「さて。……そろそろ狩りに行きますか?」
1時間以上もくつろいだ後、リリーがようやく重い腰を上げた。
俺の方は狩りに行きたくて仕方ないんだが、リアがポータルを出してくれないと帰れない。
「フェイルスでいいのかしら」
「うん、お願い」
フィリスがタイ剣を片手にご満悦の表情で言う。
その横では、カルラがフレイムLv.10を習得して満足そうだ。
何ももらっていないのはリリーだけなのだが、この中で一番満足そうな顔をしている。
イシュメルはプチレアである鱗をもらった上、装備可能になったらタイ剣をもらうという約束をしたらしい。
リアって太っ腹なんだな。
「いいかしら?」
全員の準備ができていることを確認し、リアは来た時と同じように針を床に刺した。
瞬間、そこに現れる魔方陣に俺たちが足を乗せると、全員の髪が風の煽りを受けて逆立つのが見え、その視界が白に染まった。
「さて。……どうする?」
リアがポータルで飛び、カルラが手を振りながらログアウトするのを見届けると、イシュメルは口を開いた。
俺はうーんと呟く。
「杖のまま戦うのもいいと思うんだが――リリー、武器を鑑定してもらうには、どうしたらいい?」
俺は、腰にぶら下げたままになっていた剣をリリーに見せた。
「鑑定?……うーん、――ごめん、知らない」
アズレトなら知ってるかもだけど、と言うと、リリーは剣に指を触れる。
「――スキャン」
魔法かスキルか、呟いたリリーの言葉に応じ、剣が一瞬薄く光る。
[未鑑定、アイテム名【レイピア】]
どう?とリリーに問われ、そのまま答えると、リリーはやっぱりね、と言った。
「ってことは、鑑定ってスキルがあるってことなのかな?」
リリーがぽつりと呟く。
「今のスキルは?」
「今のはスキャン。アイテムの名前と能力を調べるスキルよ」
なるほど、と思わず納得する。
「ってことは、しばらくこの剣は使えないってことか」
「どうして杖にエンチャントかけなかったんだ?」
イシュメルが不思議そうに聞いた。
そう。俺はケツァスタにはエンチャントしなかった。
理由はいくつかあるが、大きな理由としては、
「……これはフィリスからの恩だからな」
エンチャントをすれば、確かにもっと戦いやすくはなるんだろう。
だが今のこの状態が、フィリスからもらった「恩」だ。
忘れないためにも、俺はこのままでいたかった。
「ふぅん。……変わってるんだな」
イシュメルが、わかったようなわからないような返事をする。
「ってことは、鉄扇並みのその杖しか攻撃手段はないってことか」
防具はこのままでいい。
ローブには、【ガードLv.2】のエンチャントがかかっている。
そして、靴には【スピードLv.2】。ただしガードが-2される。
つまりローブのガード分をプラスマイナスして、スピードLv.2分だけが残るということらしい。
問題は武器だ。それも近接用の。
「……買いに行くか?」
フィリスが声をかけてくる。
「そうだな。イシュメル、時間は大丈夫なのか?」
問うと、イシュメルはちょっと待てと言って姿を消した。
そういえばイシュメルってどこだっけ。
数秒すると、時間を確認したイシュメルが戻って来た。
「4時半か。まだ大丈夫だ。正午まではログインしてるからな」
俺と同じくらいの時差なのだろうか。
「イシュメルの家はどこだ?」
う、とイシュメルが言葉に詰まる。
「……韓国だ」
あぁ、なるほど、と思った。
イシュメルが言葉に詰まるのも頷ける。
「心配すんな。韓国に偏見はない」
「そうか、ならいい」
少しだけほっとしたような表情を見せる。
「ってことは、日本も4時半くらいってことか。なら俺も問題ない」
「じゃあ決まりだな」
フィリスは言うと、俺達を先導して歩き始めた。
「これはすごいな」
店に入ると、見渡す限り武器が立ち並んでいた。
リリーは用事があるとかで、店の前でログアウトした。
また来たら俺にウィスパーをくれるらしい。
「いずれその腰のものを使うことを考えると、……そういえば、スライムでレベル上がってたんだっけ」
フィリスは、じゃあと呟くと、一本の細剣をその中から選ぶ。
ほとんど迷いがないところを見ると、歩きながらどれがいいのか考えていたのか。ホント面倒見がイイヤツだ。
「……これなんかどう?アタシ的には大剣がオススメだけど、杖と両立させるのは至難だし」
両立、という言葉に思わず感心する。
確かにレイピアと杖なら両立も楽だろう。
リアも使っているという、ソードブレイカーと似たような使い方をすれば、杖も防御に使える。
「ちなみに杖は左手でも、装備していれば魔法を使う分には支障はないぞ」
イシュメルが太鼓判を押す。
「片手剣で、他に使えるものはないのか?」
