでに慢性アルコール中毒の体質も発言を本気に受け取って貰えていない原因の一つでありそうだが。
さて、そのことを親友に伝えるべきか否か……。
はやての目に鋭い光が灯ってにんまりと破顔した。
「ところでユーノくん。うちにも三人娘がいてな」
「ああ、シグナムさんとシャマルさんとヴィータだね」
「ユーノくんは誰がこのm」
はやてのその問いかけは。
ぽん、と軽く肩に置かれた手に遮られた。
ぽん。
がし。
ぎりりりりっ。
と擬音で示すとそんな握力だが。
恐る恐る、はやては振り返る。
「な……なのはさん?」
「はやてちゃん、今何を勧めようとしたのかな」
「い──いやな。うちの子たちも、プログラムじゃなくて一人の人間として幸せな結婚を……あ、なんでもないです」
言い訳しようとしたものの。
そんな答えは期待していないといわんばかりの──何故かそこにいた高町なのはの笑顔に気押されて撤回するはやて。
ユーノは意外そうに、
「あれ? なのは、今日はどうした──って昼間から酒の匂いが!?」
「今日は半休をとったの。駆けつけいっぱいテキーラをやってきただけだから問題ないの」
「なのは今『一杯』じゃなくて『いっぱい』ってニュアンスだったよね?」
口からサケクッサーという擬音が発生している、既に顔を赤らめているなのはに呆れたような声を上げる。
なのはは包みを取り出して、
「ユーノくんお弁当作ってきたの。お母さんに土下座して料理修業してきたから食べて欲しいの。まあ、酒のつまみに脂っこいものはちょっと減ってるけどなの」
実家に帰ったときに勉強してきたのだ。
なにせ姉が熊を担ぎながらジャージで「なのは帰ってたの? いやーわたしゃ熊を仕留めるために三日間山に籠りっぱなしだったよ。え? 全身血と泥に汚れてるって? はっはっは見せる相手もいねー」と女として末期な状態を見せられて危機感ウナギ登りであったから。
実質、熊相手に三日間山に籠る姉も、任務で数日間出放しになる自分も本質は変わらないようなおぞましい妄念に駆られて。
ユーノはにっこりと──あくまで昼間っから酔っぱらってる駄目な家族に向ける笑顔で、微笑んだ。
「へえ、じゃあヴィヴィオと一緒に食べようか……なのは、酒瓶は置いておこうね」
「なの」
ふらふらと休憩スペースへと歩いて行くエースオブエースと司書長の姿を固まったまま見送ったはやては、
「……まあ、おもろいから暫く言わんどこ」
と少し拗ねたようにいって無限書庫から出て行った。
大体において物事の解決はシンプルなものであり、行き詰まった人ほどそれに気付かないものであるのだが──。
どちらが先にそれに気付くか、或いは両方とも気付かないまま過ごすか。
どちらにせよ、割りと幸せそうな一家ではあった。