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No.17557の一覧
[0] 【習作】散り続ける桜のように(転生→D.C.Ⅱ)[クッキー](2014/05/09 19:58)
[1] 1話 『桜』[クッキー](2014/02/27 20:59)
[2] 2話 『願い』[クッキー](2014/02/27 21:33)
[3] 3話 『出し物』[クッキー](2014/02/27 22:40)
[4] 4話 『卒パ』[クッキー](2014/02/28 20:21)
[5] 5話 『ドナテルロ』[クッキー](2014/03/01 21:27)
[12] 6話 『悲劇』[クッキー](2014/03/01 21:41)
[13] 7話(過去前編)[クッキー](2014/03/01 22:28)
[14] 7話(過去中編)[クッキー](2014/03/01 22:58)
[15] 7話(過去後編)[クッキー](2014/03/01 23:27)
[16] 8話 『引越し』[クッキー](2014/03/02 01:10)
[17] 9話(過去続き)[クッキー](2014/03/03 00:35)
[18] 10話 『家族』[クッキー](2014/03/31 18:06)
[19] 11話(前編)[クッキー](2011/04/24 10:21)
[20] 11話(後編)[クッキー](2011/04/24 10:19)
[21] 12話[クッキー](2012/04/21 04:39)
[22] 13話(前編)[クッキー](2011/05/01 13:53)
[23] 13話(中篇)[クッキー](2011/07/10 18:11)
[24] 13話(後編)[クッキー](2011/10/01 16:57)
[25] 14話[クッキー](2012/11/10 21:40)
[26] 15話(修正のみ)[クッキー](2012/04/20 00:11)
[27] 16話『不安』[クッキー](2014/03/14 19:24)
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[17557] 7話(過去中編)
Name: クッキー◆09fe5212 ID:54e194b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/01 22:58
「じゃあ行ってくるな」

 杏が現実を受け入れ始め、さくらさんちに住めそうだと伝えるために玄関まで来たのだが

「おにいちゃんどこいくのぉ?」

 と寝ぼけ眼で杏が訊ねてきた。

「ちょっとそこまでだから杏は寝てていいぞ~」

 ちょっととはいえ、さくらさんちでこれからの事や杏の事を相談する予定だ。
だから話が終わるまで杏が暇になるだろうし、帰りには買い物も済ませたい。

 杏は俺のためにと荷物持ちをしたがるのだが、荷物を持つと袋を引きずってしまうので正直な所一人の方が楽なのだ。

 だが

「わたしもついてくぅ」

 と力無いながらに付いて来ようとする。

「眠いなら無理しなくても」

 説得するが、この言葉で引き下がる訳もなく

「つ~い~て~く~」

 どうしたものかね。

 本人は眠くて仕方ないのか頭が右へ左へ。だがそんな状態でも俺と離れるのが嫌なのか、必死に手を掴んでくるのだから対応に困る。

「この前だって付いてきて寝ちゃっただろ?」

 会話しているうちに目が覚めてきたのか今度は瞳に涙が

 って!

「ほら、ずっと離れるわけじゃないし、な?」

 慌てて嗜めようとする俺を恨めしそうに睨み

「ずっと一緒にいてやるって言ったもん」

 あの時の言葉をそのままに言い始めた。

 ゑ?

「ずっとって……」

 そういう意味じゃなかったんだが

 そんな言い訳が杏に通じる訳もなく

「……おにいちゃん言ったもん」

 と、ついに杏は泣き始めてしまった。

「いや、ほら泣くなって、一緒に行こっか?な?」

 妹相手におろおろしている兄は、外から見たら情けない事この上ないだろう。

「えと、あれだ、帰りに花より団子にいって甘いものでも買うのもいいしな」

 食べ物で釣ろうと思ったのだが一度泣き出した杏の涙は止まらず

 困った、なんだかんだ今まであまり感情を表に出さないというか、言うことを何でも聞いてくれていたので対処が分からない。世話のかからない子とは杏の事と言ってもいいぐらいだったから尚更だ。

「どうすりゃいいんだよ」

 あたふたするしかできない。俺のイメージで子供は甘い物で泣き止むものだったので万事尽くした感じだ。

 やけくそ気味に他にも色々言ってみたが分かった事は一つ、杏は物で泣き止まないという事だけだった。

 本当にどうすっかなぁ。

 さくらさんに細かい時間は言われてないが、今日行くと言った以上は早く向かいたい。
だからといって泣いてる杏を無理やり連れて行ったり置いて行くのも違う気がするし

 はぁ、本当に俺こんなんでいいんだろうか。

 杏に泣かれると本当に戸惑ってしまう。原作と時期が違うとはいえ、幼い杏は俺の中にあるイメージとかけ離れてしまっている、だからこれからもこのままと同じ様に接していいかの不安もある。