一応聞くと、フィリスは待ってましたとばかりに俺に細剣を押し付けた。
「アタシに武器を聞くのは正解だね。例えばこれなんだけど」
言いつつまず出して来たのは、
「まずこれ。ドゥーサック」
うぉ、見た目からしてスゲぇ。
刃、柄、護拳が一体成形で作られていて、鞘がない。
柄部分に、申し訳程度に巻き布が施されているものの、それは手を保護するという役目以外を果たしそうにない。
「見た通りのつくりだからね、生産費も安い。だから1本の価格も安いよ」
おまけに壊れにくいし、と呟くが、どうやらフィリス的には細剣のほうがオススメらしい。
「だけどね、見た通り抜き身だからね。危ないことこの上ない」
なるほど。とすると初心者の俺には向いていないってことだ。
「次はこれ、バゼラード。ストラータ式って言うんだけどね」
言いつつ出して来たのは、長さが控えめの、いわゆるショートソード。
「刀身から柄頭までが一体成形型のフレームを使ってる。そこに、持ち手用のグリップとかを付けたのがコレ」
長さ的には扱いやすそうなんだが、どうやらこれもフィリス的にはオススメしないらしい。
「長さが短いってことは、それだけリーチがないってことだよ」
「敵の攻撃は杖で捌くなら大した問題じゃないんじゃないか?」
一応反論を試みるが、
「……大剣を杖一本で裁けるかい?」
と言うわけで一蹴される。
「あとはファルシオン、カットラス、ハルパーやショテルのように曲剣って手もあるけど、こっちは斬るための武器だからね。扱いが難しい」
ふむふむ、と相槌を打つ。
確かにその辺の扱いは難しそうだ。
「刺突用の武器なら、魔法を唱える間に敵の動きを捌くこともできるし、杖と合わせて捌けば大剣だって捌ける。その中で一番アンタに適してそうなのは細剣だと思うんだけど、どうだい?」
「……そこまで力説されちゃ納得するしかないな」
まいった、と苦笑して見せると、フィリスは俺に押し付けた細剣を受け取ると、それをすらりと抜いて見せる。
「この剣はレイピア。……アンタの持ってるソレと同じ名前だね」
アンタの腰のは、鑑定すれば名前が変わるけど、と注釈を入れる。
「日本だとレイピアの扱いは慣れてない人が多いと思うけど」
言って、フィリスはそれを縦に構えた。
「使い方のコツは一つだけさ。この武器は斬るんじゃなくて、突く武器だ」
ひゅ、と音がすると同時、俺の懐にフィリスが潜り込んでいた。
「……こんな具合にね」
「――ビビった」
思わず両手を上げて見せると、フィリスは満足そうにははは、と笑った。
「25$……っと、君はフェイマンのところのバイト君か」
俺がカウンターに剣を出すと、レジを開けた髭モジャのドワーフが後ろにいたフィリスを目ざとく見つけた。
「アタシの連れなんだけどね、安くしてよおっちゃん」
レジのドワーフは、やれやれと肩をすくめる。
「じゃあいつもの割引で、23$でいいか?」
「もう一声」
あっさりとさらなる値引き要求。
「……仕方ない、なら22$。これ以上は無理だ」
「さすがおっちゃん、話がわかる!」
フィリスがバンバンと背中を叩くと、ドワーフが軽く咳き込んだ。
「兄さん、この女おっかねぇな」
「あんだって?」
ドワーフが俺に呟くと、フィリスはそれに反応してパキパキと拳を鳴らす。
おお怖い、と言いつつ、あっさり22$で会計を済ますと、俺たちは店を後にした。
「さて、それはともかく、アンタ戦闘方法はどうするんだい?」
「基本的には魔法と前衛で行きたいんだけどな」
呟いてみると、なるほどね、と呟いたフィリスだったが、
「難しいと思うぞ」
今まで黙っていたイシュメルが反論する。
「そうなのか?」
聞き返すと、イシュメルはしまったという顔をした。
「……いやまぁ、できないことはないんだけどな」
そろそろ狩りにと言うことになり、フィリスは寝るよと言い残してログアウトした。
残されたのは俺とイシュメル。
「……どこで狩るのが一番いいと思う?」
「西門のホワイトファングか、南門のフライトバグか、……だな」
ホワイトファングという言葉に思い出す。
スライムを倒した後、後ろからエンカウントしてきた狼だ。
「ホワイトファングなら、1匹だけなら倒した」
ほう、とイシュメルが呟く。
「ならそっちに行ってみるか。スライムは高レベルの可能性も考慮して、無視でいいな?」
高レベルの可能性は最初から危惧するのが普通らしい。
そりゃそうだ。
ローションがいくらあっても足りないだろうしな。
「ところで、フライトバグは弱いのか?」
「弱い。俺の弓で一撃だ」
ふむ、と思わず唸る。
「ま、1匹だけホワイトファングでやってみよう。一人で行けたならいけるだろう」
