長い年月、自分たちが不利な立場に置かれているとその状況を打破しようと考えるのはよくある事。
現状を覆すことに成功するかどうかは、いかに綿密な作戦を用意し、作戦を実行できる実力を備え、運がどれほどあるかによる。
古来よりこのハルケゲニアという世界に住んでいる人間にはメイジと呼ばれる魔法を使えるものと魔法の使えないの者がおり、メイジは貴族を統治する王族とそれぞれ領土を太守として統治する爵位を持つ貴族側に、魔法が使えないものは平民として統治される側へと別けられていた。
平民は貴族には勝てない。
一部の例外は除かれるが、魔法という力は貴族にとって軽いものでも、防ぐ手立てを持たない平民には致死性を持っている。
人間は身体を火に包まれれば死に、身体表面近くにある動脈を斬られれば死に、息を出来なければ死に、高い場所から落とされても当たり所によれば死ぬ。魔法には火、風、水、土という属性があるがどの属性でも初歩的な魔法で、下手すれば属性魔法でないもので簡単に魔法を使えない者を殺してしまえる。
そんな人間兵器のような貴族を、大半が武器を使う技術の無い平民が立ち向かおうとなんて考えるだろうか?
答えは否。
確かに貴族による支配が始まった当初は、武器を持ち戦える技術を持った平民が何度も反乱を起こしたが、貴族は大規模な損害を出しながらも全てを鎮圧。次第に戦う技術を持つ平民がいなくなり、大半が戦う技術を持たぬ平民になったとき反乱は起こらなくなった。
そこから始まるのは、貴族による貴族のための統治。
良心的な貴族は勿論いた。
だが、それ以外は平民をただの奴隷としかみなしていない。どれだけ効率よく平民を搾取できるかを考え、平民の暮らしをよくしようという考えは持っていない。
自分たちの収入を多くするために研究機関を設立し、各分野の研究は行っていたが、平民たちに力が付かないよう研究結果を知識として教えるといったことはしなかった。ただ方法を教え、それに必要な道具は全て貸し出す。どんな些細なことでも、もしかしたら自分たちを脅かす武器に変わるかもしれないと注意をはらう。
おかげで、基礎的な貴族制度が出来てから程なくし、人口のメイジが占める割合が10%ほどなる。平民の人口も増えているが、それ以上に貴族の割合も増えてきているのがこのハルケゲニア世界の現状である。
元々それほど数の多くなかった貴族が数を増やしたことは、魔法が使える貴族にしてみれば自分たちの自由が利きやすくなったということであり、平民にしてみれば自分たちを抑え付ける力が強くなったということ。
ここで貴族たちは少しずつ調子に乗り始める。
平民が10人集まっても自分たちには勝てないという事実は、メイジは搾取する側、平民は搾取される側という図式を作るのに十分なものであり、平民が力をつけたとしても高が知れていると。自分たちがやっている研究を平民にやらせ、その結果をぶん取ってしまえばそれで良いのではないかと。
結果だけ見れば失敗であった。
貴族により平民は学という力すら奪われていたため、現状のおける最先端の技術を進歩させるためには相応の専門知識が必要。それに多くの者が気が付かず、ただ平民に今使われている技術はこんな仕組みから成り立っているということを情報提示しただけに終わった。
そんな中、とある地方に住む平民の一族が成し遂げる。
元々用心棒など、荒事で生活費を稼いでいたその一家は傷薬として魔法を使うことが出来ないが、それ単体でも効果がある水の秘薬を使う機会が何度もあり、誰かが怪我をしたときの為に家にも少量保管していた。
命がけで働く仕事ゆえ他の平民より高収入であった一家は、一般的な平民と違い文字を学ぶ位の余裕があったので、本として提示された秘薬についての技術を読むことが出来、それを自作した木簡に書いて自身の家へ持ち帰ることが出来た。
今まで勉強したことも無いまったく新しい分野であった秘薬の技術を理解することは難しかった。当然、木簡を持ち帰っても理解することが出来た人はいない。