 何度考えても答えは出ないのだから意味がない行為だとは思うが、
こういった、ふとした拍子に考えてしまう。

 兄なんて立場だけでなく、誰かの人生を左右することになるとは今まで考えたこともなかったからだ。

 まぁこれからはさくらさんに相談もできるし大丈夫だろ。

「やっぱり杏の事はさくらさんに任せるのが一番いいのかも―――」

 考えてた事が自然に声に出てしまっただけなのだが、杏はビクリと体を強張らせた。

「いや……いやっ!!おにいちゃんと一緒にいるもんっ!!」

 ほえ!?一体何があったんだ?

 いきなり泣きから大泣きへシフトしたんだがその変わり様についていけない。

「杏いいこにしてるから……いいこにしてるから杏を捨てないで!!」

「ちょっ!!捨てるわけないだろ!?落ち着けって」

 もう本当に訳がわからない、なんで捨てるって話になるんだ?

「ちゃんとお留守番してるから、おにいちゃんいなくならないで」

「大丈夫だよ杏、言っただろ?ずっと一緒にいてやるって」

 戸惑ったが、まずは杏を落ち着かせないと。

 錯乱と言っていいほど妹はいやいやと首を振り、俺の腕を強く抱きしめ震えていたからだ。

 よしよしと頭を撫で続け、なんとか泣き止んでくれたが

「……一人にしないで」

 今までも杏が一人だった事はあまりなかったし、一人で留守番する時もここまで過剰に反応したことは無かった。

「杏、大丈夫だよ、俺はいなくなったりしないから」

 その内ちゃんと杏と話をしないとな。

「……ほんと?」

「あぁ、本当だ、今日はさくらさんとお話してすぐに帰ってくるだけだから」

 二人だけの兄妹なんだから。

「……うん」

「だから心配しなくていいから」

「……わかった」

 なんとか納得してくれたのかやっと手を離してくれた。杏の手をみれば爪のあとがはっきり残っている。

 どんだけ心配してんだよ。

 不安ばかりが募る。

「じゃあ杏もさくらさんちに行く準備しよっか」

 今日は杏も連れて行った方がよさそうだ。

 一人にしたらいけない気がしてそう言ったのだが

「……家でいいこにしてる」

「あれ?」

 返ってきた言葉は否定の言葉、あれだけ付いてくると言っていたのに。

「あそこ行きたくない……」

 そういえば行き場所は今言ったばかりだったか。

「さくらさんちで何かあったのか?」

「ううん、だけどおうちでまってる」

 どこに行くか聞かずに付いてくると言ってたからな、最初からさくらさんの家に行くと言ってればこんな事には

 違うか、今回の事があったから分かったこともあるしな。

 ただ、さくらさんとの事は今日も分からずじまい。

 それもいつかは聞かないと。

「でも……」

「ん?なんだ?」

「はやくかえってきてね」

 今日は買い物せずに帰ってこよう、と心に強く思い

「じゃあ行ってくるな」

 と背を向けたのだが杏がまた服を掴んでいて動けない。

 他に何かあったかと振り返るが、杏が両腕を広げているだけで何も言わないので分からない。

「?」

「ぎゅってして」

 あぁそういうことか。

 最近増えた行動の一つ、甘える事を覚えたのはいいが、その相手が俺だけだから今は仕方がないと

「すぐ帰ってくるから」

 軽く抱きしめぽんぽんと背中を叩く。

「んっ」

「行ってきます」

 最後に頭を撫で扉を開けた。

「いってらっしゃい」

 その声がえらく寂しげに聞こえた。











7話(中編)

『近所の女の子全員にお兄ちゃんて呼んでもらうフラグ立てないと!』




 さくらさんちまであと少しといった所を歩いていると、前方から走ってくる小さな女の子が見えた。

 あれ?なんでさくらさんがこんな所に?

