店先には長蛇の列が出来ている。
女性にお願いされたのだろうか、汗を拭きながら並ぶ男性。
子供にせがまれ並ぶ家族連れ。
楽しそうに話しながら並ぶ女性二人。
時刻は昼過ぎ。いつもは行列が出来ない通りが賑わっている。
賑わいの中心である二人は忙しそうにお客様からの注文を受けていた。
「いらっしゃいませ。どの味にいたしますか?」
「桃をください」
「はい、ありがとうございます。銅貨50枚です。」
「ママ~! 林檎が良い~」
「はいはい。林檎とレモンください」
「はい、銀貨1枚になります。ありがとうございます」
耕介は笑顔で、ノエルは淡々とお客様の相手をしている。
アイスキャンデーを売り始めた頃は客もまばらだったが、昼食後からだんだんと混み始めた。
午前中に買っていったお客様の口コミで知った人達、噴水広場で販売していたアイスキャンデーを知る人達が集まって来ているのだろう。
耕介はお客様の相手をしながらノエルに指示を出す。
「ノエル、あと五十本で売り切れるから、並んでいる人を数えて五十人以上なら断ってくれ」
「はい」
ようやくアイスキャンデーを売り切り、二人は片付け始める。
「お姉ちゃん!」
耕介は片付けの手を止め、声のする方向を見て驚いた。
そこには十歳前後の女の子がノエルの腰に抱きついていた。
だが、耕介が驚いたのは女の子が抱きついていた事ではない。
よく見なければ分からないが、少女を見るノエルの口元に微笑が浮かんでいたからだ。
…凄い笑顔。
耕介は驚き声をかける。
「ノエル、その子は?」
「はい、私の妹のナタリーです。ナタリー、こちらは店長のコウスケ・タカハシさん」
「初めまして、ナタリー・ノイモントです。お姉ちゃんがお世話になっております」
向き直って挨拶を促すノエルの口元は笑っていなかった。
あれ?見間違いかな?
内心、首を傾げる耕介。
そんな耕介をナタリーはじっと値踏みするように見つめる。
「ふ~ん、ここがあのアイスを売っている店か」
ナタリーの言葉に思わず耕介は聞き返す。
「“あの“って?」
ノエルと同じ黒髪を後頭部の高い位置で一つにリボンで纏めた髪型──ポニーテール──が活発な印象を与え、強い意志を湛えた目を持つナタリーは両の拳をきつく握り締めて話す。
「噂になってますよ? 冷たくて甘いモノが噴水広場で売られているって。この暑い中、冷たくて甘いモノが食べられるって聞いて、でも行ってみたらいなくて。昨日も一昨日も噴水広場でお店を探したのに見つからないし!」
「そうなのか、開店準備で忙しかったから気付かなかったよ」
「お姉ちゃん!」
「? なに?」
「なに?じゃないよ! 朝から噴水広場でお店探して、あちこちの噴水広場を探してたんだよ? ようやく売っている場所見つけたら、お姉ちゃんが働いているんだもん。びっくりしちゃったよ。
酒場で働いていたんじゃなかったの?」
「酒場はクビになった。三日前に組合で店長に会って雇ってもらったの」
ちぎれないのかと心配になるほど腕を振り回しながらナタリーは涙目でノエルに詰め寄る。
「も~、教えてよ~! あたしもアイスキャンデー食べてみたかったのに~!」
「ごめんね」
責めるナタリーと謝るノエル。
そんな二人を見ていると普段の仲の良さが分かり微笑ましくなる。
耕介はナタリーに提案する。
「そんなに食べたかったなら、アイスキャンデー食べてみる?」
「え? 良いんですか!?」
「あぁ、ノエル、まだ魔法使えるか?」
「はい、それは使えますが、良いのですか?」
「構わないさ。朝から探していて疲れているだろう? 気にしないで食べていいよ。俺も食べるからノエルも食べよう」
「わーい! お兄ちゃん、ありがとう!!」
最初は渋っていたノエルだが、耕介も食べると言われては断りきれるわけもなかった。
店の中、三人で一緒に食べたアイスキャンデーは疲れた体に優しく溶けていった。
***
「おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」
「へ?」
翌朝、開店の準備をしている耕介はナタリーの唐突な宣言に戸惑ってしまう。
「すみません、店長。止めたんですけど、どうしても聞かなくて」
ナタリーの後ろにいたノエルが耕介へ謝りながら頭を下げる。
いきなりの謝罪に戸惑いながら耕介はナタリーへ真意を問う。
「あたしも働いて、少しでもお姉ちゃんの助けになりたいんです!」
「…どうして俺の店に?」
「お姉ちゃんが嬉しそうだったから」
「ノエルが?」