やはりもっと高等な学をつけなければこれを理解するのは無理なのか、と普通ならばそこで諦めてしまうもの。
しかし、この一家は普通ではなかった。
この家に嫁に来た母親と祖母は違うにしても、それ以外の祖父、父親、子供たちは大変負けず嫌いな性格をしていた。分からないことが腹立たしく思え、木簡に書かれていることを理解できない現状をどうにかしようとする行動力も持っていた。
とりあえず、分からない木簡のことは置いておき、学を手に入れるためには何にせよ金が掛かることを知っている一家は今まで以上に金策へ励むようになる。
家族全員が顔を合わせることを大事にしていた一家であったが、仕事の量を増やし、一刻も早く木簡を読み解き、飛躍の技術を手に入れんと行動を開始。
一家は基本的に善人でなく、自分の家族がよければそれで良く、勿論、憲兵に追われるようなことは割に合わないのでやらないが、バレなければ犯罪行為すら目的達成のためには躊躇無くやってのけた。
特定人物の暗殺、誘拐、山賊が村を略奪したすぐ後にその山賊を戦えない家族以外全員で襲い、山賊たちの戦利品を根こそぎ奪ったりもした。
全ては自分たちが興味を持った「秘薬の技術」を自分たちのモノにするために。「秘薬の技術」を手に入れ、発展させ、最終的には自分たちの家業が楽になれば良いと考えていたのだろう。
少しずつではあったが着実に一家は資金をためていった。
「秘薬の技術」全般を扱っている教本一冊をこのまま資金をためていっても買うのが難しいと分かったときですら、「だったら、自分たちの目標を子供たちに、孫たちに、ひ孫たちに継いで貰えば良い」と半ば当初の目的を忘れながらも、今度は資金を貯めるために行っている家業をさらに多く効率的にこなせるよう、一家に細々と伝わり今では使える人間が極端に少ないモドキではない剣術、槍術を重点的に改良を重ねながら次代へ伝えていく。
ある意味洗脳といっても可笑しくない行為であったが、子供たちにも一応の選択肢は与えられており、家を出ることも可能であった。
一家、いや一族は勢力を代を重ねるごとに大きくしていく。
その全てが「秘薬の技術」を手に入れるための布石に過ぎず、数えて十一代目。ついに自分たちが集めた材料から、自分たちだけの水の秘薬を作り出すことに成功した。この秘薬は従来の物とは違い、魔法を使わずとも最大限の効果を期待出来る。既に四代前から元あった秘薬を作れる程度にはなっていたが、そこから発展したものを作ることが出来ないでいた。
ようやく一族の悲願であり、一族の中でも忘れかけられていた知識欲を満たすことが出来たのだったがここで一つ問題が起きた。
何百年も殆ど進歩の無かった水の秘薬を少なくとも代表者がメイジでない一族が進歩させてしまった。国の図書館にすらない秘薬の本を血眼になりながら探し出し、手に入れ、水属性のメイジが奴隷市に出品されたと聞けば片っ端から買い取り研究員として忠誠を誓わせた。そのせいで一族にはその研究員の子供として生まれた者もいくらかいる。
そう、今や一族は水の秘薬を進歩させるための存在といっても過言ではないほどの労力を裂いていた。
それが問題だったのだ。
一族の長は自分たちオリジナルの水の秘薬が出来たと聞いたときは勿論喜んだ。今までの人生を全てこの時のためだけに注いできただけあって、完成が間近になると足繁く作られた研究所へ足を運んでいた。そんな熱心に見守っていた研究が一応の完成をしてしまったということが、一族全体に燃え尽き症候群のようなものを引き起こしていた。
秘薬を進歩させることは、恐らくまだまだ出来る。だが、それは現状の一族からしてみれば目標となるようなことではなく、当然の結果としか感じられないであろう。
新しい目標を立てなければ遠くない未来、目標を失った一族は分裂し、ただの戦闘集団となり傭兵として戦場を渡り歩くようなれば近い将来一族が全滅するのも目に見えている。
「いっそのこと、世界を転覆させてみるか?」
ただなんとなく一族の長が言ったその言葉。