 此方に向かって来ている少女はさくらさんだった。その姿は何故か焦っているようで普段見ることのない必死な形相。

「さくらさん何かあったんですか?」

 え!?っといった風に俺の顔を見たさくらさんは本当に急いでいるのだろう。

「よかった、さっき電話したら家出ちゃってたからどうしようかと思ってて」

 多分声をかけなかったら気づかずに走り抜けてただろう。そう感じる程彼女は取り乱していた。

「何かあったんですか?」

 さくらさんがそれだけ焦る出来事を思い浮かべてみるが

 考え付くものだと魔法の桜に何かあったとかか?それとも事件でも起きたか?

 ゲームでのイベントなども思い出そうとするが、この時期の内容自体あまり本編で出てないから関係ないだろうと思考を戻した。

 今の俺から見れば未来の内容を綴ったノート、何をするべきか、何をしてはいけないのか、それを事前に考えられる大事な物だ。だが今回のように本編に出てこなかった事柄は当然そこにも書かれていない。

 知っている道を歩く事は容易いが自分で選んだ道を進むのはとても不安がある、それこそ大層な言い方になるが未来を知っているだけに俺は他人より臆病であると言える。

 今の所、杏以外に大きく未来が変わる事はしてない自信があるし、これからだって……

 そう思っていただけに俺はこの後彼女から聞かされる内容で頭が真っ白になった。

「音姫ちゃんが病院から抜け出しちゃったって連絡が来て!」

 ……は?

 始めは意味が分からなかった。音姫さんと病院という単語があまりにもマッチしなかったからだ。

 何だよそれ、音姫さんが病院?ははは、んな事実知らないぞ俺は。

 学校に入るまで必要ないだろうと机の引き出し奥にしまってあるそれは、書いたその日から内容を確認していない。だが音姫さんが入院したなんて事は書いてないのは間違いなかった。

 そう考えた瞬間何故かこの前杏の姿がチラつく。「あんずもしんでおばあちゃんにあう」その言葉が何度も何度も。

 もしかして

 一つ思い出した、音姫さんの母、由姫さんが入院していた事に。

 由姫さんのお見舞いに行ってる?だけどそれだと抜け出すの意味が分からないし。

 考え込んだ俺の姿を見て俺に音姫さんを紹介してない事に気づいたのか

「音姫ちゃんって子は隣に住んでる子なんだけど、今入院してて」

 と、まくし立てる様に説明し

「ごめんね。ぼく急いで行かないといけないから!杏ちゃんとの事はまた今度に」

 その言葉と同時にさくらさんはその場から病院に向かって走って行った。

「は、ははは」

 彼女の背中を見ながら呆然と立ち尽くす事しか出来ない。

 音姫さんが入院?しかも抜け出すってなんだよ。

 同じ名前と同じ島、それだけで性格や出来事は全く違うって事だろう。俺が今まで大事にしまってきたノートはただの紙くずになったようだ。

 思い描いた未来が一瞬で砕かれた。

 大丈夫だ、そう、簡単な事じゃないか、
未来が分からないどこにでもいる男になっただけ、杏の兄で馬鹿な一般人。

 自分に言い聞かせようとするが体に力が入らなくなる。まるで今まで進んできた道が間違っていたと訴えるかのように。

 そうだ、俺も音姫さんを探す手伝いしないと。

 必死に前に進もうとするが、ふらふらと彷徨う様にしか足を動かせない。

「行かなきゃ……」

 例え俺の知っている世界でなかったとしても困ってる人がいるなら救わないと。

 その気持ちを力に前へ前へと地面を蹴り見えない明日ではなく今ある現実を見る。

 それは昔にだって考えた事だ。俺はこの世界に実際に生きていて暮らしているのだからと。

「急いで見つけ……」

 なのにちょっとした切欠でこの有様だ。すぐに遠くを見たがる自分に嫌気が指す。

 足元から崩れていく感覚に寒気を覚えながらもヨタヨタと足を動かす。情けない自分から逃げるように。















 どのぐらい歩いただろうか、記憶が曖昧で通った道も覚えていない。
見渡すとあまり馴染みのない通りに来ていた。

 確かこの先にあるのは高台だったか。

 今はベンチがあるだけの場所で、俺も一度しか来たことがない。その時杏を連れて来たのだが奇麗な景色を見せる事は出来なかった。

 何故ならば、本編で杏と義之が思い出に残すその場所は今、まだフェンスもなく、木で出来た簡易な柵があるだけだったからだ。小さな杏だと下から潜れるほど雑な作りで、全くというほど手入れがされていなかった。
満足のいく景色が見れず、危ないだけの場所。それが今のこの島の高台。

 誰もこの場所にわざわざ来ないのが原因の一つであり、此処までの道もあまり整備されてない事も問題なのだろう。
ただ流石に危険だという声も上がっており、近々改善されるような事を言っていた気がする。

