車輪がごとごとと音を立てるたび、座っている背中や腰を打ち付けられる衝撃が走る。それでダメージを受けるわけではないが、現代の車の衝撃を吸収する技術は至高のものだと改めて思わざるを得ない。まぁ、この馬車に衝撃吸収の技術が全くないわけではないし、現代の車も大きな石を踏めば車内に衝撃が来るのだが。
痛みはないが、かといって衝撃が断続的に腰を襲うので結構辛い。ムル以外の皆も同じなのか、衝撃が来るたび顔をしかめたり、つい声を出してしまい雑談を終了したりと色々苦労はあるようだ。ちなみにムルは、魔法で召還した炎の狼の上で寝そべっており、ぴくりともしない。狼は狼で、衝撃など意にも介さないように床に寝そべり、はっきり言ってくつろいでいる。まぁムルは馬車に乗るなり「ちょっとAFK」と言い残して寝てしまったので、おそらく現在コネクトしていないということだろう。
「結構酷いんだな」
アキラが苦笑すると、その言葉にアズレトが苦笑した。
「だから言っただろ」
出発前、どの馬車に乗るかでメンバーが揉めた。
このゲームは敷地が広大な分、移動手段は馬車、船、飛行船など多岐に渡る。
ちなみに料金的には言及した順に高く、たいていは馬車一台分あたりの値段を、乗った全員の数で割って負担するが、PT募集などをする場合にはその募集主が馬車代を持つこともあるらしい。
ちなみに、サービス開始当初はともかく、今現在ほとんどの馬車を運営しているのはプレイヤーだ。
担当のNPCに許可を取り、移動経路の国の王に許可を取る必要があるが、基本的に必要な資金は馬車の購入費用だけだ。その許可も、担当NPCはほぼノーチェックで許可してくれるらしく、また国の方でも基本的に拒否をすることはない。
また、それぞれランク付けがされており、今回私たちが乗っている馬車は下から数えて3つ目のDランクだ。DでこれならGはどのくらい酷いのかと少し気にならなくもないが、それはまたの機会でいいだろうと思う。ちなみにプレイヤー運営の馬車のランクは、担当NPCが馬車をチェックしてくれるらしい。
最低レベルはG。最高レベルはAではなく、S……でもなくSS。
出発前アズレトは、自分が全部払うのでAか、せめてBにしないかと言ったが、アキラやトラストが頑なにそれを拒否した。
日本人は少しプライドが高いと聞いていたが、まぁ金を出してもらうというのが私としても望むところではないのは同意したい。
まぁ、正直な話今では後悔しているのだが、もうさすがに遅い。
「ま、AやBじゃ襲撃イベントの確率が下がるしいいんじゃない?」
フィリスがからからと笑いながら言った。
「襲撃イベント?」
「――あぁ、そういや知らないんだっけ」
苦笑し、例によって解説してくれたのはイシュメルだった。
馬車に限らず、こういった移動手段には、襲撃される確率がある。
今乗っているDランクは50%、最下級のGランクは75%だと言われている。
まぁ飛行船のSSランクくらいになると今のところ一度も発生してないが、ランクが高ければ高いほど敵は強いし、落とすアイテムも高価なものが多い。
基本的に襲ってくるのは、山なら山賊モンスター、海なら海賊モンスター、空なら空賊モンスターだ。
襲撃が始まれば馬車は止められるから、降りて戦うか降伏するか殺されるかのどっちかだが、逃げるなら馬車を捨てることになるな。
「ってことは、出てくるとしたら山賊あたりってことか」
「そうだな。まぁ山賊は弱いからこのメンツなら問だ、――っと」
馬車の衝撃が唐突にあり、イシュメルは一度言葉を止めた。
「……このメンツなら問題ないだろ」
山賊というなら、人型モンスターなのだろうか。おとぎ話にも出てくるようだが、幼い頃から視覚のなかった私にはそんな姿すら想像がつかない。
「まぁ、……とりあえず次の町はすぐそこだ。どうやらこの馬車では出なかったみたいだな」
言われて馬車の前窓を見ると、イシュメルの言葉通り、すでに町が見えていた。
「――ふぅ」
トラスト嬢が、アキラのその溜息に続くように馬車から降りた。
「大変だったね」
あはは、と苦笑すると、彼女は手を上へと掲げ、体を伸ばした。
