『火』…だよな。
耕介は銀の板を見つめ困惑してしまう。
銀の板には円が描かれており、その中に『火』の漢字が刻まれていた。
右手前には『切』の漢字、その隣に『点火』の漢字がそれぞれ刻まれ、線で四角く囲われている。
囲まれた四角と円が線で繋がっている。
何故漢字が刻まれているのか、耕介には理解できない。
ギルドで見た書類に書いてあった文字は見た事の無い文字だったからだ。
「コウスケ、どうしたんだい?昼ご飯が冷めちまうよ?」
エヴァが動きの止まった耕介を訝しんで呼びに来た。
エヴァは耕介の視線の先を確認すると、
「それに触るんじゃないよ?左の四角に触ると、そこの丸の中から火が出るんだからね。薪を使わなくていいし、ほんと便利な魔法具だよ。ほら、早くこっち来てお食べ」
エヴァはそう言い捨てて、食堂に戻っていく。
耕介は疑問を残したまま食堂に戻る。
メイン料理は、焼いたお肉。こんがりと焼かれたお肉が一口サイズに切られ、敷き詰められた香草の上にのっている。
その上にはゴマらしきモノが振りかけられ、香ばしい匂いが食欲をそそる。
ゆで卵がスライスされ、色とりどりの野菜の上にのっているサラダ。
パンがバスケットに入れられ食卓の真ん中に置かれる。
昼食を食べながら、耕介はゲイルに周辺地理について尋ねる。
ここ、ワイギール皇国の東の山脈を抜けた先にはスカーセル王国、北方にはシアロ王国、西のイルーガ砂漠の越えた先にリシリー王国、南にはラールの港街。
海の向こうにはデリザラス王国がある。
それぞれの国には特色があり、力を入れている魔法も異なる。
広大な草原と様々な遺跡を持つスカーセル王国は古代語魔法に、
常に水の季節で雪に覆われているシアロ王国は召喚魔法に、
常に火の季節でイルーガ砂漠にあるリシリー国は精霊魔法に、
海を挟んでいるデリザラス王国は白魔法・黒魔法に、
全ての国の交流地点であるワイギール皇国は魔法具の生産に、
それぞれが特化している。
食後のお茶を飲みながら、先ほどの魔法具についてエヴァに尋ねる。
「あれは魔法具店で作ってもらったのさ。良いだろ?…カンジ?なんだい、それは?あれは古代語だよ。
あたしも読めはしないけど、便利だから使っているのさ。それより、台所の説明をしてあげるよ。一緒においで」
耕介はエヴァから台所で先ほどの銀色の板について説明を受ける。
「この銀の板はさっき説明したね。ここを触ると…、火が点く。こっちを触ると消える。簡単だろ?コウスケもやってごらん」
エヴァに言われた通り、『点火』の文字に触れる。すると、円の中心から火が発生する。今度は『切』の文字に触れると火が消える。
電気コンロみたいだ、というのが耕介の感想だった。
「エヴァさん、火力の調節はできないんですか?」
「出来ないよ~。そんなのが出来る魔法具もあるのかい?」
エヴァはパタパタと右手を振りながら、あっけらかんと笑う。
「…いえ、出来たら楽だなぁ~と。はは」
「ふ~ん。まぁ、説明を続けるね」
そしてエヴァは台所の説明を順番に進めて行く。
肉が入っていた魔法具は古代語≪漢字≫ が刻まれた冷凍冷蔵庫だった。
上下2段に分かれており、上の段の扉には『凍』、下の段の扉には『冷』と文字が刻まれている。
魔法具は二つだけだったらしく、他は包丁、まな板など日本で使い慣れたものが並んでいた。
さすがに、『お湯』とか『水』と書いてあって、そこに触るとお湯や水が出てくる魔法具は無いか…。
耕介は残念なような安堵のような気分になりながら、エヴァの説明を受け終わり食堂に戻ってくる。
「エヴァさん、あとで台所を借りても良いですか?」
「構わないよ?」
「ありがとうございます」
話が終わるとちょうどサモンズさん達が戻ってきていた様子で、机に寝そべってぐったりしていた。
「あ゛~、あっぢ~。エヴァさん、麦酒頂戴」
「エヴァさん、俺も麦酒だ」