 俺の信じてた未来ではちゃんとしたフェンスがあったなぁ。

 と、またその事を考えている自分に肩を落とし、引き返そうとしたとき、目に入ったものがあった。

「ぁっ」

 それは偶然か、それとも何かの力が働いたのか

「音……姫さん?」

 病院から抜け出したという少女がそこにいた。いや、正確には少し離れた位置に大きなリボンをつけた子が眼に入った。

 もしかしたら高台へ向かう道を弱弱しく歩く女の子は音姫さんじゃないかもしれない。だけど見ているのも危なっかしく感じる様に進む子を放っておける訳はない。

 なんでこんな所に。

 特に何もない此処にどんな意図があるかは分からないが、音姫さん本人であるならば皆が探している事だけではなく、入院する原因がある以上急いで呼び止めなければいけない。
違ったとしても足取りに不安があるし危険な場所だ。

「っ!」

 気合を入れ、坂の中腹あたりにいる女の子に向かい走りだした。

 俺にだってやれる事がある!

 やっと俺の足元に地面が出来たかの様にしっかりとした足取りで。













 追いついたのは丁度少女が柵に手を付けた時だった。

「音姫さん!!」

 息が上がり口の中が血の味がする状態だったが、何か嫌な予感がし兎に角大きな声で叫んだ。

 見たのは後ろ姿のみで音姫さんかどうか確信はなかったが、声にビックリしたのか少女は柵に置いていた手を外し振り返ってくれた。

「え?」

 その漏れた声は俺のものだった。その振り返った女の子の姿が思い描いていたものと違いすぎたからだ。

 「お、音姫さん?」

 髪型や大きなリボンは俺の中にいる音姫さんと同じだったが

 何があったんだ!?

 そう思わずにはいられないほど彼女の顔は疲れた顔をしており痩せていた。

 音姫さんは焦点のあってない瞳で俺を見たが興味がないのかフェンスの方へ向いてしまう。

 おいおい、まさか。

 名前を呼んだ時にはまだ音姫さんとの距離があり、彼女は力なくゆっくりとした動きだったのにも関わらず、俺が駆け寄った時には彼女は既にフェンスの外側に立ってしまっていた。
そして確信する。

 うそだろおい。

「そ、そっちに行くと、あ、危ないぞ」

 焦るばかりで何も思いつかない。声が震えているのが自分でも分かる。

 冗談じゃないぞマジで。

 高台の下がどうなっているか見たことないが、落ちたら死ねるだけの高さは間違いなくある。しかも今音姫さんが立ってる場所から数メートル先の位置は崖の様になっている様だった。

 俺と彼女との距離は10メートルたらず。

 だが近づいてる俺に気づいたのか

「来ないで」

 動きを止め、振り返りもせず一声投げかけてきた。

 大きな声とはいえなかった。いや、寧ろ小さな声だったが俺の動きを止めるには十分な冷たさを持った一言。もしかしたら魔法を使ってるんじゃないかと思ってしまうほど俺の体はビクリとも動かない。

 やばいやばいやばい。

 こんな時役立つ魔法があればと現実逃避してしまう俺を余所に、音姫さんはふと空を見上げふふふと笑い始めた。

 な、何か気を引かないと。

 焦燥に駆られながらも再び動き始めようとする音姫さんを止める一言、彼女の動きがゆっくりに見える程頭を回転させ出てきた言葉、それは

「怪我でもしたら由姫さんも悲しむよ!!」

 もうこの際会ったことがないなんて二の次に原作の知識から使えそうな単語を出すことにした。もう形振り構わず

「由夢ちゃんだってお姉ちゃんの帰りを待ってる」

 本当に思いつく限りの事を

「お母さんの所に帰ろう」

 叫び続けた。

「そこから落ちちゃったらお母さんと会えなくなっちゃうよ!!」

 止まれ!止まってくれ!!