イシュメルは言って歩き始めた。
「回復は任せろ!お前はとりあえず殴れ!」
イシュメルが背後で叫ぶ。
杖を防御に回しながら、レイピアで攻撃を試みるが、どうやら相手の方が早い。
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
修練所で覚えた呪文を唱えると、杖の先に赤い炎が宿る。
思わずレイピアをしまい、杖を持ち替えて殴りつけると、白き狼はたまらず牙を離して地面に転がった。
それでもそいつは死んでいなかった。
すぐに立ち上がると地を蹴り、俺目がけて突進する。
来ることがわかっていれば避けようもあるんだが、立ち上がってからのモーションが早すぎる。
再びその牙が俺の腕を捕らえる。
「馬鹿、レイピアで刺し殺せ!」
あぁそうか、と、一度杖で殴りつけ、腕から振りほどいてレイピアに持ち替える。
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
もう一度呪文を唱えると、今度はレイピアの先に炎が灯る。
どうやら、意識したものに力が宿る仕組みらしい。
ホワイトファングは再び立ち上がると、俺を目がけて突進した。
思わず杖でガードすると、俺はそのままレイピアでそいつを刺し貫いた。
肉に刺さる感触がわずかに手に残り、レイピアで刺し貫かれたそいつは、炎に巻かれて絶命した。
「……余裕、でもないな。危なっかしい」
イシュメルがはぁ、とため息をつきながら俺を回復する。
「慣れてないんだ、勘弁してくれ」
思わず苦笑すると、イシュメルは軽く笑みを浮かべた。
「まぁ、最初は誰でもそんなもんだ」
そして、数歩下がり、セーフティーエリアである町に踏み込む。
「ちなみに今のホワイトファングは、確か4レベルで適正のモンスターだ」
ファンサイトの情報だけどな、と補足して、イシュメルが腰を下ろす。
その横に腰を下ろし、俺はふぅとため息をついた。
「つまるところ、今の俺達にちょうどいいくらい、ってことか」
そうだな、と呟くと、休憩だ休憩、とイシュメルは大の字に寝転がった。
俺もそうしようと思ったのだが、
「すまん、ちょい」
言って、俺はヘルム・コネクタの思考スイッチをオフにした。
視界が暗転、と言うかブルースクリーンに染まる。
そして慌ててそれを外すと、俺は一目散にトイレへ駆け込んだ。
「ただいま」
「あぁ、お帰り」
声をかけると、大の字になっていたイシュメルがむくりと起き上がる。
「よし次行くか」
「おう!」
立ち上がると、俺は杖を掲げて見せた。
五分後。
ぜはーぜはーと肩で息をする俺とイシュメルがそこにいた。
「……あれは危なかったな……」
「スライムならともかく高レベルホワイトファングはシャレにならん……」
マジで死ぬかと思った。
回復と、コツを得たレイピアの攻撃とで何とか倒しはしたものの、たまたま通りかかったプロフィット――補助魔法専門の魔法使い――の助けがなかったら死んでいたに違いない。
「大丈夫?マジで」
そのプロフィットが苦笑する。
「大丈夫です、すみません迷惑かけました」
イシュメルですら青ざめている。
「いえいえ。趣味で辻プロフやってるだけだから」
本気で高レベルはシャレにならん。
「見分け方ってないのかな、あれ」
ぽつりと呟くと、プロフィットがあははと呟く。
「あるよ?けどまだ君には無理じゃないかな」
聞けば、スキャンのLv.20からそれが可能らしい。
「ってことは、プレイヤーのステータスも……?」
見れる奴がいるんじゃないだろうか、と思ったのだが、
「あ、いやそれは無理」
イシュメルにあっさりと否定された。
「ファーストがスキャンLv.33だが、それでも見えん」
なるほど、と思わず納得する。
もしLv.100から見えるとしても、そこまでレベルを上げるにはどれだけ労力が必要か。
「とにかく、気を付けて。こないだも高レベルスライムに一人で立ち向かってる勇敢な人がいたけど」
あれは危なかったなぁ、と苦笑するプロフィット。
「――。それ昨日のことですか?」
「え?」
あれ?と何かに気付いたのか、俺……特に俺のケツァスタを見つめるプロフィット。
「あ。あぁ、あれキミか!運がないね、二度も高レベルに遭遇するなんて」
気を付けてね、と念を押し、プロフィットは爽やかに去って行った。
どうやら俺は、知らないうちに助けられていたらしい。
「よし。修練しに行くか」
イシュメルは呟くと、呆然とする俺の背中を叩く。
「ま、それでも高レベルを実質一人で倒してるのは間違いないんだ」
そして、俺の背中をもう一度、力を込めて叩きながら、
「これからも頼むぜ、相棒」
イシュメルはそんなことを言って先を歩いた。