前々から思っていたこと、多くの者が魔法の使えない俺たち一族はメイジに劣るのか?と。
確かに自分たちの先祖はメイジとの戦い、敗れ、その結果メイジが支配者となって大陸を治めてはいるが、統治者として劣るにしても、戦う者として劣るとは思えない。
知りたい。
一族の限界を。
知りたい。
魔法を使えない者がメイジに勝てるのかを。
知りたい。
とうの昔に失敗とされていた技術の公開を唯一成功させた一族に不可能なことがあるのかを。
長は決めた。
次の定例会議の時に新しい目標として、「世界転覆」を提示すると。
長は確信していた。
一族の可能性というものを皆も知りたいと……。
長の提案は反対意見を出されることは無くスムーズに可決された。
次の日から行動力の塊である一族は早速動き出す。
どの属性でも構うことなく、とにかく優秀なメイジを奴隷市場から根こそぎ買い集めることを早速決定し、そのための資金も一族全体の生活費以外殆どをつぎ込む。一定量が集まったら魔法関係に研究資金をまわし始めた。ちなみに一族が現在住んでいるところは、人が殆ど入っていない未開の地であり人里からはそれなりに離れていたが、領主がいないため税金を納めることが無く心置きなく一族強化の為に資金をつぎ込めるのであった。
既に一族、水メイジの研究員全てを合わせて500以上いる大所帯はさらに人数を増やすことになり、それに合わせて荒事だけでは資金を調達するのが難しくなる。
そのため少しずつではあったが食料調達の為に、農耕、漁業。資金調達の為に秘薬の劣化秘薬を安値での販売をもっと大々的に行う事を開始。無論荒事での収入も得てはいたが、それを本格的にやっているのは剣術、槍術を極めた者のみとし、基本的鍛錬は一族の殆どが行うが、実践を戦うのは一部だけとなっていく。
これにより爆発的に増えていった一族の伸びにストップがかかり、代わりにメイジの数が増えていく。それでもメイジによって反乱を起こされないのは一族の殆どの人間が後の世でメイジ殺しと言われる称号に必要な技能を備えていたからである。殆どの人が戦わなくなったといっても、例外無く生まれてきた子供に武術を教えなければならない決まりを作っていたため強さの質はそう簡単に劣化していくものではないらしい。
メイジたちもそれほど反骨的な態度をとるものも多くなかったことも相まって、代を重ねることにより着々と魔法に対する研究は進んでいった。それと同時に、世界をひっくり返すのに必要となる武力を磨くことも並行的に進めていく。
一族に生まれてくる人間が必ずしも肉体的に強者である保障がどこにも無い。それでも地力を上げるのであれば、一族で伝えている武術、いっそ流派と呼んでも過言ではないモノをもっと楽に強くなる方法を見つけなければならない。そう考えた十三目の長は荒事を担当としていたこれから流派を背負ってたつと言われる若手何名かを集め、どうにか流派の一部を簡略化し、身体の弱いものでも学べるようにしろと命令を出す。
そう簡単に脈々と受け継いできた流派を変えることは、それ相応の実力と、身体を鍛えるのだから人間の肉体に詳しい人間がいなければどうしようも無いというのが若手何名かの意見であった。
この時点で一族の中で一番人体のことに詳しいのは、初代が奴隷であった水メイジたちの子孫である。
出来れば魔法関係の研究を進めていてもらいたかったが、一族の強化も優先事項の一つ。研究として人体を専門に扱っていたところから何名かを引き抜く。
身体の弱い者が一番最初にぶつかり、一番大きな壁となっているのが流派を習得するために必要最低限の体力を身につける前に潰れてしまうという事。最低限の体力さえつけれれば、そこからは如何にかなってしまうのだから、最初の壁を一族全員が乗り越えられれば今までよりも、もっと多くの戦力を動員できる。そうなれば世界を転覆させるという目標に一歩近づく。
そう十三代目の長は確信していた。
あとがき
ゼロ魔世界の世界を見ていて、ふと思ったネタを投稿。
他にも書いているのでリハビリを前提として更新していきたいかなと思っています。