 俺の願いは『一時』だけ叶った。だが何も考えずとはこの事を言うのだろう。

 だからすぐに後悔することになった。

 もしこの時少しでも考える事を諦めなかったら、もしもっと前にノートを見ていたら、もし杏の言ったお母さんに会いに行くという言葉に持った違和感に気づいてたら、そう思わずにはいられない。

 なぜならば

「いいこと教えてあげる」

 聞かされる内容は『知っている』現実だったから。

「私の」

 俺は道を間違えたのだ。

「私のお母さんもう死んじゃったから」

 死んだ様な目で俺の方へ振り返った彼女の顔はきっと一生忘れられそうにない。音姫さんの瞳に移った俺はさぞ滑稽だろう。

「だから此処にいたらお母さんに会えないの」

 そう、本編で言ってたじゃないか、お母さんに会うって杏と同じ言葉を彼女も

「け、けど由夢ちゃんは?帰らないと」

 家族が亡くなった事もまるっきり同じ状況で

「知らない!私はお母さんに会うの!!」

 何で俺は気づけなかったんだよこの事に!

「駄目だ、そんなの」

 自分自身に苛立つ。何度もチャンスはあったのにそれに気づけなかった。
一番気にすべきは義之君がいない事だったのだ。彼が守った人を代わりに俺が助けなければいけなかったのに。

 俺のせいで音姫さんは杏と同じ様に苦しんでいる。俺のせいで今も間違った道に行こうとしている。

 ゲームと全く違う世界じゃなかったのだ。

「ちゃんと生きてるのに何で死ぬなんて言うんだよ」

 音姫さんが入院したのは義之君がいるべき場所にいなかったから、ご飯を食べず母の元に逝こうとした彼女を止めれた人間がいなかったから。
 正確には母に会う事を諦めさせられる人間が、か。

「そんな事由姫さんが望む訳ないじゃないか」

 だから俺は絶対に彼女を救う。いや、救わなければいけない。

「お母さんは私を必要としてくれる」

 これは俺のミスが招いた結果なのだから。

「由姫さんだけじゃない!由夢ちゃんだって、純一さんだって音姫さんを必要にしてる!!」

「ううん、だって私とあの人達は違うから」

 違う?何の事だ?

「俺だって音姫さんを必要としてる!」

「適当な事言わないで、今初めて会ったばかりで」

「適当な事じゃない!!」

 俺にとっては音姫さんの必要とかそうじゃないとかは問題じゃないのだ。そもそも人に対して必要という言葉が間違ってる。人は相手の事を思いやり動ける生き物なのだから。

 側にいてほしい、いや、生きていてくれるだけでもいい。大切な相手に求める事なんてそれだけで十分じゃないか。

 人は物ではないのだから必要かどうかじゃない。音姫さんの言う必要では常に人に頼られてなければいけない事になる。誰とも会ってない時、必要だと誰からも思われてない時は要らない人になるのか?

 例え会えなくても幸せになってほしい、そう由姫さんも思ってるはずだ。

 音姫さんがこれから出会う人達の多くはその幸せを願ってくれる人だろう。それこそ学校に入ればどんどん増えるのは俺が保障出来る。

 けど今そんな事言ったって聞いてはくれないだろう。音姫さんが言いたいのは母に必要にされてたという想いだけだから。

「俺がもっと小さい頃にお母さんもお父さんも死んじゃって」

 何が違うのかは分からない、けど幸せを願う一人として何とかしてみせる。

 そんな気持ちが少しでも届いたのか、同じ様に親を亡くした事実に驚いただけかは読み取れなかったが、音姫さんは先ほどよりは興味を持ってくれたようだった。
音姫さんは目を細め疑うように此方を見てくるが俺は言葉を止めない。