「で、ムルは?」
AFKというより、移動が長いと見て寝てしまったのではないだろうかと思う。
以前、一度寝てしまったら目覚ましでも起きれないくらいに朝は弱いと言っていたので、とりあえず、ムルだけでも降ろそうかと考える。
「AFK中。――まぁとりあえず狼は置いといて本人だけでも降ろすか」
リラが炎の狼を放置し、ムルだけを両手で持ち上げると、狼がそれに追随するかのように腰を上げた。
「おお、――オートでついて来るわけか。ちょっと便利だな」
言うと、アキラは眠りこけるムルをリラから受け取ると、自分の頭の上に乗せた。
「――たれラッティアスって感じだね」
それを見ていたトラストが呟くと、何が面白かったのかアキラは吹き出し、「それは卑怯だろ」と呟いた。
「その狼どこでテイムしたの?」
再び呟いたトラストのその言葉に、次に吹き出したのはカルラだった。
いまいちどこが笑いの種だったのか理解できないが、何か元ネタでもあるのだろうか。
「さて、とりあえずあと3回くらい馬車に乗る必要があるんだけど、今日はこの辺にしとく?」
フィリスが言うと、アキラは何故かイシュメルに向き直った。
「この辺のモンスターは強いのか?」
「――何で俺に聞く。後ろに俺より詳しいのがいるだろ」
多少不機嫌そうに呟くと、イシュメルは溜息を吐いた。
「あはは、解説はイシュメルの方が上手いしね。アタシからも頼むよ」
匙を投げ返され、イシュメルは苦笑を向けた。
この辺はそろそろ国境に近い。
次の馬車で一応国を出るわけだが、――まぁ国を出るまでのところなら俺たちのレベルくらいでも安全に狩れるだろうな。
この辺で強敵なのはアークコボルドだな。
一応亜人種で、場合によっては俺たち同様にパーティを組んでて、当然メンバーが襲われればパーティメンバーは急いで合流して敵対してくる。
……ついでに言うが、アークコボルドはリンクする。
つまるところ、俺たちがアークコボルドを攻撃しているのを見た他のアークコボルドがいたり、戦闘の音がしたりすると寄ってくる。
ふむ、とアキラは考えるように腕を組んだ。
「攻撃しなければ寄って来ないのか?」
「残念ながらアクティブだ」
うげ、と声を上げ、手を上げるアキラに、背後にいた古参数人が苦笑する。
恐らく、アキラがそれでも狩ると言えば、古参がコボルドの相手をしてくれるだろうが、アキラやトラストの性格上それを断るのは目に見えているからだろう。
それでも迷っているのか、アキラがトラストに視線を向ける。
「どう思う?」
「――ちなみに、次の目的地の場合は?」
今回をパスし、狩りをせずにという意味だろうと当たりを付ける。
今日は狩りをせず解散するとして、明日の移動後に狩りはできるのか、という意味だろうか。
「んー。明日到着すんのはシュメルクだっけか。天気によるな」
「なんだそりゃ」
アキラの言葉に、ははは、と古参プレイヤーであるアキラの後ろ数人が笑う。
「メタモルスライムがいるからな」
アズレトの言葉で思い出すことがあったのか、アキラは「あぁ」と納得したように呟いた。
その名前には聞き覚えがある。
昨日だったか、モバイルデバイスでラーセリアの掲示板を流していた時、その検証をするスレッドがあった。
何だろうと聴いてみると、スライムの検証スレだった、というように記憶している。
よくわからず、結局途中まで聞いて止めてしまったのだが……
「簡単に言えば、晴れてれば晴れてるほど弱いくせに硬くなって、天気が悪ければ悪いほど強いくせにやわくなる」
「それでいて特性は普通のスライムと同じ扱いだっていうんだから最悪だよな」
スライムの特性とは何だろうか。序盤はほとんどアキラたちの手を借りてレベル上げをしてしまったため、本当に序盤のスライムは一匹も倒した記憶がないのだ。
「ま、アズレトたちもいるし何とか……」
イシュメルが苦笑しつつ呟くと、
「勝てなきゃ逃げればいいしね、あいつら遅いから」
フィリスが可笑しそうに笑って見せた。
「――ん、じゃあ今日はやめておく?」
トラストが可愛らしく首を傾げると、話に全くついて来れないリラが、よくわからない、という顔で首を傾げた。