「あ~、あっつい~。もう外に出たくない~」
「同感。エヴァさん、冷たい麦茶もらえますか?」
サモンズ達が口々に飲み物を注文してくる。
ふと、リリーに尋ねる。
「リリーさん、物を凍らせる魔法って使えますか?」
「う~?出来るわよ~?」
「それって、凍った物はすぐ溶けちゃうんですか?」
「うん~。モンスターを凍らせた場合は数分で消えてなくなるわ~」
「水を凍らせた場合は、水は溶けますか?」
「ううん~。その場合は凍ったままね~。前にモンスターの水魔法で凍った時、体の冷えだけは中々とれなかったもの~」
指をあごに当て首を傾げて、思い出しながら話してくれた。
てことは、必要なのは…アレとアレ…。お金も…足りるか。
耕介は必要な材料と調達する為に必要なお金と手持ちのお金を頭で比べる。
「リリーさん、後で凍らせて欲しいものがあるんですが、お願いできますか?もちろん、お金は支払います」
「良いですよ~」
「よし!…ゲイルさん、大工はどこにいますか?」
ゲイルに道を聞き大工街に向う。
大工街と鍛冶屋で道具を注文。
注文した品が出来上がるまでに野菜通りでも買い物をする。
果物を宿屋に置き、再度大工街に向うとすでに注文の品は出来上がっていた。
それを受け取り急いで宿屋へ戻る。
お金は半分ほどになってしまったが、耕介は気にしていない。
「エヴァさん、台所をお借りしても良いですか?」
「良いよ。…何を作るんだい?」
「美味しいモノですよ」
怪訝そうな顔をするエヴァに耕介は笑顔で返す。
井戸から水を汲み、鍋に水を張る。
鍋に買ってきた砂糖を入れて火を点け煮詰める。
出来上がったモノ*1を瓶に入れて、脇に置く。
果物を潰して果汁を取り出して瓶に詰める。
果汁と水を1:1で混ぜ合わせて、さっき作ったモノ*1を少量加えて、長方形の型枠に流し込んでいく。
穴の開いた蓋をして、開いた穴に木の棒を入れる。
「リリーさん、こちらに来てもらって良いですか?」
「ん~?なあに~?」
「この箱を凍らせて欲しいんです。あ、木の棒は凍らせないで欲しいですけど、出来ますか?」
「簡単よ~」
リリーが杖を手に持ち、箱に向けて構えて呪文を唱えると、杖の先から出た白い霧が箱に当たる。
霧は箱を一瞬のうちに凍らせてしまう。
数分後、魔法の氷は消えて霜のかかった箱だけが残っている。
「こんな感じで良いの~?」
「ありがとうございます」
リリーにお礼を良い蓋を取り外し、仕切り板を外して木の棒を取り出して氷を舐めてみる。
「よし!成功だ!リリーさんも食べてみて下さい」
耕介は氷のついた木の棒をリリーに差し出す。
恐る恐る氷を舐めるリリーだが、味が分かると驚きの顔に変わる。
「ん~~!冷たくて美味しい!!甘い!!みかんの味がする!」
その言葉を聴いて、耕介は自分の考えが間違っていなかった事を確信する。
その後、エヴァ、アイシャ、リリー、レイラの女性陣に味と価格について尋ねる。
【各人の評価】
・これは美味しいね。…値段?銅貨50枚くらいなら買うね。(エヴァ)
・甘~い。(アイシャ)
・冷たくて美味しい~。もう一本良い~?(リリー)
・暑い日にはちょうど良いよ。(レイラ)
作成したアイスキャンデー(命名)は大好評だった。
耕介はリリーへ凍らせてくれたお礼に銀貨1枚を渡して、明日の露店の事を考える。
「リリーさん、明日はお暇ですか?」
「え?…やだ~、デートのお誘い~?美味しいモノ貰っちゃったし考えてもいいよ~?」
顔を赤らめて妄想し始めるリリーを耕介はスルーする。
「明日、露店でこの商品を出したいんですが、手伝っていただけませんか?」
「…でも、お酒に酔って変な事しないでね~?あ、でも強引なのもちょっと良いかも………、きゃ~~、何言ってんの!私ったら!」
頬を両手で挟み、体を左右に振っているリリー。
「お~い、リリーさ~ん。帰ってきて~?」