「今までおばあちゃんに育てられてきたけど、そのおばあちゃんもこの前死んじゃった」

 今思い返すと不幸の中心はいつも俺がいるのではと思う。

「それでも俺は生きてる」

 今回の事も間違えれば音姫さんが死ぬ。まるで死神が俺にとり憑いてる様に俺の周りから幸せが逃げていく様だった。

「俺も会えるなら会いたいよ」

 けど

「けどお母さんもお父さんもおばあちゃんも皆」

 どうか

「皆生きて幸せになってほしいって願ってくれてたから」

 どうかこの人は

「だから俺は幸せにならなきゃいけないんだ」

 そっちに連れて行かないでくれ。

「音姫さんが死んじゃったら俺は幸せじゃなくなる」

「……そんなのあなたの勝手じゃない」

 音姫さんの瞳は戸惑う様に横に揺れていた。顔も先ほどよりも俯き、手を握り締めている。初めて俺の言葉にちゃんと考えて応えてくれたようだった。

「俺の幸せの為に音姫さんが必要なんだ」

 一歩音姫さんに近づく。俺の言葉に気をとられ気づいた様子はない。

 気づかれてはいけない緊張感が俺の体を震わせる。心臓も飛び出しそうなほどバクバクと鳴っていて、その音が彼女に聞こえてしまうんじゃないかと不安になる程に。

「そんな」

 否定の言葉だろうが遮る様に

「由姫さんは知らない人の幸せの為に行動する人だった」

 また一歩進む。

 由姫さんは誰よりも彼女を愛していたに違いない。だから音姫さんは此処までズレてしまったのだろう。

「その由姫さんが音姫さんが死ぬ事を願ってると思う?」

 受けた愛情が深すぎて、それだけに満たされていて

「その人が娘の幸せを願わないはずないじゃないか」

 失ったものは大きかったんだと思う。周りの人に必要とされて無いと感じてしまうほどに。

 音姫さんは何も悪いことをした訳じゃないのだ。なのに幸せになれないまま死ぬなんて間違ってる。

 また一歩前へ足を動かす。ガクガクと腰から落ちそうになるのを耐えしっかり音姫さんを見据えて。

「だって私にはお母さんしか……」

 そんな彼女を救うためなら何だってしてやる。見たことない人物を語る事だってやるし、嘘だってついてもいい。

 少しでも話が違えばお終いだ。彼女の求めてる事を出せなければ同じ結果になってしまう。だから今だけは俺についてる死神に願う。

「俺にも妹がいるんだけど」

 何だってしてやるから、何だってしてやるからそっちに連れて行かないでくれ。何度も何度もそう願う。

 あと数歩、俺と彼女の間には柵があるだけ。

「育ててくれる親が居なくなっちゃったから今度からさくらさんちに住む事になったんだ」

 頼む。

 また一歩踏みしめる、足の感覚がなく真っ直ぐ立ててるかも怪しい。

「さくらさんの家で暮らし始めたら音姫さんとはお隣さんになるんだ」

 頼むから連れて行かないでくれ。

「そしたら音姫さんは俺のお姉ちゃんみたいなもんだろ?」

 こんな話自分でも支離滅裂だとは思うけど、大事なのはあくまで音姫さんを必要としてるかどうかだったのだ。

「ほら、もうお母さんだけじゃない、由夢ちゃんに俺、それと俺の妹の杏で3人も音姫さんを必要としてるんだ」

 音姫さんの手は震えていた。死ぬのが怖くないはずがなかったのだ。彼女が立っている場所は一歩踏み出せば落ちてしまう場所なのだから当たり前だ。

「だから帰ろう、音姉(おとねえ)」

 手を差し伸べる。

 もう半歩で音姫さんに届く、柵なんて在って無いようなものだ。そこでやっと俺は気づいた。音姫さんがポタポタと涙を流していたことに。

「音姉?」

「ううん」

 願いが通じたのか音姫さんからも此方に手を伸ばしてくれ

 よかった、本当によか―――

「……ごめんね、お姉ちゃんやっぱりそっちに行けないや」

 伸ばしてくれていた手を俺が掴もうとした瞬間、音姫さんは開いていた手を閉じる様にし、そのまま自分の胸の方まで持っていってしまった。

 俺に対しても自分の事をお姉ちゃんと言ってくれたのに何で!

「……やっぱりあなたも違うから」

 音姫さんはそのままゆっくりと下がり最後にニコリと俺に微笑んだ。

 ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんなぁあぁぁあああああああ。

 こんな結末許せる訳がない。また俺のせいで誰かを死なせるなんて事は絶対に!

 俺は彼女に飛び込む様に地面を強く蹴った。柵の下を潜り音姫さんに近づく様に。

「くそったれぇええええぇえええええええええ!!!」

 まるで時間が止まってしまうと思える程、景色がゆっくりと流れていく。後ろ向きに傾く様に落ちた音姫さんよりも飛びながら落ちた俺の方が早かったため、どうにか彼女を捕まえられたのだが、落下が止まるわけではない。

 俺に憑いた死神が微笑む錯覚を見てしまう程に状況は最悪。

 ここから俺が出来るのは体を張ることだけだ、俺より少し小さいぐらい彼女の体を抱きとめそのまま重力のままに落ちていく。次に来るであろう衝撃は思っていたより早く訪れ、痛みに備える間も無く

「ぅぐはっ!!」

 肺にある空気を全て吐き出させられる程の衝突が俺を襲った。その痛みを感じる間も無く何度も何箇所も何かに体を打ちつけられる。

 バキバキと連続して音がなる中、朦朧とした意識で

 杏との約束守れそうにないな。

 その事を悔やみながら俺は意識を手放した。






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