「うん。今までもずっと働いていたけれど、いつも辛そうだった。だけど、こんなに嬉しそうな顔をしているお姉ちゃんは初めてだったから。だから、コウスケさんの店で働かせて欲しいんです」
言われて耕介はノエルを見つめるが、ノエルの顔からは感情を読み取る事は出来なかった。
「わかった。じゃ、一日、銀貨5枚でどうかな?」
「やったー! よろしくお願いしまーす!」
ぴょこっと擬音が聞こえてきそうな勢いで頭を下げるナタリー。
「うん、こちらこそ宜しくね」
「あの店長、良いんですか?」
「構わないさ。近々、人を雇おうと思っていた所だし、ちょうど良かったよ」
ノエルの不安を耕介は優しく取り除く。
「さて、話も纏まったところで開店の準備でもしますか。ナタリーちゃん、そっちのテーブルの端を持ってもらえる? ノエルはそこの水晶を持ってきて」
「わかりましたー!」
「はい」
元気よく返事をしてテーブルの反対側に向うナタリー。
店の入り口付近にある水晶球へ向うノエル。
二人に手伝ってもらいながら店は開店する。
ナタリーがいる、それだけなのに店の雰囲気は大分良くなっていた。
ナタリーがその愛らしい姿で列の整理を頑張る姿は、並んでいる人の心を癒してくれる。それだけでも店としては良い買い物であるといえたが、それ以上にノエルの動きが良くなっていたのだ。
よく、身内と一緒に働くと緊張するという人もいるが、ノエルに関してそれは当てはまらないらしい。
手際よくナタリーの動きをフォローしながら魔法でアイスキャンデーを作る。
耕介は自分は必要ないんじゃないかと少し落ち込んでしまう。
実際、アイスキャンデー自体はレシピさえあれば難しくない。重要なのはシロップに棒を入れて凍らせるという発想と凍らせる魔法力だけだ。
「どうしたの?お兄ちゃん」
ナタリーが心配そうに耕介に声をかける。
「あはは、何でもないよ。さあ、もうひと頑張りしようか」
「うん!」
昼食後、耕介は先ほどの考えを吹き飛ばすかのようにお客様の相手をしていく。
日も落ちかける頃、ロジャーが若い男と荷車で大きな荷物を運んできた。
「コウスケ!」
「ロジャーさん。出来たんですね?」
「そうじゃ! 会心の出来じゃよ! ふぁっふぁっふぁ」
耕介の顔を見るなり笑いが止まらぬといった風にロジャーは笑いながら言う。
さっそく魔法コンロと冷蔵庫(冷凍機能有り)を設置していく。
耕介が試しに魔法コンロを作って問題なく動くことを確認する。
ノエルは魔法コンロで火力の調整が出来ることに驚いていた。
ノエルが今まで働いた店でも料理学校でも魔法コンロは使っていたが、火力の調整が出来る魔法コンロは存在していない。
そもそもこの世界の人間は火力の調整をするという発想すら無かったのだから驚くのも無理は無いだろう。
「うん。注文どおりですね。ロジャーさん、ありがとうございました」
魔法コンロと冷蔵庫の動作確認をした耕介はロジャーに頭を下げる。
「気にするな。ワシ達はこれが商売じゃからな。それに良い文字を教えてもらった。この魔法コンロ、これから注文が殺到するぞ。ふぁっふぁっふぁ」
「あはは。あ、そうだ。折角ですから、アイス食べていってくださいよ。ノエル、頼む」
「…あ、はい」
火力調整が出来る魔法コンロの存在に呆けていたノエルは耕介からの呼びかけに我にかえり、アイスキャンデーを作るとみんなに配っていく。
「ほう。これは美味しいな。婆さんにも食べさせてやりたいわ」
「へぇ! 凍らせただけなのに凄く美味しい!」
ロジャーも荷車を押してきた男もアイスに高評価をつけてくれる。
「ふ~、ご馳走様。そろそろ行くかの?」
「はい」
「魔法具ありがとうございました。またお願いすると思いますので、よろしくお願いします」
***
ロジャー達を見送ると耕介は水晶から二日間の売り上げを財布に移して食材を買いに店を出る。
耕介の店から歩いて20分ほど南東に向うと野菜通り、お肉通りが見えてくる。
ノエルに新鮮な魚を売っている店を教えてもらい、魚の状態を確認する。
「…う~ん、あまり新鮮じゃないな」
耕介が魚を見ていると、浅黒い肌に複雑な紋様を刻んだ男が話しかけてきた。
「あぁん? うちの商品はラールの村から直送した一番鮮度が良いんだ! これ以上新鮮な魚なんてあるもんか!」
「どうやって運んでいるんだ?」
「はぁ? 釣った魚を馬車で運んでいるに決まっているだろ?」
「凍らせてはいないのか?」
「凍らせる!? 何言ってんだ? あんた。魚を凍らせたってすぐに溶けちまうじゃねえか! まさかずっと魔法をかけ続けろって言うつもりか?」