「もう、仕方ないわね」
見かねたレイラがリリーの頭に手刀を叩き込む。
「あいた!…ん~、何するの~?」
リリーが涙目でレイラを睨んでる。
…ちょっと可愛いと思ってしまう耕介。
「明日、露店の手伝いをして欲しいんだってさ。どうする?」
「別にいいよ~?でも、条件が一つ」
「何でしょう?」
「…それ、もう一本頂戴」
その後、耕介はアイスキャンデーを銜えたリリーとレイラを連れてギルドへ依頼をしに行く。
依頼内容は「露店販売の手伝い。報酬応相談」
ギルドは国民からの依頼を積極的に受けている。
国民の不満解消と同時に、冒険者の人間性・実力・社交性などが総合的に判断が出来るからなのだと教えられる。
もちろん、ギルドも無料で動くわけでは無く、ギルドを通して仕事をした場合、冒険者は報酬から1割をギルドへ納めなければならない。
それでも、ギルドランクが上がる事を思えば安いとレイラは耕介に頼んだのだ。
耕介が来たのは依頼だけではない。
口コミ効果を狙っているのだ。
いきなり露店で売り出すよりも、事前に報せておいた方が客の入りは圧倒的に良くなる。
リリーに追加で作ってもらったアイスキャンデー20本をギルドの職員に渡し、「明日、噴水広場でアイスキャンデーを販売する」と説明する。
あとは依頼しなくてもギルドの職員から口コミで冒険者に伝わっていくだろう。
宿に戻りリリー達と報酬について相談する。
結果、リリーが銀貨6枚、レイラが銀貨5枚となった。
サモンズとヴァイスは力仕事が無いため不参加。
リリーとレイラの報酬に差がついたのは、氷漬けにする魔法が水と風の魔法を組み合わせており、リリーだけしか使えないと分かったからだ。
レイラも出来るのでは?と耕介は聞いてみたが、レイラは精霊魔法使いであり、白魔法は得意ではないらしい。
もちろん、基本の白魔法は出来るが、二つ以上の魔法を組み合わせる事は、イメージを明確にしなければならないらしく難しいらしい。
よって、レイラは単純に売り子の手伝いの報酬となる。
夕ご飯を終えて、台所の一角を使わせてもらいながら、耕介は露店の準備を進める。
【露店の準備】
・シロップの瓶1個
・果汁入りの瓶4個
・木の棒100本
・長方形の型枠20個
・水瓶4個
ようやく露店の準備が完了する。
ここに来て噴水広場までの移動手段が無い事に気付き、耕介は困ってしまった。
ゲイルに相談すると、朝の仕入れが終わった後なら荷車を遣っても構わない、と言ってくれたので素直にその言葉に甘える事にした。
明日はいよいよ露店開業となる。
この世界で初めて作ったお菓子がウケるかどうか、耕介は不安で緊張してくる。
「コウスケ、飲みに行こうぜ!お前、いつまでも堅苦しいんだよ!敬語なんて使うな!仲間だろう?」
ヴァイスが耕介の腕を掴んで言う。
「え?いや、でも、明日露店出すし…」
「大丈夫!大丈夫!酒飲めるんだろ?」
「はぁ、じゃあ、少しだけ…」
「よっし!3人も来るよな?」
3人は苦笑しながらも頷き返す。
飲み始めて2時間もすると、ヴァイスは酔って隣のテーブルの女性に絡み、サモンズは部屋の隅にあった植木に話し掛け、早々に酔ってテーブルに突っ伏しているレイラの隣で底なしのように飲み続けるリリーにお酌をさせられる耕介。
混沌とした場が出来上がっていた。
「…明日、露店出せるかな…?はぁ」
耕介のそんな呟きは誰にも聞かれずに夜の闇に消えていった。
*1:シロップ。
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コウスケの所持金
【収入】
無し
【支出】
瓶代金:銀貨1枚
木の棒代金:銅貨50枚
型枠代金:銀貨1枚
砂糖代金:銀貨50枚
果物代金:銀貨1枚、銅貨50枚
リリーのお手伝い賃:銀貨1枚
飲み代金:銀貨3枚
【結果】
お財布カードの中身:銀貨79枚、銅貨50枚