「いや、魚を凍らせるのではなく、水に魚を入れて、その水を凍らせるんだ。魔法で出来た氷はすぐに消えるが、魔法で凍らせた水は氷のままだ。氷の中に魚を入れておけば魚が腐る事はない。氷が溶けるまでは、再び魔法を使う必要も無いし、魚を多く入れれば大量の魚を新鮮なまま遠くに運ぶ事ができるだろう?」
「………そうか、そうすればもっと新鮮な魚を仕入れる事ができる! ありがとうよ! 俺はジルチ・ベルモントってんだ。あんたの名前、教えてもらえるかい?」
「俺はコウスケ・タカハシだ。コウスケと呼んでくれ」
「あぁ、コウスケ! 今度から魚が欲しいなら俺に言いな! 新鮮な魚を売ってやるぜ! くっくっく、そうか! そんな方法があったか! おーい! 今すぐラールの村に向かえる奴いるか!?」
ジルチは耕介を捨て置き、店の奥に戻ってしまった。
「…魚はまた今度かな。ノエル、煮込むと柔らかくなる肉が欲しいんだけど、いくつか教えてもらえる?」
「はい。オーガ肉、コボルト肉、鶏肉、牛肉などが代表的です。私が知るお店はこちらです」
それから耕介はノエルに案内されて、肉、野菜、果物、香辛料を購入していく。
今までは冷蔵庫が無い、資金が無い、保存場所が無いなどの理由により購入を控えていたが、冷蔵庫が到着し、アイスキャンデーが売れて資金に余裕が出来、店を借りることで保存場所が確保できたことで、食材の大量購入をしていく。
もちろん、アイスキャンデーの食材も忘れずに購入する。せっかくのお客を手放す必要は無いからだ。
「こんなもんかな。荷車も一杯だし、そろそろ戻ろうか」
「はい」
「はーい」
荷車を引きながらノエル達に尋ねる。
「そういえば、夕飯はどうするんだい?」
「そうですね。この時間ならお店で食べて帰ります」
「よければうちでご飯食べていかないか?」
「良いんですか?」
「あぁ、久々に料理を作りたいんだ。材料もたくさん買ったしね」
「作ってもらうだけじゃ悪いので、私もお手伝いします」
「そう…だね。見た事の無い食材も買ったし、どんな味なのか教えてもらおうかな」
「えぇ、よろしくお願いします」
「やったー! お兄ちゃんの料理だー! ねぇねぇ、何を作るの?」
「出来るまでナイショ。ナタリーも手伝ってね?」
「まっかせてよ!」
ナタリーの元気の良い声は疲れた気分を吹き飛ばしてくれる。
***
店に戻り、台所で調理を始める。
耕介はマヨネーズを作りながら、ノエルへトマトの冷やしパスタの作り方を教えていく。
「ノエル、トマトは1cm角って言っても伝わらないか、ノエルの人差し指くらいの大きさで切るんだ」
「はい」
ナタリーには鴨肉サラダの盛り付けを手伝ってもらう。
「お兄ちゃん、こんな感じ?」
「そうそう、それで最後にお肉を綺麗にのせる」
作ったマヨネーズを調味料と混ぜてドレッシングを作り終える。
最後は数種類のきのこにバターを加えて炒めて煮て、きのこたっぷりのスープを作る。
ノエルもナタリーもセンスが良く、出来上がった料理はお店で出しても遜色ないモノだった。
パスタ、スープ、サラダの配膳が済み、三人は食卓に着く。
「いただきます」
耕介は手を合わせて食事前の挨拶を言う。
ノエル達は不思議に思い耕介に尋ねる。
『いただきます』とは料理人と食材を作った人と食材への感謝を表している、食後は『ごちそうさま』と挨拶するのだと耕介が説明する。
ノエル達は静かに感動した様子で手を合わせ「いただきます」と唱える。
今回のパスタは暑い夏の夜にはぴったりのさっぱりした味付けで少し塩多目。
サラダもドレッシングが野菜の味とマッチして美味しく出来上がる。
物足りないと感じるボリュームも鴨肉がしっかりと補ってくれてる。
きのこのスープも好評で、三人ともおかわりをしていたほどだ。
今日の働き具合や料理の味、盛り付けなど話題は尽きる事はなかった。
決して大声で笑うわけでは無いが、かといって重い雰囲気でもない。
耕介が望んでいた柔らかで暖かい空気がそこには流れていた。
「「「ごちそうさまでした」」」
三人は声を揃えて食事終わりの挨拶をする。
食器を片付け、二人を見送った耕介は先ほどの団欒の空気を思い返しながら、料理の仕込みをし始める。
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コウスケの所持金
【収入】
開店初日:金貨2枚、銀貨50枚
二日目:金貨3枚
【支出】
昼食代:銀貨1枚、銅貨50枚
冷蔵庫代:金貨1枚、銀貨50枚
調味料代:銀貨82枚
お肉代:銀貨60枚
野菜代:銀貨48枚
果物代:銀貨10枚、銅貨80枚
木の棒代:銀貨2枚
【結果】
お財布カードの中身:金貨4枚、銀貨14枚